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ブリーチガール 作者:森咲アサ

第4章

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「好きです」【上】

「久し、ぶりだね」


 先に声をかけたのはユキくんだった。真ん前まで近づいてきたアイトとかいうひとが笑うのをやめる。冷たい視線を向けられ、うつむいてしまうユキくん。


「おまえ、誰だっけ。なーんか見たことある気ぃすんだけどー」


「すっとぼけてんなよ」


 彼の胸ぐらをつかんだのは譲司先輩だった。いつもとは違う、重く低い声。ユキくんをかばう、大きな背中。


「あ、西野先輩」


「西野じゃねえし」


「あれ? 西野譲司って呼ばれてませんでしたっけ? アハハ」


 何このひとすっごいムカつくんですけど。別に譲司先輩のことはどうでもいいんだけど。どうでもいいんだけど!


「おい。ちょっと音楽かじったくらいで調子乗ってんなよ」


 譲司先輩の肩越しに冷たい視線を向けてくる。長い前髪の隙間から覗く切れ長な目。背はユキくんと大差ないのに、態度のでかさが半端ない。


「勝つのは、俺だ」


 その言葉を最後に私たちを通り過ぎていく。どこからそんな自信が出てくるんだろう。この辺じゃ有名なロックバンドのギタリストだから? それとも、私たちをバカにしてるから?


「何あいつ」


 私の心の声を代弁したのは、ホワイトラインのボーカル――ヒナさんだった。


 仲間だと思ったのもつかの間、目が合ったらツンとそらされた。そして彼と同じように私たちを通り過ぎていく。残りのふたりも。は?


「何、あれ」


 びっくりするくらい低い声が出た。こんな声も出るんだ。ってんなことどうでもいい。とにかくユキくんを励まさなきゃ!


「ユキくん、あんなひとの言うこと気にしちゃダメだよ!」


「そうだぞユキ。あんなやつコテンパンにしてやろうぜ!」


 うんうん。って、……ん? 隣を見ると、同じようにユキくんを励ましている譲司先輩がいた。


「ちょっと。いま私がユキくんと話してるんですけど」


「えぇ? 俺だってユキと話したいんだけど」


「途中で割り込むなんてズルくないですか」


「いいじゃん別に、みんなで話せば」


「嫌です。私はユキくんと」


「っだーもういいよ、ふたりとも!」


 小競り合いをしていると見かねたらしいユキくんが止めに入ってきた。さっきまで浮かない顔してたのに。


「わかったから。ありがとう」


 やわらかく微笑むから、ぎゅっと胸が締めつけられる。


 たぶん、私の言葉には何の効力もない。それでも心配をかけないために笑ってみせるんだ。自分で気づいていないだけで、ユキくんはこんなにも強い。


「おいユキ、俺これでも先輩なんだけどー」


「……ございます」


 ニヤッ、譲司先輩が笑ってユキくんの肩を叩く。泣きそうに歪む、ユキくんの顔。


「行くぞ」


 あらためて思う。私は、譲司先輩に敵わない。




「っつっても、俺ら午後だから見てるだけなんだけどね」


 なんて苦笑気味に笑って遠くにあるステージを見つめる。譲司先輩に質問するのはシャクだけど、どうしても気になるから聞いてみよう。


「控え室とかないんですか?」


「あーないない。出番近くなったらステージ裏行くだけ」


 へえ、けっこうゆるいんだな。コンテストって言うからもっと厳格なもんかと思ってたけど。


 司会者が挨拶をして、次から次に演奏していく。すごいなーとは思っても、感動するほどのものはなかった。


「あー、ここイマイチ。ベースが」


 ……隣で瀧川先輩が悪口ざんまい言うからだろうか。にしてもベースの良し悪しまでわかるなんて、ほんとにこのひとすごいんだな。


 この辺じゃ有名らしいホワイトラインに誘われたって言ってたし。まあ断ったから欲はないんだろうけど。


「さて皆さん、お待たせしました! 今回のスペシャルゲストといっても過言ではない、ホワイトラインの登場です!」


 司会者がひときわ明るく言うと、あちこちから拍手や歓声が上がる。そんなに有名なんだ。完全に別格、みたいな。格上、みたいな。


 私たちにはさんざん嫌みな態度をとっていたアイトが、薄く笑いながらステージに現れた。満面の笑みでブンブン両手を振るのはヒナさんだ。……なんていうか。プロだな、ある意味。


「みんなー、こんにちは! ホワイトラインのヒナだよー!」


 愛想を振りまくヒナさんに会場がわく。みんなこのひとたちのファンなのかな。名前を呼ぶ声まで聞こえてくる。


「ねぇ。みんなの周りにはいつも白線が引かれてて、いつも、動きにくいんじゃないかな」


 白線――グラウンドによく引いてあるアレだよね。バンド名の由来なのかな。


「一緒に、その先に行かない?」


 風が吹いた気がした。心臓を、鷲づかみされたような気が。このひと、譲司先輩に似てる。ひとを惹きつける何かを持ってる。私にはない、何かを。


「ホワイトラインの向こう側に、私たちなら君を連れ出せる。一緒に行こう、『その先へ』」


 ――ズーン。重く低い音が静かに響き渡る。ベースかな。そう思ったところに騒々しいドラムの音。そこにギターの音色が流れ込んで、なんだか耳に心地いい。


 アップテンポで、明るいメロディーライン。思わずリズムに乗ってしまいそうな。


――飛び越えたい目の前のライン

その先にあるのはどんな未来?


 まただ。また、体のなかに風が吹いた。


 ハスキーボイスだとは聞いていたけど、さっきしゃべっていた感じと違う。普通、こんなに違うもの? こんなにも、体中に風を感じる?


――じっとなんかしてらんない

だって僕は

だって僕らは


 レイラさんの包み込むような歌声とは違う。からだ全体で受け止めているような、圧倒的な声量。あのひとの歌声には、“生”があふれている。


「あー……用意しとけばよかったなぁ、ああいうの」


「ああ、さっきの曲紹介?」


「うん。なんかしてやられたって感じ」


 間奏に入り、ヒナさんからアイトに主導権が移る。難しいことはよくわからないけど、何かすごいことをしているのはわかった。


 あんなに勝ちたいと思ったのに。いくらバカな私でもわかる。勝てっこない。


「吉香ちゃん、ちょっと今から考えてみてよ」


「頭いいんだから自分で考えればいいじゃないですか」


「だって言うの吉香ちゃんだよ? 気持ちこもってなきゃダメじゃん」


「……わかりました」


 私が何か言ったところで変わらない。どうせ勝てない。勝てるはずがない。


 そもそも持ってるものが違う。彼女たちにはパワーがある。計り知れないパワーが。私たちには――私には、何もない。




「んじゃあテキトーに出店とかでメシ食って、ステージ裏集合ね。午後の2番目だから」


「吉香、行こ」


「……え?」


 譲司先輩が解散の合図をしたところで、さっさと歩き出してしまう瀧川先輩。しかも今、私のこと呼んだ?


「吉香、早く」


 やっぱり。少し振り向いただけでまた歩き出すから、置いてかれないようあわてて追いかける。


 何で私なんだ。てっきりひとりでぶらっと行っちゃうのかと思ったのに。ていうかユキくん。大丈夫かな、あのふたりと一緒で。今からでもユキくん連れてこようかな。


「吉香。いい加減、許してあげたら?」


 いろいろ考えていたから瀧川先輩が立ち止まっていることに気づかなかった。まして、私と向き合ってくれているなんて。あのとき、あんなに望んだ姿。ずっと振り向いてほしかった。


「譲司のこと」


 雑踏のなかで立ち止まったままの私たちは、世界から切り離されてしまったようだ。


 瀧川先輩が諭そうとしてくれているのはわかる。でも、今さら許せるだろうか。許すことがこんなに難しいなんて、知らなかった。


「生徒会長に聞いたんでしょ? レイラが辞めた理由」


「――はい」


「あの話、実は続きがあるんだよね」


 続き? 自分のためにふたりが別れたと知って、譲司先輩が瀧川先輩を殴った。そのことに耐えられなかったレイラさんが軽音楽部を辞めた。それで終わり、じゃないの?


「もみ消したんだ、理事長が。何もなかったことにした」


 こういうことがあったら普通どうなるんだっけ。普通なら停学、場合によっては退学?


「譲司はきっと、怒ってほしかったんだよ。悪いことは悪いって、言ってほしかったんだよ」


 殴ったのが譲司先輩じゃなくて、瀧川先輩だったら。理事長の息子じゃなかったら。


『疲れてきたし。そーゆーの』


 いつかの譲司先輩の言葉を思い出す。黒ヶ峰がなくなってもいいって言ったのは、そういう意味? ネクタイをつけないのは、制服を着崩すのは、髪を赤くするのは。全部、お父さんに振り向いてほしいから?


「だから、許してやって」


 私、何にも知らずに。譲司先輩の話、聞きもしないで。譲司先輩だけが悪いと思い込んで。


 譲司先輩がまぶしすぎるから、みんな目を背けて。きっと寂しかっただけなんだ。




「おー泉、吉香ちゃん、こっちこっちー」


 あのあと結局ふたりでお昼を食べた。それからステージ裏に来たけど、譲司先輩と麻林しかいない。あれ、ユキくんは?


「……ひとりで食べるって」


 きょろきょろしていたら、聞くよりも先に麻林が答えてくれた。ユキくんのことだからふたりに遠慮したのかな。


 でも、ここにはユキくんをいじめてたアイトもいるんだよね。大丈夫かな。


「お、ユキ」


 譲司先輩が私の向こうを見て言うから、振り返ると、笑顔で駆け寄ってくるユキくんがいた。でも、なんだか元気がない。


「みんな早いですねー! 俺もう目移りしちゃって!」


「――ユキ。あいつに何か言われたのか?」


 いくら察しの悪い私でもわかった。やっぱりあのとき、ユキくん連れ出せばよかった。


「大したことじゃないですよ。俺、自分がヘタなのわかってるし。ただ、みんなの足を引っ張りたくないだけなんで」


 衝動的だった。肩を落とすユキくんに近づいて、思いっきり。


 ――パシン。ひりひりした、手のひらが。たぶんユキくんの頬っぺたも。あと、私の心が。ひりひり痛んで止まれなかった。


「いい加減、自分が強いことに気づいてよ」


「え、吉香さん……?」


「ユキくんが自信持ってくれなきゃ、私いつまでも自信なんて持てないよ!」


 私はユキくんが羨ましい。みんなに優しいユキくんが。明るく笑うユキくんが。強い心を持つユキくんが。ユキくんがユキくんを否定したら、私はどうすればいいの?


「私はユキくんのせいで自分ちっぽけだなって悩んだりしたんだよ。あんなひとが何か言ったって気にする必要ない」


 誰だってきっとそうだ。みんな不安なんだ。だから瀧川先輩は、私に言ってくれたんだ。


「自信持っていいんだよ、ユキくん」


 背中を押してくれたんだ。勇気を、分けてくれたんだ。


「次の方、スタンバイお願いしまーす」


「……あ、いま行きますー」


 そう答え、軽く背中を叩いてくる譲司先輩。もう片方の手はユキくんの背中に添えられていた。


「とりあえず今は本番。行こう」


 先陣を切る譲司先輩に、呆然としたままついて行くユキくん。傍観していた瀧川先輩が通りすがり声をかけてくる。


「吉香って時々すごいよね」


 う……完全に呆れられてる。私だってこんなつもりじゃなかったんだけど。仕方ないじゃん、止まれなかったんだから。


「やるじゃん」


 ポン、肩を叩いて通り過ぎていく。あれ? 褒められた? ……まあいいや。とりあえず今は本番。勝ちに行かなきゃ。


 ステージから見渡せるのは、さっきまで自分がいた人混み。たくさんの目が私たちに向けられている。


 でも、ここにいるのは敵じゃない。同じように息をして、笑ったり泣いたりする、ひとだ。怖くなんかない。怖がる必要もない。


 目を閉じて小さく深呼吸。マイクを握る手がかすかに震える。でも、もう逃げない。どんなに譲司先輩がまぶしくても、目をそらさない。そらしてやらない。


「はじめまして。glowのボーカルを務めさせていただいてる、阿部吉香と申します」


 ずっと思っていた。レイラさんには敵わない。瀧川先輩には敵わない。譲司先輩には敵わない。でもそれは特別視するということで、突き放すということで。


「私はずっと、光に触れてはいけないと思って生きてきました。その光が強ければ強いほど、輝きを、奪ってしまう気がして」


 本当の意味で寄り添わなきゃ、心にまで近づけない。


「でも違った。光は移るんです。水面が、月を映すように。鏡が、太陽の光を反射するように。小さい光かもしれないけど、ここにいていいんだって思いました」


 ユキくんがキラキラして見えたのは、麻林の光かもしれない。譲司先輩の光かもしれない。私も、瀧川先輩の光を分けてもらえたような気がする。


「誰かを好きになることは自分を好きになることだって、この歌が教えてくれたから」


 少しだけ、自分を好きになれた気がする。ちっとも上手に瀧川先輩を愛せなかったけど。自分の不甲斐なさに泣きたくもなったけど。


 そんなの全部ひっくるめて私だって、この歌に許してもらえた気がする。


「聴いてください。『Love me...』」

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