普通「音質が良い」というのは、「音楽を楽しむための再生環境が良い」ということになるだろう。仕事上様々な環境で音楽を聴くが、実はいわゆる「良い音」に触れる機会は意外と少ない。演奏者にとっては、自分の演奏が素直に聴こえてくる「モニター環境」こそ重要で、オーディオを楽しむための環境ではないからだ。
もし知人にオーディオマニアの方がいるなら、聴き慣れたお気に入りのCDを持参して、なるべく大音量で鳴らしてもらうといい。聴こえていなかった楽器や残響音が聴こえてくるに違いない。それによって、曲自体の印象も変わるかもしれない。
今、大半の人にとって音楽を楽しむ環境と言えば、スマホだろう。アプリの進化もあり、手軽に世界中の音楽に触れることができるのは、本当に素晴らしいことだ。ただ、再生機器としてのスペックは貧弱と言わざるを得ない。
車で音楽を楽しむ機会も多いかもしれない。ハイスペックなオーディオ環境ではなくても、大音量で聴くだけで音楽の持つ迫力を体感しやすい。作り手としては、なるべく大きな音で聴いて欲しいという願望もある。特にリズム(ベースライン)は、小音量では聴こえにくくなってしまう。
「アナログレコードは、CDに比べて音質が良い」というのは、よく言われることだが、原理として人間の耳と親和性が高いのはアナログなのは確かでも、技術的な進歩が目覚ましいデジタルの音源との比較は、あまり意味がなくなってきている。ブラインドテストされたら、アナログかデジタルか区別することは、プロでも難しい。
ソースとしての「アナログvsデジタル」という比較よりも、意味があるのは再生環境。アンプやスピーカー、音場として適切な空間(部屋)といった要素のほうが大切。いくら高音質なレコードでも、再生環境によってはひどい音にもなってしまう。
近くに高級オーディオを取り扱っている家電量販店があれば、一度足を運んでみて欲しい。今はUSB接続やBluetoothなどで、普段聴いている曲を手軽にかけてみることができる。ハイスペックなアンプやスピーカーの響きを体験してみると、音楽の魅力も広がるはず。
レコーディングエンジニアのアシスタントをしていた頃、プロユースのスタジオで様々な音源を爆音で一晩中聴いていた。数億円かけて整備された環境なので、音質は最高峰なのだが、不思議なことに全ての曲が音が良いわけではなく、悪いものは悪く聴こえてきた。むしろ、それが仕事的には良い再生環境なのだ。
そして一番不思議だったのは、先輩のエンジニアがイコライザーなどを駆使して自分好みに調整された曲を聴かせてくれるのだが、再生環境は同じでも、人によって音質が全然違ってくることだ。つまり、音質には正解などなく、好みがあるだけということ。
「良い音」というものの定義は困難でも、「悪い音」というのは簡単かもしれない。再生環境の劣悪さというものは当然無関係ではないだろうが、一番大切なのは「その場に応じた音楽の存在感のコントロール」かと。いくら高音質でもずっと爆音では疲れてしまうし、会話しているなら邪魔でしかない。そこを踏まえた上での「良い音」であることを忘れずにいたい。