踏み潰される前の絵の具ってこんな気持ちなのかしら
「姉ちゃん、せめて茶髪くらいでいいんじゃない?そんな、真っキンキンにしたら余計目立つよ」
「いーの!てか、いい色になるまで何回かブリーチしたから、色とかもう入んないでしょ。毛先なんてもう藁だようける」
弟は長い前髪をじりじりと捻るように弄り、私の姿に顔を渋める。
「髪の毛痛ぶって何が楽しいんだか」
「いーじゃん、私が誰か分かんなきゃなんだって。金髪、あとカラコンとかつけまとか。カラコンって普通のコンタクトと大して着け心地変わらなくてびっくり!つけまはちょっと邪魔感あるけど」
「うーん、姉ちゃんはそのままの方が男ウケよかったと思うんケド」
「そんなの頭にない!考えてない!どーーーせ婚約者の宝治さんと結婚する身よ?男ウケ>>>>したい格好でしょ!」
「はいはい、じゃあそろそろ行くね。俺姉ちゃんより学校遠いから」
「はいよー!気をつけてね!彰!」
「いってきます」
玄関が閉まると家が静かになる。
父も母も、仕事の都合で海外に行ってしまった。
とはいえガードや、メイドなどの使用人がこのダミーハウスにはうじゃうじゃいる。
ただの小さな戸建だが、実は、隣接する建物全て夜々田のものだ。
「私は夜々田しずかでしかないけれど。今日からみんなの夜々田しずかはやめるんだ」
私は私になるんだ。