オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
「あなたは……吸血鬼、だったのですか?」
「半分だけね」
城へ向かう馬車内、向かいに座る女騎士のある意味で予想通りの反応に安心してしまう。
モモンガのこれまで調べたところによると、シャルティアの種族である吸血鬼はこの辺り一帯の国々では風当たりが強い。というか風当たり以前に『敵性種族』と言ってもいい。まぁ吸血鬼うんぬんより異形種全般がそういった扱いだ。
案の定、レイナースのこれまで仮面のように動かなかった顔がさらに固くなっていた。
モモンガに向けられる視線も、かなり冷たいものになっている。ソファに座った状態に変わりはないが、僅かに動いた手が剣の鞘に添えられており、いつでも動けるようにしているのは素人目にもわかった。
(やれやれ……ゴンド達ドワーフには内緒にしておいて正解だったな)
一応吸血鬼については、この世界で初めてのカミングアウトではある。ドワーフ国でもそして銀糸鳥相手にも『半分人間でもう半分は秘密』といった曖昧な自己紹介に終始していた。おそらくレイナースを含めた帝国の上層部には伝わっているハズだ。
嘘ではない。おそらくほとんどは両親――つまり片親が人間と認識して勝手に警戒を緩めてくれるだろう。モモンガが言っているのは精神と肉体という意味だ。最初にゴンド相手の自己紹介で咄嗟に考えた言い訳だが、我ながら上手い理論武装ではないかと思う。
(しかしここまで警戒されると少しへこむなぁ。一応平和的な提案のつもりなんだが……)
「つまり……私も吸血鬼になれと? 化け物に、アンデッドになれと仰りますの?」
底冷えするような声が馬車内を満たす。先ほどまでの物静かな声で帝都を案内していた女騎士とは別人だった。
「血が必要になる事情ができてしまいまして。ただ、あなたのその『呪い』は治せると思いますよ?」
「……血が目的であれば、私の血や他の人間の血を提供だけならできますわ。これでも帝国四騎士ですから、捕らえた犯罪者などを秘密裏にお渡しすることくらいできますわよ? 吸血鬼ということも他人に漏らさない事はお約束しますが?」
その言葉に内心で笑みを浮かべる。相手はすぐに頷きこそしなかったものの、交渉のテーブルに自分から座ったのだ。冷徹な視線の中に、先ほどモモンガに迫った必死さが透けて見える気がした。
大げさに息を吐き出した後、静かに首を振りながら答える。
「その方法では安定して血が手に入るかわからない上に、そちらが裏切るリスクもあるので不可ね」
「信じていただく……のは、確かに無理ですわね。今日会ったばかりの私を信じろというのは……」
交渉の結果少々のリスクを背負う覚悟はあるが、流石に大きすぎるものは却下だ。今この世界でモモンガが――シャルティアが吸血鬼であることはレイナースしか知らない。それをイタズラに広めるリスクは最小限に抑えなければならない。
「ブレイン・アングラウスはどこまで知っているのですか? 今も日の光の中でこの馬車の御者をしてますが、彼は吸血鬼ではございませんの?」
「ブレインどころか、ドワーフの人達も知りませんよ。今この帝都で知っているのはあなた、レイナースだけね」
できるだけフレンドリーな笑顔で答える。疑うような冷たい視線は相変わらずだが、交渉には忍耐が重要だ。
「彼の血では駄目ですの?」
「え……いや、男の血はちょっと……それにまだ正式な配下じゃないし……」
絶対嫌だという訳ではないが、できれば遠慮したい。男の首や肩に噛みつくなど、今のモモンガにできるとすれば飲み会での罰ゲームくらいである。それに鮮血帝の判断次第ではあるが、彼はこの後死刑になる可能性もあるのだ。せっかく眷属にしてもすぐに死なれては問題外だ。
「他にいたドラゴンと魔獣もいけませんの?」
「ケモノは流石に嫌かな……」
ハムスケに関しては完全にペットという認識だ。下手な事をすれば餡ころもっちもちさんに顔向けできないし、そもそもハムスターの血を吸う吸血鬼などシュールすぎる。一方ヘジンマールに関わらずドラゴンの血は飲む気にはなれそうもない、なぜかはわからないが。
「……あなたが人間の女性の血を好むのはわかりましたわ。仮に、仮にですが――私があなたの眷属に……吸血鬼になればどうなりますの?」
「太陽の光に対して弱体化のペナルティが……苦手にはなるわね。吸血鬼対策された武器や魔法には注意しなければならないのと、逆にそれ以外の攻撃に対する抵抗力は上がって身体能力も上がるけれど、しばらくは慣れが必要だし後は――」
呆れるように息を吐き出した後、レイナースは気を取り直すように質問を告げてきた。
吸血鬼に関するものは当然事前に考えていたので、スラスラとユグドラシル時代の知識を交えて答えていく。
「レイナースはさっき一番大切なのは自分の『命』と言ったけれど、その考えが変わるわね」
「変わると、仰いますと?」
「あくまであなたの心や性格はそのままだけれど、主人――つまりシャルティア……あ、いや私に対する忠誠心は植えつけられる訳だから、自分の命よりも私を優先する考え方になるでしょうね」
モモンガが告げた内容に、対面のソファに座るレイナースは露骨に左半分の顔を歪ませた。その表情全てから不満がにじみ出ている。
まぁこの反応は予想できた。実際モモンガも誰かに無理矢理忠誠を誓わされそうになれば、逃げだすか必死の抵抗をするだろう。なのでレイナースが今考えそうなこともだいたいわかる。
「……もし私が今ここで逃げ出せばどうなさいますの?」
「その点に関してはちゃんと妥協案を用意しているし、そもそも逃げられませんから問題ありませんよ」
僅かに視線を横に――扉を伺うレイナースからわざと視線を外し、彼女の危惧したであろう『忠誠心』に関してフォローしつつ、窓に流れる帝都を見ながら笑顔で無理だと告げる。
「……逃げられないとはどういう意味ですの?」
「出入口の扉は完全にロックしてあるし、いくら叫んだり暴れても外の騎士達には聞こえないようにしてますから。
もちろん外側から見えないこの窓も、と告げながらコンコンッと叩く。仮に彼女がモモンガの予想外の方法で脱出したり、外の騎士に連絡を取れた場合はハンゾウを使う事にしていた。とはいえそれは最終手段となり、最悪モモンガの立場が悪くなる恐れもあるので出来れば使いたくないのだが。
外の風景に視線を向けながら意識はあくまでレイナースに向ける。ゆっくり立ち上がったかと思えば、ドアノブを動かそうとしたり軽く扉を叩く音が馬車内に響いた。だがすぐにソファに戻り腰掛ける音がした。
視線を戻すと「その妥協案というのをお聞きしても?」と質問とともに、モモンガを真っ直ぐ見つめてくるレイナース。フールーダでも敵わないという事実は、既に西門でわかっていたので確認だけしたのだろう。先ほどまでと違い、口調はどこか諦めたようなものになっていた。
「ちゃんと連休を……いや、そういった労働条件は今はいいか?」
思わず雇用待遇について話しそうになってしまい、自分が身につけてしまった社会人気質に心の中で笑う。彼女が危惧しているのは本来の自分がやりたくない事をやらされたり、人ではなくただの人形として使われるかもしれない恐怖だ。とはいえ仕事は仕事なので、嫌な仕事もたまにはしてもらうかもしれない。それには前提として彼女との信頼関係を作り、アフターケアができる体制が必須だが。
「これは私が思っているだけなのだけれど、レイナースが私にとってこの世界で初めての眷属となるの。配下とはまず信頼関係を築きたいと思っているし、できるだけ意志も尊重したい。もちろん嫌な仕事や不満もあるとは思うけれど、我慢せずできるだけ話してほしい。あなたを最初から使い捨てるつもりで眷属にする事はないから、そこは信用して欲しい」
一度配下にしたものを殺したり切り捨てたりするのは気が進まない。もちろん自身の身に危険が及べば、シャルティアの体を守るためにも切り捨てる選択肢はありえる。ただ今後帝国を根拠地とする場合、帝国貴族の知識がある人間がいれば大いに助かるだろう。彼女をアテにする意味でも待遇はできるだけ良くするつもりだ、無論働き次第ではあるが。
(それに女性としての視点もわからない事が多いからなぁ、この辺りフールーダはアテにならないだろうし)
モモンガはできるだけフレンドリーな笑みを浮かべながら説得を続ける。おそらく吸血鬼という事を除けば、レイナースはこちらに対して悪い印象は持っていないはずだ。なによりさきほど見ず知らず少女を助けたのだ。モモンガは最初罠だと思ってはいたが、結果的に善行を行ったのだからそこは評価して欲しい。
「一つ疑問なのですが……今この瞬間にでも私を捕らえて無理矢理血を吸うといったことを、なぜあなた――ゴウン様はなさいませんの? 魔法一つで簡単にできそうなものですのに」
――それってただの犯罪じゃん。
思わず口から漏れそうになる声を抑え、少し気落ちしたような演技をまぜながらゆっくり首を振る。
「今の話を聞いていなかったの? 確かにそれでも忠誠心を植え付けるわけだから、短期的には問題ないのかもしれない。ただしその後は? 例えば眷属と主人の関係を断ち切れるような存在が現れて、吸血鬼となったレイナースを人間に戻した場合、私に恨みを持っていれば真っ先に殺しに来るかもしれない。私の手の内をある程度把握しているだろうから、とてつもなく厄介な敵に変わるでしょう? そんなリスクは犯すくらいなら、眷属にする段階で条件をしっかり説明して良い関係になっておく方を私は選ぶわね」
もちろん吸血鬼を人間に戻す方法などモモンガは知らない。少なくともユグドラシルでは聞いたことが無い。ただしここは別の世界だ。モモンガが想像できないような能力を持った敵が現れるかもしれない。そういった仮定をしておいても損はないだろう。
「吸血鬼化した人間を元に戻す方法なんて、ございますの?」
「さぁ、少なくとも私は知らない。でも世界の未知に比べれば、個人や国が把握していることなんて小さいものではない?」
モモンガ自身この世界に来てまだ三カ月程度なのだ。本を読んだりヘジンマールに色々教えてもらっているが、知識を始めとして心許ない事が多すぎる。未知を知り理解することはそれなりに楽しく、有意義なことではあるが処理できる脳はひとつしかないのだ。ならば増やすという意味でも、彼女には帝国に関する知恵の一つとなってほしかった。
「……どの道断れる状況ではなさそうですが、私のこの顔の呪いは本当に治していただけますの?」
隠れていた顔の半分、右の髪をかき上げ黄色い膿を生み出している部分を晒す。おそらく常人には見ていて気分のいいものではないのだろうが、ここで目を逸らすと色々と台無しになりそうなので見つめたままゆっくり頷いておく。
「幾つか心当たりのある方法があるのだけれど、もしそれらが駄目だった場合は……フールーダにも使った『
「……承知しましたわ。正直不安は払拭できてはいませんが……囚われの身では断るなんてこと言えませんわね」
(ん? 断られたら血をいただいて記憶を消すくらいは考えてたんだが、今からでも言った方がいいのか? あ、いや話は進んでるんだしこのままでいいか)
今ここで断られた場合は彼女の記憶を消し、後日改めて取引するつもりではあった。彼女の信頼が――ペロロンチーノ風に言えば好感度が今より上がっていれば、すぐに快諾してくれるかもしれない。優先順位は高いわけではないため、必ずという訳でもないが。
とはいえ契約は無事成立した。レイナースの反応があまり嬉しそうではないのが引っかかるが、少なくとも無理矢理や嫌々ではない。顔に関してもさきほど話した通りの対処をするつもりだ。
「では、邪魔な鎧を少し脱いでくれる? 壊すのも悪いし、上だけでいいから」
吸血鬼に関してですが公式Web版の舞踏会―5でもジルクニフにバレてないので
帝国の技術じゃわからない、という作者の認識で進めてます。
・吸血行為R-15で書こうかと思ってたのですがさっさと会談へ進めたいので泣く泣くカット。
『肌と肌が合わさり、二人の女の間で豊かな胸が潰れ、吐息が交わる』ただしモモンガさんはずっと賢者モード、そんな話。
次回は城へ到着予定『吸血鬼レイナース』