あまりのリアルさに大阪市が慌てた 映画『解放区』を監督らが語る
『解放区』- インタビュー・テキスト
- 麦倉正樹
- 撮影:持田薫 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)
その映画の名は、『解放区』。友人の自殺を直視したドキュメンタリー映画『わたしたちの特別な時間の終わり』(2013年)でセンセーションを巻き起こした太田信吾監督が、初めてドキュメンタリーではない劇映画として生み出した作品だ。俳優としても活動する太田監督自らが演じる、ドキュメンタリー作家「未満」の男が、紆余曲折の果てに、自らカメラを持って大阪・西成の街に飛び込んでいくというこの映画。ドキュメンタリーの手法を用いながら、その随所に生々しい人間たちの「リアル」が描き出されたこの映画の、なにが問題視されたのだろうか。
そして、そんな逆風にもめげず、遂に日の目を見ることになった本作の、映画としての「魅力」と「強度」とは。本作の配給を買って出たSPACE SHOWER FILMSの高根順次、そして『京都国際映画祭』で本作の上映を決定した同映画祭の総合プロデューサーであり、北野武監督の映画『ソナチネ』(1993年)などを手掛けた辣腕映画プロデューサーとしても知られる奥山和由の同席のもと、太田監督に話を聞いた。
最終的に助成金は全額返還。西成地区を映した映画が、行政から指示された内容の変更
―まずは、本作『解放区』をめぐるそもそもの経緯について、太田監督から改めてお話しいただけますか?
太田:はい。そもそもの経緯としては、CO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)という団体が、大阪市と一緒に、年に3本映画を作るプロジェクトをやっていて。そのうちの1本として、2013年に、この『解放区』の企画が選ばれて、それで制作した映画なんですね。
―もともとの成り立ちとしては。
太田:そうなんです。企画の段階から、大阪の西成にある「あいりん地区」で、ドキュメンタリーの手法を用いて撮るというのは強く主張していて、脚本も全部事前に提出していたんですけど、撮影が全部終わって編集が終わった段階で、それを見た役所の方から、「ちょっとこれはまずいんじゃないか」っていう話がきて……。
―助成金の出資元である大阪市のほうから?
太田:はい。この部分をカットして欲しいというのが、わーっと箇条書きで書いてあって。CO2側が、あいだに立っていろいろ動いてくれたりしたんですけど、やっぱり大阪市の助成金で成り立っている企画ということもあって、調整がなかなか難しいところがあったみたいで……。
―具体的には、本作のどのシーンが問題となったのでしょう?
太田:西成とわかる描写は全部カットして欲しいとか、もう映画自体が成り立たないレベルだったんです。
太田信吾(おおた しんご)
1985年生まれ。映画監督・俳優として活動。長野県出身。大学では哲学・物語論を専攻。大きな歴史の物語から零れ落ちるオルタナティブな物語を記憶・記録する装置として映像制作に興味を持つ。処女作のドキュメンタリー『卒業』が『イメージフォーラムフェスティバル2010』「優秀賞」「観客賞」を受賞。初の長編ドキュメンタリー映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が『山形国際ドキュメンタリー映画祭2013』で公開後、世界12カ国で公開。俳優として演劇作品のほか、TVドラマ等に出演。
―それは監督自身にとっても驚きだったのですか? それとも、ある程度クレームが入ることは覚悟の上で?
太田:もちろん、最初の段階で「こういう企画にOKを出してくれるんだ」っていう驚きはありましたけど、CO2の方々もすごく協力的で、現場のサポートに回ってくれたりとかしていたので、編集の段階でそういう話になるのは、ちょっと受け入れ難いなって思いましたね。
―そこで譲る気は、まったくなかったと。
太田:そうですね。プロデューサーに相談したら、「やっぱり、それはおかしい」という意見だったので、そこでもう助成金を全額返還して、映画の権利を制作サイドが完全に引き取ったんですよね。
映画『解放区』予告編
「表現の自由」を巡って、助成金取り消しされた映画の関係者たちが語る
―予算の規模は違いますけど、一度決まったはずの補助金が、その後交付されないことになったという意味では、『あいちトリエンナーレ』の問題と共通しているわけで……今回、『解放区』の配給を担当したSPACE SHOWER FILMSの高根さんは、一連の騒動について、どのように感じましたか?
高根:そもそもの流れを考えると、こういう騒動になる可能性は、最初からあったわけですよね。それは、主催する側も芸術監督を務める津田大介さんも、ある程度覚悟してやっている部分があったと思うんですけど、それが想定以上だったというか。
ただ、僕が本当にビックリしたのは、補助金を交付しないという決定を文化庁が出したことですよね。それはホントにビックリしたというか、正直それはしないだろうと思っていたので。というか、あれがOKだったら、後出しジャンケンでなんでもできちゃうじゃないですか。そんな判断を堂々とするレベルまで劣化しているのかと愕然としました。
高根順次(たかね じゅんじ)
SPACE SHOWER TV勤務のプロデューサー。プロデュース作品に、『フラッシュバックメモリーズ3D』(2013年)、『BiSキャノンボール2014』(2014年)、『私たちのハァハァ』(2015年)がある。昨年度SPACE SHOWER FILMSを立ち上げ、『NORTHERN SOUL』、『SOUNDS LIKE SHIT: the story of Hi-STANDARD』、『Tribe Called Discord -Documentary of GEZAN-』等のプロデュース、配給を手がけている。
奥山:だからやっぱり、「表現の自由」に関しては、定期的にジタバタしなきゃしょうがないんですよ。結果はともかくとして、『あいちトリエンナーレ』は「表現の自由」というものを敢えてかき回そうとしたところがあるわけです。それにかこつけて、右だ左だとかいって乗っかってくる姿もすごくいやらしいなと思うけど、そうやって騒がないと、「表現の自由」を確保しようという機運すら起こってこないわけですよね。
奥山和由(おくやま かずよし)
1954年生まれ。映画プロデューサーとして『ハチ公物語』『遠き落日』『226』などで記録的大ヒットを収める。一方、北野武、竹中直人、坂東玉三郎それぞれを新人監督としてデビューさせる。また今村昌平監督で製作した『うなぎ』は、第50回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。今年10月10日に『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』(春日太一著 / 文藝春秋)が発売した。
高根:そうですよね。そこでちゃんと騒がないといけないというか、論議するべきところをちゃんと論議して、「表現の自由」というものを、考え続けないといけないっていうのは、僕も思いましたね。
作品情報
- 『解放区』
-
2019年10月18日(金)からテアトル新宿ほか全国で順次で公開
監督・脚本:太田信吾
音楽:abirdwhale、Kakinoki Masato
エンディングテーマ:SHINGO★西成“ILL 西成 BLUES -GEEK REMIX-”
出演:
太田信吾
本山大
山口遥
琥珀うた
佐藤亮
岸建太朗
KURA
朝倉太郎
鈴木宏侑
籾山昌徳
本山純子
青山雅史
ダンシング義隆&THE ロックンロールフォーエバー
SHINGO★西成
ほか
上映時間:111分
配給:SPACE SHOWER FILMS
プロフィール
- 太田信吾(おおた しんご)
-
1985年生まれ。映画監督・俳優として活動。長野県出身。大学では哲学・物語論を専攻。大きな歴史の物語から零れ落ちるオルタナティブな物語を記憶・記録する装置として映像制作に興味を持つ。処女作のドキュメンタリー『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010優秀賞・観客賞を受賞。初の長編ドキュメンタリー映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2013で公開後、世界12カ国で公開。俳優として演劇作品のほか、TVドラマ等に出演。
- 高根順次(たかね じゅんじ)
-
SPACE SHOWER TV勤務のプロデューサー。プロデュース作品に、『フラッシュバックメモリーズ3D』(2013年)、『BiSキャノンボール2014』(2014年)、『私たちのハァハァ』(2015年)がある。昨年度SPACE SHOWER FILMSを立ち上げ、『NORTHERN SOUL』、『SOUNDS LIKE SHIT: the story of Hi-STANDARD』、『Tribe Called Discord -Documentary of GEZAN-』等のプロデュース/配給を手がけている。
- 奥山和由(おくやま かずよし)
-
1954年生まれ。映画プロデューサーとして『ハチ公物語』『遠き落日』『226』などで記録的大ヒットを収める。一方、北野武、竹中直人、坂東玉三郎それぞれを新人監督としてデビューさせる。また今村昌平監督で製作した『うなぎ』は、第50回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。1994年には『RAMPO』を初監督。日本アカデミー賞優秀監督賞・優秀脚本賞、日本映画テレビプロデューサー協会賞、藤本賞、他多数受賞。10月10日に『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』(春日太一著、文藝春秋)が発売した。