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幸せってなんだっけ?~迷子娘と加害者たち~ 作者:立木 るでゆん
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50、時はきたりて

 冬の間ほとんど雪も降らず、極寒と乾燥の二つに苦しめられ続けた聖都。

 ようやく温もりの兆しが見え始めたとはいえ、春いまだ遠し。そんなある日の出来事である。


「どうかお恵みを……」


「お慈悲を……」


 地面に直に座った人々が欠けた器を差し出し、慈悲を請う。横を通る豪奢な格好の聖職者たちは、まるで見えていないかのようにその存在を無視している。


 大通りから一本奥へ入ってしまえば、その光景は更に悲惨さを増す。


 地面に横たわる避難民。満ちる悪臭に眉をしかめる古くからの市民たち。戸口の前に身を寄せた避難民を容赦なく追い払う。


 そうして追い払われた民は安住の地を探し、更に劣悪な環境へと落ちていく。


「……炊き出しはこちらです。

 一列に並んでください!」


 ごく稀に郊外の隅で行われる炊き出しには常に長蛇の列が出来た。量が足らない、前の者のほうが具が多かったなどと常に一触即発の空気が流れながら行われている。そしてある日、事件は起きた。



「あの、どうか……」


「ごめんなさい、今日の分はもう終わってしまったの……」


 申し訳なさそうに頭を下げる修道女に、並んでいた避難民たちは一斉に抗議の声を上げた。


「そんなっ!! 朝から並んでいたのに!!」


「乳飲み子がいるんだ!!」


「高齢の親がっ!!」


「子供が餓えているんだ!!」


「お前たちの分はあるんだろう!! 寄越せ!!」


 抗議が抵抗となり暴力に変わるまで、そう時間はかからなかった。


「やめて!!

 本当にないの!!」


「落ち着きなさい!!」


 食事を配っていた修道女や神官や下男たちに民衆が牙を剥く。椅子や机、炊き出しに使われていた鍋を初めとする調理器具が投げつけられる。手近にある石を手に殴りかかってくるものもいた。


「やっぱり!! 隠してやがった!!」


 一人の男が昼食用として確保されていた食料を見つけた。


「チーズパンにスープだ!! 肉も入ってやがる!!」


「俺たちには野菜屑のスープのクセに!!」


「パンだってこんなに大きいぞ!!」


「私たちには恐ろしく固い乾パンだけなのに!!」


 聖都の聖職者としては質素な食事だったが、炊き出しの内容と比べてしまえば格段に豪華な食事。それが避難民達の怒りに火をつけた。


 暴力は暴動となり聖都を覆う。打ち壊し、火付け、略奪。そして法王の命令により聖騎士や守護騎士による武力鎮圧。


 神に護られたはずの都に血と炎の嵐が吹き荒れる。


 無論、訓練され装備も整った兵士に民が敵うはずもない。道には打ち倒された死体が溢れ、扇動したとされた避難民は聖都に対する罪人として晒された。


 啜り泣く避難民達に今度は元々の民が牙を剥く。それは当然と言えば当然だった。


「ああ、嫌だ。また地面に寝ているわ」


「あんな飢えた目をして。あちらを見るんじゃないぞ。襲われる」


「聖職者様に危害を加えるなんて何を考えているのかしら」


「誰のお陰でこの都にいられると思っているのだ」


 心ない言葉は暴動に参加しなかった弱者達にも向けられた。炊き出しの数も明らかに減り、施しも減る。そんな極限の状態の中、避難民達のキャンプで働く一人の少女がいた。


「大丈夫ですよ。さあ、こちらへ」


「ごめんなさい。食べ物はなくて……」


 郊外に建つ神殿は古びてはいるが安全だった。そこに到着した人々を受け入れ、共に飢え生活する。


「アリスちゃんも少しは休みな」


「アリス、これはどこに?」


 王都から来た見習い修道女のアリスは常に微笑みながら、人々と共に生活していた。

 昼間聖都に物乞いに行っていた親子が殺されたある日の晩、大部屋のベッドの上でポツリと弱音を吐いた。


「私は王都で死ぬべきだったのかもしれない」


「アリス、何を言っているんだい」


「あのね、おばさん。私、落ち人様にお会いした事があるの」


「落ち人様だって?! あんたそりゃ」


「そう、落ち人ティハヤ様。

 一緒に食事をさせて頂いた時があって……」


 ためらいながらも続けるアリスの言葉を大部屋の者たちは固唾を飲んで待っている。


「落ち人様はいい人だったよ。

 でも私たちを助けられないってはっきり言われた。助けてくださいって言ったのに……。どうしたらお怒りを解いて下さいますかって聞いたのに……。苦しいだけの世界なら、いっそあの時神官様たちとこちらへ来ずに、王都と運命を共にすれば良かった」


 己を責める少女の声に衝撃を受ける以上に、落ち人が民を助ける気がない。その事実に人々は衝撃を受けた。何処かでいつかは助けてくださると思っていた避難民達の声なき悲鳴が部屋に満ちる。


「以前旅人から落ち人様がマチュロスの地に住まわれていると聞いた。そこは作物も実り餓死者もでていないと……アリス、何か知っているかい?」


「うん、確かにティハヤ様は廃棄された土地に居を移されたって修道女様たちが怒ってた」


「マチュロス……か」


「そこならばあるいは……」


「ああ、旅人も飢えない為にマチュロスを目指すと話していたよ。ここにいても私らが耕す大地はなく、新たに仕事を求めてもマトモな仕事はありゃしない」


「女は花を売るか、物乞いをするか……」


「男は汚くキツイ仕事をするか、闇に落ちるか」


 絶望の空気が部屋に満ちる。


「それならいっそ……」


「野垂れ死んでもこのままここで飼い殺されるよりは……」


「マチュロスの地を目指すのも……」


 避難民達にマチュロスの地が希望の土地として広まるのに時間はかからなかった。ポツポツと聖都を出発する人々が出始めた頃、ひとつの声明が出される。


【法王によるマチュロス表敬訪問】


 同行を希望する者については受け入れる。騎士達の護衛もつくと大々的に知らしめられ、一気に機運が高まった。





「法王様。同行を希望する民が万を越えました」


「そうですか。それはなにより」


 眼下に聖都を見下ろす法王は私室から今日の世話係を下げつつ側近に答えた。まだ年若い修道女は暗い表情のまま深々と頭を下げて退出する。


「聖都は少し人が増えすぎました」


 先王が晒され埋められた丘の方角を見ながら法王は呟く。


「その通りです。市勢では痛ましい事件も起きております」


「落ち人様の地には北の貴族が手のものたちを送り込もうとしています。私がご挨拶に行けばそれらへの牽制にもなりましょう」


「全くです。落ち人様を利用しようとは言語道断。嘆かわしいことです」


 穀倉地帯の貴族たちの動きは、この聖都でも掴んでいた。落ち人の為にその動きを牽制する……という大義名分での表敬訪問。それに増えすぎた民が、勝手に同行するだけ……。同行した後共に戻るかどうかは民の自由。そんな論理で着々と準備は整っていた。


「して、あちらからの返答は? 来たのでしょう」


「辞退したい……と」


「やはりですか。ですがこれは神からのご指示。逆らうことは出来ません」


「分かっております。久々にもたらされた神託です。オルフェストランス神様からのご指示を違えるわけには……。準備を急がせましょう」


「任せます。私は今しばらく祈りを捧げます」


 窓辺に跪いた法王に一礼して側近は去っていった。


「おお、神よ……」


 ささやく様に法王が神を呼ぶ。


「何故何も答えてくださらぬのですか。

 オルフェストランス神よ、貴方様からの御神託が途絶えて早十ヶ月。落ち人の存在を知らせ、その処遇についての神託以来、貴方様は沈黙を守っておいでだ」


 恨み節に近い声音で法王が続ける。


「王都は滅び、多くの民も死にました。異界の神が罰当たりにもこの地を現れたとの報告も受けております。

 神よ、オルフェストランス神よ。なぜ我らを助けてくださらぬのですか。

 何ゆえ沈黙を守っておられるのですか」


「落ち人の地は豊かな実りを得ていると聞きます。我らの地は乾燥と寒さに責め苛まれている。何ゆえでございますか」


 長く続く法王の祈りに答える『声』は今日もまたなく、部屋には虚しさが満ちる。


「かの地が実りに満ちているならば……それは我々の為である。

 そうで御座いましょう、神よ」


 ひとしきり訴えた法王は最後に挑むようにそう語りかけると、祈りの姿勢を戻した。


「神は黙して語らず。

 なれど有限の時を生きる人はその歩みを止めることは出来ない。

 導く我らに祝福を。

 ティハヤ……落ち人よ、汝の生はこの世界の為にある」


 神託があった様に偽装しても、避難民達を何処かへ遣ってしまわなければ、聖職者たちの平穏な生活は脅かされる。等分に飢えれば何とか乗り切れるかもしれない。本来の教義であればその考えが推奨されよう。だが飢えや渇きを知らぬ聖職者達がそれに耐えられるとは思わなかった。


 悩む法王に神は沈黙を持って答えた。


 故に己の罪を自覚しつつも法王は、豊かな大地へと民を送り届けるだけと言い訳をしながらマチュロスへの準備を進める。




【作者の独り言】

さて風雲急を告げる50話です。

ブタさんが動きますよー。←ブタに失礼ww


ブタと同時にアリスちゃんも千早の所に来そうな予感wwアリスが分からない方は「12、見習いアリス」を参考にしてくださいませ。無事だったのね、この子ww要領よく生き残っていたっぽい。


さて次は久々のオルフェストランス神視点です。

親知らず抜いてめっちゃ腫れてる今日この頃。治ったら書きますから少しお待ちくださいませ。


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