2019年9月半ば、豊島区にある幸福茶房を訪れた。昨年まで40年間、代々木上原駅前に「幸福書房」という書店を出店し、閉店にあたってはマスコミでも取り上げられて惜しむ声が広がった。その店主だった岩楯幸雄さんが、閉店後、自宅の車庫として使っていた場所にオープンしたのがブックカフェ「幸福茶房」。小さな喫茶店に本を置いているのだが、新刊は林真理子さんの本などごく一部だ。
でも店の看板は「幸福書房」。前に使っていたものを掲げている。そのブックカフェ幸福茶房でコーヒーを飲みながら岩楯さんに話を聞いた。
「幸福書房」時代から岩楯さんの店では、林さんの本を買ってくれたお客にはサインをして後日渡したり郵送するというサービスを行ってきた。
林さんのファンにとっては、幸福書房ならサイン本が買えるとあって、わざわざ遠方からやってくるお客もいた。
今の幸福茶房には新刊書籍はほとんど置いていないのだが、特別に林さんのコーナーが設けられ、そこには新刊も並んでいる。林さんのサイン承ります、という表示もなされている。
最後の5年間は常に支払いに追われた日々だった
「今は気分的に楽ですね。幸福書房は40年続けていましたが、儲かったのは30年。残りの10年は大変でした。特に最後の5年間は常に支払いのことが頭から離れませんでした。次の月末の支払いは間に合うのか、という気持ちですね。
売り上げがどんどん落ちて行って、もうこのあたりが底だろうと思ったら、まだ落ちていくんです」
長年続けてきた書店を閉じて寂しい思いをしているかと思いきや、毎月支払いに追われる生活から解放されて気分的に楽になっているという。今、街の書店を続けるというのはそんなに大変なことだというわけだ。
月刊『創』(つくる)発売中の11月号の特集は「街の書店が消えてゆく」。出版に関わる者にとっては深刻なテーマだ。とにかく見知っていた書店が次々と姿を消している。『創』編集部のある四谷のJRの駅前にあった2軒の書店はいずれもなくなってしまった。会社帰りに書店に寄っていろいろな雑誌に目を通すのが楽しみだった。それはネット通販では味わえないリアル書店ならではの楽しみだった。
この勢いで書店がなくなっていくと果たしてどうなるのか。
最近問い合わせで増えているのが、「近くに書店がないのですが、どうすればこの本を入手できるのでしょうか」というものだ。特に年配であまりネットを使ってない人には、ほしい本があっても入手できなくなっているのだ。
業界でよく使われるアルメディアのデータによると、今年5月時点での全国の書店数は1万1446店。1年前に比べて580店減っている。1999年が2万2296店だったから20年で半減しているわけだ。減っていくスピードは加速していると言われる。
売り上げは激減しているのに万引きだけは減っていない
『創』の特集の座談会に出ていただいた祐天寺駅前の書店「王様書房」店長の柴崎繁さんはこう語っていた。
「小さい書店は困っています。もうやめることしか考えていない。でも街に本屋がない状況で良いと思っている本屋は一つもない。本当は、続けていきたい、残りたいと思っているんです」
街に書店がない状況が良くないというのはわかっているが、売り上げが落ちてゆくのでどうしようもないというのだ。実際、王様書房も、夜、会社帰りに寄って雑誌などを眺めていく客が極端に減ってしまったという。本の売り上げはどんどん減っているのに、万引きだけは減っていないという笑えない話も披露してくれた。
幸福書房の閉店が話題になって惜しむ声が広がった時期、岩楯さんもいろいろ悩み考えた。クラウドファウンディングによって運転資金を集めてはという声もあったし、なじみのお客だった林真理子さんが資金援助を申し出てもくれたという。でも岩楯さんはこう言う。
「業界が上向きならそういう支援の声に応じたと思うんです。でも業界全体が下向きだから、一時的に乗り切ったとしてもそのまま続けられるかどうかわからないのです」
消費増税の翌年は書店の閉店が一気に増える
神田にある日本書店商業組合連合会を訪ねて事務局長の石井和之さんにも話を聞いた。書店が減っていくと我々が感じるのは都内の書店についてだが、地方では事態はもっと深刻だという。
「来店客という観点では、地方の書店が一層深刻と言えるかもしれません」
10月の消費増税も閉店を加速させるだろうという。
「今までも消費税が上がった翌年は、書店の閉店数が増加しているので、来年はその数が一気に増えるのではないかと危惧しています」
昨年11月1日の「本の日」。林真理子さんが日書連の依頼を受けて、1日店長を務めた。
「書店の娘として店番をしながら本を読んだ」という林真理子さん
幸福書房の閉店にあたって支援を申し出たという林真理子さんの事務所も訪ねて話を聞いた。書店がなくなっていくことにそこまで危機感を持ったのは、彼女が書店の娘として育ったことも背景にあるという。彼女の実家は、山梨駅前にあった林書房。母親が切り盛りしていたという。
「私の子ども時代は、学校から帰ってきたら、本を読みながら店番をしていました。本を読む習慣ができたという点ではとてもいい環境でした」
「店番をしながら小説もたくさん読みました。もちろん漫画も読んでいました。『りぼん』や『なかよし』ですね。『ベルサイユのばら』なんかも愛読していました」
当時は取次から駅止めで本が列車で送られてきて、店までリヤカーでそれを運んでいたという。
「母は『東京に話題の本を買い出しに行くと、みんなが本屋の前で行列を作ってくれた』と言っていました。『そんな時は本屋をやっている誇らしさを感じた』とも言っていました」
戦後、1990年代半ばまで、日本の出版界の売り上げは一貫して右肩上がりだった。不況になっても日本人は本代だけは減らさなかった。そんな国民だと言われてきた。しかし、90年代半ばをピークに、出版界の売り上げは毎年マイナスとなり底どまりしていない。
一時はリアル書店がアマゾンにお客をとられているという言われ方がされていたが、そういうことよりも情報そのものを印刷媒体でなくネットから入手するように生活習慣が変わったのが影響しているということだろう。特に20代30代はそうで、20代向けの女性誌市場が激減しているのは、彼女たちがもっぱらスマホから情報を得るようになったからだ。
そういう構造的な背景がある中で、書店は打撃を受け続けている。出版社の場合は、例えば紙のコミックの落ち込みをデジタルコミックがある程度カバーしているといった打開の道もあるが、リアル書店の場合は、デジタル化の影響が直撃しているわけだ。
10月に入って、取次業界3位の大阪屋栗田が11月から楽天ブックスネットワークに社名変更することが報じられた。取次業界4位の栗田出版販売が2015年に経営破綻して3位の大阪屋と合併して再スタートしたのは2016年だ。2018年に楽天グループ傘下となり、今回の社名変更。大阪屋とか栗田といった、業界でなじみのあった社名が消えることになるわけだ。
出版流通業界はこれからどうなるのか。そしてそれは出版文化とどう関わってくるのか。
かつて書店は都市の駅前に必ず存在するとされ、街の文化的拠点でもあった。その大きな変容は、何をもたらすのだろうか。
私ももう40年以上、雑誌の編集を続けてきて、書店がどんどんなくなっていくこの現状は本当に胸が痛む思いだ。
追記ーー『創』11月号の書店特集には書店現場の方も何人か登場するが、そのひとりがジュンク堂書店難波店の福嶋店長。同店では読書週間にあわせてフェアを展開するそうだ。こういう機会に読書や書店について考えてみたい。
同店の公式ツイッターは下記。
https://twitter.com/junkunamba
『創』書店特集の詳細は下記だ。