日本で入れ墨をしたい、伝統技術を求めて海外から続々 日本の意識は変わるか

レベッカ・シールズ、BBCニュース(東京)

Horimitsu adds yellow ink to the tattoo using a stick tipped with needles

シャー、シャー、シャー……。彫師の彫みつ(ほりみつ)さんにとって、入れ墨を入れる刺し棒の音は軽くてリズミカルで、1匹のコオロギが鳴いているみたいに聞こえる。

東京・池袋で30年間、手彫りで入れ墨を入れてきた。使うのは、インクと刺し棒だけだ。

手彫りで入れた日本古来の神々や竜といった入れ墨は、銀行員やバンドマンの背中で生き生きとしている。腕や脚の上では鯉(こい)が飛び跳ねる。

この日は、炎から守ってくれる翡翠(ひすい)色の竜が、数千マイルの距離を移動して日本までやってきた若い消防士の腕で燃え上がる予定だ。

カイル・シーリーさん(23)は、彫師が自分の上腕三頭筋に完璧に一定の間隔で針を刺す間、静かに仰向けになっている。肩から手首にかけて、立派な竜と、幸運や崇高を象徴する牡丹の花が彫られていく。

Customer Kyle Seeley lies down in Horimitsu's tattoo studio, waiting to be tattooed
Image caption 彫みつさんが色を入れるのを待つカイル・シーリーさん
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シーリーさんが暮らすカナダ・アルバータ州グランド・プレーリーにも彫師はいるが、シーリーさんが欲しいものは地元では得られない。シーリーさんは、機械ではなく手で彫っていくタトゥー、何百年もの歴史がある日本の手彫り技術を求めてここまで来たのだ。

日本の入れ墨は西洋で以前から注目されていた。それが近年では、本格的に大流行している。おしゃれ族は、「日本まで行って手彫りの入れ墨を入れてきた」と自慢したくてやってくる。あるいは、長持ちする芸術に魅せられて来る人たちもいる。

「テボリ(tebori)だと色の持ちがずっといいし、もっと鮮やかだと聞きました」と、シーリーさんは言う。彼のわき腹や胸には、機械彫りのタトゥーが入っている。

「1回の施術に500カナダドル(約4万円)かかるので、確実に合計で数千ドルにはなるけど、このために貯金してきました」

シーリーさんが指名した彫みつさんは、インスタグラムのフォロワー数が6万3000人近くいる。米歌手のジョン・メイヤーさんなど海外のフォロワーも多い。

メイヤーさんによると、彫みつさんは最初、どうやって自分を見つけたのかや、自分のことを薦めた人物のことを知っているのかなど、徹底的にメイヤーさんに聞き取りをしてから、最終的に施術に同意したという。

最近では、先月20日から日本で開催されているラグビーワールドカップ(W杯)に合わせて来日する人から、彫みつさんに予約が入った。

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日本国内では手彫り愛好者は減りつつある。日本の若者は、西洋の緻密で幾何学的なタトゥーを好みがちだ。それだけに、この入れ墨の伝統技術にとっては、海外からの引き合いが頼みの綱なのだ。

手彫りの場合、柄や色を作り上げる創作過程で主導権を握るのは通常、彫師の方だ。中には自分で選んだ相手にしか施術しない人もいる。

シーリーさんはもちろんこのやり方に納得している。新しく彫ってもらう竜が何色になるのかも分からないまま、この日、店を訪れた。

「これが、みつさんのやり方なので、みつさんが一番いいと思うものならなんでも受け入れます」と、シーリーさんは笑う。

刺し棒を使って、表皮の下にインクを流し込む作業の間、シーリーさんは痛がる素振りを見せない。10秒ごとに彫みつさんは刺し棒をインクに浸す。

とんでもなく痛そうに見えるが、タトゥー愛好家によると、手彫りは、振動が激しい機械彫りよりも刺激が少ないという。

じゃあ、10段階で痛みを評価すると?

「3か4かな?」とシーリーさん。「断然マシです」。

Tattoo artist Horimitsu sitting in his studio in Tokyo, where the walls are lined with tattoo sketches
Image caption 手彫り専門の彫みつさん。東京・池袋の店舗の壁には入れ墨のデザイン画が並ぶ
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ジョン・メイヤーさんは、彫みつさんの施術中、気付いたら「美しく光り輝く幻覚を見ていた」と話す。

タトゥー施術後にエンドルフィンが大量に出るのか私が質問すると、彫みつさんは強くうなずいた。

「ドーパミンやアドレナリン……施術後にそうなるお客さんは大勢います。興奮しすぎて財布やパスポートをなくしたり、大金を使ったりするんです」

「スポーツイベントで商売繁盛

日本開催のラグビーW杯に先立ち、ワールドラグビーは選手やファンに対し、タトゥーが暴力団などの反社会的勢力を連想させるとして、タトゥーを隠す配慮を求めた。しかしこうした警告は、むしろ一部のファンの関心を駆り立てる結果となり、試合観戦の合間に2時間かけて入れ墨を入れてみようかと思い立つ人たちを生み出した。

海外から来る人の多くは、英語話者の顧客と日本人彫師を仲介するウェブサイト「パシフィック・タトゥー」を通じて、彫みつさんにたどり着く。サイトを運営するのは、マイク・ダービシャーさんだ。

「大会期間中、ウェールズ人男性1人から予約が入っています」と、彫みつさんはW杯に合わせて来店する客について話す。

竜の入れ墨になるのでは? (訳注・赤いドラゴンはウェールズの象徴)

「たぶんそうです!」

スポーツイベントはいつも商売繁盛につながると、彫みつさんは言う。

「本当に関係していると思います。たとえば、来年の東京五輪も。五輪期間中に予約したいという問い合わせが、昨年くらいから続いています」

Inside Horimitsu's studio in Tokyo
Image caption 彫みつさんの店で入れ墨を入れるために、世界中から多くの客が足を運ぶ
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彫みつさんの顧客の6割から7割ほどが日本国外からやって来る。ほかの手彫り彫師も同じ割合だと話す。

「ドイツからも来るし、イギリスからもしょっちゅう来ます。アメリカ人も多い。(中略)米軍基地の職員も多い」と、ダービシャーさんは言う。

「ただ最近では、コミュニケーションの問題をなんとかできないと、日本の日本人彫師の商売はうまくいっていません」

理由のひとつは、客層の衰退だ。第2次世界大戦後、日本の入れ墨は暴力団と結びついてしまった。暴力団員は自分の勇気を証明し、富を誇示し、ほかのやくざに自分が何者かを示すため、入れ墨を入れた。これが数十年にわたる習慣となった。

彫みつさんは入れ墨の「一門」で技術を教わった。ここでは、厳しい封建的な上下関係の中で、若い見習いが師匠に仕える。

入れ墨業界は、「客がやくざしかいなかった10年前までは、時には暴力的で、恐ろしいところだった」という。

今の日本は反社会的勢力に対して厳しく、警察の徹底的な取り締まりにより、暴力団員の数はピークだった1960年代初めの18万4000人から3万500人にまで減少している。今も残る構成員はなるべく目立たないようにするため、ひと目でやくざだと分かる大きな印は不要なのだ。

Yakuza members display their tattoos at the Sanja Matsuri Festival in Tokyo's Asakusa district, on May 14, 2016. Image copyright Anadolu Agency/Getty Images
Image caption 都内の祭りで入れ墨を見せるやくざ

「いまだに一部の若者がやくざに加入するが、新世代の若者は過去の世代よりも賢い」と、彫みつさんは言う。「入れ墨はやらないし、活動はもっと洗練されている。ゴルフをしてから商談するのが多い」

昔は、背中に巨大な入れ墨を入れ始めた客が刑務所に入ってしまい、10年後に出所してやっと残りを完成させるということが、珍しくなかったという。

どのように出迎えたのか尋ねると、彫みつさんはいたずらっぽく微笑んだ。「ああ、おかえりなさい! 老けましたね!」と言ったそうだ。

「プールも、ジムも、温泉もダメ」

タトゥー愛好家にとって残念ながら、現在はやくざの大半が入れ墨をしないという現実に、日本社会の認識が追いついていない。。

厚生労働省が2001年、針先に色素を付けながら表皮に色素を入れる行為を医療行為とすると、各都道府県に通達した。医師免許のない彫師による入れ墨も、突如として違法行為とみなされることになったものの、法的な定義はあいまいだ(2018年には、医師法違反の罪に問われた彫師の男性が逆転無罪となっている)。

入れ墨(タトゥー)がある人は通常、ジムやプール、温泉といった公共施設の利用が禁止される。また、教員や金融関係などへの就職に影響を及ぼす可能性がある。

陽気なブロンドのカナダ人のシーリーさんは、日本のギャングのは見えない。そんな彼も、日本でのこうした規制に直面した。

「宿泊先のホテルのプールで泳ごうと思ったけど、だめでした。『タトゥー禁止』と書いてあって。私は日本語が話せないけど、Tシャツ姿で地下鉄に乗っていると、周りの人が私の腕をじっと見つめているのが分かります」

Kyle Seeley smiles and gives a thumbs-up while showing off his new dragon tattoo
Image caption 墨を入れる時の恐ろしげな見た目とは裏腹に、手彫りの痛みは10段階評価で3か4だと話すシーリーさん。竜の入れ墨が完成し、親指を立てて微笑む
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国内では否定的な反応に直面する中、手彫り技術を大歓迎する海外を視野に入れる彫師もいる。

師匠の名を受け継いだ、建尚二代目(Kensho II)さんは、オランダ・アムステルダムで暮らしている。

現地の顧客は手彫りの手法を高く評価しており、完成するまで気長に待つ心構えができているという。肌質や体の大きさ、デザインにもよるが、背中全体への施術の場合、70時間以上かかることもある。

「竜のデザインの発注が一番多いです」と、建尚二代目さんは言う。「竜を彫るのが好きだし、決して退屈しません。日本の竜にはたくさんの物語があり、意味があります。伝承はひとつひとつ異なるんです」

建尚二代目さんは日本を離れたものの、手彫りの伝統を固守している。

「私が使っている手彫り道具はすべて、自分で作っています。私は、人間が作りだしたものには霊が宿るという、神道の観念のひとつ『むすひ』を信じています。手彫り道具は私の体の一部で、魂です。だから自分の道具は決して売りません」

A man displays dragon tattoos on his upper arms and chest Image copyright Kensho II
Image caption 彫師の建尚二代目さんは、日本の竜のデザインが人気だと話す
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彫みつさんが師匠の彫俊さんを称賛するように(「74歳でいまだに現役なんです。どうかしてる!」)、建尚二代目さんもまた畏敬の念をこめて自分の師匠のことを語る。

「私が見習いを始めた頃、常に師匠の技術を観察し、入れ墨の図案が持つ物語や意味を古い本を使って調べ、たくさん描いていました。3~4年の間は、1日2~3時間しか寝ていませんでした。勉強しなくてはならないことがたくさんあったので」

「私たちには、『聞くな、断るな、自分の意見は言うな』というルールがありました。『師匠の言うことに従い、謙虚に、懸命に学び、ほかの文化を尊重しろ』と。師匠は決して説明しないので、師匠の表情の変化や声色を読み取る必要があります。そうでなければ、先輩から体罰を受けて覚えることになる」

彫みつさんは20歳の時、手彫り技術を学ばないかと誘いを受けたという。師匠の元を数回訪れ、師匠に入れ墨を入れてもらい、ある象徴的な贈り物をした後のことだった。

「私は日本酒を2瓶持っていきました。1瓶ではだめで、2瓶贈るのが日本の伝統的なかたちです。紐で2本を縛ります。相手とつながりたいという意味があります」

彫みつさんの修行は10年以上にわたって続いた。

Kensho II works on a customer's tattoo Image copyright Sam Osborne/Kensho II
Image caption 建尚二代目さんは見習いになる前に師匠に入れ墨を入れてもらった
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私が訪ねた日に彫みつさんが使っていたのは、師匠の刺し棒(ノミ)だった。徒弟制度は死ぬまで続くのだという。

「変化が訪れている」

一部の評論家は、ラグビーW杯や東京五輪に合わせて数千人ものタトゥーをした外国人が来日することで、タトゥーに対する日本の保守的な考え方が軟化するかもしれないと予測している。

ただし、外国人として日本を研究してきたダービシャーさんは、入れ墨に対する日本社会の態度が急変する可能性は極めて低いと考えている。

「変わる可能性があるなら、とっくの昔に変わっていたはずです。変わるとすれば、西洋の大衆文化を真似て、西洋風のタトゥーに夢中になっている若者たちがきっかけになって、じわじわと変わっていくと思います」

「原宿に行って、ファッション広告を見れば、タトゥーをした西洋人のモデルだらけなので。まさに今、変化が始まっているところです。となると問題は、『日本政府は入れ墨を、強硬に取り締まるだろうか?』です」

People walk in the Harajuku district of Tokyo Image copyright Getty Images
Image caption 原宿は日本の流行のバロメーターだ
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(英語記事 The eye-watering art thousands cross the world for

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