「中小企業で経理課長をしています。上司から粉飾決算をするよう指示されそうです。従わないと解雇されそうです…」。Yahoo!知恵袋で実際にあった相談である。この相談が真実かどうかは分からないが、もし不幸にしてそんなシチュエーションに遭遇してしまった場合、どう対処すべきだろうか。
■法律は労働者を弱者として保護している
まず基本的な前提であるが、会社は労働者を簡単に解雇することはできない。上司の命令に従わない、ただそれだけの理由で会社は労働者を解雇できない。法律は、労働者は会社と比べて立場の弱い者であるとして保護しているのである。これを法律的な用語でいうと、不当な解雇は解雇権の濫用であるとして解雇が無効になるということだ。
では解雇が正当なものとして認められるのはどのようなときか。判例で認められているのは、次のような場合である。
第1に、労働者に「重大な」規律違反があった場合である。例えば、多額の会社の金品を着服・横領したような場合である。これに対し遅刻・欠勤が数回あったというだけでは「重大」とは言えず、上司による再三の注意・警告を経ても改善の見込みがないような場合に初めて「重大」に至ることになる。
第2に、労働者の能力に「著しい」問題がある場合である。これも単なる成績不良ぐらいでは「著しい」とは言えず、教育・訓練をしたり職務変更をしたりしてやり直しの機会を与えてもなお改善の見込みがないような場合に初めて「著しい」に至ることになる。
第3に、会社の経営状態が「著しく」悪い場合である。これも単なる業績悪化ぐらいでは「著しい」とは認められず、役員報酬減額、希望退職募集など、解雇を避けるための他の様々な手段を採ったにもかかわらず倒産必至という程度まで要求される。
■企業が労働者を解雇する方法
そうすると容易に想像できるが、会社側が正面から堂々と「粉飾決算の指示を拒否したから解雇する」などと主張するシチュエーションはあり得ない。そんなことを主張すれば、あっという間に不当解雇として解雇が無効となってしまうだけからだ。だいたい、会社が、粉飾決算をしようとしていたことを自ら認める主張をするはずがない。
そうすると、粉飾決算の指示を拒否する労働者を解雇するためには、会社はどうするのか。1つは、当該労働者が自己都合退職するよう巧みに誘導することであろう。もう1つは、解雇が正当に認められる要件を満たすよう、表向きの解雇理由を作り出すことであろう。粉飾決算の指示を拒否する労働者を解雇するためには、当該労働者が自己都合退職するよう追い込み、それでも退職しないのであれば、労働者に重大な規律違反があったとか、労働者の能力に著しい問題があるといったことをでっちあげることになる。
■証拠化が大事
これを労働者の立場から見た場合、証拠化が大事ということになる。つまり、重大な規律違反があったとか、能力に著しい問題があるとかいった理由はでっちあげの理由であって、解雇の本当の理由は粉飾決算を拒否した点にあるということを、きちんと説得力をもって主張できるようにしておくことが、最善の自衛策になるということだ。後日、裁判官などの第三者に納得させることができるよう、きちんとした証拠を残しておくことが大切だということである。
「チャレンジせよ」などといった粉飾決算を強要する上司の発言を録音しておくことや、メールや議事録を保存しておくこと、実際に決算を粉飾しようとしていた手口や内容を記録化しておくことなどが考えられる。そういった直接的な証拠がない場合でも、個人的に日誌・日報を付けておき、その日に上司が言った内容や指示をできる限り詳細にメモしておくだけでも、相当の証拠となりうる。
■証拠を握ったうえで弁護士に相談を
その上で、それでも本当に解雇されそうになっている、あるいは実際に解雇されたというのであれば、これらの証拠を手に不当解雇と闘っていくことになる。
具体的には労働者側に立って労働事件を取り扱うことの多い弁護士に相談してみるのがよいであろう。日本弁護士連合会(日弁連)の運営する弁護士情報提供サービス「ひまわりサーチ」で「労働事件(労働者側)」を重点取扱業務としている弁護士を探したり、「弁護士ドットコム」で労働者側に立って労働事件に注力する弁護士を探したりすれば、適切な弁護士を見つけることができる。
その上で、弁護士から会社に書面を送ってもらったり、対話を申し入れてもらったりすることになろう。それでも解決しない場合には、労働審判を起こしたり、解雇無効や損害賠償請求の裁判を起こしたりすることも考えられる。
■強力な証拠があれば会社は折れる
しかし、そもそも強力な証拠を手に握っているのであれば、すなわち上司が粉飾決算を強要しようとしたことが明らかな証拠を労働者が握っているということであれば、会社側も労働者の申し出を軽々に扱うことはできないはずだ。労働審判や裁判になるだけでも、会社に相当のダメージを与える可能性がある。それらに至る前の段階で解決させようと、会社側が折れてくる可能性も高い。
弁護士に相談する以外にも、会社の内部通報窓口へ通報することも考えられる。特に社外窓口を設けている会社の場合、社外の弁護士に直接通報することができる。なお、公益通報者保護法は、公益通報したことを理由とする不利益な取扱いを禁止している。その他にも、労働基準監督署に相談する、都道府県の労働局にあっせんを申請する、労働組合に相談するなどといった方法もある。
宮仕えのサラリーマンの身としては、普段は上司の命令には従わなければならないのはやむを得ないことである。とはいっても上司の命令があるからといって違法行為をすることが正当化されるわけではない。正しい法律知識を持ち、不正に加担しないことである。 (ZUU online 編集部)