「まず、津和野町にある2つの中学校はいずれも1学年20人程度しか生徒がおらず、地元だけで生徒を集めるには限界がきています」
「外から見た人の『津和野っていいよね』という声が地元にいい刺激を与えている」と語る、津和野高校校長の熊谷修山さん
地域全体でも人口が減少しており、Uターン、Iターンで外部から人を呼ぶためには高校が必要だという。
「せっかく津和野に移住してくれても、高校がないと他の地区の学校に通わざるを得ません。それなら最初から子どもの教育にも便利な町に住もうとなって、津和野は移住先の候補から外れてしまいます」
「あと、意外に高校生の経済効果って大きいんですよ。高校生でも小さな町のお店にとっては大切なお客です。その購買力も期待できます」
吹奏楽部に所属する寮生の宇田川碧杜さん(1年生/右上)は「最初は野球部の先輩が怖くてかかわりたくないなと思っていたんですけど、いろいろと教えてくれて今では仲良しです」と語ってくれた
鍵を握る町の職員「コーディネーター」
一方で留学する側からすれば、縁もゆかりもない土地に来て高校生活を送ることへの不安は残る。そこで活躍するのが「コーディネーター」と呼ばれる町の職員だ。彼らは、地域と高校を橋渡しする役割も担う。
津和野町には3人のコーディネーターがいる。そのうちのひとり、山本竜也さん(31)は言う。
「生徒募集、広報、進路サポート、特別非常勤講師として地域を知るための授業、学校と地域のコンソーシアム(共同事業体)づくり、と幅広くやらせてもらっています」
コーディネーターの山本竜也さんは新潟県出身。大学院で政治学を学び、6年前に大学時代の知り合いに紹介されたことがきっかけで津和野との縁ができた
津和野高校には、町営の無料英語塾「HAN-KOH(ハンコウ)」も併設されている。 県内外生問わず、受験対策用の英語から「漫画で覚える英会話」まで、生徒の学力や興味に応じて授業を選択できる。塾長は、2018年3月まで津和野高校の校長だった宮本善行さん(62)だ。
生徒にとって町営塾のHAN-KOHは家と学校に続く第3の居場所。講座を受けない時間帯でも、自習に励む生徒の姿があった
「若くて情熱を持った講師が5人おります。教員免許はありませんがそれぞれ個性的な講師で、それが逆に生徒に興味をもってもらえていると思います」
講師陣のプロフィールには、「小学校はバヌアツ、中学校はニュージーランド、大学はニューヨークで過ごし、青年海外協力隊でマダガスカルに派遣」「台湾で生まれニュージーランドで育ち、広島で国際交流を経験」など、ユニークなキャリアが並ぶ。津和野高校の主幹教諭を務める黒﨑孝治さん(51)は実感をこめて言う。
「教師には言えないことでも、コーディネーターやHAN-KOHの講師には相談しやすいこともあると思うんです」
教員以外にも学校生活をサポートする大人がいることで、生徒一人ひとりの興味に合わせたきめ細かい教育が可能になっている。
HAN-KOH塾長を務める宮本善行さんは、津和野高校の前校長。HAN-KOH講師やコーディネーターの存在について、当初は古参OBから「教員は何をやっとるんだ。自分たちで育てるという自負はないのか」と反発の声もあった
「普通科なのに普通じゃない」
津和野高校に留学した生徒は、どんな思いを抱いて島根にやってきているのか。
「もともとは、漁師になりたいと思っていたんです」 と語るのは、3年生の百瀬文哉さん。長野県松本市出身だ。
「最初は水産系の高校を探していたんですけど、母が見つけてくれて津和野の存在を知って。『普通科なのに普通じゃない』という魅力を感じました。水産高校に行って高校進学の時点で進路が絞られることが怖いと感じていたこともあって、『3年間楽しいところで過ごしたい』とツコウに進みました」
百瀬文哉さんの将来の夢は今も漁師。「ただ捕るだけじゃなくて、持続可能的に魚を増やすための保護の観点も学びたい」と海洋系の大学進学を目指している
同じく3年生の政田智秋さんは、山口県周防大島町出身。地域住民の姿に惹かれ、「ツコウ」に決めた。
「教室の机に座って、ただ勉強するだけの毎日にはしたくないと思っていたんです。オープンスクールで津和野に来て、ツコウ生が地域の人と一緒になって活動するところを見ました。ツコウ生だけじゃなく、地域の人もすごく楽しそうに生活しているのを感じて『ここで過ごしたい!』と即決でした」
政田智秋さんは昨年、生徒会長を経験。地域の音楽活動に積極的に参加しており、スーパーで地元の主婦から「あら、生徒会長じゃない!」と声をかけられることもしばしば
2人とも、すっかり津和野での生活を満喫している。休日の過ごし方を聞くと、百瀬さんは「川に入ってスッポンを捕って、鍋にして食べると最高です」と語り、政田さんは「週末はSLが走るので、カメラを片手に撮影スポットを探して城跡を登ったりしています」。
同じく県外生で埼玉県川口市出身の寺田多恵さん(3年生)は、「中学では人間関係に悩んで、家では部屋に閉じこもっていた」と振り返る。
「学校見学で初めて津和野に来たとき、古風な町並みや、山や川の自然にひと目で『素敵!』と思いました。歩いていても、そもそも音がない。こんな静かなところなら、落ち着いて高校生活が送れるんじゃないかと思ったんです」
埼玉県出身の寺田多恵さん。地元出身の生徒から「津和野にいるのに多様な人と接することができてうれしい」と言われたことが印象深いという
寺田さんは入学後、自分が素敵だと感じた津和野の魅力をPRする動画の制作に取り組んだ。コーディネーターに相談して、町民の協力も取りつけた。ドローンを使い、編集技術のある大人の協力も得て、完成度の高い映像に仕上がった。寺田さんは環境問題にも興味を持ち、ポリ袋が環境に影響を及ぼす問題点を啓蒙するためのポスターや絵本の自作もしている。その活動内容は学校紹介のパンフレットでも紹介されている。帰省の際に津和野の友だちを埼玉の実家に連れて帰ると、両親はとても喜んでくれたという。
オープンな校風はすっかり定着している。主幹教諭の黒﨑孝治さんは「地域の人もコーディネーターが外から呼んだ人もたくさん学校に来られるので、『知らない人が学校にいる』という状態が普通になっています」と笑う
こうした「留学生」の存在が地元出身の生徒に「良い影響を与えています」と言うのが、硬式野球部監督の桑原健二さん(49)だ。野球部は1990年夏に全国高校野球選手権大会に出場した実績があり、現在は大阪兵庫を中心に8人の県外生がいる。
「島根の子はもともとおとなしくて、野球にも消極性が表れていました。でも関西の元気で積極的な子が交じることによって、思い切りのよさが出てきたように感じます。一方で関西から来た子たちも、島根の子の忍耐強さ、真面目さから学ぶところが大きいようです」
関西から留学してきた野球部員たち。「道を歩いていても声をかけてもらったり、地元の人がとても応援してくれます」
津和野高校は昨年度、27年ぶりに東京大への合格者を出した。一方で、自分の道を見つけて就職する生徒や短大・専門学校に進む生徒も多く、進路の幅が広い
なぜ県民の予算で県外の生徒を?
そもそも県立高校は県の予算で運営されている。しまね留学を担当する島根県教育指導課の立石祥美さんによると、県外生へ積極的に門戸を開くことに対しての批判もあるという。その上で「大きく分けて三つのメリットがある」と説明する。
「一つは留学生がやってくることで人口が増え、消費が増えること。地域経済が回るようになります。二つ目は『関係人口』が増えること。たとえ高校の3年間で島根を出てしまっても、島根のよさを知ってくれればその後も県の応援団になって、よさを伝えてくれます。なかには島根に戻ってきてくれる人もいるでしょう。三つ目は、島根の子も育つということです。小学校、中学校と同じメンバーで過ごす子が多いなか、県外の生徒と交流することで多様性が生まれて世界が広がります。島根を出ていかなくても経験が得られるところに価値があると考えています」
津和野町内。小雨のしっとりしたたたずまいがまた小京都を思わせる
「私、津和野がメッチャ好きなんです。島根の子はすっごく優しいし、あったかいし。空は透き通った青できれいで、星もよく見えるし。だから島根を出たくないんですけど、行きたい大学がないので。でも、島根は大好きなので、また戻ってきたいです!」
津和野高校の職員室前の廊下。質問がある生徒は左に見える机と椅子に座って指導を受ける
3年間の学校生活を経て、寺田さんは「石見弁やら大阪弁やら、いろいろ混じった日本語になってしまって、実家に帰ってもなまっています」と笑っていた。県外の大学に進学したとしても、「関係人口」のひとりになるはずだ。
しまね留学には、強力な「ライバル」も現れている。島根県以外の地域の公立高校も留学生募集を始めたのだ。地域みらい留学フェスタには北海道から沖縄まで全国55校(東京会場は54校)が出展した。今や全国規模で公立高校が生徒を奪い合う時代になりつつある。立石さんは「留学生を積極的に受け入れるパイオニアとして、今後も他県にのみ込まれないだけのブランド、付加価値を作っていかなければなりません」と意気込む。
公立高校の留学生募集は日本の高校進学の選択肢を確実に広げ、都市部と地方を若い人材が行き来する新たな還流になるかもしれない。
菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌「野球太郎」編集部員を経て、フリーの編集者兼ライターに。2018年夏の高校野球界で「リアルルーキーズ」と話題になった白山高校の奮闘を描いた『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)を上梓した。
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