骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

45 / 45
第45話 「ワールド魔王」

 

 勇者軍と魔王軍の上空を、三体の竜が舞っている。

 一体は色鮮やかで引き締まった巨体を誇る“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”。他の二体は双子であるかのようにそっくりな、若葉色の鱗を輝かせる――竜王に勝るとも劣らない巨躯のドラゴンだ。

 そして似通った二体のドラゴンの背には、これまたそっくりな闇妖精(ダークエルフ)の双子が騎乗しており、“真なる竜王”への攻撃を敢行していた。

 

「こんのぉー! 〈影縫いの矢〉! ――ってまた避けたぁ! マーレ! アイツの動きを止めなさいよ!」

「お、お姉ちゃん、移動阻害の魔法は対象が空を飛んでいるとあんまり……」

 

 マーレの得意とするドルイド魔法は、植物の助けを借りる場合が多く、空中戦ではその力を発揮できない。無論、マーレほどになると遥か上空にまで植物の蔦を伸ばすことも可能なのだが、それで捕らえられるほど“真なる竜王”は甘くない。

 彼の竜王は“始原の魔法”らしき風の渦を纏っており、動きを正確に先読みしたアウラの一射を軽々弾いているのだ。

 一筋縄ではいきそうにない。

 

「ちょこまか逃げ回って面倒くさいなぁ! 時間稼ぎでもしているつもりなの?!」

 

 致命打を与えられない現状を前に、アウラは不機嫌を隠さない。こんな奴はさっさと倒して、モモンガ様の支援へと向かわねばならないのだ。

 

「ははっ、わたくしに匹敵するドラゴン二体に、“ぷれいやー”並みの力を持つ従属神が二体も相手では守勢に回るのも当然でしょう? 文句を言われる筋合いなどありませんね」

 

 からかい口調の“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”は余裕の笑みでバサリと旋回するも、内心は危機感でいっぱいだった。

 ツアーが魔王を倒すまでの時間稼ぎ――が主目的だとは言え、まさか己に四体もの強者が向かってくるとは……。神竜を超えるほどのドラゴンならば説得に応じ、闇妖精を裏切ってくれるのではないか? と少しだけ期待した己を恥じたい。

 彼のドラゴンたちは幼い闇妖精を家族と語った。創造されたその時からずっと一緒の家族であると。だから死ぬその瞬間まで共に在るのだと。

 支配者たる竜族の頂点が、闇妖精と心を通じ合わせているのは羨ましい。これが魔王軍の常識であるとするなら、魔王とはいったいどんな人物なのか……。

 

「――っぐぉ!?」

「よぉしっ! 一発通ったぁ! へっへ~ん、バフかければなんとかなるね。マーレ、サンキュ!」

「あ、うん。う、うまくいったね、お姉ちゃん」

 

 翼の根元へ突き刺さった一本の矢を見て、煌びやかな竜王の表情が曇る。

 現時点での護りを突破されるのであれば、より強力な“始原の魔法”を行使しなくてはならない。だが力を増せば、その分稼げる時間が少なくなる。真なる竜王が操る始原の力は無限ではないのだ。第一に己の生命力、足りなければ魂すらすり潰す。世界最強であり、八欲王すら滅ぼせる絶対無敵の神なる魔法。

 ツアーは生き残ることを放棄し、魔王と相打ちになる覚悟で挑んでいるのだろうが、こちらとしてはそんなつもりなどない。闇妖精に対する時間稼ぎで、己の生命力を使い果たそうなんて思ってもいないのである。

 

「これ以上疲弊する前に、手を打たせてもらいましょう。――小鬼(ゴブリン)の王、ジュゲムよ! 魔王軍を拘束するのです!!」

「え? なに言ってんのコイツ?」

「お、お姉ちゃん、した見てっ!」

 

 ハリネズミにしてやろうと弓を引き絞っていたアウラは、マーレの声を耳にして地上の乱戦へと視線を落とす。そこには、自分の名を呼ばれたために上空を見やる一体の亜人がいた。

 亜人は小柄な人食い鬼(オーガ)かと思える体格で、魔化された部分鎧を着込み、宝石だらけの王冠を被っていた。なるほど王なんだなぁ~と納得しつつも、手にしているのは木の枝だけ。

 恐るべき力を内包した木の枝だけだ。

 

「ヤバい! アレはっ」世界級(ワールド)アイテムだ、とアウラが警鐘を鳴らそうとしたところで、巨大なゴブリンの国を支配する偉大な王は、手にした枝を地面へと突き刺す。

 

「世界樹の枝よ! 我が敵対者を絡めとり、締め潰せ!!」

 

 ドクンと地面が鳴り、振動が走る。

 よからぬ何かが地面の下を駆け巡っていると頭が判断した頃には、目の前にドラゴンの尻尾並みに太い木の枝が迫ってきていた。

 

「こんのぉ! そんな簡単に捕まるもんかっ! マーレ! 無事?!」

「だ、だいじょうぶ! でもドラゴンさんが……」

 

 見れば足場にしていた二体のドラゴンが木の枝に巻き付かれ、上空に居ながらにして動きを封じられていた。拘束具である枝はドラゴンからのブレスを浴びても表面が少し焦げる程度であり、それすらも一呼吸をする間に元通り。とても植物とは思えぬ強靭さで、レベル90にも及ぶ最強種、そして数多の魔王軍配下へ巻き付いていた。

 

「お、お姉ちゃん! 下に居る皆がっ」

「くっそ~、世界級アイテムを持っていないとどうにもなんないかぁ~」

 

 ふわふわと魔法で浮かぶ闇妖精たちの視線の先では、魔王軍の三分の一にも及ぶ異形たちが絡めとられていた。各自が必死の抵抗を試みるも、“世界(ワールド)”の前には高位階魔法とて意味を成さない。

 

「ジュゲム王よ、範囲が狭過ぎます! 魔王軍全体を影響下に置けないのですか?! それに味方が巻き込まれていますよ! 何をしているのです?!」

「儂に命令するな竜王! こんな混戦状態で敵だけを選べるわけなかろうが!? 範囲にしてもこれ以上命を削ったら儂が死んでしまうわ!」

 

 “七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”から苦言を浴びせられても、王たる小鬼(ゴブリン)は真っ向から言い返す。“世界樹の枝”は魔神をも無力化した実績を持つ神器ではあるが、敵味方の区別を勝手にしてくれるほど親切な設計ではない。縛る相手は使用者自身が指定しなければならないのだ。それに発動には生命力を必要とする。範囲を拡大させれば、規模に応じて己の生命力(レベル)を持っていかれる仕様だ。

 魔王軍を撃退した後のことを考慮すると、王たる己が命尽きるまで戦うわけにもいかない。小鬼王国にとって“世界樹の枝”は種族繁栄の切り札だ。己が殺されれば神器を奪っていくに違いない――支配者気取りの“真なる竜王”と渡り合うには、この場で精魂尽き果てるわけにはいかないのである。

 

「王よ! 肝心の闇妖精たちが自由なままです! どうなっているのですか?!」

「儂が知るか!? 枝の標的にはした――が、束縛できん!」

 

「どどど、どうしようお姉ちゃん? みんな苦しそうだよ?」

「そんなこと言われてもねぇ~、世界級には世界級でしか対応できないんだから……。ん~と、コキュートスゥゥゥ!!」

 

 たった一つのアイテムで魔王軍三分の一が機能不全に陥ったのだから、このまま何もしないというのは問題だ。レベル90のドラゴン二体をはじめとする最上位のモンスターたちが身動き一つとれず勇者たち殺されたら、さすがに敗色濃厚であろう。

 故にアウラは、“千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)”の爪と尻尾による連撃をさばいている蟲王へ声をかけたのだ。

 

「ム? ココガ使イ時カ? ウム、了解シタ。セバス、交代ダ。竜王ノ相手ハ任セル」

「はっ、お任せください」

「交代だとぉ! 俺を舐めるのもいい加減にしろ!!」

 

 巨体の異形に変わって出てきたのが小さな人間種であったことに、武を好む最強の竜王は怒りを隠せない。せっかく歯応えのある相手と戦えていたのだ。そんな好機を害する横ヤリには相応の罰が必要だろう。

 

「貴様なんぞ、コレで終わりだ! 〈次元漸〉!!」

「なんと!?」

 

 “千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)”は、“始原の魔法”を己の身体能力強化に費やす竜王である。中でも尻尾による一撃は、長きに渡る研鑽の結果、次元を切り裂くまでに至った。

 この“次元漸”は始原の特殊効果ではなく、純粋な物理ダメージによって次元を割り、敵の身を切り裂く。だからそう、世界級アイテムを所持していても防げないのだ。

 セバスがどれだけ防御系の特殊技術(スキル)を使っていても、右腕は無残にも斬り飛ばされる。

 

「ぐっ! こ、これはまさに、次元を切り裂く刃!」

「セバス! 後ロニ下ガレ! 私ガッ」

「おやめください! コキュートス様は拘束されている同胞たちを解放すべきかとっ! この場はお任せを――、へん! しん!!」

 

 片腕になりながらも更に一歩を踏み出すセバスは、残った左腕をくるりと大きな円でも描くかのように振り回し、戦闘では初めてとなるドラゴン形態への変身を発動させた。

 突発的に起こる強烈な閃光と、姿が見えなくなるほどのスモーク。

 あっけにとられる竜王のことなど何処吹く風。

 薄靄の奥から巨大な影が現れる。

 

「うごおおおおぉおおぉぉおおお!!! 竜王どのぉ、お相手願いますぞぉ!!」

 

 妙なテンションになったセバスの姿は二足歩行のドラゴンだ。飛竜よりではなく人間より。翼はあるものの、ファイティングポーズをとっているところからして地上における接近戦を想定しているのだろう。

 ただ反則的なのは、斬り飛ばされたはずの右腕が復活しているところだ。

 

「感謝いたします竜王殿! この場において、次元を切り裂く貴殿と出会えたことはまさしく運命! 私に造物主を乗り超える為の試練を与えてくださったぁ! おお、モモンガ様! 御照覧あれ! 私は今こそ、この身に刻まれた呪い(設定)を打ち砕きましょうぞっ!!」

 

 ざっと二倍ほどの体格になった筋肉質のドラゴンは、ブレスでも噴き出しそうな勢いで宣言する。だけどその意図は他の誰にも理解されない。己の造物主と、仕えるべき御主人さまとの思想が異なる点で苦悩していたのは、セバスだけの問題なのだ。

 無論、モモンガ様の為ならば造物主の思想など歯牙にもかけぬ覚悟なれど、やはり心の奥底で刺さり続けるトゲは気になってしかたがない。どこかでキッチリと決別できないものかと、都合の良いことを考えたりしていたのだ。

 そう、次元を切り裂くかのようにスパッと……。

 

「な、なんだコイツは? へんしん、だと?」

 

千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)殿、私の我儘に付き合ってもらいますぞ。――コキュートス様、こちらはお任せください!」

 

「ウム、了解シタ」セバスのドラゴン形態を見たのは初めてだったりするコキュートスは、少し戦ってみたいとの思いを抑えつつ、本来の目的へと思考を切り替える。

「オーレオール殿、八階層ノ“アレラ”ヲヨコシテホシイ! 世界級(ワールド)アイテムヲ使ッテ邪魔ナ植物ヲ排除スル!」

 

『はい、即座に。〈転移門(ゲート)〉』

 

 常時繋がっている指揮官との接続を用いて、コキュートスは援軍を要請し、懐から世界に匹敵するアイテムを取り出す。と同時に闇の門が開き、全長十メートルにもなるウルトラレア鉱物製の動像(ゴーレム)十三体が姿を現していた。

 その動像(ゴーレム)は人型であったり蟲であったり、悪魔であったり天使であった。右胸にはガルガンチュアを模した紅い鼓動が心臓であるかのように設置され、まるで熱素石(カロリックストーン)が埋め込まれているのでは、と疑いたくなる。

 そう、ナザリックの第八階層に設置された“あれら”と呼ばれる動像(ゴーレム)たちは、ガルガンチュアに似せて造られたのだ。世界級アイテムを使っているのでは? と誤認させるために。だから十三体の動像(ゴーレム)は防御特化で非常に硬く、生半可な攻撃など受け付けない。

 しかし、最低限の素早さ以外を全て防御に回した結果、攻撃力は皆無。硬いだけの人形となり果てた。――予定通りに。

 

世界級(ワールド)アイテム、〈幾億の刃〉発動!」

 

 コキュートスが掲げた世界級(ワールド)アイテム、〈幾億の刃〉。

 それはNPCのみに効果が発揮される特殊な支援系アイテムだ。対象の数と効果持続時間の延長で自身のレベル消費分が決まる。十四体を三十分程度であれば1レベルで済むだろう。そしてその効果は、対象に“世界級”の攻撃力を付加すること。

 つまり硬いだけで攻撃力皆無だった動像(ゴーレム)は、手に負えない化け物となる。

 

「オーレオール殿、七体ノ指揮ハ私ガトル。残リ六体ハ頼ムゾ」

『はい、味方を束縛している植物を切断して回ります』

 

 同時に複数の動像(ゴーレム)を動かすのは至難の業だ。指揮特化のオーレオールならともかく、コキュートスでは厳しかろう。とはいえ、それは以前の話だ。王国蹂躙で一軍を率いた経験が蟲王に自信をもたらす。

 

「コキュートスゥ! こっちこっち! 早くしないとマーレのドラゴンが死んじゃうよ!」

「任セロ、今開放スル!」

 

 “七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”と空中戦を繰り広げているアウラからの懇願に蟲王は素早く反応し、動像(ゴーレム)を展開させる。

 先程まで一切の攻撃を受け付けなかった世界樹。その伸びた枝が一刀の下に斬り裂かれ、潰されかけていた魔王軍が解放される。ただ、相手も世界級だ。斬られた枝がそのまま、なんて都合よくはいかない。奇麗に切断された断面から再び枝が伸びはじめ、逃れた獲物を追い求めては暴れ狂う。

 

「ムッ! コレデハ斬ッテモ斬ッテモ……。イヤ、大元ヲ絶ツベキカッ」

 

 即座に思考を切り替え、世界樹の枝がどこから伸びてくるのかを見定める。

 

「イザ参ル!」

 

 動像(ゴーレム)たちにその場を任せ、コキュートスは勇者軍の中へ身を投じる。

 立ち塞がるは全身鎧のケンタウロスに黄金の戦鎚を構える巨人。その者たちを支える森妖精たち。加えて空から竜王が複数。いずれも大陸を代表する英雄であり王だ。ユグドラシルの武具を纏うその力は、元階層守護者でも侮れぬはず――。

 

「退カネバ斬ル、〈高速剣〉!」

 

 全方位へ放たれる視認できない一閃。

 受け止めることはできない。

 剣も鎧も、スライムのごとくスライスされる。ユグドラシルの秘宝とてオモチャのよう。

 首が飛び、四肢が飛ぶ。

 これぞ世界級の力。神器級に上乗せされた、一つの世界に匹敵する力だ。

 

 そう、コキュートスはNPCである。プレイヤーではない。ならば自身に〈幾億の刃〉を使うのは当然であろう。反則技(チート)だの卑怯だの、己の矜持に反するだのはどうでもいい。モモンガ様のためならば、他はとるに足らない些事である。

 

「見ツケタゾ、小鬼(ゴブリン)ノ勇者ヨ!」

「くそっ、何のための前衛だ?! 役立たずどもがっ!!」

「ジュゲム! 今貴方が殺されるのはマズイ、援護にっ!」

「行かせるわけないじゃん! あたしたちを舐め過ぎだよ、マーレ!」

「う、うん、〈暗黒孔(ブラックホール)〉!」

 

 世界に匹敵するアイテムである“世界樹の枝”。それを所持する小鬼(ゴブリン)の英雄王は極めて重要な存在だ。魔王軍の三分の一を無力化できる戦力を殺させるわけにはいかない。

 そんなことを考えていた“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”は今、全てを吸い込む空虚な穴相手に必死な抵抗を見せている。流石に飲み込まれはしないものの、無視して誰かを助けに行けるほど軽いモノではない。おまけに強化された恐るべき矢の一撃が急所を狙ってくるのだ。

 助けてほしいのはこっちかもしれない。

 

「アウラ、マーレ、支援感謝スル」

「こんなところで死んでたまるかっ! 〈世界樹の枝〉よ! 奴を捕らえよ!!」

 

 一族を率いる小鬼王(ゴブリンキング)は、絶対に生き残らねばならない。立場的に死ぬわけにはいかないのだ。だから全ての力を目の前の巨大な蟲へ向ける。

 通常であればどんな抵抗も意味を成さず、無数の枝を前に身動き一つ許されず絡めとられるはずだ。

 それなのに――。

 

「終ワリダ、〈風斬〉!」

「ごあっ!!」

 

 どのような強者であろうとも、かつて大陸を恐怖に陥れ、小鬼王国を滅ぼそうとした猛獣のごとき魔神であっても、決して逃れることが叶わなかった世界樹の枝。それを巨大な蟲の化け物はスルリとかわし、斬撃を放つ。

 小鬼王の首は飛び、胴は二つに裂け、両腕両足とも複数に分割される。吹き出るはずの血流はなぜか凍っており、地面にぶつかる前に氷像の欠片となり果てる。

 ある大陸で一大勢力となる小鬼国家を築いていた英雄であり王。代々“ジュゲム”という名と、世界に匹敵するアイテム――“世界樹の枝”を受け継いできた一人の勇者は、二度と祖国の地を踏むことなく辺境の地で躯と化した。

 

「シュゥゥー、世界級(ワールド)アイテム所持者、討チ取ッタリィ!」

 

 “六竜”に続く最重要討伐目標である世界級(ワールド)アイテム所持者。

 ニグレドが情報を集め、オーレオールから全魔王軍へ送られ、誰もが憎むべき怨敵として共有し探していた勇者軍の要。

 それをコキュートスは真っ先に潰し、世界級(ワールド)アイテムの奪取に成功した。

 勇者側にとっては悪夢以外の何ものでもない。

 

 

 

 

「ぐっ、信じられない。あの呪縛をどうやってすり抜けたんだ? あれは私たちでも“始原の魔法”の助けを必要とするほどなのに……」

 慎重に魔王との間合いをはかりながら必勝の準備を進めていたツアーであったが、短い攻防の中で重要人物が倒されたことには焦りを覚えてしまう。

『動揺してはいけない、焦ってはいけない』心の中で唱え、ツアーは己の優位性を見出そうとする。そう、勇者軍の重要人物が倒されたということは、それほど深くに魔王軍の幹部が入り込んでいるのであろう。ならば即座に魔王の救援には来られない。チャンスであると言える。

 

「どうしたツアー? もしかして、世界級アイテムを所持していれば同じ世界級アイテムの効果を打ち消せる、ということを知らなかったのか? ああ、私の腹にある紅い玉と同格のアイテムで、こちらでは十数名ほどが持ち込んでいるはずだが……。いや、聴くまでもないな。“真なる竜王”のお前が知らないはずはない」

 

「あんなアイテムを、十数名が……だって?」

 

 最近親密になった恐怖という感情を背筋に覚え、ツアーは微かに震える。

『まだ大丈夫、まだ負けてはいない』と自分に言い聞かせ、魔王と一対一になった幸運こそが勝利への第一歩なのだと、己を奮い立たせる。

 だがその時、遥か後方から憤怒の叫びが放たれた。

 

「この汚物どもがああああぁぁああぁああ!!!!」

 

 ガルガンチュアと殴り合っていた“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”だ。身に纏っていた動死体(ゾンビ)の鎧は見るも無残に剥ぎ取られ、レイドボス並みの巨大動像(ゴーレム)と至近距離で殴打の嵐。アンデッドドラゴン故に痛みを感じていないのか、各所で骨がむき出しになるほど拳を叩きこまれているのに引く気配はない。

 

「くそぉお! 我は負けぬ、二度と負けぬ! その為に始原を練り上げたのだっ!!」

 

 ガルガンチュアの右ストレートをするりとかわし、“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”はガバリと口を開ける――というか裂けた。

 

「駄目だキュアイーリム! この混戦状況では味方まで――」

「消え失せろおおお!!!」

 

 ツアーの抑止が届くことはなく、狂乱気味のアンデッドドラゴンから黒いレーザーがほとばしる。

 黒く輝く“滅魂の吐息”はガルガンチュアを貫き、周囲の仔山羊たちを蹂躙し、勇者軍と魔王軍をかき回しては、手当たり次第にのたうち回っていた。

 手に負えないとはこのことだろう。

 

「まったく、再使用可能時間(リキャストタイム)の概念もないのか? 始原の魔法(ワイルド・マジック)とはどれだけふざけた魔法なんだ」

 戦場をぐちゃぐちゃにする“真なる竜王”のチートぶりに、魔王も愚痴をこぼさずにはいられない。

「ああ、もったいない。ツアーが集めてくれた勇者まで消滅させるとは、なんて無粋な奴なんだ」

 魔王は黒いレーザーの直撃を浴びて消えゆく天使やナイトリッチ、仔山羊に魔将たちなどを一瞥すると、軽くため息を漏らしながら指示を飛ばす。

「ガルガンチュア、そのアンデッド・ドラゴンロードの口を、上にあげたままで固定しろ。可能ならそのまま潰してしまえ」

 

 第四階層の湖に沈んでいた巨大動像(ゴーレム)“ガルガンチュア”は、アインズ・ウール・ゴウンが消えようとも特に変化はなかった。

 最初から命令を受けるだけの攻城兵器なので、ギルドが無くなってもモモンガの命令を普通に受け入れたのだ。問題があるとすれば、現使用者のモモンガが殺されると使用者フリーになってしまうことぐらいだろう。なら特に問題はない。

 

 ガルガンチュアは意識の奥で繋がっている魔王からの命令に従い、アンデッドドラゴンの首を締め上げる。

 

「ぐがっ! な、なぜ消滅しない?! 我が滅魂を食らって――なぜ?!」

 

 動像(ゴーレム)など掠っただけで消え失せるはずだ。触手の化け物が霧散しているのだから“滅魂”自体に問題があるわけではない。だから全長三十メートルだろうが、見たこともない鉱物で造られていようが、“始原の魔法”の前には手も足も出ないはずなのだ。

 “朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”は混乱する思考の中で咄嗟に始原の力で身体強化を行い、動像(ゴーレム)の腕へ尻尾を打ち下ろす。

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。