「おい、急げ!闘技場に遅れちまうぞ!」
冒険者組合に頼めないどんな汚い仕事でも請け負うことから世間からの目は厳しいものではあるが、何もすべてが汚い仕事というわけでもない。
規制の厳しい冒険者では出来ない自由な冒険や人助けを目的としてワーカーとなっている者達もいる。
バハルス帝国の帝都アーウィンタールにて闘技場へ向けて急いでいるワーカーチーム『フォーサイト』の4人もそんな珍しいチームの一つであった。
先ほど仲間たちを急かす声を上げたのがリーダーのヘッケラン。金髪に碧眼の軽装二刀流の戦士だ。
「待ってよ。まだ時間があるでしょう」
後ろから文句を言っているのはヘッケランの恋人でもあるイミーナ。
「無理して出場しなくていい……。ここで棄権しても……」
「それは言わない約束ですよ。アルシェ」
闘技場への出場を辞退しようとしているはアルシェ。金髪の艶やかな髪を肩口あたりまで伸ばしているまだ少女とも呼べる年齢の魔法詠唱者だ。
それをたしなめているのがロバーデイク。チームの回復役たる神官だ。その職業の割にはがっちりした体格をしており、顎髭が丁寧に手入れされている。
彼らフォーサイトが出場しているのは闘技場におけるトーナメント戦である。その名も『武王挑戦者決定トーナメント』。その名のとおりこのトーナメントの優勝チームは闘技場のチャンピオンである武王へ挑戦権を得ることが出来る。
国中から注目が集まる大イベントでもあるため出場報酬だけでも大金であり、武王に勝利しようものなら一生安泰に暮らせるだろう賞金が用意されている。
しかし、それだけの賞金が出ると言うことは危険も相当なもの。過去武王と戦った相手はことごとく試合中に殺されているし、挑戦者決定戦でも死者は多数だ。
「そうだぜ?アルシェ。次は決勝だ!あと1回勝てば武王に挑戦できる!それに武王に負けたって目標金額は達成できるんだぜ?」
フォーサイトはお金を必要としていた。その原因はアルシェの両親である。アルシェの生家であるフルト家はこの国の皇帝に無能の烙印を押され貴族位をはく奪された。
しかし、それでも両親は貴族としての生活を改めることなく贅沢三昧。やがて破滅するだろう両親ではあるが、実家にはアルシェの二人の妹が残っている。二人の妹を引き受けるためにアルシェはお金を必要としていたのだ。
「でも……私のせいでみんなが危険に……」
「なーに言ってんのよ!あたしにだってお金が手に入るんだしお互い様でしょ!」
「そうですよ、アルシェ。それよりも今日の試合のことを考えましょう」
「そうだぜ?とりあえず試合の前に何か腹に入れておこうぜ!」
試合までまだ時間があるのにヘッケランが急いでいた理由はそれだ。帝都の中央広場では昼時ということもあって様々な屋台が出店しており人で賑わっている。
「って言うかどこも行列だらけじゃない……ヘッケランどうするの?」
イミーナの言葉にヘッケランは顔を曇らせる。時間が若干あると言っても行列に並んでいるほどの時間はない。かと言って携帯食などで済ませるのも味気ない。戦闘でエネルギーを大量に使うのだ。
少しでも腹に入れておきたいと思うヘッケランは広場の一角にまったく行列のできていない屋台があるのを発見する。
「おっ、あそこは並んでないじゃないか!あそこで何か買っていこうぜ!」
フォーサイトはその店の前まで来ると売っている商品を見る。しかし、そこに並べられていた食べ物は今までに見たこともないような食べ物であった。
一つはパンに肉や野菜チーズなどを挟んだような食べ物のようで中からはクリーム色や黒い液体がこぼれ出ている。
さらに四角く黄色いスティック状のもの。油で揚げているのだろうか。少し光沢がありテラテラしているように見えた。
そこまでならまだ未知の食べ物ということで許容できたかもしれない。しかし、最後に登場するのが瓶に入った真っ黒い液体だ。中から気泡がコポコポと出ているその粘性の液体は酸性のものだろうか。毒薬としか思えない。
なるほど、誰一人この店に近づかなかったのはこのせいだったのかと気づいたときには遅かった。売り子がにこやかに話しかけて来る。
「いらっしゃいませ!
出迎えたのはなんとメイド服の女だ。非常に整った顔立ちをしており、メガネを掛けた表情には、鋭さと怜悧さが浮かんでいる。そしてその豊満な胸には男なら誰でも目が行ってしまうだろう……が、その前にその頭の黒い軍帽に目が行ってしまった。
(……なぜ軍帽?)
4人がその疑問に固まっているとそのメイドは商品を売り込もうと紹介してくる。
「本日のメニューはA5和牛のハンバーガーセットでございます。付け合わせにはフライドポテトを。お飲み物はコーラをご用意いたしました」
メイドの勧めてくる食べ物を見ながらヘッケランは迷う。周りの店で買おうにも闘技の開始時間に間に合わないのは必至だ。であるならば選択は一つしかない。
「じゃあ4つくれ」
「ちょっと!?ヘッケラン本気ですか!?」
ロバーデイクがヘッケランの正気を疑うが、確かにそれ以外に選択肢はない。
「ありがとうございます。では、4銅貨になります」
意外な安さにますます不安は募るが、ヘッケランは銅貨を4枚メイドへと渡す。
「それでは本日のメニューの効果について説明をいたしましょうか。制限時間は1時間で……」
「あー、悪い。急いでるんだ!早く作ってくれ!」
メイドが何やら説明を始めたがそんなことを聞いている時間はない。ヘッケランが急かすとメイドはかしこまりましたと屋台の下へ手を伸ばすと紙袋を5つ渡してきた。
「それではA5和牛のハンバーガーセット4つでございます。お飲み物はこちらに別にしております。この度はお買い上げありがとうございました」
理想的ともいえる丁寧な礼をするメイドだが、その商品の出て来る速さにヘッケランは驚く。作り置きでもしていたのだろうかと思うが、飲み物はキンキンに冷えており、食べ物のほうも出来立てのように紙袋から暖かさを感じる。
「……何か?」
ヘッケランが固まっているのに疑問を感じたのかメイドが首をかしげている。美人は何をやっても絵になるなと思いつつ、時間が迫っているのを思い出す。
「いや、何でもない。ありがとさん!」
ヘッケランは礼を言うと仲間とともに闘技場へと駆け出していくのだった。
♦
闘技場の控室。そこでフォーサイトの面々は試合への準備をしていた。その中でヘッケランは広場で買った食べ物をテーブルへと並べる。それにイミーナは早速手を出そうとした。
「イミーナ。本当に食べるのですか?それを……」
「ん?折角買ったんだし食べなきゃもったいないでしょ?」
「お腹壊さないといいけど……」
「大丈夫だって!売ってるものなんだから食べられるわよ」
心配そうな声のロバーデイクとアルシェの言葉にイミーナはあっけらかんとハンバーガーの紙袋を手に取る。
「本当に……?」
「まぁ……このパンに挟まったやつとかイケそうじゃない?」
イミーナは紙に包まれていたハンバーガーを取り出してみる。ふっくらとしたパンズの中には肉厚で肉汁たっぷりのハンバーグ、そして厚切りのジューシーなトマトにとろけるチーズとレタスが挟まっているのが見える。
「うん?意外と美味しそうじゃない」
「行くのか?イミーナ」
「行くわよ!せっかく買ったんでしょ!」
イミーナはごくりと唾を飲み込むとハンバーガーへとかぶりついた。そしてその瞬間、得も言われる表情になる。
柔らかいパンズをかみ切るとレタスのシャキシャキとした歯ごたえが溜まらない。そしてその下からトマトのジューシーな果汁とトロトロのチーズが絡まった最高の組み合わせ、そして何より肉汁たっぷりのハンバーグは今まで食べたどんな肉よりも柔らかく旨味がたっぷり、そしてそれを引き立てているのが間に挟まったピクルスだ。ポリポリという触感ともに食欲をそそる酸味と肉汁の旨味はでイミーナを桃源郷へと運んでいく。
「ど、どうしたんだ?」
ヘッケランが心配そうに尋ねて来るが、そんなことよりも目の前のハンバーガーのことしか考えられない。バクバクと食べ進むとあっという間になくなってしまった。
「はぁ……すごい……」
陶酔の中でイミーナの目はポテトへと向く。これほどの旨いものの付け合わせだ。さっそく手を伸ばして口へと運ぶ。
それは芋を揚げたもののようだが、ホクホクの触感と絶妙の塩気、そして何より食材と油が最高なのだろう。全く重さを感じないさっぱりとした美味しさだ。
「うまっ……」
もくもくと食べるイミーナを見つめる一同。しかしイミーナには周りの目など気にならなかった。ポテトと一緒についていた2種類のソースも最高であっという間に間食していた。
「あとは……これか……」
「お、おい……イミーナさすがにそれは……」
それは瓶に入れられた毒々しい色の飲み物。しかし、イミーナは確信していた。これはいいものだと……。袋に一緒に入っていた道具で瓶のふたを開け、その液体を口に入れたその瞬間……。
「うっ……」
口の中でそれが爆発した。いや、爆発したと思ったらすぐにそれはシュワシュワとはじけて消えていく。不思議な触感であるが癖になる。それに独特の香りと甘味のあるこの飲み物の味自体は最高で、シュワシュワにより後味がとてもさわやかである。
ごくごくと飲み切ると小さくげっぷをしてイミーナはすべてを完食していた。
「おい、イミーナ。大丈夫か?感想教えろよ、旨いのか?不味いのか?」
あまりに夢中になって貪るイミーナに仲間たちも興味津々のようである。
「めちゃくちゃ美味しいわよ!こんなの食べたことない!ヘッケラン、いらないなら私に寄こしなさいよ」
イミーナがもう一つの袋へと手を伸ばそうとするので慌てて他の3人は袋を手元に引き寄せる。
「そんな旨そうに食われて渡せるか!よ、よし……俺も食うぞ……」
ヘッケランもハンバーガーを一口頬張って顔をほころばせる。
「う、うめぇ……なんだこりゃ……」
「美味しそうにしちゃって……ああ、もう私の分ないじゃない……一口寄こしなさい!」
横からイミーナがヘッケランの持っているハンバーガーへとかぶりつく。
「て、てめぇ!イミーナぶっ飛ばすぞ!」
本気の怒りを仲間にぶつけながらヘッケンランはすべてを完食した。そして全員が空になった紙袋を見つめながらゲップを一つ。
「あー、食った食った……こんなうめぇもんは初めてだぜ」
「ですね。そのせいか体がポカポカしてきましたよ」
「うん……なんだか力が出る」
「その調子よ!アルシェ!なんだが私もやる気が出て来たわ!」
「お前、俺の分を横から食いやがったのは許さないからな!」
「あー、もう。まだ言ってんの?小さい男ね……」
「なんだと!?」
何だかんだでワイワイ言いながら緊張感をほぐしたフォーサイトはなぜか湧き上がるような力を感じながら試合へと向かうのだった。
♦
「これはこれは……今日の相手はあなた方だったのですね。これは殺さないように手加減するのが大変だ」
大歓声が渡り響く中、フォーサイトは相手チームと対面していた。
先ほどから挑発しているのはワーカーチム『天賦』のリーダーであるエルヤー・ウズルスである。
見た目は眉目秀麗という言葉が似合う青年であるが、その性格は完全に自己肯定の塊であり歪んでいる。スレイン法国の出身で人間以外の種族を毛嫌いしているにも関わらずエルフの奴隷を3人仲間にしているのがその証拠である。
エルフたちの耳は途中で切り取られて半分ほどしかなく、その見すぼらしい装備を見れば彼女たちへのエルヤーの扱いが分かると言うものだ。
「まぁお互い恨みなしにやりあおうや」
「ふふふっ、そうですね」
エルヤーは手加減するなどと言っているが人を殺さないように手加減するような性格ではないことをヘッケランは知っている。警戒しながら双剣を腰から引き抜いた。
合わせるようにエルヤーが腰から引き抜いたのは遥か南方でしか手に入らないと言われる高価な武器『刀』だ。その構えにも隙はなく、性格はともかく真の実力者であることが分かる。
エルヤーは個人としてアダマンタイト級冒険者に匹敵されるのではと言われるほどの剣士だ。一方フォーサイトは自分たちの実力はミスリル級程度ではと認識している。個人対個人では勝ち目はないだろう。
(……だが俺には仲間がいる!)
エルヤーにあって自分たちにあるもの。それは仲間とのチームワークだ。それを駆使してこの戦いに生き延びるのだ。
やがて大歓声とともに開始の合図が告げられる。負けられない戦いだ。
「行くぞ!!」
ヘッケランは信頼する仲間へと声をかけエルヤーへと向かっていくのだった。
♦
「武技!<双剣斬撃>!」
「ぐぅぅ!そ、そんな……こんなことがあるはずが……」
試合は一方的であった。そう、フォーサイト優勢のまま一方的な展開。エルヤーはヘッケランの武技による交差される連続斬撃を刀で防ぎきれず腕に切り刻まれ苦痛に耐える。
「わりぃな、今日は何か調子いいんだ」
「ヘッケラン、油断しないでよ!」
「そうですよ。あと一人確実にやりましょう」
「逃げるなら私の魔法で仕留める……」
仲間たちも非常に調子が良さそうだ。体が軽い。ロバーデイクがあと一人と言ったように、エルヤーの仲間のエルフたちはすでに無力化され倒れ伏していた。しかし、エルヤーは怒りに顔を歪ませながらも負けを認めるようなことはない。
「こんなことがあるはずがない!私は天才なんです!武技<能力向上><能力超向上>!」
エルヤーは武技を発動し身体能力を高める。
「はぁぁ!武技!<縮地改>!」
さらに発動した武技により足運びなしに平行移動しつつヘッケランへと迫りくる。しかし、その高速移動の接近をイミーナが見逃すことはない。
「ぐあああ!」
イミーナはエルヤーのフェイントを全て見切ったうえで矢を放ち、エルヤーの右腕に突き刺さる。
「糞!この耳長が!人間様に何をする!」
憎々しげにハーフエルフのイミーナを睨みつけるがそれが虚勢であることは一目瞭然であった。
「<双剣斬撃>!」
追い打ちとばかりにヘッケランの連続斬撃を<縮地改>で避けようとするも避けきれず体がさらに傷だらけになる。
「ぐはぁ……はぁ……はぁ……」
「もう降参しろ、天賦。認めてやるからよ」
虫の息のエルヤーにヘッケランが降伏を薦める。このまま続ければチームメンバーのイミーナが我慢できずに殺してしまうかもしれない。
エルヤーは目をキョロキョロさせて迷う素振りをした後、にやりとヘッケランへと笑いかけた。
「フォーサイト、この試合私に勝たせてくれませんか?」
「はぁ?何言ってんだおまえ。どう見てもお前の負けだろう」
「実はこの試合で私の勝ちに全財産を賭けているんですよ……。私が勝てばこの試合のファイトマネーの10倍はくだらない金額が入ってきます。貴方がたも金が目当て手でしょう?半分差し上げますから負けてくれませんか?」
半笑いで条件を提示してくるエルヤー。この試合のファイトマネーはかなり高い。その10倍の半額だとしてもアルシェの借金を返し切ってもさらにおつりが来るだろう。しかも武王と戦わずに済むオマケつきだ。
「なるほどな……悪くない話だ」
「そ、そうですよね?だ、だから……」
「だがな!そんな俺たちはそんな汚ねえ金なんぞ要らねえんだよお!!!!」
ヘッケランはその太い足でエルヤーの股間を蹴り上げる。
「~~~~~!?」
声にならない声を上げたかと思うとヘッケランは気を失った。そして勝者を告げるコールが会場に鳴り響き、大声援に手を振りながらフォーサイトは会場を後にした。
ところは変わってフォーサイトは闘技場の控室へと戻ってきていた。
「悪かったな。金が手に入るチャンスだったのに」
「そんなことない!かっこよかったわよ!ヘッケラン!惚れ直しちゃった!」
「まったく……お熱いですね二人とも。そういうのは二人きりの時にやってくださいよ」
「ん~?なぁに?ロバーデイク。羨ましいの?」
「はぁ……私の愛は神に捧げておりますよ。でもまぁ、ヘッケランのセリフは悪くなかったですよ」
「うん、私も汚いお金で妹たちを助けたくない……」
「そりゃよかった。はぁ……しっかし疲れれたなぁ……あ、ありゃ?」
ヘッケランは先ほどまで漲っていた力が抜けていくような感覚に戸惑い、膝をつく。
「緊張感が切れちまったのか?はぁ……なんか力が抜けたぜ」
「奇遇ね……何か私も急に疲れて来たわ……」
「試合中は興奮していたから力が出ていたんでしょうか……」
フォーサイトは控室につくなり突如訪れた脱力感に戸惑いつつも、勝利の余韻に浸るのだった。