バジウッドが神殿送りになった翌日、ユリの元へ帝国から招待状が届けられていた。
(帝国の上層部とコネクションが出来るのはうれしいですが……呼ばれた理由は……なんでしょうね)
コネクション作りとして利用しない手はないとユリは招待に応じて現在城の一室で待機している。
売れない商品の山に埋もれながら店を出し続けるのに飽き飽きしていたところであるため嬉しいことではあるが理由が思い浮かばない。
呼ばれるとしたらルプー魔道具店のほうかと思っていた。あちらはメイドたちが非常に良く働いており店舗数も帝国内に増えて大繁盛中だ。毎日は見に行くことは出来ないが隊長たるツアレ指揮官の指導のもとうまくやっていることだろう。
(とするとやはりハンバーガーのことなのでしょうか……)
控室でソファーに座りながら呼ばれた理由を予測していると開いたままになっていたドアの横からピョコリと顔が覗く。その顔はじっとユリを見つめていたかと思うとそのまま引っ込んだ。
(今のは……老人……?)
ユリが訝しんでいると再びピョコリと顔を出したのは白髪の老人の顔だ。それを小さな子供がやっているのであれば可愛らしくもあるのだが、いい大人がやっているのを見ると不気味でしかない。
「《
再び顔を出した老人はキョロキョロと周りを見渡したのちユリへと魔法を放射する。ユリはいつもの自分の十八番を奪われた形になりイラっとする。
(くっ……この外装でなければお返しに《道具上位鑑定》をぶち込んでやるものを!)
ユリは職業構成として魔法を1つも覚えていないストライカー。相手の所有する道具を鑑定することを出来ないことが苦やましい。
「ほほぅ……素晴らしい……素晴らしいものをお持ちですな……」
老人は周りに誰もいないことを確認するように左右を見回した後、部屋へと入ってきた。なお、フールーダは相手の使用できる位階魔法の上限を知る
しかし、その身に纏った装備から放たれる魔法の輝きがフールーダの食指をそそらせる。
「あなたは?」
「わしか?わしはフールーダ・パラダインという」
「そうですか。私はユリと申します」
「ふふふふふふ……ふはははははは!見つけた!見つけましたぞ!ユリ殿、その身に纏うマジックアイテム!そして先日みた能力向上のアイテムを扱っていることといい……!素晴らしい!これほどの魔化をどのようにして行ったのか!知りたい!知りたいですぞ!」
フールーダと名乗ったその老人は突然笑い出したと思うとユリへとにじり寄ってくる。
フールーダ・パラダイン。人間でありながら逸脱者と呼ばれる人智を越えた能力者の一人であり、その目的は魔法の深淵を覗くこと。帝国に数百年に渡り仕えているのもそれを目的としてのことである。
その彼をして目の前のメイドの着ているものはその知識を越えた品であり、それを調べることによりさらなる高みに登れるのではという期待に興奮する。
「そ、それを見せてくれ!いや、見せるのだ!」
フールーダは部屋に入ってきたかと思うとユリのスカートをまくり上げ奪おうとする。
「な、なにをなさるのですか!?」
「見せろ!その深淵を私は覗きたいのだ!」
グイグイとスカートを脱がそうとしながら深淵と覗きたいと叫ぶ老人はまさに変質者そのもの。
(……なぜ帝城にこのような変質者が?警備がザルなんですか?)
どうしてこのような闖入者を許しているのかよくは分からないがこれが城の関係者であるはずはなく廃除してしまってもいいだろうと判断する。
「やめてくださいませんか?」
「断る!見せろ!覗かせるんじゃー!」
断固としてスカートから手を離さない老人にユリはやむを得ず殺さない程度に手加減をして棘付きガントレットの鉄拳を振るう。
「ぐぅ!?《
「ん?意外に硬いですね」
ストライカーたるユリの鉄拳に予想以上の威力を感じたフールーダは即座に体力ダメージを魔力ダメージへと変換させる魔法により耐え忍ぶ。しかし衝撃までは殺しきれず床に転がってしまう。
「意外とタフですね……それでは……」
ユリはフールーダへと馬乗りになるとマウントポジションを取り鉄拳を振るう。
「ぐはっ、うぐっ……わ、わしは負けん!負けんぞおおおおおおおおおおおおおお!」
その争う音と大声に気付いたのかドアから入ってきたのはニンブルであった。
そして目の前の光景に目を疑う。絶対に失礼にないようにと言われていたメイドが帝国最強の魔法詠唱者であるフールーダに馬乗りになって拳を振るっている。
そしてニンブルに気が付いたのかユリは振るう拳を止め、ニンブルを見つめてきた。
……と思ったのもつかの間、殴る手を再開させる。
「ぐはぁ!」
「いや、ちょっと!?今、目があいましたよね!?」
ユリは遠慮なくフールーダへのトドメの一撃を叩きこむとメイド服に付いた埃を叩いてと立ち上がり丁寧な一礼を返した。
「この度はお招きいただきましてありがとうございます。私はユリと申します」
先ほどまで蛮行を繰り広げていた人物でなければ非常に好感の持てる態度なのではある……が、帝国の主席宮廷魔術師を殴り倒した女である。皇帝からは絶対に怒らせるなと言われていなければ即座に捕らえるところだ。
(いや……これはもしや弱みを握るチャンスでは……)
ユリの作るあのハンバーガーは帝国にとって非常に魅力的な商品だ。あれを独占することを考えればここで恩を売っておく必要もあるかもしれない。
そう考えたニンブルはとりあえずは理由を確認することにする。
「あの……何があったかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい。変質者が闖入してきましたので退治させていただきました」
変質者とは白目を剥いているフールーダのことだろう。この人物がそんなことをするとはにわかには信じられない。自らの正当性を主張するためにでたらめを言っているのだろう。そうであれば弱みを握れるかもしれない。
「少し本人に話を聞いてみてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ?」
ニンブルは腰のホルダーからポーションを抜き取るとフールーダへの体へかける。すると目を覚ましたフールーダはギロリと目を剥いた。
そして目の前にメイドがいることに気が付くとニンブルが止める間もなくそのスカートへと頭を突っ込んだ。
「見せろ!見せるのだ!わしにその深淵を覗かせてくれー!」
ニンブルはその光景に目を疑う。相手の弱みを握るどころではない。帝国の弱みそのものがここで暴れている。
思慮深く誰からも尊敬の念を集める帝国の首席宮廷魔術師とは思えない。ユリの言う通りである。スカートに顔を突っ込み覗かせろと叫んでいる姿はまさしく変質者であった。
ニンブルは腰から剣を引き抜くとその柄をフールーダの首の付け根に全力で叩きこむ。虚を突かれたフールーダは再びバタリと倒れた。
「ユリ様。本当に申し訳ございませんでした。これは紛れもないただの変態。我々とはまったく一切なんの関係もありません。まったくどこから侵入してきたのやら……。こちらで処罰を与えておきますのでどうかお許しください」
ニンブルは床に倒れている変態を衛兵に引き渡しながらユリに謝罪するのだった。
♦
「これはよく来てくれた。ユリ殿。私がバハルス帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
「本日はお招きいただきましてありがとうございます。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下」
「長い名前だ。ジルクニフでかまわないよ。いや、君にはそう呼んでほしいな」
「さようですか?ではそうさせていただきます。ジルクニフ陛下」
ジルクニフは目の前の人物を観察する。優しく魅力ある皇帝を演出したつもりであるが、それをさらりと受け流しにこやかに対応する目の前のメイドもさるものでその内心を読み取らせない。
(ふむ……ラナーが気をつけろというのも分かるな……)
何故かわからないが、ジルクニフの感が目の前の人物に得体のしれなさを感じさせる。
「それでどのようなご用件でしょうか」
「ああ、そのことなのだがね。ユリ殿の店舗ではハンバーガーセットなる食べ物を売っているそうだね」
「はい……」
ユリの表情が曇る。報告では全く売れていないと聞くが、非常に美味でありそして制限時間が1時間と短いが肉体能力が大幅に上昇すると聞く。ジルクニフはごくりと唾を飲み込むと提案をユリに提示する。
「そのハンバーガーセットだが、大量注文は可能かい?」
「買っていただけるのですか!?」
ユリの顔がぱっと輝く。思わす見惚れてしまいそうな笑顔であるがそこは政治の世界では百戦錬磨の皇帝、その素振りさえ見せずに微笑みかける。
「ああ、ぜひお願いしたいと思っている。そうだね、秋までに10000食ほどお願いしたいのだが……」
「10000ですか?」
少し多いが全く売れないアイテムを処分出来てアイテムボックスが空くのは悪くない。そう考えたユリは即答する。
「かしこまりました。ではご指定の日にお持ちしましょう」
「それほどの数だと一度には無理ではないかい?少しずつ持ってきてもらえればこちらで《保存》の魔法をかけて……」
「いえ、ご指定の時間にご指定の数をご指定の場所にお持ちしますのでご安心ください」
ありえない話にジルクニフは動揺を隠しきれなくなる。それほどの数を一度に運ぶ手段はどうするのだろう。しかし、あれほどの効果を持つ食事を作ることが出来るのであればそれも可能なのだろうか。それともラナーの言っていた言葉が頭をよぎる。
「ロフーレ商会にはそれも可能ということか……」
「はい、今後ともロフーレ商会をよろしくお願いいたします」
そう言ってほほ笑むユリには自信が漲っているように見えた。口から出まかせを言って利用には見えない。
「そ、そうか……助かる。今後ともこちらとしても繋がりを持っておきたいものだよ……何か困ったことがあったら言ってくれたまえ」
「ではお願いしたいことが一つあるのですが……」
「ほぅ?私で良ければ力になるが?」
「モモンガ様という御方またはナザリックという土地をご存じないでしょうか」
ジルクニフは記憶を探るが心当たりはない。しかしここで恩を売っておけば将来絶対に損はないとジルクニフの感が告げる。
「ユリ殿たっての願いだ。心当たりはないが、調べては見よう。それでモモンガ様というのはどのような人物なんだい?」
「それはそれは神々しい神のような方です!」
「神……ね。どうだろう、どのような人物か描いてくれないかい?」
ジルクニフに紙を差し出されたユリはサラサラと愛する創造主の姿を描く。消して手を抜いて実物より劣る外見にしては不敬だと気合を入れた結果、実物以上に仰々しいアンデッドの姿がそこに描かれた。
「こんな感じの方です」
ジルクニフは差し出された絵を見て仰天する。どう見ても人間ではない。暗黒を背負った髑髏だ。眼窩に深い刻みが掘られ、胸には血のように真っ赤な宝玉、真っ黒な豪奢なローブとともに暗黒のオーラを放っている。
まさに魔王であった。
「こ……これは見たことがないなぁ……ところでモモンガ様というのはアンデッドなのかい?」
「はい!神々しいでしょう!?」
(神々しい……?これが……?いや……そうでもないか)
言われて見ればその圧倒的な迫力は神々しく見えなくもない。そこでジルクニフは何か引っかかりを感じる。
(圧倒的な力……?神……?)
「確かどこかでアンデッドの神のことについて聞いたような……」
「本当ですか!?」
「いや、待ってくれ……どこだったか……」
ジルクニフが記憶を探っていると……。
「はい!ドーン!!」
大声とともに両開きのドアが開かれる。そこにいたのはユリに失礼を働いたと言うことで連行されたはずの
「あれは……先ほど控室にいた変質者……?」
どうやって逃げ出してきたのか。衛兵たちに絶対に逃がすなと言っていたにも関わらずこの場に現れたフールーダにジルクニフは頭が痛くなる。しかし、帝国とは無縁のものと一度言ったのだ。今更認めるわけにもいかないし、それを逃がしたともいうわけにもいかない。
「いや、違う!きっと別の人物だ!なぁ、そうだろう?ニンブル」
「は……はい。私は知りません……。ねぇ、レイナース」
「そうですわね。私も見たことはございません」
「そう……ですか……?」
この人物はどう見ても控室でユリが会った人物に見えるのだが違うらしい。とすると個体情報が極めて近い別人ということだろうか。そこでユリの頭に一つの仮説が浮かぶ。
「ああ……もしかしてPOPしたんですか」
ナザリックにおいても自動発生モンスターは存在しており、そこで発生するのは同じ個体だ。それと同じようにこの拠点では変質者が自動発生するというのであれば今の話も矛盾はなくなる。
「POP?何のことだか分からないが……じい……いや、ご老人。すまないが大事な話をしているので席を外してくれないか?」
ジルクニフは何とか誤魔化し追い出そうとするがフールーダの興味は全く別のところにあった。
「今、アンデッドの神と言いましたな!それでしたら恐らく法国における闇の神ことでしょう!」
「闇の神?」
バハルス帝国には火水土風の4つの神しか伝わっていない。ジルクニフの知らない情報をフールーダは大仰な身振り手振りで説明する。
「スレイン法国は4大神に加えて光と闇の神を信仰しております!その中の闇の神スルシャーナはアンデッドであると言う話を聞いたことがありますぞ!」
「本当ですか?」
ユリとしてはそれは絶対に聞き逃せない情報だ。ぜひ真偽を確認したい。
「聞いたことは本当じゃが、それが事実かどうかはお答えしかねますな!ですが、お役に立てましたかな!?お役に立てましたな!」
「素晴らしい情報をありがとうございます。ご老人」
この変態が必要な情報源とは盲点であったが唯一の手掛かりが得られたともいえるユリは歓喜に震える。
「おお!お喜びいただけたようで!では!私にあなたの深淵の覗かせてくださいませ!」
言うが早いか老人とは思えない速さでカサカサとユリの元まで這いずるとそのスカートへと顔を突っ込み奪おうとする。
賢者から変態への変貌に一瞬対応が遅れたジルクニフであるが、即座に指を打ち鳴らし適切な指示を送る。
「レイナース!」
「はっ!」
「な、なにをする重爆!わしは深淵を除かねば……がっ……」
四騎士の紅一点、最大の攻撃力を有する『重爆』レイナースはフールーダのローブを掴むと部屋の端まで引きずっていき、馬乗りになって拳を叩きこむ。
「何が深淵を覗きたいですか……この変態があああああああああああ!」
「ごふっ……いや、わしの言う深淵とは……がはっ……ちょっ……やめ……」
ゴスッゴスッと繰り返される打撃音を聞かないように努め、ジルクニフはユリへと向き直る。
「失礼いたしました。アレはこちらで処分しておきますので……」
「さようですか……」
ユリとしては貴重な情報を提供してくれた人物なので多少のことなら許そうと思っていたのだが、皇帝がいいのであれば別に構わないだろうと思いなおす。
ジルクニフとしては目の前のメイドはその見た目にしてフールーダを無力化したほどの力の持ち主なのだ。フールーダには悪いが優先すべきは目の前の人物である。
「その……先ほどのスレイン法国というところについて詳しく聞いてもよろしいですか?」
「スレイン法国について?」
「この!汚らわしい!女の手敵め!」
「もしモモンガ様が闇の神というのであれば是非赴いてみたいのですが……」
「ぐはっ!わ、わしはまだ負けん……ぞ」
「ふーむ……」
「このエロジジイ!死ね!死んでしまいなさい!」
「うぐぐっ」
「レイナース……ちょっと静かにしてくれ……」
レイナースが意外としぶとい変態に手こずっているようだが、これでは煩くてたまらない。
「はっ!失礼しました!」
レイナースはフールーダの髪を掴むとテラスへと引きずっていき、そのままフールーダの頭を掴み飛び降りた。直後ゴキッという音が聞こえてきた気がするがジルクニフは聞こえなかった振りをする。
「それで……スレイン法国のことが聞きたいのだったかな?そうだな……あの国は非常に閉鎖的で宗教色が強い国だ。入国も簡単にはできないだろうし、国民は狂信的にまで信心深い。情報を得るのは非常に困難だろう。神を裏切るくらいなら自らの命を捨てるほどだ。だがまったく国交がないわけでもない。調べるだけ調べてみようじゃないか」
「なるほど……力づくでは難しいと……」
ジルクニフにはユリが何を考えているのか分からないが、まずは帝国といい付き合いをしてもらわなければ困る。協力関係となるのが得策だ。
「ありがとうございます。非常にためになる情報でした」
「いや、構わないよ。それでは料理についての報酬は後程届けさせよう。もし期日に指定の数をいただければさらに何かお礼をしようではないか」
「よろしいのですか?」
「もちろんだとも。ユリ殿はいい取引相手になりそうだ。今のうちから繋がりを強くしておきたいと思ってね」
「それでしたらその際には何かお願いさせていただきます。この度はお買い上げありがとうございます」
「こちらこそだ。では商品の到着を待っているよ」
ジルクニフは出来るだけ好印象を与えるように笑いかける。今のところ帝国としては銅貨10000枚程度の報酬しか払わないことになっている。それでは十分な恩を売ったとは言えないかもしれない。いずれさらなる恩を押し付ける必要があるだろう。
こうしてお互いの思惑が交錯した交渉ははここで幕を閉じるのであった。最後に絞められた鶏のようなPOPモンスターの断末魔が聞こえてきたのだが、きっと気のせいだとジルクニフは忘れることにした。