アイスランド政府と同国の音楽業界は、自国の音楽スタジオや人材を海外の音楽クリエイターと繋ぎ、音楽産業の国際化を促進する、文化支援プロジェクト「Record in Iceland」(アイスランドでレコーディングしよう)を開始した。
アイスランドは日本でも馴染みのある、ビョークやSigur Rós、Of Monsters And Menなど、世界的なアーティストを多種多様なジャンルで輩出してきた。さらには、Hildur Guðnadottir、Johann Johannsson、Atli Örvarsson、Ólafur Arnalds、Ben Frostなど、ハリウッドやNetflix、Amazon Primeなどで使われる映画音楽の作曲家やミュージシャンが数多くいることでも知られているほどの音楽輸出国である。
音楽産業の視点で見ると、アイスランドは世界の音楽市場において小規模なマーケットだ。IFPI(国際レコード産業連盟)によれば、2018年のアイスランドの音楽市場の売上規模は610万ドル。ヨーロッパ中の売上規模では最下位となった。
アイスランドでは音楽売上の85%をストリーミングが占めており、その中でもサブスクリプション型ストリーミングは98.5%と強い。残りの15%をCDやアナログレコード、ダウンロードが購入される、典型的な北欧型の音楽市場シェアになっているが、人口が少ないため(約40万人)、国内での音楽消費全体は大きな規模に成長させることが難しい。そのためアイスランドの音楽業界は、海外進出と音楽輸出が重要な成長源になってくる。
新たに開始した支援プログラム「Record in Iceland」は、海外からアイスランドにアーティストやプロデューサーなどを誘致するための音楽支援プログラムの一環となる。アイスランドが誇る有数のスタジオ環境や、音楽プロデューサー、セッションミュージシャン、サウンドエンジニアなどとコラボレーションをさせ、作品作りに最適な環境を提供することを目的としている。「Record in Iceland」の運営資金は、アイスランド政府機関である産業・イノベーション省の助成金から提供される。
参加者は、アイスランドでの音楽制作で発生する制作費の25%が政府から払い戻されるというメリットがある。
コストの対象例は、以下の通りとなる。これらの支払いはアイスランドの法律で定められている。
・スタジオ代
・プロデューサーやエンジニア、スタジオ・ミュージシャンなどの時給または対価支払い
・人件費
・マスタリングなどのポストプロダクション
・渡航費、宿泊費(同伴のミュージシャン、機材運搬含む)
・プロデューサーの給与
海外在住の日本人アーティストや、日本からアイスランドへ音楽制作を行うことも可能となる。
コストの還元は、制作に費やしたコストを証明する書類をレコーディング後に提出することで払い戻しが行われる。レコーディングを行うアーティストやプロデューサーまたはグループの代表者による書類申請が必要となる。これらの申請は、音楽スタジオや運営団体が支援してくれるそうだ。
25%の還元についてはこちらのサイトに詳しく記載されている。
https://record.iceland.is/refunds
参加者は制作した作品を「発表」することが義務付けられる。ストリーミングでもフィジカルでもダウンロードでも構わないが、作品の尺は全体で30分以上、制作から18カ月以内でのリリースが条件となるため、シングルやリミックスのみといった制作は対象外となる。
なお払い戻しの対象はアイスランドでの活動のみに限られる。海外でのレコーディングも制作過程に含まれる場合、作品の80%以上の制作がアイスランドで行われたことを証明する必要がある。証明できた場合、残りのレコーディングは海外でも対象可となる。
「Record in Iceland」プログラムに参加するレコーディングスタジオは、Greenhouse Studio、Hljodriti Studios、Masterkeyなどが利用でき、ビョークやSigur Rósなどが使うスタジオや、地元のミュージシャンやエンジニアとの創作活動ができるようになるのだ。
詳しくは動画を見ていただきたい。
アイスランドがどんなに素晴らしい音楽環境であっても、制作費や移動コストを考えた場合躊躇してしまうはずだ。アーティストが海外からアイスランドを訪れて、音楽制作の環境に触れる機会は、一部のグループ以外では限られる。海外からクリエイターが頻繁に訪れたり、滞在できない状況が当たり前となってしまえば、それは音楽業界の人材活用の損失あるいは失業へと繋がりかねない。地元のミュージシャンやクリエイターが海外のミュージシャンとコレボレーションする機会を待っていても、自然発生するはずがない。
こうした課題を解決するため、政府が始めたのが「Record in Iceland」である。
音楽を作りたいミュージシャンが、アイスランドに足を運ぶことが選択肢の一つとなれば、地元のミュージシャンやプロデューサーを起用して作品にクレジットでき、世界にアイスランドの才能を発信することができる。優れたヒット作や高い評価を得る作品がアイスランドのスタジオから生まれれば、その環境やエンジニアと仕事をしたいミュージシャンやプロデューサーが海外から訪問し、新たな仕事やプロジェクトに繋がる。音楽の経済とクリエイティブを連鎖的に引き起こし、自国の産業発展や人材登用に貢献することを実現可能にしている。
「Record in Iceland」を取りまとめるのは、アイスランドの音楽を海外輸出してビジネスを作ることを目的に設立された非営利団体「Iceland Music」。政府からの助成金によって運営しているが、国内のレーベルや音楽出版社、マネジメント会社、フェスティバル運営者、著作権団体などと協力してネットワーク化している。「Iceland Music」の責任者は元シュガーキューブスのドラマーだったジギー・バルドルソン(Sigtryggur Baldursson)が努めている。
同団体の役割は、アイスランドのミュージシャンやプロデューサーが海外でビジネスができるよう、マーケティングやPRを展開したり、フェスやライブのブッキングをサポートするだけでなく、アイスランドの音楽産業についての啓蒙活動も行い、さらには国外に向けた音楽プロジェクトの助成金の管理も行うことである。
もう一つ、「Record in Iceland」を支援する重要な組織はレイキャビク市である。音楽での経済効果の拡大を目指して、同市は2017年に地元の音楽シーンの支援や音楽ツーリズムを活性化するプログラム「Reykjavík Music City」を立ち上げた。この施策では、レイキャビク市内の中小規模の会場向けに助成金を提供したり、音楽による経済効果を調査したレポートを作成し、音楽が都市の経済発展に貢献するためのインフラ作りを音楽業界と連携連携しながら進めている。
http://www.reykjavikmusiccity.is/
「Iceland Music」と「Reykjavík Music City」は今年、市内で開催するアイスランド最大の音楽フェスティバル「Iceland Airwaves」と、世界中でレーベル・アズ・ア・サービスを展開する「AWAL」と連携して、レイキャビクで開催する同フェスにて北欧とイギリスのインディペンデント・アーティストにフォーカスしたショーケースと業界向けのカンファレンスを開催する。
なお、映画やテレビ用のサントラ制作も「Record in Iceland」の対象となる。アイスランド政府は、海外から映画業界を誘致する制作支援プログラム「Film in Iceland」も展開している。同プログラムではアイスランドで制作した映画やテレビ番組の制作費の25%を還元できるというメリットを映画業界や映像関係者も受けることができる。
もし映画やテレビ用サントラ制作が同プログラムの対象としてすでに申請している場合、「Record in Iceland」の対象からは外れてしまう。
https://www.filminiceland.com/
アイスランドは既に、欧米の映画産業やテレビ産業との密接な関係を生かして、観光産業の活性化に成功している。近年では、スター・ウォーズ7作目である『フォースの覚醒』やスピンオフの『ローグ・ワン』、『インターステラー』、『マイティ・ソー』、『ゲーム・オブ・スローンズ』の「壁」の撮影など、多数のハリウッド映画やドラマの撮影でアイスランドが選ばれている。これらのヒット映像作品の撮影によって、アイスランドの映画産業だけでなく、観光産業も作品の熱心なファンによるツアーによって大きな恩恵を受け、自国の経済に貢献している。『ゲーム・オブ・スローンズ』の撮影の影響で、アイスランドの観光客数は2011年の56万人から2015年には100万人以上に増加したという。
source:
https://record.iceland.is/
https://www.icelandmusic.is/
http://www.reykjavikmusiccity.is/
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