MWC Los Angels 2019の基調講演に立つ、NVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏(右)。
撮影:笠原一輝
半導体メーカーNVIDIA(エヌビディア)のCEO、ジェンスン・フアン氏は、10月22日(現地時間)から開催される通信関連のイベント「MWC Los Angles 2019」のパートナープログラム講演に登壇した。
2017年まではCTIAワイヤレス、2018年からはMWCの主催者であるGSMAとパートナーシップを組んで「MWC Americas」と名称を変え、今年からはMWC Los Angelsとさらに改名された同イベントは、5Gをテーマに開催している。
この中でフアン氏は「EGX Edge Supercomputing Platform」という新しい“エッジコンピューティング”と呼ばれる最新技術向けのサーバー製品群を発表した。また、これを活用した5G向けの通信機器を、スウェーデンのエリクソン、米国のレッドハットと協業して提供していくと明らかにした。
しかも、これらの製品は、日本の通信キャリアであるKDDI、ソフトバンクが採用する計画だと明らかにした。
NVIDIAはかつてTegra(テグラ)というスマートフォン/タブレット向けの半導体でモバイル市場に参入したものの、Qualcommとの競争に敗れて撤退したという経緯がある。だから、IT業界のなかでNVIDIAは通信キャリア向けの市場にはあまり興味がないと考えられていた。しかし、今回(端末側ではなく)インフラ側という違いはあるものの、通信キャリア向け事業への再参入をした格好。業界でも注目を集める出来事になってきた。
エッジとクラウドの間に置かれるエッジコンピューティング用サーバー
NVIDIAが発表した「EGX」のイメージ写真。ハードウェアとソフトウェアが一体となって価値を提供する機器になる。
出典:NVIDIA
MWC Los Angels 2019の一番最初の公式イベントになったNVIDIA基調講演でフアン氏は「EGX」と呼ばれる新しいサーバー製品群を発表した。
従来、NVIDIAがディープラーニング(深層学習)の学習処理をするデータセンター向けに「DGX」と名付けたGPUサーバーを販売してきた。現在IT業界では、「エッジコンピューティング」(※)という新しい手法が注目を集めている。EGXはそうしたエッジコンピューティング用のサーバーとして販売されることになる。
※エッジコンピューティング:エッジ(スマートフォンなど実際の利用者)に近いところに、クラウドとエッジの間を補うサーバーなどを設置する分散型コンピューティングの手法のこと
NVIDIAの強みは、AIプログラムの開発手法として注目を集めるディープラーニングの学習用のプロセッサーとして、同社が販売するGPUが市場シェアほぼ100%に近い状態にあることだ。
ディープラーニングの「学習」とは、作成したAIのモデルに対して幼児学習のように、猫は猫、犬は犬と教え込むような作業のことで、膨大な演算能力が必要になる。このため、同社が販売するGPUのように、小さなデータを並列して一度に処理できるプロセッサーが適しているとされる。NVIDIAが提供するDGXのような超高性能なコンピューターをデータセンターなどに設置して、ディープラーニングの学習プロセスを高速に処理するということが、現在のAI開発での使われ方だ。
これに対して、(クラウドやデータセンターから離れ)ユーザーに近い場所に置いた中間サーバーで処理する「エッジコンピューティング」が、今注目を集めはじめている。ユーザーが利用しているデバイス(例:スマートフォンなど)に近い場所にサーバーがあるため、通信キャリアが展開する基地局の近くに置くことで、スマートフォン向けのさまざまなサービス提供に使えるからだ。
エッジコンピューティングで5G向けサービスが変わる?
例えばネットフリックスのサービスでの活用をイメージした場合、エッジサーバー上にアクセス頻度の多い動画を保存して配信することで、インターネットの速度に左右されない超高画質配信も実現できる。
作図:笠原一輝
もう少し具体的に考えてみよう。例えば、スマートフォンに映像をストリーミング配信する場合だ。
ネットフリックスに代表される動画配信事業者の一部は、現在はクラウド上にデータを置いているケースがあり、サーバーからユーザーのスマートフォンにデータを転送している。
通信キャリアとサービス事業者間のインターネット回線が高品質であれば、高画質な映像配信が可能だが、インターネット回線が低品質だった場合には配信も低画質になってしまう。
そこで、通信キャリアの基地局の近くに独自のサーバーを置くことができれば、インターネットを経由する必要がなくなるので、いつでも高品質な動画配信が実現できる。こうした仕組みはエッジコンピューティング、よりモバイルに特化していうならMEC(Multi-Access Edge Computing)と呼ばれている。
なお、こうしたエッジコンピューティングは通信キャリアだけで使われるものではなく、IoT(Internet of Things)を効率よく使うニーズにも活用される。
例えば、スマート工場でAIロボットを使う場合、従来はクラウドにあるサーバー経由で制御していた。それがエッジコンピューティングを活用すると、制御は工場内にあるサーバーが担うようになり、インターネットの速度などに左右されることがなくなる。
今回発表されたEGXはそうしたエッジコンピューティング向けの製品だ。
現在はこうしたエッジコンピューティングの仕組みを利用したサービスはまだ少ないが、今後5Gが普及するにつれて、その需要は増していくだろう。NVIDIAのEGXもそうした需要を見込んでおり、だからこそ「NVIDIAは初めてこのMWC Los Angelsに参加した」(フアン氏)という。
NVIDIA×レッドハットで構築した通信機器をエリクソンが提供
今回NVIDIAは重要なパートナーシップを明らかにしている。それが通信機器メーカー「エリクソン」とIBM傘下のソフトウェアベンダ「レッドハット」との提携だ。
基調講演にはエリクソン幹部であるEVPのフレデリック・ジェドリング氏も登壇した。
撮影:笠原一輝
両社との提携により実現されるのが「ソフトウェア化された基地局」というハードウェアだ。
従来通信キャリアが4G LTEなどで利用していたのは、ある特定の機能をもった通信機器だった。こうした通信機器は特定された機能しか持っていないため、機能のアップグレードが難しく、機能を強化する場合には全交換など非効率(高コスト)になっていた。
ところが5Gでは、SDN(Software Defined Network)と呼ばれるそうした通信機器のソフトウェア化が導入される。
信頼性の高い汎用のプロセッサーとソフトウェアを組み合わせることで、従来の特定機能の通信機器を置き換えるという試みだ。通信機器のソフトウェア化とも言える。
機能をアップグレードしたい場合にはソフトウェアを更新すればいいし、機能を別のものに置き換えたい場合にも、ソフトウェアを入れ替えるだけでよい。
今回NVIDIAが提案したのは、レッドハットが開発したソフトウェアを、NVIDIAが発表したEGX上で実行し、それら「ソフトウェア化された通信機器」をエリクソンが通信キャリアに提供する計画だ。
同種のソフトウェア化された通信機器は、既に米インテルなども取り組んでいる。これから日本で、5Gのサービス提供を開始する予定の楽天モバイルでも、インテルの半導体によってソフトウェア化された通信機器の導入が決定している。
それに対してNVIDIAはKDDI、ソフトバンクが同社のGPUベースのソフトウェア化された通信機器を採用する計画であることを明らかにしており、半導体メーカーによる通信キャリアへの売り込みが活性化していることが見て取れる。
強みのAI市場のシェアを武器に通信キャリアに売り込むNVIDIA
NVIDIAの社屋。
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ディープラーニングの学習向け半導体市場でほぼ100%と言えるようなマーケットシェアを持っているNVIDIAは、この巨大なシェアを強みにして、エッジコンピューティングの世界でも売り込んできた。
重要なのは、KDDIやソフトバンクへの採用が成功したことで、この新たな路線が顧客に支持されていることを示した。
現在の半導体業界にとって、エッジコンピューティング、そして5Gは新しいブルーオーシャンと化している。インテル、そしてプログラム可能な半導体「FPGA」市場でインテルのライバルとなるXilinx、NVIDIAなどが激しくしのぎを削る市場へと成長しつつある。
5Gに関しては、以前から5G向けソリューションの提供を行なってきたインテルやXilinxがやや先行している感はある。そこにNVIDIAも対抗する製品を発表したことで、今後より激しい競争が繰り広げられることになるのではないだろうか。
(文・笠原一輝)