第二話:歴史認識と正義への疑念
寝室として与えられたのは、結構立派な内装の部屋だった。
小さいながら応接間と寝室、風呂トイレにクローゼット……そういや「スイートルーム」ってこういう一続きの部屋になってる客室のこと言うんだっけ。
戦艦に「賓客用寝室」を作るなんてスペースの限りない無駄だと思うんだけど、貴族や皇族が乗ることを考えたらそうも言ってられないのかしらね……どのみち「人間」にカウントできるのはあたしいれても四人しか乗ってないんだから、スペースとしては有り余ってるか。
どうせ覗かれて――敢えて監視とは言わない――るだろうから、お風呂はパス……できず。
猫足の豪華なバスタブとかいい香りのバスバブルとか見て我慢できるほど乙女捨ててないし。
湯上りに、ベッドサイドに置かれたピッチャーから水――よく冷えててかすかにハーブ的な香りつき――を、これまた華麗なカッティングを施されたグラスでいただきつつ、与えられた資料を閲覧中。
タブレットPCみたいなガラス板にタッチしたら、ホログラムらしい立体映像のモニタがぱぱぱと三つ四つ開いたのはさすがというべきか……言語変換モジュールとやらのおかげで、レイアウトが微妙に崩れた日本語表示なもんだから、インターネットで海外サイトの検索かけてるみたいな錯覚に陥るのだけが困ったもんなんだけど。
仮想空間にダイブイン、みたいなハイテク期待したんだけどねー。一応できなくはないらしいけど、初心者はてきめんに酔うそうなので今回はパス。
……今更だけど、ダイブ中で無防備なとこに変なちょっかいかけられても困るし。
「何かわかりましたかな?」
「はっ!?……い、いや、寝てましぇんじょ?」
いやあ、めんどくさい調べものとかしてるとてきめんに眠くなるよね?モニタから催眠電波でも出てるんじゃないかしら。
しっかし、じーさんてばノックもなしに入ってくるとは……今度からは鍵掛とこ。
「こんなにオープンにしちゃっていいの?」
ジト目で見てくるゴブリンに気付かなかったふりをして、そのまま疑問を投げかける。
「帝国臣民であれば、誰でも閲覧可能な資料ですので」
「誰でも、ねえ。最低限、アーカイブに接続可能な環境と余裕は必要でしょ?」
「……おっしゃりたいことがわかりませんな」
今度はこっちがジト目をぶつけるターン。とぼけてるセリフの割に目をそらすでもなくイイ笑顔を向けてくるあたり、このじーさんも大概な性格してるわ。
手元の端末から小さな電子音がして、新しいデータを受け取ったことを伝える。
「……ふうん?」
それは明らかに公式ではありえない、そしてあたしが今ちょうどほしがってたデータだった。
目の前のクソジジイの差し金なのは明白。
「胸糞悪いわね」
「平にご容赦を」
「あんたのこっちゃないわよ」
あたしのほしがっていたデータ、それは帝国の腐敗と落日を如実に示すものだった。
ローザック帝国、その祖となる星系は、マジでなんもない星だったらしい。
吹けば飛ぶよな掘っ立て小屋や穴倉で暮らし、苔や水場にわずかに生える草なんかを食ってたそうで……よくもまあ知性や文化が生まれてたよなと感心するレベルの生活をしてたところを、他の星系からやってきた連中に征服された。
そりゃ、恒星間飛行成し遂げる連中と穴居人じゃ相手にならんわ。今のあたしたちの方がよっぽど……いやまあ結局歯が立たないんじゃ一緒だけど。
あとはお定まりの奴隷階級から初代皇帝ローザックが成り上がっていくお話。
いやしかし「公式の歴史」で「奴隷階級でした」はいいとして、「穴居人でした」は凄いインパクトだわ。
よその文化を積極的に取り入れようっていうのもわかる、「独自の文化」とか言ったらウホウホしてないとだめだもんね。
……バカ皇子が皮の腰巻に棍棒担いでウホウホ言ってるところを想像しちゃった。
やだ、笑える。今度なんとかかんとか理由をつけてやらせてみるか。
そーゆー経緯だから、「直参に報いるためもあって一応貴族制だけど、みな平等」ってお題目は国是として受け継がれてるわけだけど。
「貴族制」……っていうか「帝制」にした時点でそいつら平等じゃないじゃんって話よ。
千年以上世代を重ねた今となっては貴族や皇帝は絶対のものとして君臨し、平民の上に立っている。
それでも皇帝直轄領は割合平穏に治まってると言っていいけど。
「貴族たちの領地や自治領はやりたい放題。これ、公式に提出してるデータでごまかせてると思ってるのかしら」
「私からはなんとも申し上げにくいですな」
「……否定しろ」
中にはまっとうな治世してる連中もいるけど、そういうのは辺境や貧乏星系で「威張ってられない」程度にかつかつか、新興の家系で支配体制が確立してないところ。
大半は世襲制の支配体制に胡坐をかいて、横領贈収賄平民虐待とやりたい放題。一部領内には事実上の奴隷制まではびこってる。
最悪なのが「帝国臣民じゃない」人たち。
貴族どもが勝手に「開拓」という名の侵略行為を行った星系に、原住民がいたとする。
本来なら交渉可能な程度に知性が認められれば「人間」として帝国の支配体制に組み込まれるんだけど、この調査も判定も貴族が勝手にやってんだから、「この星には『人間』なんていませんでした」と言ってしまえば、そいつら全員「動物」扱い。
野獣を狩って楽しもうが、牛豚焼いて食おうが、「動物」相手にしたことならおとがめなしってわけで。
「……どっちがケダモノだって話よね」
「同じ帝国臣民としてお恥ずかしい限りですな」
呆れたような口調にも、平然と返すじーさん。食えん奴め。
「これはあれか、新たなローザック生むための下準備とかそういうあれか」
「……どの貴族も、みすみすそのような反逆者を生む愚物ではないと自負しておるようですが」
自負するだけなら勝手だけどさ、少しは歴史から学べよと言いたい。
さて、ここで問題です。
こんな悲惨な侵略活動に対し、光の聖霊は何をしていたでしょう?
――答え、何もしてやがりませんでした。
奴が現れるのは皇帝直属の部隊が侵略活動に手をつけたときのみ、しかもその大半が少数精鋭――とは名ばかりの島流し部隊を送り出した時。
貴族側で出くわしたときはもみ消されてるのかもしれないけど、それだって一切出てこないのはおかしい。
「なにしろ、皇家相手なら黎明期からちょいちょい邪魔してやがるんだもの」
「……ここまで遡れるというのは想定外でしたな」
ここ数百年に限って言えば、皇家や軍令部もグルというか……「少数部隊で辺境を攻める」が一種の懲罰人事として機能している最大の要因になってるっぽい。
島流しに遭わせた奴には帰ってきてほしくはないんだから、膠着状態にしてくれる光の聖霊様様ってとこよね。
「やっぱり胡散臭いわね、あのババア」
「帝国ではなく皇家単独に恨みを持つ者、でしょうか」
「あるいは、皇家の暗部、ってとこ?」
皇家の異分子を、表向きは「侵略失敗」という形で始末するために送り込まれる妨害キャラ……言ってて微妙な気はするんだけど。
「どうにも情報が足りませんな」
「……ま、警戒するにこしたことはない、と」
「御意」
「さて、こちらから一つお伺いしたいことがあるのですが」
「何よ」
どうもこのじいさんに下手に出られると怖いなあ。何企んでるのかわかりゃしない。
「先ほど勧誘をお断りになった時、こちらにつくのは『メリットがない』とおっしゃっておられましたが」
「ないでしょ、実際」
「……では、魔法少女をなさっているのにはどのようなメリットが?」
それ、やっぱ聞かれるよなー。
実際、こっちもあんまり状況が良好とは言えないんだよね。
確かにあたしらの出現で膠着状態にまで持ち直すことができた。
でも、それだけ。
攻め手に欠ける現状じゃ対症療法的に拠点防衛を繰り返すのが関の山、ましてや頭の上に浮かんでるこの戦艦を撃ち落とすなんて文字通り雲をつかむような話。
で、こーして膠着したら馬鹿なこと言い出す連中ってのは必ず出てくるんだよね。
曰く、装備を譲れだとか作戦指揮権を渡せだとか。
喉元過ぎれば熱さを忘れるって言うけど、自分たちが手もなくやられたことなんか忘却の彼方に追いやって、こっちの「不手際」ばかり追及してはばからないおっさんども。
挙句の果てにはこっちの足引っ張るような作戦展開して全部こっちのせいだとか言い出しやがるし。
現場で無茶な作戦の犠牲になりかけてたみなさん助けるのに、あたしらがどんだけ苦労したと思ってんだ。
言いたいことあったら東京でふんぞり返ってないで、現場に出て……来られても困るから、もうそこで延々主導権争いだけしててくれと。できればそのまま殺し合いにでも発展してくれてればなお良し。
「……ま、権力が腐敗するのはどこも同じよね」
ピシッと微妙な音に気が付くと、思わずグラスを握りしめちゃってた。ため息とともに力を抜く。
「百合子様は現状の社会体制にご不満と推察しますが」
「まー、あんたらんとこのバカ皇子に支配されちゃった方がよっぽど健全そうだけどね」
侵略によって得た土地は、その侵略を担当した貴族・皇族の直轄地になる。
皇子の場合、皇帝陛下になった暁には皇帝直轄領に繰り上げられてそこで正式に「帝国の領地」になるわけだ。
……とはいえバカ皇子みたいに島流し同然で送り込まれた場合は、一種手切れ金代わりってとこよね。
あのバカに領地経営能力があるとも思えないけど、貴族領の現状に渋い顔するお人よしなら、少なくとも彼の目の黒いうちは真っ当な政治をしてくれそうで。
「ではなぜ、怪しげな光の聖霊なるものに加担してまで、この地を守るのです?」
「簡単に言えば、それが『正義』だから?」
うっわー、心底信じられないって顔されたー。
……まあね、それだけだと自分でも似合わないと思うわよ、実際。
侵略者が悪、抵抗するものが正義、なんて価値観がまず嘘だと思ってるし。
だって、それが本当なら、今の地球で繁栄してる国家の8割以上は「悪の侵略国家」だわよ?
日本ばかり侵略がどーとか責められるけど、アメリカだってヨーロッパ諸国だって中国だって、他民族を侵略して領土を広げた、あるいは原住民から領土を奪い取った過去がある。
こっちの侵略は正義の「解放運動」で、こっちの侵略は悪の「破壊活動」だ、なんてちゃんちゃらおかしいったらありゃしない。
だから、あたしの言う「正義」ってのは……
「世間様でそう認知されてる、って程度の意味よ?」
「世間様、ですか」
「そう。今のままの生活を維持してくれるのが『正義』で、実際に良い悪いは関係なく、今の生活を脅かすのが『悪』。簡単でしょ?」
世間一般、普通の人の価値観からしたら「今のままでうまくいってるのに邪魔しないでくれ」ってことよね。
保守と改革なんて言い方があるけど、改革側が正義を名乗るのは、現状維持の同調圧力の前では至極困難。
だから、実際には一切民間人に被害が出ていないとしても、じえーたいのみなさんの方がよっぽど周辺環境を破壊しているとしても、「侵略者は悪」で、「それに対抗する人たちは正義」、そう世間一般の人は認識しちゃってる。
「だから、侵略者であるあんたたちをぶん殴れば、あたしはそこで『正義』になるわけだ」
「たしかに皆様の人気は根強いものがありますが」
「自分で言うのもなんだけど、猫かぶってれば美少女だからねー」
怪しげなファンクラブやら、ちょっとアレな大きいお友達のアレなサイトや薄い本まで、人気過ぎて頭が痛いのよねえ。
……と、ここまでが前提。本題はここから。
「そーしてあたしが『正義』であることがある程度認知されたところで、ムカつく奴を問答無用でぶん殴ったとする。さて、世間はどー思うでしょう」
「……無辜の市民を攻撃すれば、そこは非難を免れえないと愚考いたしますが」
「そこは『こいつは実は暗黒帝国に操られたスパイだった!』とか言っちゃえばいいし……ま、あたしがムカついてる時点で何かしらやらかしてるんだけどさ」
歩きたばこしてたり、コンビニでたむろったり、歩道占拠してのし歩いたり、鬱陶しいったらないし。
「なるほど、つまりご自分を大義名分にでっちあげるために『正義の味方』の立場が必要、と」
「そういうこと……最近雲行き怪しくなってきてんだけどね」
やっぱ中央の報道機関を掌握されてるのは痛いわ。
段々「シャイニーフラワーの実力に疑問」みたいな論調で、「じえーたいに任せておくべき」とか、現場見てればありえない世論を醸成しようと必死になってきてるし。
負けたいならどうぞご自由にってとこなんだけどさ、そーすっとこっちの身の振り方が問題になるのよねえ。
「逆に聞くけど、あんたはなんでバカ皇子についてんの?野心や欲があるなら、もっと条件のいいとこあるでしょ?」
狡猾で底意地の悪いジジイだし、なんか陰謀でも企んでんじゃないかって気になるのよねえ。
むざむざ島流しされたバカについてきて、ここからおいしい目見ようとしても限度はありそうな気がするけど。
「ふむ、まさにその『バカ』ゆえに、と申しあげましょうか」
こっちが紛らわしい言い方したのの仕返しとばかりにニヤリと笑われた。ちくしょお。
「皇子は本当にバカ正直に、帝国の理念を信奉しておられるのですよ――臣民はみな平等、弱者を守るのが王の務め、よき文物・良き人材は敵でも敬意を払って受け入れよ……いやはやまったく、なぜ今の世にお生まれになったのか」
「うわあ……そりゃ島流しにもされるわ」
貴族制がっちがち、平民を虐げうまい汁を吸うのが当たり前、侵略対象は完膚なきまで蹂躙する、の現支配層の中にあっては見事なまでに異端。
あのバカのことだからそういう思想を隠しもしなかっただろうし、「現状」を脅かす異端は悪……奇しくもあたしが指摘した通り、貴族たちの「正義」に負けて追い出されるのは必定。味方もほとんどいなかったんじゃないかしら。
「私は軍師とされておりますが、帝国の軍制には軍師などと言う職はございませんでな」
「……あのバカ皇子の私的な部下ってこと?」
「島流しのおともに、わざわざ軍令部の人材を割くわけがないでしょう。ディスクート将軍も、立場上は皇子の『私的な部下』です」
言われてみればそうなんだけど、じゃああのバカ、本来は身一つでここ来る予定だったってこと?
「そうした人材を呼集するのもまた、遠征部隊の指揮官に求められる才覚なのですが」
もし万が一占領したら自分の領地になるってことは、その時連れている人間がそのまま領地の経営に参画するって考えてもおかしくはない、のか。
そーすると直参で固める方が合理的……だけど、実際は軍令部の協力が得られなかっただけ、とみるべきかしら。
「私も彼も主流派貴族へのコネもなく、辺境駐留軍の末席で冷や飯を食っておったところを拾われました。『貴様らの能力は埋もれさせるには惜しい』と」
うわー、そんなとこまでさらえなきゃ乗ってくれる人がいなかったのか。そりゃご愁傷様。
でも、じいさんや将軍のおっさんにしてみれば、そんな末端まで目をかけてくれてるのは嬉しいよね。
恩を感じてもおかしくはない。
「そのとき思ったのですよ、この方を王に仕立て上げるのは面白そうだ、と」
「ローザックの再来ってこと?大きく出たわね」
「いえいえ、皇子にその器量はございますまい。あくまで『王』が精いっぱい」
「……臣下の言うこっちゃないわね」
お互い顔を見合わせてニヤリと笑う。奇怪なじーさまと女子中学生――一応美少女――がイイ笑顔で笑いあう様は、はたから見たらどんな風に映るやら。
じーさんは「王」と言った。帝国にも王制を敷く自治領はいくつかあるけど、ここでぶち上げてんのはつまり「帝国から独立した王国」ということ。
大きく出たというにも大きすぎる目標だけど、なるほどこれは面白い。
「ん、おっけー、そういうことなら喜んで手を貸すわ。配下になったげてもいいわよ」
「……こちらに付くのはデメリットしかないのでは」
態度を豹変させたあたしを、警戒するような目で見るじーさん――グルバスだっけ?――にウィンクを返す。
「帝国の一部として侵略するならデメリットだけど、王国建設ならメリットじゃない」
帝国から見放されてるってことは、そのままこっちが何やってもばれやしないってこと。
人材少ないのも、今から手を貸せばそれだけ高い地位を占められるってことだし、あのバカ皇子の性格なら、使うだけ使ってぽい捨てなんてことにはなりえそうにないし。
何より、クソめんどくさい膠着状態をひっくり返す大義名分にもなる。
「ま、あたしとしては楽しければ何でもいいのよ」
さて、まずはあの二人をこっちに引き込む算段かしらね。
ヒナギクは案外素直にこっちに来てくれそうだけど、ショーコがなあ……いやいや、俄然やる気がわいてきましたよっと。
満面の笑みを浮かべて作戦提案書を作り始めたあたしを、グルバスが信じられないものを見るような目で見つめてくる。
「……もしや、洗脳されるよう妙に熱心だったのは……」
「そーね、洗脳されちゃったらしかたないって大義名分でひっくりかえせるのもあるけど、一番の理由は、そーなったらとりあえず自分の幸せは確保できるからよ」
「……幸せ、ですか?」
「嫌がることはやらされないでしょ?……むしろ、あんたたちがやらせたいことがやりたいことになるわけだから、洗脳された『あたし』はやりたいことをやり放題で幸せよね?」
「私としてはなんとも申せませんが」
人道的にどうかとか、はたから見て幸せか、って言われたら首をかしげるところだけど、下手に思い悩むくらいなら、そーゆー何もかもぶん投げた幸せもアリなんじゃないかなー。
そのときの「あたし」が何を考えどう感じているかなんて、今の「あたし」にはわかんないけど、さ。
「ま、自分の価値観を押し付ける気はないから、安心して」
それでも、ショーコに関しては洗脳しちゃった方が早そうなのよねえ。ある意味もうあのクソババアに洗脳されちゃってるような状態だし。
――なんにせよ、やると決めたからには徹底的に楽しまないと損よね、うん。