高校の新しい学習指導要領が2022年度から実施される。「公共」「歴史総合」といった新科目の登場が関心を集めるが、保健体育にも変化がある。「心の病気」に関する学習が約40年ぶりに復活するのだ。
「精神疾患の予防と回復には(中略)調和のとれた生活を実践するとともに、心身の不調に気付くことが重要である」。新指導要領には保健で学ぶ内容としてこんな項目がある。今の指導要領にも「精神の健康」「欲求やストレス」はあるが「精神疾患」はない。高校生たちは思春期のメンタルヘルスについて一歩踏みこんで学ぶことになる。
その意義は何だろうか。国立精神・神経医療研究センターの流動研究員、小塩靖崇さんによると、思春期は心の病気にかかりやすい時期なのだという。
日本も含む近年の国際調査や研究では、4~5人に1人が一生のうちに精神疾患にかかり、その半分が15歳までに発症していることが報告されている。「うつ病、統合失調症などの精神疾患は誰もがかかる病気。早めに気づき、専門機関を利用して対処することが大事なのに、学校現場ではほとんど教えられてこなかった」と小塩さん。
高校では1980年代初めまで精神疾患に関する学習があったが、教育内容を絞り込む「ゆとり」の流れの中で、82年施行の指導要領から削られたとされる。
新しい保健の授業の姿を知りたいと思い、桐生第一高校(群馬県桐生市)を訪ねた。同校は心の健康づくりに力を入れ、スポーツの指導にも心理学を生かしている。今年1月には1年生を対象に、精神疾患について教える模擬授業をした。
生徒たちは基礎的な事柄を学んだ後、「心の不調に気づいたとき、相談相手として誰が考えられるか」などをグループで話し合った。「自分の年代の人もなると聞いてびっくりした」「悩んでいる友達がいたら積極的に声をかけて病気を克服できるようにしたい」。そんな感想が聞かれた。
担当した霜村誠一教諭(38)は「将来、生徒自身が当事者になるかもしれない。精神疾患を高校で扱うことは重要」と話す。同時に「今までの保健の授業と違い、伝え方が難しい。まず教員が学ぶ必要がある」。そうしたニーズも踏まえ小塩さんらは今後、教員向けの指導書を作る予定だ。
こうした学習は、依然深刻な子どもの自殺の予防にもつながりうる。心に異変を感じた生徒が親や先生より先に、友達に明かすケースは少なくないだろう。SOSを受けた側が手をさしのべ、教員や専門機関につなげられれば、悲劇を減らせる可能性がある。
精神疾患を身近な病気ととらえ、自分や周囲の人にその兆候を感じたときには適切に対処できる。そうした「メンタルヘルス・リテラシー」が、10代の若者の間に広く育つことを期待したい。(中丸亮夫)