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スピッツ 美しい歌詞だからこそ少し怖い(川谷絵音) ヒットの理由がありあまる(14)

日経エンタテインメント!

2019/10/15

実を言うと今回緊張しています。それは僕の憧れのアーティストについて書くことになったから。そう、今回はスピッツの『優しいあの子』についてです!

まず僕のバンドindigo la Endの名前は、スピッツのアルバム『インディゴ地平線』から来ている。それぐらいの大ファンであり、自分の人生に欠かせないバンドだ。朝ドラの主題歌は全て彼らでいいのではないかと思ってしまうほどの爽やかさは、ただの爽やかさではない、異常に爽やかなのだ。突き抜けると物事の意味合いが変わってくるように、スピッツの爽やかさは突き抜けすぎて、少し悲しい。それが人々の琴線に触れるのだ。

『優しいあの子』のサビには歌詞がなく「ルルル」と歌われるが、ここが心地良いような悲しいような、自分でもどちらの感情なのか分からなくなる。聴き手自身が、1曲の中で様々な感情の移ろいを体験できるのがスピッツの魅力だと思う。リズムパターンもコード進行も、極限まで削ぎ落としたシンプルなアレンジなのに、ここまで感情を揺さぶれるアーティストは他にいない。なぜか。それは草野マサムネという人の生み出す言葉にある。

スピッツをあまり知らない人は草野さんに対し、爽やかで中性的なイメージを持っているだろう。しかしそれとは裏腹に、彼は歌詞の永遠のテーマについて「セックス」と「デス(死)」だとインタビューで語っている。そんな暗さが内包されているとは思えないほど、軽快で爽やかな曲が多いスピッツ。だからこそ少し怖い。僕は初めてスピッツの歌詞を読んだ時、美しいと思うと同時に少し怖かった。でも彼らの音楽の根幹はここにあると確信したし、自分がどんな感情か分からなくなる理由もこの歌詞にあると思った。

今作は、「重い扉を押し開けたら/暗い道が続いてて」という一節から始まる。サウンドの爽やかさとは真逆の歌詞だが、その後には「めげずに歩いたその先に/知らなかった世界」と続く。このようにスピッツの歌詞は、暗いかと思いきや、後に解決策や光が提示されていることが多い。聴き手の感情が忙しくなるわけだ。ちなみに僕が一番好きなのは「芽吹きを待つ仲間が/麓にも生きていたんだなあ」の部分。この“いたんだなあ”という表現のすごみ。これがあるだけで、壮大な麓の映像が頭に浮かぶのだ。ああ、生きてたんだなあと、いろいろな想像が膨らみ、思わず泣きそうになってしまった。

■スピッツとミスチルは真逆のバンド

また、ボーカルでいうと、草野さんの声は神が与えた万人が好きになる声だ。この声から発せられる言葉はどんなものでも美しい。高音はもちろんのこと、低音部分のミックスボイスがここまで聴き心地が良いボーカリストは草野さんしかいないし、この歌声がテレビから流れてきたら、誰しもがスピッツだと分かる。正真正銘の国民的バンドだ。国民的バンドといえばMr.Childrenも当然そうなのだが、個人的にはミスチルとスピッツは真逆なバンドだと思う。ミスチルは「時代の変化を敏感に感じながら常に最前線を走っているバンド」で、スピッツは「常に変わらないことで最前線にいるバンド」だと思っている。

もちろんスピッツも変化はしているのだが、常に“スピッツここにあり”という曲をリリースし、新曲が出るたびに安心させてくれる。「そうだ、僕らにはスピッツがいる」と。この安心感の裏に、前述した突き抜けた先の悲しさがあって、僕らは気付かない間にそこに魅了されているのだ。メンバーの方々も言っていたが、「変わらないとみんなに言われるが、意外と流行をアレンジに取り入れている。しかし気づかれない」と。でも、それこそがスピッツの魅力だと本人たちも自覚しているし、僕もそう思う。変わるも変わらないも両方に難しさはある。ミスチルとスピッツはその難しさを乗り越えて絶対的な存在となった。そんな2組がそれぞれ主催するイベントに両方出たことがあるのが、僕の自慢です(笑)。

川谷絵音
1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして幅広く活躍。ゲスの極み乙女。の新曲『秘めない私』を現在配信中。indigo la Endは、10月9日に5thアルバム『濡れゆく私小説』をリリースした。

[日経エンタテインメント! 2019年9月号の記事を再構成]

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