磯野真穂『ダイエット幻想』読了。ころころと変わる劇的な変身物語をモデルにするのではなく、微々たる変容を許しあう具体的な関係の糸を垂らしていくことのススメ。前者は自己責任responsibility、後者は応答能力response-abilityというふうにハラウェイなら言うかもね。
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あと、変わりたい、わたし変わったんです、とかいうのはめちゃくちゃ怖いなと。劇的に変わることはふつう起こりえないし、そう感じるのだとしたら信仰の形式はそのままに信仰の対象が変わっただけかな、と。数年後ろを振り返ってみると「変わったな」と気づくぐらいの緩さが必要かと。
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自分が変わったことの証拠を求めないと不安、ということもあるのかもしれないけど、それはそれで見つからないような気がしていて、別にそんなのどうでもいいじゃん、といういい加減さが必要なのかなあ、と思いつつ、でもそんなに緩く生きるのも難しいことかなあ、とも思う。
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そうなんですよね。なんにせよ、なんらかの型は常に生まれるので、苦しくなったらその型を破って別の型をつくってもよい、という部分的な緩さが大事かなあ、と思います。
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そうなんですよねー。ただそれが本当に至難の業というか、むしろそれはできて当たり前ではないのでは、とずっと疑っています。
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まさに。それが学ぶことの難しさだし、立ち止まる暇のなさだし、安定したい、不安になるのは嫌だ、という心の叫びだし。不安定を享受するくらいなら慣れ親しんだ辛さのほうがまし、というのが多数かもしれません。
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変化しても立ち止まっても生きづらいという難しさのなかで、どう生きているのか、あるいは生きられないのかを考えるところにポイントがあると思います。フェミニズムってその問いなんですけどね…
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フェミニズム一般となるとわかりませんけど、ハラウェイの場合は、変化しない生きものはいないというところからスタートして、所与の自己も他者もない世界の中でどう関係性を変化させていくか、どのように世界をつくっているアクターになるか、という問いですね。
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なるほど。わたしのタイムライン、ハラウェイの話題が増えたのでもう一度挑戦せねば。二冊ほどしか読んでないので、勉強しなおします。
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