おおおッ!
おおーーッ!!
エッセル。なつかしいなあ……。
2019年9月に出版された『日本アイスクロニクル』(辰巳出版)は、眺めてなんとも楽しい本だ。年代別にまとめられた、昭和、平成をいろどった主要なアイスの数々。おこづかいをやりくりして、コイン握りしめアイスを買いに行った「あの頃」が、ページごとによみがえる。忘れていたアイスと共に、昔々の自分もよみがえってくる。
アイスの歴史はイノベーションの歴史
『日本アイスクロニクル』の作者は、アイス評論家として活動されているアイスマン福留(ふくとめ)さん。この本を作られた思いやきっかけなどをうかがいに、彼のもとをたずねてみた。
アイスマン福留(以降、アイスマン):令和元年というタイミングで、昭和と平成のアイスの歴史、そしてアイス文化をまとめておきたいという気持ちがありました。アイスってそういう資料がすごく少ないんですよ。アイスメーカー自体が昔の商品資料を持っていないことも多いんです。新商品の開発がとにかく大変ですから、旧商品に関してまとめておくとか、そういうことが難しかったようで。
──本書には写真と共に、商品それぞれに関する膨大なデータも収められてますよね。これらはどうやって調べたんですか。
アイスマン:アイスの業界新聞を大量にお借りして、1つ1つ洗い出していったんです。発売されたものを年代順にエクセルでまとめていって。結果、それぞれの商品のことが分かったのと同時に、業界でその年にどんなことが起こったのか、好まれたアイスの傾向だとか、どうしてこういう商品が誕生したのかなどの背景も、おのずと分かりました。あと、自分が忘れていたことを思い出すのにも役立ちましたね。
▲各ページの「アイストピックス」欄には豆知識が盛り込まれており、業界の突っ込んだ話題も
──年代ごとのページに配された「アイストピックス」欄(上写真参照)に、そのあたりの情報をギュッと詰め込まれてますね。日本のアイス史を振り返られて、個人的に印象的だったのはどんなポイントでしたか?
アイスマン:やっぱり1972年の『イタリアーノ』発売ですかね。
アイスマン:雪印や森永、明治などの乳業メーカーが主だった業界に製菓会社のロッテが参入してきて、他社が動物性脂肪にこだわっていた時代に、植物性脂肪を売りにして「ラクトアイス」を発売、ヘルシーなイメージと手ごろな価格で強烈なインパクトを与えたんです。ロッテって、その後も『雪見だいふく』『クーリッシュ』など、乳業メーカーが思いつきにくい、ユニークなアイディア商品を打ち出してくる企業なんですよ。
──読み進めるとその翌年、翌々年に雪印や森永(エスキモー)がラクトアイスを発売しているのが興味深いです。『メロリー』や『ロマーナ』って商品名、覚えてる方も多いんじゃないかな。
アイスの個性化・ブランド化が確立した'70年代
──さて福留さん、「時代ごとの日本アイスの傾向」って、どんな感じなんでしょうか。この本は昭和はじめから60年代までをひとまとめにして、つぶさに見ていくのは70年代からにしていますね。
アイスマン:日本でアイスの工業生産がスタートしたのは大正時代で、昭和10年代には雪印乳業からカップ入りアイスクリームが販売されます。そのあたりからアイスが日本人にとって身近なものとなり、しばらくは特に個性のない時代が続きます。商品名もなく、ただ「バニラ味のアイス」「チョコ味のアイス」といったような。
──そこから今の時代につながるような進化を遂げるのは?
アイスマン:やっぱり昭和39年(1964)の東京オリンピックあたりから。1960年代に入って、だんだんとアイスの個性化/ブランド化も進み、昭和45年(1970)の大阪万博を境にしてさらにアイスは進化します。
──それまでのシンプルなアイスから、パッケージも洗練されて、ネーミングも凝ったものが増えてくるんですね。クロニクルとしてまとめられているから、そういうのがすごくわかりやすい。
アイスマン:そして70年代は、一般家庭に「冷凍庫つき2ドアタイプの冷蔵庫」が普及したことによって、ホームサイズのプレミアムアイスも定着していきます。その代表格が『レディーボーデン』(発売当時は明治乳業)ですね。
※現在はロッテから販売されています。
──憧れでした、ぜいたくなイメージで。
アイスマン:もともとは明治乳業とアメリカのボーデン社が提携して発売したもので、高級アイス市場を席捲し、シェア5割をにぎったとも言われています。その後はいったん消滅しましたが、94年にロッテが復活させて以降、今でもシリーズが続いています。また70年代のビッグヒットといえば、やはり1978年発売の『宝石箱』(雪印)は欠かせませんね。
──聞き手の私は1975年生まれですが、幼稚園のとき食べたのを強烈に覚えています。やはり大ヒット商品なのですね。その理由はなんでしょう?
▲この大人なパッケージが妙に憧れだった
アイスマン:CMキャラクターに大人気だったアイドル、ピンクレディーを起用したのも大きいと思います。パッケージもすごいですよ、当時食品に黒を使うのはきわめて稀なこと。インパクトも大きかった。味は3種類あって、バニラアイスの中にそれぞれストロベリー(ルビーのイメージ)、メロン(エメラルドのイメージ)、オレンジ(トパーズのイメージ)のつぶ氷が入っています。
──宣伝と包装の相乗効果もあったんですね。本を読んで、大地真央が2代目CMキャラクターだったことを思い出しました。『宝石箱』以外でも、本書内では宣伝用のポスターがたくさん見られるのも魅力ですね。
▲アイスマン福留さんの膨大なパッケージコレクションの一部より
▲こういう紙のパッケージも丁寧に保存。恐れ入る……
アイス文化がバブった'80年代
──さて、80年代はどうでしょうか。
アイスマン:アイス百花繚乱の華やかな時代です。製造技術も向上したこともあり、企画性の高い、面白いアイスがさまざまに生まれました。バニラアイスをもちで包んだ『雪見だいふく』はその代表格のひとつですね。1981年発売。大ヒットにあやかって、各社からいろんな「だいふくアイス」が出たんですよ。
──59ページに後続製品がたくさん掲載されてて、その頃『京だいふく』(明治)が好きだったことを思い出しました。パッケージ見られて感激です……当時小学1年生でしたが、当時のこともいろいろ思い出されました。
アイスマン:現在でもシリーズが続いている『ガリガリ君』が出たのも1981年です。子どもたちが遊びながらかき氷を片手で食べられて、2層構造でアイスキャンデーとガリガリのつぶ氷感を同時に楽しめる、というのがコンセプト。実はすごい技術なんですよ、これ。
──いまや赤城乳業の代名詞的な存在になっていますもんね。
▲こんなのアリ? といった商品もどんどん世に生まれた。'80年代はまさにアイスのバブル期といってもいいだろう
アイスマン:またバブル時代は、採算と同時に「遊び」も重視され、それを商品化できた時代と言えます。これまた赤城乳業ですが『ラーメンアイス』(上写真参照)なんてそのいい例。麺をイメージしたアイスと、メンマ型のゼリー、本物のグリーンピースやナルトがトッピングされていました。赤城乳業って会社はもともと「遊び心」をすごく大事にしている会社で、現在の『ガリガリ君』の展開にもそれはよく表れてますね。
▲膨大なコレクションの中から、非常にレアなパッケージをセレクトいただいた。これ、いくつ知ってる?
'90年代以降はコスパとプレミアに二極化
──続いて、90年代をお願いします。
アイスマン:バブルが終わって、時代とともにアイスも落ち着いてくるというか、「安くてたっぷり」が主流になってきます。1994年の『明治エッセルスーパーカップ 超バニラ』(明治)は象徴的な商品。100円カップアイスでは究極ともいえるおいしさを実現し、200mlの大容量。革命的な存在でしたね。
──記事の冒頭にあげたエッセルが進化したんですね。いまではエッセルという名前より「スーパーカップ」という名前のほうが一般的。時代と共に形態を変えて存続していることを、この本で再認識しました。
アイスマン:「安いけど質は重視」というコンセプトはそのまま現在の2000年代にも続いていきます。同時に「たまのごほうび」的な、高級感あるアイスとの二極化が、現在の日本アイスの状況といえますね。
2000年代を代表するアイスをひとつ挙げるとすれば、『パルム』(森永乳業)でしょうか。チョコとバニラアイス、双方の融点を考え抜いて、口の中で溶け合うなめらかさが計算されています。チョココーティングは『ピノ』で培った技術が応用されているようですよ。
──駆け足でしたが、日本アイス史めちゃくちゃ興味深かったです。
さて、我々が日常的にアイスを楽しむ上で知っておくといいことなどあれば、教えてくださいませんか。
アイスマン:アイスって賞味期限がないものなんですが、やっぱり味はどんどん劣化します。だから、いくらお気に入りでも大量に買い置きするのはおすすめできません。ただ、週イチで新作が入ってくるサイクルのものすごく早い世界なので、おいしいと思ったらすぐまた買っておいたほうがいい、という面もあります。
──う、それは兼ね合いがむずかしい(笑)。1週間以内で食べきるぐらいが目安でしょうかね。
アイスマン:消費者が新しいものを求めすぎて、サイクルが早くなりすぎている傾向もあります。好きなもの、ずっと売ってほしいと思うものは、どんどんメーカーにレスポンスしてほしいですね。
──思いは伝えなきゃですね。いろいろ教えていただき、ありがとうございました。
思い出のアイスは『スーパーマンロケット』
最後に、アイスマン福留さんに「個人的に最も印象的なアイスは?」とたずねてみた。帰ってきたのが『スーパーマンロケット』(マーメイド、現在は終売。下写真参照)という答え。小さい頃、駄菓子屋でそれはそれはよく買ったのだそう。
アイスマン:キャップを開けるとき、かなりの確率でアイスがコーンから取れちゃうんですよ、もう食べづらくてしょうがないのに、なぜかよく買っちゃう(笑)。
▲このパッケージに見覚えある方いませんか?
そうそう、昔のアイスって今みたいに食べやすくなかった。フタをあけてからしばらくはガッチガチでスプーンもささらなかったり、食べてるうちに下から中身が溶けだしてくるコーンアイスとか、あったなあ。でも、また買っちゃうんだよな。
アイスマン福留さんは昭和48年(1973)、東京都の足立区は竹ノ塚の生まれ。
アイスマン:駄菓子屋さんがたくさんありました。エビせん買うか、梅ジャム買うか、アイス買うか、いつも迷って。
そしていつも、アイスを選んだのだろう。アイス評論家を名乗るようになったのは2010年、コンビニアイスに特化したサイトを制作し、そこから輪が広がってテレビにも出演、現在は「アイスクリーム万博」などのイベントプロデュースも手掛けている。
いつの日か、令和のアイスクロニクルも書かれるに違いない。その頃人気があるのは、一体どんなアイスだろうか?
企画・文・撮影:白央篤司
「暮らしと食」、郷土料理がメインテーマのフードライター。雑誌『栄養と料理』『ホットペッパー』農水省広報誌などで執筆。著書に「にっぽんのおにぎり」(理論社)「ジャパめし。」(集英社)「自炊力 料理以前の生活改善スキル」(光文社新書)など。
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