ストレスに強い大人は、子ども時代の過ごし方に大きく影響しているそうです。どうしたらストレスに強い大人になるのでしょうか?(写真:Tomwang112/iStock)

日々、産業医として診察をしていると、学生時代に優秀だった人が、社会人になってストレスに悩み、心身ともに疲弊し潰れてしまうというケースを見かけます。一方、学生時代には目立った成績ではなかった、クラスの平均かそれ以下だった人が、社会人になり結果をしっかり出し、人望も厚くどんどん昇進していくこともあります。

この違いはどこにあるでしょうか。産業医として、通算1万人以上と面談するなかで見えてきたのは、子ども(学生)時代の過ごし方に影響しているということでした。

どのような子ども(学生)時代を過ごし、どのようなスキルを磨けば高いストレス耐性が身に付くのか、ここにお話しさせていただきます。

認知能力を超える非認知能力を持っている

比較的ストレスに強い人に子ども時代について聞いてみると、多くの人が、認知能力だけでなく、非認知能力を継続的に育まれてきたという共通点がありました。

認知能力とは、テストの点数や偏差値、IQなど、数字で測定可能で、従来の学校教育等で重点が置かれてきたものです。ハードスキルとも言われ、言われたことをやる、過去問、塾や予備校、丸暗記などの時間効率がよい勉強によって得られやすい特徴があります。

一方、非認知能力はソフトスキルとも言われるようなものです。数字だけでは測れない、総合的人間力を意味します。

勤勉性、外向性、協調性、精神的安定性などが代表的ですが、ほかに、まじめさ、好奇心、社交性、利他性、自己肯定感、責任感、想像力、やり抜く力、自主性、積極性、コミュニケーション力、共感力、柔軟性、忍耐力など。さまざまなものがあります。

なぜ“総合的”と呼ぶかというと、例えば、回復力(レジリエンシー)に優れる人がいたとして、その人は回復力に優れるという1点だけで、メンタルヘルス不調になりにくいのではありません。

そのような人は多くの場合、職場で日頃から上手にコミュニケーションを行っていたり、わからないことを人に聞く素直さや謙虚さ、また、周囲を巻き込む行動力、そして自身の試行錯誤ややり抜く力など、さまざまな要素を持っていたりします。そのため、そもそも回復力をそこまで要さない、要したとしても周囲がサポートしやすい人なのです。非認知能力とは、このように複合的なものなのです。

冒頭のように、もともと学生時代などは優秀だったのに、社会に出て苦戦する人がいますが、多くの方を面談してきて、それは「認知能力のために、非認知能力を犠牲にしてきた」ことも小さくないと考えています。

ある有名大卒の入社1年目男性社員のケースをご紹介します。彼は、仕事の飲み込みや分析力は新卒とは思えないほど優れていましたが、チームプレーが苦手で融通が利きません。部内で同僚と協調できず、次第に誰も彼に仕事を教えなくなり、孤立しました。産業医面談で精神面からくる体調不良を認めるものの、本人は最後まで上司が悪いという気持ちを変えることはできず、結局、退職していきました。

また、ほかの会社で入社3年目の女性社員のケース。彼女は博士号を持っているためか、周囲をやや小馬鹿にする傾向がありました。締め切り間近に起こったトラブルなどでも誰にも助けを求められず、大失敗してしまい、そこからうつによる休職となりました。

社会人で仕事をするうえで3つの必要なこと

いくら優秀でも社会では通用しないことは多々あります。それは、学校の授業では教えてくれない、社会人として仕事をするうえで必要な3つのことが欠けているからです。

まず、学生時代は、試験など自分のことを解決することが求められていましたが、社会人になると相手(お客様やチーム)の課題を解決することが求められます。他人のために何かをするには、相手の問題を察したり、聞き出す共感力やコミュニケーション力や利他性などが必要です。

2つ目は、協調性や忍耐力、回復力です。学生時代は仲のいい友達たちと過ごしていればよかったですが、社会人は上司やクライアントなど、苦手だったり気の合わない人たちとやっていかなければなりません。

3つ目は、行動力、やり抜く力、責任感です。学生時代は勉強で知識をつけて試験で点を取るという“机上”での作業で評価されましたが、社会人は、知識を活用して結果を出す“行動”が求められます。それには行動力、やり抜く力などが必要になるのです。

これらはいずれも、非認知能力といわれるものです。非認知能力の高い人は、自分の知らなかった新しい世界の人々と交わっても協調し、試行錯誤を繰り返し、転んでも立ち上がることができます。その姿勢こそが、ストレスに強いと言われるゆえんなのです。

もちろん、仕事へのミスマッチからくるストレス原因は、どちらの能力不足でも起こりえるもので、単にその仕事に対する十分な認知能力(基本的能力)が欠ける場合もあります。

ですので、私は、認知能力がいらないとは考えてはおりません。ただ、ストレスに強くなるためには、認知能力を上回る非認知能力が必要なのです。

では、どのようにすれば、この非認知能力を持つような大人になる子育てができるのでしょうか。

ストレスに強い人を育てるために、欠かせないこと

2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンは、幼児教育の経済学の中で、非認知能力が高い人は学歴、職業、所得、生活保護、犯罪などにおいて、低い人よりも恵まれた人生を送ったと述べています。そして、非認知能力を身に付けるのは、就学後よりも未就学児が効果的であること、成功や失敗などの体験から得られることが多いと述べています。

具体的には、未就学児であれば、好きなだけ好きな遊びに集中して取り組ませてあげること、親(大人)と一緒に絵本の読み聞かせや料理・掃除・お片付けなどのお手伝いをすること、たくさん褒められること、また、うまくできることだけはでなく、許容範囲内でうまくいかないことも経験することなどで、非認知能力は育まれると言われています。

就学後の非認知能力は、コミュニケーションを中心とした、さまざまな体験活動を継続できると育まれます。ただし、子どもの生活圏は成長とともに家庭よりも学校や友人関係に広がっていきますので、就学前のように“家などで親(大人)と”という活動よりも、学校や地域における好きなクラブ活動などで、仲間たちとともに、挑戦・成功・失敗などの体験を継続することが重要になります。

例えば、学生時代にインターハイ出場経験のある人、元プロのスポーツ選手などが、非認知能力が高いことは想像しやすいかもしれません。e-sports(いわゆるテレビゲーム系)の世界チャンピオンや、芸術系での長年の経験を持った人などにも、ストレスに強い大人をたくさん見てきました。

大切なことは、子ども(学生)時代に、何か好きなことを仲間たちとともに継続的に没頭してきたという経験です。

産業医として過去1万人以上の人と接するなかで、このような経験のある人たちには共通して、①物事に対し純粋に気持ちいい、またはうれしいと感じる気持ちがあること、②達成感や悔しさなど挑戦や試行錯誤の後に得られるものがあるということを体験していること、③1人ではできなくても仲間との協力や思いやりなどで乗り越えられる、という3つの感情があることがわかりました。

きっと彼・彼女らは、子ども時代に好きなことをやり続けている中で、知らず知らずのうちに、まじめに集中すること、体を動かすこと、他人と協調すること、試行錯誤すること、転んでも起き上がることなどを身に付けたのでしょう。

ストレスに強い大人に育つかどうかは、親次第

非認知能力に長けた社員と、その親との関係性においても、気がついたことがあります。

概して、そのような親は子どもを過保護に育てず、一方、子どもは幼少のときよりさまざまな体験と多くの人と接する機会を与えられ、好きなことに没頭することを応援された環境で育っているという共通点がありました。

ここでは親のストレスコントロールが重要になります。

例えば、サッカーにはまっている小学生の男の子や、コーラス部活動に忙しい中学生の女の子が、家に疲れた顔をして帰ってきたとき、「いつも頑張っているね、お疲れ様。宿題も頑張ってね」と言うか、「疲れていても宿題だけはやるんだぞ!」と言うか、これは親次第です。

また、サッカーの試合で負けた、コーラスの大会で敗退したなど、このようなときに、子ども自身が頑張っていたことを承認し、ねぎらい、次につながるような気分転換になる言葉をかけることは、大人自身に余裕がないとできません。

大人自身がストレスを上手にコントロールできていないと、その余裕のなさは子どもに伝染し、余裕がないゆえに子どもに優しく接することができません。

現在の大人たちがこのようなことを認識し、未来の大人たちがストレスに上手に対処できようになれるよう、関わってほしいと思います。