東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 私説・論説室から > 記事

ここから本文

【私説・論説室から】

ノモンハン事件80年

 「あのような大沙漠(さばく)、なんにもない不毛地帯を、千メートルや二千メートル局地的に譲ったとしても、なんということもないだろうにネー」

 旧日本・満州国軍と旧ソ連・モンゴル軍による一九三九年のノモンハン事件を扱った半藤一利氏の著作「ノモンハンの夏」に、敗色濃い戦場の視察を終えた旧陸軍参謀本部幹部がつぶやく場面がある。

 八十年経過した今、双方で万単位の死傷者を出した国境紛争の現場を訪れてみて、そのつぶやきに似た感慨を抱いた。

 三六〇度見渡しても草原が果てしなく広がっているだけだ。大海原のような無辺際の空間に圧倒されて、自分の存在の頼りなさを覚え、国境問題も些事(さじ)に思えてくる。実際、家畜を連れて移動する遊牧民に国境は存在しなかった。

 中国・内モンゴル自治区のノモンハン村。牛や羊がのんびりと草を食(は)み、草原の一本道を走り抜ける車のエンジン音と風の音だけが聞こえてくる。

 ノモンハン事件終結後からほどなくしてソ連はフィンランドに軍事侵攻し、領土拡張を果たしたが、フィンランド軍よりもはるかに多い犠牲を払った。

 「冬戦争」と呼ばれるこの戦いと比較して「ノモンハンは子どもの遊びだ」と言い放ったのは、当時のソ連の独裁者だったスターリンである。 (青木 睦)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報