【現在】差別研究の現在

障害者研究の書籍をネットで検索していくと不思議な事実に遭遇する。おそらく今も地道に研究を続けている研究者は数多くいると思うのだが「差別」と名のつく書籍は2005年ごろを境に急速に減少している。その後に出版された「差別」とタイトルにつく書籍の多くも、2005年以前から行われていた研究の集大成であったり、ベテラン研究者による新書版であることが多い。それに代わって、特に2008年ごろから増えてきたのが「排除」とタイトルにつく書籍である。

なぜ、こんなことが起こったのだろうか?筆者なりの考えをまとめてみたい。

まず、「差別」という言葉の意味を自分なりに整理しておこう。先行研究では21世紀になっても、差別の定義は論者によって異なっていたのだが、さしあたり、私的定義は

「身体的、空間的に可視化できる特徴を持つ人々に対して不利益な取り扱いを行うことおよびその権利、機会を制限、はく奪すること」

になる。

筆者の定義の最大の特徴は「差別」される人々は何かしら可視化される特徴を有しているという点にある。可視化できる特徴とは具体的には身体障害、性別、肌および髪の色などの身体的特徴、被差別部落、移民街出身者のように特定しやすい居住区に住んでいるという空間的特徴のことを指す。「差別」研究が古くから対象としてきた障害者差別、外国人差別、性差別などは、外見によって属性を特定しやすい人々に対する不利益な取り扱いの内容、原因などが分析の対象になる。また、被差別部落などは居住空間が特定しやすく、地域を対象にした調査がしやすいという事情もあったのだろう。少なくとも、「差別」研究の対象となる被差別者はどのような人々を調査の対象にすればいいのかがわかりやすい。

一方、「排除」の場合は、調査の対象者を特定することは難しい。いくらかの例外もあるが、「排除」の対象となる人々の中には通常とは異なる身体的特徴を持つ障害者、性的少数者などもいるのだが、それは可視化できる特徴とは言えない。移民は「差別」だけではなく、「排除」研究の対象にもなりうるが、身体的特徴、居住空間が不明確な人々が「排除」の対象になることもあるので、調査の対象者を探すことさえ、困難がつきまとう。

話を元に戻そう。「排除」研究が主流になったとは言え、障害者「差別」研究の必要性はなくなった訳ではない。特に身体障害、重度知的障害など可視化されやすい障害を持つ人々の研究において、「差別」は今なお重要な意味を持つ。しかし、一口に差別といっても、筆者には主に加害者側の意図を基準とした4つの類型があるように思う。ラフな描写ではあるが、4類型を簡単に紹介しておこう。

①意図された差別…明らかに相手に不利益を与えてやろう、苦しめてやろうという意図に基づいて行われる「差別」のことである。障害者を狙ったリンチ、いじめ、排斥運動、監禁などがこれに該当する。

②意図されぬ差別…加害者側にその障害者に不利益を与えてやろう、苦しめてやろうという意図はなかったが、障害者を無力な存在、非理性的な存在、無性的な存在と見なしていたため、結果的に障害者の不利益に帰結してしまうような「差別」のこと。例えば、障害者雇用をしている
事業主が「障害者にやらせる仕事がない」と言って仕事を与えないケース、支援者が「障害者は的確な判断ができない存在だ」と見ているためその障害者の判断は考えを軽視している場合などがこれに該当する。

③意図に反する差別…元々は障害者を保護する、より過ごしやすい場所を提供するといった理由で始められた医療、福祉の実践が、結果的に障害者の排除に帰結してしまったケース。例えば、ホームレス状態にある障害者を保護する施設を創設した結果として障害者の隔離が進行してしまったケース、障害児に配慮できる教育環境を提供しようとした結果として分離教育が進行してしまったケース、できるだけ療養に適した自然豊かな土地に障害者施設を立地した結果として物理的な隔離が進行してしまったケースなど。

④意図とは異なる差別…まさに当事者不在で支援関係者同士が縄張り争い、責任の押しつけあいを行った結果として、不当な取り扱いが進行してしまったケース。例えば、厚労省から予算を削減されそうになった障害者入所施設が生き残りをかけて様々なロビー活動を繰り広げた結果として施設が必要もなく存続してしまったケースなどが該当する。

いかがだろうか?①意図された差別は一番わかりやすいが、実は障害者支援の世界に身を置いていると、あまり見かけることのない「差別」である。むしろ、②、③の方が直接支援の世界ではよく見かける。④は直接支援というよりは、経営者、運営者の自己保存の実践が、結果的に「差別」を固定化してしまったケースである。

②~④のように悪意説では説明がつかないような差別に注目する方が、今後の研究には有益と判断する。

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