流血と混乱を新たに招いた責任を負うのは、第一にトランプ米大統領である。米軍のシリア撤収はトルコ軍のシリア侵攻の引き金になった。権力者の身勝手な振る舞いがもたらす災いは大きい。
気まぐれな王様の行状の尻拭いに廷臣たちが追われる-。トランプ政権下で繰り返される宮廷劇だ。ペンス副大統領が十七日、トルコに駆け付け、軍事作戦を停止するようエルドアン大統領を説得した。
エルドアン氏も五日間の作戦停止に応じたが、これで戦火がやむかどうかは不透明である。
トランプ氏は六日、エルドアン氏との電話会談後、クルド人勢力が実効支配するシリア北部からの米軍撤収を突然発表した。ホワイトハウスもトルコのクルド人勢力に対する軍事作戦を黙認する声明を出した。
トルコは国内で独立闘争を繰り広げるクルド人武装組織と、シリアのクルド人勢力がつながっているとみる。米国の黙認を得たエルドアン氏は早速、越境攻撃に踏み切った。一般市民も犠牲になり、難民も発生している。
軍事行動はシリアでの人道危機をより深刻化させ、情勢も一層混迷させる。トルコは作戦停止を機に事態の収束に転じるべきだ。
クルド人勢力は過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦で米国に協力し、戦いの第一線に立って犠牲も払ってきた。それを見捨てたトランプ氏は、米国は信頼の置けない国という印象を国際社会に植え付けてしまった。日本をはじめ西側の同盟国にとっても由々しき事態だ。
前回の大統領選でトランプ氏は米軍撤収を公約に掲げてきた。これは支持者に受けがいい。だが、選挙目当ての政策決定が外交をゆがめ、国益を損ねていると言わざるを得ない。
クルド人勢力は拘束した約一万人のIS戦闘員の収容所を管理している。混乱に乗じて戦闘員が逃亡しテロ拡散を許すことにもなりかねない。
米軍撤収でシリア情勢は激変した。後ろ盾を失ったクルド人勢力はトルコ軍に対抗するため、敵対していたシリアのアサド政権と手を結んだ。ロシア軍は米軍撤収で生じた空白を埋めるべく北部で活動を拡大している。
破壊するだけして、後はほったらかしにするのがトランプ流である。シリア内戦でも和平への道筋も示さぬまま一方的に手を引くのは無責任だ。
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