第八話:波紋
「んあー」
「あらおはよう、はやく朝ごはん食べちゃってね、片付かないから」
「んー」
テーブルの上の朝ごはんは一人分。トーストに目玉焼き、カリカリのベーコン。
汗をかいてる牛乳瓶からマグカップにどぼどぼと注ぎ、濃い目に入れられた紅茶で割る。
「夜更かしばっかりしてちゃ駄目よ?」
「はいはい」
これでも夜中は端末で帝国のことを調べたり、一人でもできる魔法の特訓をしたりとなかなかに忙しいのだ。
少なくともあちらの高等教育レベルのことは学習しておきたい頑張ってるんだけど、これじゃまるで学校の勉強が倍になったみたいだ。
「一人遊びもほどほどにね?」
「はいは……うぉい!」
朝っぱらから何を言い出すのか、この人は。
洗い物をしながらほっほっほと笑う母さんにあきれつつ、リビングで垂れ流しになってるテレビのニュースに意識を向け……ミルクティーを吹いた。
『――続いて、昨日の自衛隊・笠原駐屯地襲撃事件の続報です。どうやら、以前から笠原市で破壊活動を繰り返す魔法少女を名乗る集団の犯行とみて……』
おいこら。
あたしたちは破壊活動とかしとらんぞ……あんまり。
ショーコが無茶な攻撃かましてちょっと街路樹焦がしたりとかはしょっちゅうだけど、じえーたいのおっさん連中ほどあたりかまわずに暴れたりしてないし。
画面じゃあたしがじえーたいの連中に向かって魔法使ったシーンが再生されてる。
襲撃の一報受けて現場に向かったのはあたしらだけじゃなかったってことなんだろーけど、あの程度のこけおどしで「攻撃」とか言い出したら、あのおっさんたちどんだけひ弱なのかと。
テロップじゃ「弊社が独自に入手した襲撃の決定的瞬間!」とか出てるけど、あれか?この目つぶしのつむじ風だけで戦車が吹っ飛び、攻撃ヘリが轟沈したのか?
……ってゆーか、風だけで炎とか起こすの無理ですから!
テレビじゃコメンテーターとかいう謎の職業のおっさんが、「侵略者の尖兵が卑劣にも我々を今までだまし……」とかなんとか抜かしてるけど、今そこで「破壊の証拠」っつって映してる田中さんちのブロック塀壊したのじえーたいの戦車だからな!
ってゆーか、深夜にあたしたちが壊してるのを見たとかゆーてるおばさん、三丁目でみかけたことないし!深夜によその町内の人んちの前徘徊してるとか、どー考えてもそのおばさんの方が怪しいでしょ!
……どっちが卑劣なんだか、まったくもう。
思わずため息。
続いて報道は、これまでの経緯と称してじえーたいが帝国の侵略を果敢に食い止めてたとか抜かし始めてるし、いくつかの反攻作戦の失敗はあたしらが足を引っ張ったせい、あれは多分最初から企んでたとか言い出すし、いやもうほんと文字通りの噴飯ものだわ。
保身のための言訳だか「制御できないものは排斥しろ」派の躍進だか知らないけど、唯一有効な現有戦力を自分から手放して何がしたいんだかねえ。
それとも、あたしら魔法少女はこれだけ敵視されても無報酬で命を張って正義のために戦うのが当たり前とでも勘違いしてんのかしら。
あるいは……いやいや、いくらじえーたいのお偉いさん方が自己保身と権勢欲の塊だからって、さすがに「本気出せば俺たちだけで帝国に勝てる」とか寝とぼけたことは思ってないと……いやいやいやいや。
ほんと、あたしたちの取り込みに動いたバカ皇子たちのほうが、よっぽど冷静に彼我の戦力差を見極めてると思うわよ。
……ま、じえーたいの皆さんだけで頑張れるってんなら、お手並み拝見とさせていただきますか。
・・・
学校でも話題は当然朝のニュースのこと。
いつか裏切ると思っただの前から怪しいと思ってただの、すっかり最近の報道に騙されちゃってる平和ボケな学生諸君の陰口は、あたしにとっちゃ予想の範囲内だったんだけど、納得いってないのが約一名。
「ひどいじゃない!今まで頑張ってきたのに!」
さすがに周りに聞かれちゃまずいと引っ張ってきた屋上の片隅で、ショーコが憤懣やるかたないと言った様子でじたばた暴れる。
気持ちはわかったから、せめて右手に握って形が変わってるカツサンドは床におけ。食うか怒るかどっちかにしろ。
「このところ、私たちに疑義を呈する報道が増えてましたしねえ」
対照的にヒナギクはどこか諦めたように溜息。
「ま、あたしたちも防衛はともかく撃退とまでは言いづらいし」
空を見上げれば、相変わらずのんきに浮かんでる空中戦艦の遠い影。
「うう、ヒーローは孤独……」
とうとう膝を抱えてぶつぶつとつぶやきだしたショーコがちょっと怖い。
実際、昨日は策略の一環として偉そうにあれやこれや言ったけれど、「成果を出せてない」って点についちゃあたしらも大差はない。
あたしたちが本当に隔絶した強さを誇ってるなら戦線が膠着なんかしないわけで。
ショーコとしてはヒーローとして喝采を浴びたいんだろうけど、あたしに言わせりゃ贅沢な願いよ。
「今後もヒーローとして活動するなら、もう一度きちんと結果を積み上げて信頼を取り戻していかないといけませんね」
「難しいだろーけどね」
一度疑いの目を向けたら、なにしたって「裏があるだろう」としか見なくなるのが人間よ。
マスコミはまだまだあたしら下げの報道にやっきになるだろうしね。
それに……ここに足を引っ張る裏切り者がいるし。
「そのためにはやはり火力!」
「だからバーストは禁止だっつってんだろこの火力バカ」
「えー」
ガッツポーズかました火力バカの頭をはたくけど、不満そうな顔は全く反省してるよーには見えなかった。
「そこらじゅうに火の玉まき散らして『無差別テロ集団』の汚名をさらに積み重ねたいなら止めないけど」
「正義のためには多少の犠牲も必要でー」
「どこぞのじえーたいと同じよーなこと言ってんじゃありません!……だいたい、分散した結果火力が下がってんじゃお話にならないわよ」
「む、むう。では一撃必殺系に火力を増強……」
「回避されたら余計に破壊が進むでしょうが!先に制御と調整を覚えろっつってんのよ!」
あと戦略眼とか落ち着きとか!
……突撃娘にんなこと言っても仕方ないのはもういい加減わかってるけど。
「それでもやはり、各人の戦闘能力向上は必須課題かと」
「……あんたまで火力バカに宗旨替え?」
珍しく力入ってる感じのヒナギクに思わずこめかみを押さえる。うーむ、そろそろ頭痛薬を常備すべきかしら。
「そーだよユリちゃん!パワーアップと新メンバー登場は中盤の……」
「はいはい、お約束お約束」
「ぶー」
ドアホウなことを力説するショーコは適当にあしらって、ヒナギクを見つめる。
このところいろいろ揺さぶってたし、悩んでるのはわかってたんだけど、変な方向に追い詰めちゃったかなあ。
「この先何が待ち構えているにせよ、自分で選んだ道を押し通すには、それなりの力が必要になりそうですから」
「まーそりゃそうだけど……いやちょっと待て」
決意と呼ぶには凍てついたような眼をしてそう言った友人を、あたしは思わず見つめなおした。
「……何か変なこと言いました?」
こくんと小首を傾げたヒナギクは、いつものかわいらしいお嬢様、だったんだけど。
「あー、うん、なんでもない」
いやあんた、もー完全に「正義」見限っちゃってないかとはさすがに問い詰めにくかった。
……あたしらの後ろじゃ正義バカが、「修行!」とか「にゅーぱわー!」とか叫びながらみょーなポーズ取ってたし。
・・・
「つーわけで、いくつか計画を前倒しできるかなってとこなんだけど」
「そ、そうか……」
戦艦内部の会議室。
地球側の状況についてあれこれ報告しつつ計画の再設定を検討中、なのだけど。
バカ皇子が微妙に渋い顔なのは毎度のこととして、将軍の顔色が優れないのはなんでだろう。
「将軍、何か問題が?」
「いや……うむ。申し訳ないが、今日は退席させていただく」
「どしたの、あのおっさん」
本当に出て行ってしまった将軍の煤けた背中を見送ったあたしは、バカ皇子に問いかけた。
「いやお前……昨日のアレはディスクートにはきついだろう」
「ああ……」
昨日のアレっていうとじえーたいのみなさんをいぢめ倒したことか。
そーいや将軍は自分の妻と娘を失ってたのよね。それも、あの時の様子からするとかなり悔いが残る状況で。
あれこれと痛いとこ突いたのが、いろいろトラウマほじくり返しちゃったんだろうなあ。
「……しゃーない、謝ってきますか」
「そうしてくれ」
ぼりぼりと頭をかいたあたしに、疲れたようなため息をつくバカ皇子。
「『自分たちではなんにも衛れない隊』、か」
「……何よ」
「いや、ああいう罵詈雑言は『自分が言われるとつらいこと』を言ってしまうものだとか聞くが」
「見透かすようなこと言わないで、よ」
「だったら、見透かされるようなことはするな」
「はいはい!」
「ぬあっぷ」
腹いせに扉をばたんと……は、自動ドアじゃ無理なので、空気の塊を爆発させる。
「攻撃」自体は障壁に防がれちゃうつっても、巻き添えを食って吹き払われた卓上の書類やメモが顔に直撃することまでは避けられなかったみたいだ。
ディスクート将軍は、殺風景な訓練室の中で延々と素振りを繰り返していた。
時代劇かよ!というツッコミはこのさい置いておこう。
あのおっさんのことだから、部屋に入った時点で気づかれてるはずなんだけど、そんな様子は一切なく、ひたすらに剣を振ってる。
これはあれだ、すんごくわかりやすい「拗ねてます」のポーズ。
……まったく、お子様かい。
「謝らないわよ」
「……何をだ?」
ぴたり、と剣先が止まる。そんだけ殺気放っといて「なにをだ?」もないでしょーに。
「昨日のあれは作戦に必要だったから、そうした。それを悔いるつもりも謝罪するつもりもないから」
「……わかっている」
いやいや、その口調は「理性ではわかってても感情は納得していない」とかのそれだから。
……はあ。
「そもそも、あれはあたしの本心じゃないし」
「……何?」
あー、やっとこっち向いたか。
「だって、圧倒的な戦力差があるのよ?勝てないもんはどーやったって勝てないし、自分の身一つ守るんだって無理なのに、周りまで手を広げてらんないでしょ」
雑魚クローン兵の装備ですらライフル弾を平然と弾くし、個人用の障壁を全力で張れば戦車の主砲すら防ぐ。
見た目重視のこけおどし打ち込んだだけで戦車やヘリがスクラップと化す、そんな相手と勝ち負け以前にどーやって「戦え」と言うのか。
「できないもんはできないんだからしょーがない。魚が空飛べないからって非難するやつはただのバカよ」
「俺は飛べないことを悩む魚、か」
「泳げないことを悔やんでる鳥、でもいーけどさ。できなかったことをうじうじ悩むくらいなら、できることを考えるほうが建設的だと思うのよ」
ま、人間そー簡単にいかないから困ったもんなんだけどさ。
「だが、どうしても守りたいものがあった。それでも守り切れない、そんなとき、ユリコ殿ならどうする?」
「逃げる」
「は?」
即答したあたしに将軍の目が丸くなる。
「逃げ場がなければ降伏する。降伏後に最悪の選択しかないならとっとと死ぬ」
ぶっちゃけバカ皇子に拉致られた時の行動よね。
逃げらんなかったけど、条件付き降伏を引き出せそうだったから乗った、決裂すりゃ死んでたくらいは覚悟の上。
「い、いや、守るとかそういうのは……」
「守ってどーすんの?」
「なんだと?」
「たとえば極端な話、命に代えて相手を守りましたー、でもおっさん死にましたー……で、その後どーなんのよ」
「む、むう」
よくあるよね、「俺にかまわず先に行け!」的な、さ。
でもあれ、その「先」どーなるかわかってない状況で人命浪費して、いざというときに人足りなかったらどーすんだって話。
「守るってのはねえ、『自分も相手も守り切れる』って状況でなきゃ選択肢に乗せちゃだめなのよ」
だから……
「守ろうとしたけど守れなかった」ことは問題じゃない。
問題なのは「守れないのに守ろうとした」こと。
それはつまり、
「自分の力量も測れない思い上がり、と言いたいのか」
「ちっぽけなプライド、よねえ」
ぎりっと歯噛みしたおっさんの顔が憤怒にゆがむ。
そんな彼をわざとらしくせせら笑って見せる。
「だから、か」
「ん?」
はあっと息を吐いた将軍から力が抜ける。
「だから、『守りたい相手』に『守らなくて済む』力と場所を与えようと……なさっておられるのか」
「あーいや、そんな大層なもんじゃないけどねー」
ショーコもヒナギクも、あたしに守ってもらおうなんて微塵も思ってないだろうし。今のままでも平気で生き抜けそうだしなあ。
まあだから、所詮はあたしの自己満足みたいなもんだ。もーちょっとワイワイやらかしたい的な。
「っつーわけで、さ。ちょいとうちの子に稽古つけてほしいんだけど」
「……その件はもう少し先だったのでは」
「んー、思いのほかヒナギクが揺れててねえ。そっちを前倒そうかと」
さっきその話したときおめーもいちおーいただろーがとは敢えて言うまい。
「しかし、進行中の計画からすると、それはかなり厳しいことに……」
「なるわねえ」
ヒナギクの気持ちを慮って眉根を寄せる将軍に、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。
守るどころかあの子の心をがんがん攻めたてるこんな計画、そりゃーおっさんには乗ってきにくかろう。
「なあにかえって免疫がつく」
「……免疫?」
「覚悟って言い換えてもいいわよ」
本人にも言ったけど。悩んで切っ先が鈍ってるからといって、そこでその悩みから遠ざけても成長せんと思うのよね。
「結果、ユリコ殿と敵対するかもしれんが」
「それは、その時、よ」
吹っ切れました許せん殺すってなる可能性は、それこそヒナギクだけじゃなくて目の前の将軍やバカ皇子にだってあると思ってるし。
っつーか何気にこの話し合いも危なかったわけで。
「……どうして殊更に煽ろうとなさるのか」
「少なくとも将軍相手にかけひきやおべっか使ってもメリットがないからね」
嘘ついて騙して使うってのも簡単そうだけど、ヒナギクを任せること考えるとあんまりそれはやりたくない。
「だから、本当に許せないときはヒナギクに付いてもいいのよ」
「反旗を翻すほどの不忠者になる気はないのだが」
「『君側の奸を排す』とでも言えばいーんじゃない?」
あるいはあれか、「玉閨の毒婦」とか。
「……皇子がお許しになるまい」
「そりゃあれを見くびりすぎだと思うわよ」
奴は確かにバカ皇子だけど、衷心からの諫言を耳に入れないほどの暗愚じゃない。
もし将軍が本当に剣を向けたなら、その意味を考える程度には頭が働くでしょ。
「ユリコ殿はご自身が弑されても良いと……仰せだったか」
そこであきらめたように溜息つかれるのもなあ。
「悩んで憎んで……それでも殺す覚悟ができなかったら、そっちの方を軽蔑するわね」
その点に関しては、ヒナギクのこと信頼はしてるつもり。
当然黙って殺されてやるつもりもないけれど。
「親友同士が思想の違いから殺しあうなんて、最高に面白いじゃない?」
「……当事者でなく、夢物語の上ならば、な」
「それを現実でやるからこそ、よ」
今度は無言で肩を竦められてしまった。
作者「百合子ママ、雛菊パパのお妾さん疑惑」
百合子「ないから」