社会

裁判が刑を軽くするための「セレモニー」になっていないか…性犯罪の被害者と加害者、双方の視点から

【この記事のキーワード】
裁判が刑を軽くするための「セレモニー」になっていないか…性犯罪の被害者と加害者、双方の視点からの画像1

左=斉藤章佳さん/右=上谷さくらさん(筆者撮影、以下同)

 あなたは性犯罪加害者に対してどのようなイメージを持ちますか?

 性欲が強い? 性加害行動をやめるには、去勢するしかない?

 もし、そのようなイメージを持っているなら、ぜひこの記事を読んでほしいと思います。

 ――――――
 性犯罪や性暴力の加害者臨床を行う「榎本クリニック」(東京都豊島区)で性加害者の治療に取り組む斉藤章佳さんが2017年に上梓した『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)。同書には、性犯罪の加害者は四大卒で家庭を持ついわゆる“普通の男性”で、多くの痴漢は犯行時に“勃起していない”ことが書かれており、大きな話題になった。

 8月26日、都内で行われたトークイベント<性犯罪をなくすための対話 第8回「刑務所に入った性犯罪者のその後は?」>では、斉藤章佳さん、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」事務次長で弁護士の上谷さくらさん、性犯罪の被害者支援に携わる臨床心理士の齋藤梓さんの3名が登壇し、性犯罪の再犯防止における現状や今後の課題についてディスカッションした。その内容の一部を紹介する。

――――――――――

斉藤 章佳(さいとう・あきよし)/大森榎本クリニック精神保健福祉部長

1979年生まれ。約20年にわたり、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックに精神保健福祉士・社会福祉士としてアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組み、講演も含めその活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。専門は加害者臨床。 著者『万引き依存症』(イースト・プレス/2018年)『男が痴漢になる理由』(同/2017年)『小児性愛という病~それは、愛ではない~』(ビックマン社/2019年)、共著『性依存症の治療』(金剛出版/2014年)『性依存症のリアル』(同/2015年)など。その他論文多数。

――――――――――

上谷 さくら(かみたに・さくら)/弁護士

福岡県出身。青山学院大学法学部卒。毎日新聞記者を経て、平成19年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。青山学院大学法科大学院実務家教員。保護司。殺人、性暴力被害、交通事故等の犯罪被害に関する刑事事件、民事事件を中心に活動している。焼肉酒家えびす集団食中毒事件被害者弁護団団長、軽井沢スキーバス転落事件弁護団。110年ぶりの刑法改正の会議等にも関わる。共著『2訂版 ケーススタディ 被害者参加制度 損害賠償命令制度』(東京法令出版/2017年)『犯罪被害者支援実務ハンドブック』(東京法令出版/2017年)など。その他論文、講演多数。

――――――――――

齋藤 梓(さいとう・あずさ)/目白大学人間学部心理カウンセリング学科講師・臨床心理士・公認心理師

上智大学、同大学院で臨床心理学を学ぶ。臨床心理士として学校や精神科に勤務する一方で、東京医科歯科大学や民間の犯罪被害者支援団体にて、殺人や性暴力被害等の犯罪被害者、遺族の精神的ケア、およびトラウマ焦点化認知行動療法に取り組んできた。現在、目白大学専任講師として教育と研究に携わりながら、支援団体での被害者支援を継続している。性犯罪に係わる刑法改正(2017年)の会議においても、委員や幹事を務める。分担執筆『性暴力被害者への支援』(誠信書房/2016年)、『子どものPTSD-診断と治療』(診断と治療者/2014年)など。その他論文多数。博士(心理学)。 ※今回、齋藤先生はライブ映像でのご出演

性犯罪再犯防止指導「R3プログラム」とは?

 「R3プログラム」(以下、「R3プログラム」)とは何か。

 「R3プログラム」とは、性犯罪を起こした受刑者のうち、スクリーニングによって対象者となった受刑者が受講する治療プログラムで、認知行動療法(再発防止を主眼に置いて、ある出来事に対し自分の中で自然に生じた物事の受け取り方や感情、行動を振り返り、考え方や行動を変えていくという心理療法)に基づいて、再犯をしない方法を学ぶものだ。

 2004年に起きた奈良女児殺害事件(※)をきっかけに、法務省矯正局と保護局が共同して研究会を立ち上げ、2006年から導入されている。

(※)奈良女児殺害事件=2004年11月に帰宅途中の小学1年生の女子児童がわいせつ目的で誘拐され、殺害された事件。被害者は側溝で溺死した状態で見つかった。犯人は同年12月30日に逮捕され、2006年9月に死刑判決、2013年2月に死刑執行されている。犯人は小児性愛であるとの鑑定を受けており、性犯罪者の再犯防止のための出所者情報提供制度やR3プログラム開始のきっかけとなった。

 R3プログラムではまず、受刑者に対するスクリーニングが行われる。

① 罪名や刑期の長さ、事件内容(性的動機に基づいた事件かどうか) ②常習性の高さ ③性犯罪につながる問題性の大きさなどを判定し、受講候補者を絞り込む。

 その後、「性犯罪者調査」において必要性と適合性が高い場合、R3プログラムの受講対象者に決定する。受講対象者は、性犯罪者調査の結果によって低密度・中密度・高密度に分類され、それぞれに適したカリキュラムを受ける。

 R3プログラムの過程では、自分が性加害行動に至る引き金となる出来事の把握や、性犯罪への誤った認識への気づき、ストレスや不安への対処法、被害者への理解、自分が性犯罪を起こしやすい状況などを特定していく。

 斉藤章佳さんによれば、出所後の生活を送る元受講者たちの多くが、「プログラムを受けてよかった」と答えるという。

 導入から10年が経過し、着実に成果を挙げているように見えるR3プログラムだが、現状のシステムには課題や問題点もあるという。

見えてきたR3プログラムの問題点

裁判が刑を軽くするための「セレモニー」になっていないか…性犯罪の被害者と加害者、双方の視点からの画像2

精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん

斉藤章佳さん:あるプログラム受講者は、出所した後に半年くらいハローワークで仕事を探していました。ある日、ハローワーク近くの公園で時間を潰していたところ、たまたま小学校低学年くらいの女児が忘れ物を取りに来て、すぐに帰っていったそうです。その時、彼は「この子はまたこの公園に来るな」と確信したようです。
 彼はハッとして、自分が「性加害行動の思考パターン」になっていると気がついたんです。すぐに同居している兄に電話して、性犯罪の治療を受けたいから一緒に受診してほしい、と助けを求めることで治療につながったと言います。彼には、R3プログラムで学んだ「助けを求める」という対処行動(コーピング)が残っていたのです。
 このように、実際に受講者のその後の社会生活に役立っているR3プログラムですが、性的な欲求が動機となっている犯罪でも、罪名や刑期の長さによってはR3プログラムが受けられないということがあります。僕がインタビューしたケースでは、罪名は窃盗罪であるものの、実は性的な動機によって窃盗行為を繰り返していたという方もいました。

上谷さくらさん:例えば、無施錠の家に押し入ってレイプするといった犯罪は、レイプが手付かずのところで見つかると、罪名は住居侵入だけで終わってしまうんですよね。でも、住居侵入してまでレイプしようとするのは相当悪質なんです。
 盗撮カメラを仕掛けるために住居侵入するのもそうですが、性的な動機が潜んでいるのでは? と思われるハイリスクなパターンがかなりあるにも関わらず、罪名では性犯罪だと分からずに、R3プログラムのスクリーニングから弾かれてしまうという問題があると思います。

斉藤章佳さん:ある窃盗罪の受刑者は、高校の頃からストーキングを始め、女性のハイヒールを盗んではマスターベーションに使うということが常習化していました。その後、彼は歩行中の女性のハイヒールを盗むなどして受刑歴が複数回ついていますが、服役中にある教育専門官に勧められ、出所後お父さんとともにクリニックを訪れました。
 彼は、「コツコツコツ」というハイヒールの音を聴くとスイッチが入ってしまうんです。これは余談ですが、『#KuToo』の話をしたところ、彼はこの取り組み自体やその本来の目的は知らなかったのですが、「そんな素晴らしい活動があるんですか、この世からハイヒールがなくなってほしいです」と答えました。我々には分かりませんが、彼にとっては切実な悩みなんです。
 彼は「R3プログラムを受講できるならしたかった。クリニックの治療にももっと早くつながりたかったけど自分が性依存症だと誰も教えてくれなかった。自分の問題に早く気づきたかった」と言いました。このように、R3プログラムは本当に受講が必要な人にリーチしていないパターンもあるんです。

 また、スクリーニングの問題だけではなく、受講時期にも問題があると思います。ある受講者は、刑期の中間でR3プログラムを受講したはいいものの、残りの刑期では学ぶ機会がなかったため、出所する頃には頭から抜けてしまったと言いました。また、内容がかなり圧縮されていて本来もっと時間をかけて実施するプログラムを短期間で終えるため、詰め込み教育の感は否めなかったと語る元受刑者もいました。この辺りは、矯正施設側の予算やマンパワーの問題があると思います。
 行動変容のプログラムなので、本来であれば持続が必要なんです。
 また、刑務所内で使用されているとても良い内容のワークブックがあるんですが、著作権の問題などがあって持ち出しができません。そのため、復習する機会がなくなってしまいます。これは認知行動療法に取り組んでいく中で致命的な問題です。彼は、出所前に会った時に「もう一度、このプログラムを復習として集中的に学びたかった」と言っていました。

裁判が刑を軽くするための「セレモニー」になっている

 弁護士の上谷さくらさんからは、司法の観点からR3プログラム受講者に行ったインタビューの内容が報告された。

裁判が刑を軽くするための「セレモニー」になっていないか…性犯罪の被害者と加害者、双方の視点からの画像3

弁護士の上谷さくらさん

上谷さくらさん:受講者の方に「裁判中、被害者のことを考えましたか?」「被害者に対してどう思っていましたか?」と聞きました。すると、その答えは「自分が大きな罪を犯して捕まって、その罪に対して申し訳ない気持ちはあった。ただ具体的にどこをどう傷つけたのか、その結果被害者がどう苦しんでいるのかという理解は全くなかった。これから先、自分が長期間受刑生活を送ることの不安感の方が強かった」ということでした。
 この裁判では、複数の被害者の調書を検事が朗読しましたが、被害者のうち一人は受講者(加害者)に対して「死んでほしい」と言い、もう一人の被害者は旦那さんが「加害者を厳罰に処罰してほしい」と、強烈な処罰感情を述べていました。
 この時、彼は「初めて自分が大それたことをしてしまったと気づいた」と言いました。ただ、この時点でも、「被害者の方がどう苦しんでいるかまでは想像がつかなかった」とのことです。

 私はこの受講者に「裁判で、謝罪の言葉を述べたそうですが、本心はどうだったんですか」と聞いてみました。すると、「自分のせいで、何の罪もないのに傷つけてしまって申し訳ないと言ったし、被害者に対して手紙も出しましたが、受け取ってもらえませんでした。今にして思えば、自分の罪がそれで少しでも軽くなればいいという思いがありました。謝罪文を書いたら情状を酌んでもらえると弁護人から言われたので書きました」という答えが返ってきたんです。

 また、私が「被害者のために何かしようと、弁護人から言われたことはありましたか?」と聞くと、彼は「情状を酌んでもらえるから謝罪文を書こうと。それ以外には何も言われませんでした」ということでした。
 このように、実際の裁判では、加害者が反省を見せるために表面的な謝罪文を提出して「二度とやらない」と言ったり、判決書で評価されるために監督能力がない証人が出てきて「監督します」と言ったり。裁判が、単に刑を軽くするためのセレモニーでしかなくなっています。こういうことは、私はもう止めていいんじゃないかなと思います。

 加害者への関わり方についても、裁判所も検察庁も弁護人も判決までしか関わらず、その後はどうなったのかは全く知らないし、もし再犯しても誰も責任を取らない。これは、非常に大きな問題だと思います。

性犯罪が被害者に与える“総合的な”影響

 今回のR3プログラム受講者へのインタビューについて、プログラムの効果や性加害行動に至ることを防ぐ方法と言う観点から検討した臨床心理士の齋藤梓さんからは、被害者支援の立場に即した加害者の更生についての話があった。

齋藤梓さん:まず断っておきたいのは、今日、私は被害者支援の立場から、加害者の再犯防止プログラムついて意見を述べるのですが、私の言葉は被害者の代弁ではないということです。
 なぜなら、被害を受けた方の心情は一人ひとり異なっており、「二度と誰も自分と同じ目に遭ってほしくない」と願う被害者もいれば、「加害者を適切に罰してほしい」とか、「加害者とはもう関わりたくない」とか、本当に色々な方がいらっしゃいます。

 被害者を支援する立場の人間として加害者臨床に望むことは、もちろん再犯の防止です。また、再犯防止のためのR3プログラムについて、それがどういうものでどんな風に行われていて、そしてどのくらい再犯防止に効果があるのかという情報を、もっと積極的に、被害者や国民に開示してほしいです。すでに白書等では報告されていますが、一般の人の手の届きやすい形で開示されていると良いなと思います。

 また、性犯罪が被害者に与える精神的影響についてはよく述べられていますが、その他にも、経済的・時間的・社会的……総合的に見て、被害者がどのような影響を受けるのかを、加害者には、知ってほしいと思っています。そして、加害者の更生に関わる人たちにも、被害者がどんな影響を受けているのか知ってほしいと思います。

 私の勝手な印象でもありますが、加害者臨床に携わる方の中には、「被害者について知っている」と思っている方もたくさんいるんじゃないでしょうか。でも、私はずっと被害者臨床をやってきて、それでも被害者にお会いするたびに、この人はこう捉えるんだ、こういう影響があるんだと新しい気づきがたくさんあります。被害者がこうむる影響はひとつではなくて、非常に多面的で多様なものであるので、それを出来る限り知っていただきたいなと考えています。

 R3プログラムについて、今回のインタビューでは、R3プログラムを受講した加害者の考え方や感情が、100%ではないけれど変化していると感じました。例えばある受講者は出所後、「癪に触ったりすることがあった時、以前は物に当たっていたが冷静に対処できるようになった。しょうがないな、じゃあどうしたらいいのかという考えに至ることができるようになったのは、R3プログラムのコーピングのおかげだ」と話していました。
 また、「事件を起こす前、もし事前にどのようなことがあれば自分の加害行動が変わっていたり、なくなっていたりしたと思うか」という質問には、受講者から「自分の中に籠るのではなく、できないことはできない、助けてほしいことは助けてほしいともう少し外に向けて発信していたら、少なくとも強姦のような大それたことはやらなかったと思う」という回答も見られています。
 R3プログラムが再犯防止に効果があるのならば、社会内でも社会外でも、もっと積極的に行われるようになればと思います。そして何より、人に助けを求めやすい社会になっていくことで、加害自体が減っていくことを願います。

 R3プログラムの導入については、非常に大切なことだと思っています。ただし、刑罰と治療は分けて考えていただきたいといいますか、治療を受けることを、減刑の理由にしないでほしい。そして、刑務所内で治療を受けた場合、出所後も、社会とつながり、効果が継続するシステムにしてほしいと思います。

後編に続く

(構成:雪代すみれ)

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。