田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 東日本を縦断し、記録的な暴風や大雨をもたらした台風19号は各地に深刻な爪痕を残した。被害の全貌がいまだにはっきりしないが、死者・行方不明者が多数に上り、多くの方々の生活の場が奪われ、ライフラインも切断されてしまっている。

 今回、被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げたい。そして、一刻も早い復旧・復興を願っています。

 筆者の勤め先である上武大は群馬県内の二つのキャンパスからなるが、それぞれが利根川水系の河川のそばに位置している。特に伊勢崎キャンパスでは、13日の夕方にすぐそばを流れる利根川本流が氾濫危険水位を超える可能性があったため、伊勢崎市から避難勧告が出された。

 幸いにして氾濫しなかったが、周辺に住む多くの学生たちや、普段から見知った地域の方々を思うと気が気ではなかった。その利根川といえば、今回の台風で、同水系の上流、吾妻(あがつま)川にある八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)が注目を浴びた。

 八ツ場ダムは、今月1日に来年の運用開始を見据えて、貯水試験を始めたばかりだった。本来であれば、水をためてダムの安全性を確認する「試験湛水(たんすい)」を進め、3~4カ月かけて満杯になる予定だったが、今回の台風の影響で水位が1日で54メートルも上昇し、満水時まで10メートルほどに迫った。

 関係者によれば、今回の台風に関しては、八ツ場ダムに一定の治水上の効果があったという。八ツ場ダムが利根川流域の氾濫を事実上救ったといってもおおげさではないかもしれない。

 八ツ場ダムといえば、民主党政権下で政治的な理由から建設中止が発表されたことがある。さらに地域住民も賛成派と反対派に分かれたことで、問題は深刻化した。
2019年10月1日から試験的に貯水を開始した群馬県長野原町の八ツ場ダム
2019年10月1日から試験的に貯水を開始した群馬県長野原町の八ツ場ダム
 今回の台風被害を契機に、インターネットを中心として、民主党政権時代の「脱ダム」や、スーパー堤防(高規格堤防)の事業廃止(後に限定的に復活)などの記憶が掘り起こされ、旧民主党出身の国会議員らが批判を浴びている。

 それは率直にいって妥当の評価だろう。旧民主党政権は、デフレ不況の続く中でそれを放置する一方で、財務省の主導する公共事業削減などの政府支出カットにあまりにも傾斜しすぎた。国民の生活や安全を忘れた愚策だといってもよいだろう。