魔導王と少し賢い豪王   作:天塚夜那

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最終話

 バザーの出現に民兵達がかすれたような悲鳴を上げる。

 魔導王に敗北し、今やほぼ奴隷として魔導王の配下に入ったと聞かされていても、刻み込まれた記憶が震えと敵意として現れているのだ。

 だが、刃のように己を貫く敵意と恐怖の視線を前にしてもバザーは構わず歩を進める。

 気付いていない訳ではない。ただ、戦うとはそういう事だと理解しているのだ。目を背けたくなるような事が当たり前のように起こるものなのだと。

 近づくバザーに対して隊列の中から現れる人物がいた。

 

「お前がバザーだな。魔導王陛下から話しは聞いている。私は聖騎士団副団長、グスターボ・モンタニュス。この東門の指揮官を務めている」

「陛下よりそちらに従え、と命じられている。指示をもらえるか?」

「そうか。……なら、お前には我々の隊列より前で戦ってもらいたい。理由は……分かっているな」

「無論だ」

 

 バザーは平然と答えた。

 隊の先頭など、指揮高揚の為か処罰の為の配置だ。そして、これまでの自分のやってきた事を考えれば、人間からの援護は期待出来ないないだろう。

 だが、そんな事はバザーも予想していた。

 だからこそ、その歩みには僅かな恐怖も悲壮感もない。自らの運命を理解し、歩む者の力強さがある。

 民兵達が左右に分かれて出来た道を進み、扉代わりのバリケードを軽々と飛び越え、門を抜ける。

 すると、視界が一気に広がった。

 遮るものが全く存在しない空間に、唯一亜人軍がバザーの前方を塞いでいる。

 軍勢を構成しているのは半人半獣。それ以外の種族は一切見受けられないところをみると、あくまでメインは西門という事なのだろう。

 

「となると指揮官はヘクトワイゼスか」

 

 厄介な相手だ。

 バザーはアベリオン丘陵で十本の指に入る強者であり、オルトロウスの中にバザーに勝てるものはいない。だが、それは一対一であればこそ、多対一となるとバザーの勝率は限りなく低い。皆無と言ってもいいだろう。

 退くべきだ。

 バザーの実力ではこの物量を押し留める事は出来ても、押し返す事は出来ない。撤退こそ最も賢明な判断だ。

 だが―――。

 

「逃げても、諦めても……何も守れなかっただろうが」

 

 剣を持つ手に力を込める。強く、音が聞こえる程強く。掲げた盾が光を反射し輝く。不退転の決意がそこにはあった。

 

「我が名は豪王、バザー!! オルトロウスの戦士達よ、この首欲しくば前に出よ!」

 

 バザーの声が市壁を震わせるほどの圧力を持って響く。

 その声に押されるようにして戦士達は我知らず一歩後退した。

 戦士達は互いに誰が進むのか目配せし合うが、手にした武器の切っ先が全員の心の内を如実に物語っている。

 だが、軍勢の中でただ一人、バザーの咆哮を前にしても一歩も退かぬ者がいた。

 笛の音が辺りにこだます。

 乱戦の中であっても周囲に響き渡るオルトウロス特有の笛。その音色と共に戦士達は武器を握り直し、隊列を整えた。

 

「無意味な問答は行わないか―――そうでなくては」

 

 バザーは深く身体を沈め、突撃するような姿勢を取る。

 対するオルトロウス達は重武装の戦士を前面に配置した鋒矢陣形。突破力に優れた陣形であり、側面からの攻撃に弱いだ。もっとも、バザーに側面を狙う手段は無いのだが。

 

「ならば、正面しかないな」

 

 雄叫びを上げ、騎士槍を構えた重装兵が突撃を開始する。オルトロウスの身体能力とその身を包む鎧によって、堅牢な陣形すらも崩しうる突撃を前にしてもバザーは動じない。それは、覚悟故であり、己の実力への自負であり、僅かな王としてのプライド故だ。

そして、軍勢がバザーの間合いに入った時、初めて一歩踏み込んだ。

 

「〈剛腕豪撃〉〈素気梱封〉」

 

 ―――踏み込み一閃。

 たったそれだけの攻撃。しかし、結果は目を見張る物だ。

 無数の金属片が中空を舞う。それは全て最前列の重装兵が手にしていた武器の破片だ。バザーは一撃で自分に向けられた槍のほとんどを砕いてみせた。

 そして、そこに追撃の一手を加える。

 

「ムゥァアアア」

 

 裂帛の気合いと共に大剣を薙ぐ。

 前方に立つオルトロウス三体から血が噴き出し、四体目に刺さった状態で止まった。

 

「〈盾強打〉」

 

 剣の刺さったオルトロウスを盾で殴り飛ばし、突き出される槍への壁にする。そして、前方の開いた隙間に向け跳躍した。狙うは敵陣中央、工作兵が配置されている場所。一度目の跳躍では届かず、着地と共に周囲の敵を切り伏せていく。相手を選ぶ必要も、間合いを意識する必要も無い。前後左右敵しか居ないのだから、槍も、盾も、敵も、手当たり次第に切って払う。

 周囲から息をのむ音がする。兵士達が恐怖を感じているのだ。白銀の毛並みを真紅に染め、前だけを睨むように見つめるバザーの気迫に。

 一歩下がる重装兵に対してバザーは一歩踏み込む。勢いに乗っているからではない。重装兵の背後にはしごを抱えた兵士達を見つけたのだ。

 

「〈盾突撃〉!」

 

 目の前の重装兵に突撃し、後ろにいた兵士諸共後方に押し込み陣形に風穴を開ける。

 

「グォオオオオオ!!」

 

 押し倒した敵兵の上を自慢の脚力で飛び越え、大剣を振り下ろす。はしごが抱えていた兵士諸共真っ二つに裂けた。更に、攻城兵器を装備している為戦闘力の低い工作兵を片っ端に切り裂いていく。

 目につく最後の一体を盾で殴り飛ばしたその時、僅かに集中力が緩み、横合いから突き出された槍を躱し損ねる。

 バフォルクの体毛は斬撃武器には耐性が有るが、刺突にはない。槍はバザーの脚を深く抉っていく。

 思わず片膝をつく。それを見た戦士達が即座に追撃を行う。

 

「豪王、バザー!その首頂く!!」

 

 だが―――ここで、負ける訳にはいかない。

 その一心で切り札の発動を決める。大剣の能力を使い、一気に振り抜く。それと共に砂塵が舞い上がり、戦士達の視界が奪われた。そして、脚の止まったところをマジックアイテムの力で無理矢理加速し、一息に斬り捨てていく。

 しかし、戦士達もただではやられない。目が見えずとも槍を振り応戦しようとする。

 全員を斬り伏せた時、己の体毛を濡らしているのが返り血なのか自分の血なのか分からないほどの傷を受けていた。

 それでも、武技や装備したマジックアイテムの力でどうにか姿勢を保ち、敵の隊列に突撃する。

 だが、戦えば戦うほど疲労は溜まり、剣速は鈍くなっていく。腕に込める力も次第に落ちていき、敵を一撃で仕留める事も出来なくなる。そして、一人、また一人と周囲に敵が増えていき、それに合わせて反撃が増えてくる。

 もはや、回避も防御もしている余裕はない。ただひたすらに敵を斬り捨てる事しか出来ない。もちろん、戦士を一人斬り捨ててもすぐに別の戦士が現れる。

 

「まだだ……まだ、終われん!!」

 

 咆哮を上げ重戦士を殴り飛ばすが、頭の片隅で己の限界を悟っていた。だが、まだ剣は振れる、鎧は攻撃を弾いている、盾は敵を退けている。

 バザーは強く大地を踏みしめ、構え直す。

 その目に映る覚悟を感じ取り、戦士達も覚悟を決める。

 武器を構え、双方が言葉無く死闘を繰り広げようとした。

 ―――瞬間、無数の何かが割れる音と共に両者の間に炎の壁が生まれる。

 ゴウゴウと熱気を放つ炎にたまらず距離を取るとバザーの背後から飛び出す者が居た。それは先程東門で聖騎士団の副団長を名乗った男だった。

 

「下がれバザー! 市壁まで下がって回復しろ!」

「お前は……聖騎士の」

「グスターボだ! さっさと下がって回復しろ。お前に死なれては陛下に申し訳が立たん」

 

 見ればグスターボの他にも剣を抜いた聖騎士達がバザーの周囲を囲むように陣形を作っている。

 その時、炎と煙の中から飛び出す影があった。だが、グスターボも他の聖騎士達も煙で視界を奪われているのか、気付いていないように見える。

 

「ムゥウン!」

 

 バザーがオルトロウスの槍を弾く。本来なら体勢が崩れた所に追撃を加えるのだが、脚が思うように動かず距離を詰められない。

 

「うぉおおお!」

 

 グスターボが雄叫びを上げながら空いた胴体に飛び掛かり鎧の無い首元を斬り付ける。

ザッと音を立てて血の飛沫が上がる。

 辺りを見回したグスターボが再び怒鳴る。

 

「火の勢いが落ちてる、総員後退!」

 

 聖騎士達が後退を開始する。その中、バザーは迷わずグスターボの隣に立った。

 

「殿は任せてもらおう」

「なっ、何を言ってるんだ! 我々はお前を下がらせるために」

 

 グスターボが表情を歪めながら叫んでいる。声には焦りと微かな怒気が含まれているが、怒鳴られているバザーは平然としており、僅かに笑みすら浮かべていた。もっとも、グスターボからはそれがどのような表情なのか皆目見当が付いていないのだが。

 

「視覚防御のアイテムを持っていないのだろう。敵も見えていないような者に殿は任せられんな」

 

 悔しげな声を漏らすグスターボを横目にバザーはもう一言付け足す。

 

「……信頼はしているぞ」

「……ふっ、そうか。そちらもまだへたばるなよ」

「無論だ」

 

 種族も違う、互いの表情も読めない二人はそれぞれがそれぞれの守るべきものの為に武器を構えた。

 そして、後退しつつ敵を迎え撃つ。火が弱まっていくごとに敵の数は増えているが、先程と比べるとかなり余裕のある戦いだった。少数とはいえ、増援を受けられたという事と、回復手段があるというのが大きい。

 動きの鈍くなったバザーは特殊技術による足止めを行い、グスターボが斬り付ける。身体能力で劣るグスターボの代わりにバザーが敵の突進を食い止める。一方の傷がひどくなれば少し下がって回復しその間にもう一方が敵を防ぐ。

 ひたすらに剣を振り、剣を振り、剣を振り続けた。そして、気付いた時には民兵達が掲げた盾に寄りかかっていた。どちらも息は荒く、呼吸をするのも苦しい。

 だが、グスターボに大きな傷はなく、バザーは撤退を開始する前よりも傷が治っている程だ。

 そして、二人は急に追撃を辞めた敵軍を見つめる。

 いや、見つめているのは敵軍の中を悠々と駆け抜けるアンデッド。

 微光を放つ骨の馬のようなそのアンデッドが駆け抜けるとどういう訳か戦士達が次々と倒れ伏して―――否、死んでいくのだ。

 撤退の笛が何度も鳴らされ、慌てふためくオルトウロス達はまともな抵抗も出来ずに謎のアンデッドに文字通り蹂躙されている。

 

「ハッハハ、ハハハ。ハハハハハハ」

 

 バザーは思わず笑い声を上げていた。

 それは自分とはいかに力無き存在であるかという無力感。そして、自分が仕える王の偉大さを目にした歓喜。

 その二つが合わさったどこか乾いた笑い声が辺りに響く。

 すると、突然バザーが倒れ込んだ。あまりに呆気ない光景に力が抜け、溜まった疲労と痛みに耐えられなかった。

 だが、倒れ伏したバザーを目にしても誰も手を貸さず、その様を見ていた者達の多くもただそっと目を逸らす。

 たった一人を除いては。

 

「立て。バザー」

 

 グスターボはバザーに肩を貸し、立ち上がらせる。そしてそのまま、二人は連れ立って民兵の間を歩いた。

 

「……良いのか?」

「お前の事は許さん。だが、陛下には恩義がある。それだけだ」

「そうか。感謝せねばな」

 

 薄暗い市壁の門を抜けると街の中には歓喜の声が溢れていた。民兵達の多くが天を見上げ、勝利の喜びと魔導王への感謝の声を上げている。そして、そんな街中を歩くバザー達もまた、いつのまにか空を見上げていた。

 雲を割って日の光が差し込む空を。




途中、投稿間隔が異常に開いてしまいましたが、なんとか今回で完結となりました。
今までのご愛読ありがとうございます。
今後も執筆活動は続けるつもりですので、また別の作品でお会いしましょう。
最後にもう一度

ご愛読ありがとうございました!

佐藤東沙さん誤字報告ありがとうございます

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