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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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錬金術師一年生 一

 例えば医者になりたいと思ったら、どうすれば良いだろうか。高校の先生とかに相談したら、大学の医学部へ通えとか、指示されるんじゃなかろうか。であれば、錬金術師になりたいと思ったら、どうすれば良いだろうか。


「街の学校へ通えばいいんだよー」


「なるほど」


 街行く幼女に銅貨を握らせて尋ねたところ、学校なる施設を教えてくれた。


 そんなものがあったのね。


「それってどこにあるの?」


「んー? えっとねぇ、あっちにいって、こっちにいって、もう一回あっちー!」


「あー、なるほど。あっちでこっちでまたあっちなのね」


 相変わらず訳の分からない方向指示だ。とはいえ、それっぽく歩けば着くのは過去の実績からして間違いないので、ここは素直に頷いておこう。


「じゃーねー!」


「おほ、ありがとね」


 笑顔でブンブンと手を振りながら、元気良く駆けてゆく幼女。


 元気一杯。


 可愛い。


 その姿をこちらもまた同じく笑顔に見送る。


 大通り、人混みに紛れて、その姿はすぐに見えなくなった。


「まさか学校があるとは思わなかったわ」


 自宅のアトリエにも本は幾らかあった。だが、取っつきにくいものばかりだった。読んで読めないことはない。しかし、感覚としては生粋の文系野郎がIT土方へ進路を取る程度にはしんどいと思う。


 そうした具合で、錬金術師になると決めたは良いが、早々に夢破れんとしていた。


 本を読むのが嫌いなのだ。


 漫画は大好きなんだけどな。


 ちょっとこれは面倒だなぁ、などと書籍に向き合うのも飽きて、定期試験前に部屋の掃除へ勤しむ学生が如く、気分が赴くままに外出。足を向けた先は街の大通り。そこで偶然にも居合わせたのが、今まさに別れた例の幼女だった。


 それとなく声を掛けたところ、頂戴したのはナイスアシスト。危ういところで自らを取り戻した次第である。


 学校だ。学校。


 思い返してみれば久しぶりの響き。学校が会社に取って代わって以後、どれだけ憧れても戻れなかった地点。


「錬金術師で、若返りで、更に学校まで付いてくるんだから、やるしかないわこれ」


 学校には夢が詰まっている。


 学校こそ希望が満ちている。


 人生の夏休み。


 三十過ぎて医学部へ編入を試みる中年オヤジの気分だ。


「行くかっ」


 あっちでこっちでまたあっちだ。




◇◆◇




 辿り着いた先は城というか、宮殿というか、そういう感じの酷く荘厳な作りの建物だった。バッキンガム宮殿的な施設を想像すれば、凡そ正解に辿り突ける感じ。周囲の建造物とは一線を画した存在感がある。


 やたらと広い正面広場を越えて、建物の内部に移動。あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。数十分ばかりを彷徨った後、ようやっと辿り着いた窓口っぽいところで、受付っぽいオネーサンに遭遇したのが数分前のこと。


 パッと見た感じ、大理石に作られる大手企業の受付フロントを、ファンタジーな総石造りに表現したよう。酷く荘厳な雰囲気がある。DNPの五反田ビルの受付が、たしかこんな感じだった。


 で、そこでトークを決めているのが今現在のステータス。


「入学ですか?」


「ええ、はい」


「確かに本校は国内外より広く学生を募ってはおります。しかしながら、入学金や授業料など、色々と必要になるものがあります。大変に失礼ですが、この辺りの条件は……」


「なるほど……」


 やっぱりお金は必要だった。


 これだけ豪華な建物を維持運営しているとなれば、相応に掛かりそう。


 もっとこじんまりとした施設を想定していたのさ。


「……あの、幾らくらいでしょうか?」


「入学金が金貨十枚。毎期の授業料の支払いが金貨五枚となります。それとは別に各種費用を含めると、年間で必要となる額の平均は五十枚ほどとなります」


「え、年間五千万? マジですか?」


 この国は日本以上に格差社会が進んでいるようだ。


「ですので、申し訳ないのですが、平民の方はほとんど在籍しておりません。大半は貴族様か、或いは平民でも一定以上の資産家の出となります」


「そうだったんですか」


「遠路遙々と足を運んで頂いたところ恐縮ですが、お引き取りください」


 俺の顔がアジア人な醤油風味だからだろう。受付のオネーサンはこちらを遠方の国の人間だと判断した様子。貧乏人が遠くから学校を求めて他国まで渡ってきた、そんな設定を想定したのだろう。だいたい正しいです。


「分かりました。そういうことであれば、仕方ありませんね」


 無念。学校へ通えると思ったのに。


 こうなると残された道は独学か。


 いやいや、まだ諦めるのは早い。


 学校が一つとは決まった訳じゃない。


「他にこういった学校を知っていたら教えて頂きたいのですが」


「そうですね。本校は国でも屈指の名門校です。同様、この界隈に並び立つ学校はどこも入学条件が厳しいと思います。地方都市の学園であるか、或いは個人が運営する比較的小規模な学舎であれば、市井からの入学が叶うかも知れませんね」


「なるほど……」


 割と丁寧に受け答えしてくれるオネーサン良い人。


 金髪ロングな白人系の美女で、青い大きな瞳がとても魅力的だ。更に胸も大きくてバインバイン。スーツのような少しばかりカチっとした服を着ているのは、同所がハイソな学校だからだろう。


 まあいいや、ここは大人しく身を引くとしようか。


 あぁ、或いは街の幼女にお願いすれば、他に教えてくれるかも知れない。


 あっち行って、こっち行って、そっち行って、云々、みたいな。


 なんて考えていたところ、不意に声が掛かった。


「ん? なんだ貴様、こんなところで」


 その極めて横柄且つ剛胆な上、無駄に不貞不貞しい響きは覚えがある。つい先日に出会ったばかりの手合い、魔道貴族だ。名前は割とカッコ良い横文字だった気がするけれど、なんだったか、忘れてしまっている。


「いや、アンタこそなんでこんなところに居るんですか?」


「何故に私がここにいるのかだと? それは私がここで教鞭を取っているからに決まっているだろうが。そういう貴様こそ、ここの人間だったのか?」


 受付に面した廊下、我々にほど近い曲がり角から顔を現したのが魔道貴族。彼はこちらの存在に気付くやいなや、ツカツカと近づいてくる。カウンター越しに語らう俺と受付のネーチャンの間に割り込む形だろうか。


「いやいや、今まさに入学を断られたところですよ。入学金が高すぎて」


「確かに貧乏人には難しい額だろう。とは言え、そうした諸条件があるからこそ、ここは世界中に名を響かせるだけの名門校として機能している。決して悪いことではない」


「そのことに対していちゃもん付けてる訳じゃないですよ。金持ちと貧乏人を一緒に混ぜたところで良い事なんて何一つありませんし。納得のゆく話です」


「ああ、間違いない」


 俺の言葉に同意を示し、深々と頷いて見せる魔道貴族。こうして落ち着いていれば、割と話せる男だ。きっと酒癖が極めて悪いんだろう。あまり仲良くなりたい手合いではない。こういうのとは適度に距離を取った付き合いが大切だ。


 などと適当を考えていたところ、不意に素っ頓狂な声が響いた。


 傍らからカウンター越し、受付のオネーサンからだ。


「フォ、フォーレン様っ……」


「なんだ?」


 魔道貴族の視線が彼女の側へと移る。


 途端、その視線は口調共々とても冷たいものとなった。


 相変わらず人に対する評価が極端な人物だ。


「いえ、あの、こちらの方はフォーレン様のお知り合いの方でしたでしょうか?」


「知り合いでないヤツと、どうして私が会話をする?」


「し、失礼致しました」


 大慌てに頭を下げるオネーサン。


 これが貴族・平民間のスタンダードなやり取りらしい。


「お前、名前はなんという?」


「っ……」


 ビクリ、大仰にも全身を震わせる受付のオネーサン。それはまるで、死刑宣告を受けた囚人のよう、なんてドラマや漫画、映画から想定する勝手な妄想。たぶん、きっとこんな具合なんだろう。


 この魔道貴族、平気でメイドさんの足とかちょん切るからな。


「おい、早くしろ」


 急かす魔道貴族。


「サ、サブリナと申します」


 答える受付のオネーサン。


 後者は今にも尿漏れしそうな勢いでガクブル。二十代前半と思しき見た目麗しい美女が恐怖から放尿とか、非常に興奮するだろ。できれば黒タイツを着用の上、M字開脚でお願いしたい。


 が、今はその時でない。


 あれこれと親身になって助言を頂いた手前、心の内には義理のようなものが芽生えて思える。流石に気の毒な気がして、おいちょっと止めてやれよ、口を挟もうかと二人の側へ一歩を踏み出した。


 俺みたいなブサメンにも、ちゃんと窓口対応してくれたし。嬉しかったし。


「おいちょっと、アンタっ……」


 ただ、これに続けられた魔道貴族の言葉は、想定外のもの。


「ここでこうしてお前がコイツを呼び止めていたことは、私にとって価値のある出来事だった。その点に関しては評価に値する。来月には昇進の通達があるだろう」


「え?」


「なんだ、不服か?」


 素面に語り見せる魔道貴族。


 一向に変化のない表情は、何を考えているのかサッパリ分からない。


「い、いえっ! 滅相もありませんっ!」


 途端、受付嬢は頭を垂れて感謝の言葉を繰り返す。


「はい、あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 勢い良く頭を下げた為、長い金髪が背中に揺れて、キラキラと輝いては舞った。やっぱり金髪ロングは最高だよな。俺も彼女を作るなら、ハイブリーチ製の人工金毛でも良いから、金髪ロングの人がいいな。


「金なら私が工面しよう。コイツを入学させてやれ」


「ぅえ!? あの、よ、よ、よろしいのでしょうか?」


「同じ事を二度言わせるな」


「は、はいぃぃっ!」


 震え上がる受付嬢。


 どうやらこの魔道貴族は同学園において相当に偉いらしい。


 はいぃぃっ、とか初めて聞いたわ。


「本当にいいんですか? だからといって俺がアンタのところに行くとは限りませんよ? っていうか、行く気ないですよ? あとで無茶を言われても困るんですけど」


「構わん。貴様が本校へ籍を置くことには意味がある」


「そ、そうですか」


「では、私は授業がある。これで失礼する」


「あぁ、はい。どうぞ。授業頑張ってください」


「うむ」


 そして、言いたいことを言って、魔道貴族は去って行った。


 相変わらず魔法に人生を賭けている感が半端ない。


 幾回と魔法で成功体験を積んだら、あそこまで自信満々になれるのか。


「あの、そ、それではっ、手続きの方を進めさせて頂きますので……」


「あ、どうも。よろしくお願い致します」


 受付のオネーサン、露骨なまでに声が震えている。


 どんだけだよ魔道貴族。




◇◆◇




 入学手続きは滞りなく行われた。


 コーカソイドの只中へ俺というモンゴロイドを挿入する作業は、当然のこと違和感バリバリ。とは言え、季節的には差し支えがないようで、受付のお姉さん曰わく、悪くないタイミング、だそうな。なんでも今期の授業は昨日から始まっているそうで、入学時期としては都合が良いよう。


 関係各所を周り、支払い処理やそれに関わる全てをすっ飛ばした形で、一方的に教科書やら何やら、あれやこれやを貰った。数を経ては流石に申し訳ない気持ちになる。学園のあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、各所にて必要なアイテムを手に入れる過程はネトゲのクエストみたいだった。


 ちなみに同学園は原則として全寮制らしい。生徒はこの街の人間に限らないそうで、同盟国から通う余所の貴族も決して少なくないそう。そうした理由もあって、基本的には生徒全員が収まるだけのキャパを用意しているとのことだった。


 おかげで、ここで一つ大きな問題が発生だ。


 入寮が必須とは思わなかった。


「なんてこった。持ち家存続のピンチじゃないか」


 家とは人が住んでこそ。


 人の手の失われた家の寿命は短い。


 であればこそ自宅通勤こそ至上の命題。


 満員電車こそリーマンスレイヤー。


「くそっ、どうしたものか」


 悩む。


 割と本気で悩む。


 与えられた寮の鍵を手の平に眺めながら考える。


 ちなみに個室らしい。


 しかも各部屋に専属のメイド付きだとか。


「寮、か……」


 なんとかして自宅から通学する為の方法を考えなければならない。我が家と学校とは徒歩で一時間以上を隔てる。まさか毎日をえっちらおっちら歩いていては、心身共に健康になってしまいそうだ。内臓脂肪がレベル十を切ってしまいそうだ。そんなの嫌だ。


「交通手段の確保が必要だな」


 せめて自転車があれば二十分程度に短縮が可能だろう。


 おう、現実的。


 なんて、あれやこれや今後に考えを巡らせつつ廊下を歩んでいたところ、目的とする場所まで辿り着いた。廊下に面した一枚の扉は数多並んだ教室へ通じる一枚。その先には賑やかにも人の気配が感じられる。


 同校は単位制とのこと。授業案内の冊子に示された指示に従い、錬金術師っぽい授業が行われているだろう教室を探したところ、今、目の前にあるドアが合致した。廊下に掛けられた時計を鑑みるに、現在は授業と授業の隙間時間で間違いない。


「…………」


 勝手に入って良いものか。


 まあ、いいだろう。


 どうせ大学の講義みたいなものだ。


 一人や二人、部外者が増えたところで目立つこともあるまい。


 気軽に考えてドアを引く。


 同室は二、三十名ばかりが収まるように作られた比較的小さめの、けれど、無駄に荘厳な作りの一室であった。目の届く範囲は大理石っぽい光沢も艶やかな石に作られている。その至る所に彫刻が為されては、これが無駄に高級感を醸してくれている。


 他方、生徒が腰掛ける椅子や、これと対になって並ぶ机は木製だ。一口に木製とは言っても、そこいらのオッサンが日曜大工に作るような、安ぼったいDIYではなくて、なんとかというブランドの、なんとかというシリーズで、職人歴四十年の名工が一つ一つ心を込めて手作りした、的な雰囲気のヤツ。


 そんな感じ。


 色々と言いようもあるだろうが、日本人が想像するファンタジーな学校のファンタジーな教室というやつだ。更に貴族用で豪華になってるタイプだ。ファンタジーと言ったらファンタジーで、学校と言ったら学校。そういう感じの舞台セット一式である。


「…………」


 で、一斉に見られた。


 それまで雑談に華を咲かせていた生徒一同が、急にこっちを見やがった。


 しかもなんか、どいつもこいつも若い。若すぎる。大半は十代。二十代と思しきもちらほら見受けられるが、大半は中頃が精々で、後半はほとんど確認できない。三十代に至っては皆無だろう。


 しかも皆々、なんか仕立ての良い高級感漂う衣服を着用のこと。


 自身の場違い感が半端ない。


 ドレスコード必須のオシャレなバーへ、スウェット上下に挑んでしまったような。


「……どうも、初めまして」


 適当に会釈などして、ツカツカと入場。


 返事はなかった。


 我を強く持ち、出入り口にほど近い席へと腰掛ける。


 その間、生徒の間では何やら声も小さくヒソヒソ話が発生だ。


「誰だよあのオッサン」「っていうか何歳だよ」「先生じゃないの?」「でも普通に椅子に座ったぞ」「まさか生徒かよ?」「どこの国のヤツだ? 鼻とか低すぎだろ?」「っていうか、肌が黄色くない? リザードマンみたい」「全体的に顔の彫りが浅いよな」


 隠すつもりがないのか、その全ては本人の下まで筒抜けである。


 これは一波乱ありそうな予感じゃないの。




◇◆◇




 ヒソヒソ話は次なる授業の担当教師が訪れるまで続けられた。


 逆を言えば、担当教師が訪れたところで、ピタリと止まった。


 俺の心はギリギリ持ちこたえた。


 若い少年少女から向けられる疑念の視線のなんと辛いこと。持ち家に戻り、持ち家のベッドで、持ち家の布団を被り、都合数年ばかり眠ってしまいたくなるほどのストレスを感じたわ。マジでヤバいわ最近の若者。


 そうした試練を乗り越えて先、いよいよ始まった最初の授業である。


「それでは授業を始めます」


 時折、こちらへ視線をチラリチラリと向けられているような。


 気のせいか。いや、分からない。でも気のせいだとしよう。


「これから一年間、二年生の錬金術の授業を受け持つリディア = ナンヌッツィです。どうぞ、よろしくお願いしますね。皆さんには昨年に学んだだろう錬金術師の基礎を前提として、その応用を教示させて貰います」


 つらつらと述べられる自己紹介。


 どうぞこちらこそよろしくお願いします。


 つい先刻、受付のオネーさんから貰ったノートにその名前をメモである。


 っていうか、応用ってなんだよ。俺はまだ基礎を知らないよ。昨年なんて単語の示すところから、どうやらこの講義は二年目以降の生徒が取るべき講義のようだ。今一度、案内のチラシを確認したところで、俺は自らの過ちに気付いた。


 取るべき講義を間違えたみたいだ。


 とは言え、途中で席を立つのも申し訳ないので、居直ることと決める。


「それでは早速ですが……」


 こちらの都合など知る余地もなく、勢いよく語り始めるリディアさん。


「ぺらぺらぺらぺら」


「ぺらぺらぺらぺら」


「ぺらぺらぺらぺら」


 この人、喋るのが早い。早すぎる。


 初心者の俺には堪ったものでない。錬金術としての勉強など、自宅に読んだ多少の本が精々であるからして。このままでは落ちこぼれコース間違いなし。他人の金で入学した手前、それだけは避けたいところだ。


 魔道貴族のヤツ、怒ったら怖そうだし。


「錬金術の応用として第一に求められるところは……」


 ツラツラと進んでゆく錬金術の授業。


 必死に目を見開いて、歯を食いしばり、何が何でもついて行ってやるぞと意気込んでは臨む。気分は試験前の進学校生。一言の洩れもなく、教示の全てをノートへ書き取るべく気張った次第である。


 きっと何もかもが新しい、素敵な知識のブロードキャスト、なんて思っていたよ。


 しかしながら、講義が始まって数分ばかりが経過したところ、俺ははたと気付いた。リディア先生から与えられる知識は、自宅で読んだ書籍に記載されていた内容の要約、或いはごく一部に過ぎないという事実に。


 年間授業量五千万を誇る学校の授業だからと気張っていたのだけれど、どうにも雲行きがよろしくない。なんだろう、どれもこれも本に読んだことばかりだ。これはどうしたことか。おい。


「であるからして、中級以上のポーション生成に必要なものは……」


 あれやこれや述べられる。


 これが試験の類いであれば、ヤマ勘的中おめでとうなのだが。


「これら材料は、シゲリ湿地帯以南で見つけることができます。しかしながら、その周辺ではリザードマンなどの強力なモンスターが群生している為、錬金術師が単身での採集は不可能と考えて良いでしょう。ですので、採集の基本はパーティーでの……」


 そう言えばさっき、俺のことリザードマンっぽいとか言ったヤツいたよな?


 流石に人外は酷くね?


「ということで、中級ポーションの品質向上には……」


 真剣に聞いていた筈なのに、段々と眠くなってきた。卒業から数年、以後、本日に至るまで、またいつかと憧れて、憧れて、憧れて、終ぞ戻れず終わった学生生活が、いざこうして目の前に再び現れてみると、やっぱり眠い。


 眠い。


 大学では試験だけ出て単位とるタイプだったの思い出したよ。


 授業中は時折、教師が生徒を名指しする形で設問への回答を求めることもあった。けれど、周囲から露骨に際立つ外見が所以か、これを敬遠してか、関わり合いになりたくなかった為か、そうだろう、きっとそうなんだろう、ちくしょう。一度も指されることはなく、全ては平穏に過ぎていった。


 それから体感で小一時間ばかり。


 授業は鐘の音と共に、当初の予定を裏切り、何の面倒もなく終わりを迎えた。




◇◆◇




 代わりに面倒は授業後に訪れた。


 次なる講義へ向けて校内を移動していたところ、廊下の向かう先、見覚えのある金髪ロリータと遭遇したのだ。


「……ねぇちょっと、どうして貴方がここに?」


 いつだか一緒に冒険者でパーティーしたビッチである。宿屋の隣室で同じパーティーのイケメン二人と乱交をキメられたのは俺的に鮮明な記憶でありトラウマ。


 ちなみに凄く中世でファンタジーな貴族っぽい格好をしている。マント羽織ってる。具体的に何だと言われたら、そういう系アニメで画像検索して上の方に出てくる感じ。


「いやその、自分も今日からここの生徒になったんですよ」


「ふぅん? その歳で?」


 しかしまあ、出会い頭にも関わらず不貞不貞しい発言だ。


 俺だって気にしてるんだから、突っ込んでくれるなよ。


「っていうか、それを言うなら君はどうなんですかね?」


 思わず少しばかり語調が強くなってしまったじゃないですか。


「私もここの生徒なのだけれど」


「あ、なるほど」


「貴方、貴族の出身なの?」


「え?」


「まさか一介の冒険者にここの授業料が負担できるとは思えないわ」


「あぁ……」


 ご尤もな質問をありがとうございます。


「ちょっとした伝手がありまして、その関係で……」


 裏口入学でございます。


「ここの理事はそういうのを許さない人物だったような気がするのだけれど」


「いやまあ、なんと言いますか……」


 相手がやたらと高圧的だから、自然とこっち、下手に出てしまう日本人の悲しみ。年下の少女を相手に頭をペコペコしてる俺マジでペコペコ。


「っていうか、そっちも冒険者じゃありませんでしたっけ?」


「わ、私はいいのよっ! 冒険者ではあるけれど、同時に貴族なのだから!」


「なるほど」


 やはり金持ちの出自であったよう。


 伊達に冒険に立派な馬車など使っていない。


「あの、それじゃあ他に授業があるんで、俺はここで失礼しますね……」


「あ、ちょっとっ、待ちなさいよ!」


 これ以上を構っていても、碌なことにはならないだろう。現に今も周囲から視線を感じる。なにオッサン? どうして学校にオッサンがいるの? っていうか、なんであの子と親しげに話しているの? マジきもーい! みたいな、そういうのが集まってきてる。


 だもんで、俺は逃げるようにその場を後とした。




◇◆◇




 数時間後、同日の授業が一通り終えられた。


 錬金術師を目指すべく立てた学習計画。授業の受講予定。これに従い学園内の教室をあちこち渡り歩いた。自然と思い起こされるのは十年以上前に過ぎ去った自らの大学生生活だ。おかげで少しばかりセンチメンタルな気分である。


 ただ、あの時は居た友人という名の喜びが、今はない。


 ボッチで構内を歩むことの、なんと悲しいことか。


「しかも、授業は微妙だったじゃんね」


 自宅で読んだテキストに記載されていた以上の情報は得られなかった。学習は座学が中心で、器具の扱いなど、実際に手を動かすワークショップもなかった。精々、講師が事前に用意した器具の幾つかを教卓の上に並べた程度か。


 恐らく新学期が始まって間もない為だろう。まだ実践的な内容を取り扱うまでには講義が進捗していないように思われた。授業の内容は応用と銘打たれているが、我が屋のアトリエに読んだ書籍を鑑みるに、実際的な錬金術云々は未だ遠い。


「……とりあえず、寮は放置して家に帰るか」


 目指せ、若返りの秘薬。などと目標は立てたものの、このペースで勉学を進めていては、完成するまでにこっちの寿命が尽きてしまいそうな感がある。


 或いは当面、自宅でテキスト相手に勉強していた方が良いかも知れない。っていうか、その通りだ。そうしよう。学校はモラトリアムを感じたくなったら行けば良い。


 試験で点数さえ取れば授業は出なくても大丈夫ってヤツだ。


 とかなんとか、適当を考えながら早歩きで帰路を急いだ。




◇◆◇




 自宅へ戻ったところ、見慣れぬ手合いが我が家の玄関前に立って居た。片手に槍を構える憲兵らしき男が二名である。繰り返し、コンコン、コンコン、戸口を叩いては、互いに、留守じゃね? 居留守かもよ? もう少し叩いてみるか? などと言葉を交わしている。


「え、なに? 俺んちで事件発生?」


 肝が冷える。


 まさか無視できなくて、その下へと歩みより声を掛ける。


「あの、うちに何か用ですか?」


「ここの家主か?」


「え、えぇ、つい最近になって引っ越したばかりですが」


「それなら丁度良い。税金の徴収に来た」


「税金?」


「住民税と区画税、あと利子分だ。ここ七年間の滞納を合わせて金貨百五十枚か」


 ツラツラと文句を述べる憲兵の片割れ。


「えっ……」


 まさか、こっちとしては完全に想定外の出来事である。


 っていうか、滞納ってなにそれ状態。


「に、百五十枚って、あの、土地と建物併せた額より高いんですけど」


「ここ家は転入と転出を繰り返してばかりで、税金の支払いが正常に行われていなかったからな。その分が延々と溜っていたんだよ。そっちにはそっちの言い分があるだろうが、これも国の制度だ。家を持った義務として満額を支払って貰う」


「マジっすか」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


 競売で額面のみの判断により激安不動産を落札。三点セットを碌に確認していなかった為、後日明らかとなる不動産に紐付いた債務引き継ぎ。その額は落札額の安さを補って余るほどの七桁万円。競売初心者にありがちなパターンだ。


 まさか自分が引っかかるとは思わなかった。


 ファンタジーだからと油断していた。こんな落とし穴があるなどとは、ちくしょう、税金とかファンタジーには要らないだろ。もっとホワホワしていようよう。そういう生々しい社会の仕組みみたいなの、誰も求めてないから。


「期限は今月中だ。支払いが滞った場合、家屋は差し押さえとなる」


「こ、今月中ですかっ!?」


「アンタ、街の不動産屋に騙されたようだな。まあ、この街に限らず余所の国の人間ってやつは、どうしてカモにされやすい。今回の一件は勉強だと思って、次からはちゃんと用心するんだな」


「…………」


 あの不動産屋、ニコニコ笑顔の裏側は悪徳だったのか。


 騙された。完全に騙されたぞ。


 道理で安く手に入った訳だよ。


 納得の有様だよ。


「今月末、再び取り立てに訪れる。金はそれまでに用意しておくように」


「…………」


 なんだかんだと口上を述べる憲兵。


 マジでお役所仕事。


 俺には返す言葉がなかった。


 せっかく手に入れたマイホームが、持ち家が、一戸建てが、今まさに失われようとする事実は、どこまでショッキングな出来事だった。家に入ることも忘れて、数分ばかり、その場に立ち呆けてしまったよ。


 家は日本男児の心なんだから。




◇◆◇




 近所の商店街でカレンダーを購入してきた。


 これを壁に引っかけては、真正面から睨み付けてウンウンと唸っているのが、今の俺の置かれた状況だ。幾段にも枠の組まれたお尻の方、ある一マスには今し方、自らの手により書き加えられた丸印。


 改めて自身の置かれた状況を整理である。


 建物に引っ付いていた債権の支払期日まで、残すところ二十五日。その間に俺は金貨百五十枚という、途方もない金額を支払わなければならないという。日本円に換算すると一億五千万円だ。夢であるなら覚めて欲しい。


 これで全うな競売であれば、建物に積もる税金やら管理費やらの負債額を考慮しても、妥当と言えるだけの額に納まるのがオークション形式の優れたところ。しかしながら、今回の購入は不動産屋を通じた完全な業者個人間の売買契約。


 合計支払い額は凡そ近隣の建物の評価額に対して割の合わない高額だ。たしか金貨五十枚から百枚が、この辺りの建物の平均額だとか言ってた気がする。であれば、同不動産に対するお値打ち感は過去のもの。


 事故物件であることを鑑みれば、ぼったくりも良いところ。仮に支払いきったところで、同額を支払えば他に幾らでも選択の幅があったということになる。満額支払った時点で近所に二軒ほど買えてしまう。損も損の大損、といのが俺に残された唯一の道だった。


 いやまあ、今は損だの得だの考えている場合じゃない。


 兎にも角にも金貨百五十枚、支払いを済ませないことには、住む場所を失ってしまう。折角手に入れた住所を失ってしまう。ホームレスに逆戻りである。それだけは何が何でも避けなければならない。持ち家だけは失ってなるものか。


 ただ、如何せん非現実的な額面である。


「っていうか、どうやっても間に合わないだろ。一億五千万だぞ、一億五千万」


 ハイオークをダース単位で狩る必要があるじゃん。


 まさかそんな危険なこと出来る訳がない。ヤツの拳骨を鼻先に眺めた一件は記憶に新しい。アレの集団と喧嘩をするなど命が幾つあっても足りない。回復魔法だって自分が死んでしまっては何の意味もないだろ。


 っていうか、そもそもヤツらの分布なんて知らないし。


 更に期限は月末と来たもんだい。


「いっそ魔道貴族に借りるか……」


 ヤツなら百五十枚くらい、間違いなく持っているだろう。


 貸してくれる可能性もゼロじゃない。


 前にも金貨五十枚でまた来てくれとか言っていたし。


「…………」


 いやいやいや、出会って数日の手合いに一億五千万の借金とか無茶が過ぎる。ああいうヤクザな手合いに大きな借りを作るのは、ハイオークの拳骨並に危険なことだ。それを俺はつい今し方、悪徳不動産屋から学んだではないか。


 他人を信用してはいけない。


 そう、ファンタジーだからって、人間関係は日本と同じなんだよ。


 信じられるものは自分だけ。自分だけだ。


 となれば残すところ、俺が取り得る唯一の解決策は自らが全て。


「……一攫千金、狙うしか無いな」


 覚悟を決めて居室を後とする。タンタントトンと小気味良い音を立てて階段を下り、向かった先は一階フロアに設けられたアトリエである。巨大な釜やら、水上置換法出来そうな曲がりくねったガラス器具やら、用途不明の物体Xやらが並ぶ理科室的土間空間。


 そこで俺は機材の脇に設えられた本棚へと向かう。


 頼るべくは先人の残した知恵だ。もしかしたら、良い値で売れるアイテムの作成方法など、書籍にまとめられているかも知れない。これを片っ端から漁ることとした。何でも良いから売り物を、売れる物を探すのだ。


 無我夢中でページを捲りまくった。




◇◆◇




 本を乱読して、一つ、分かったことがある。


 我が家のアトリエに収まる書籍に関して、その著者は大半がエディタなる人物だった。そして、大半が手書きである点から、恐らくこの建物に住み着いていた錬金術師というのが、同エディタ氏なのだろうとは、勝手な推測だが、間違いないと思うところ。


「……病気だったのか」


 彼だか彼女だか、性別すら知れない元の住居人の目的。


 それは幾冊にも及ぶ著作越しにありありと窺えた。


 どうやらエディタ氏は、とある病気を治したかったらしい。


 全ての書籍はたった一つの薬品の製法に向けられたものだった。以前に発見した若返りの薬に関しても、その過程で生成されたか、或いは目的の揺らぎから生まれたのか、いずれにせよ病の克服に向けて作られたものであることは間違いない。


「間に合わなかったんだな、きっと」


 紙面に残る著作日時が新しくなるにつれて、段々と文字の形を怪しくしてゆく著作物たちは、薬を必要とする人物が、他の誰でも無いエディタ氏自身であることを、言外に物語っているようで、少しばかりしんみりしてしまった。


 そして、記載された日付の一番に新しい、本とも言えないメモ程度の殴り書きには、最後の数行ばかり、エディタ氏の喜びとも悲しみとも取れない、複雑な感情の溢れが、錬金術の手順云々とは別に、やんわり残されていた。


 曰わく、


“薬の生成に必要な製法と材料は以下の通り同定した”


“でも、レッドドラゴンの肝なんて採集できる訳がないでしょ!?”


 とのこと。


 完全に口語である。


「……ドラゴンっスか」


 エディタ氏が求める薬を作る為に必要な材料の一つである。


 なんてファンタジーだ。


 やっぱり存在するようだよ、ドラゴン。


 しかもレッドである。


 きっとブルーとかイエローとか、色違いも居るんだろうな。


「…………」


 エディタ氏を襲った病の名前は、この国の言葉でイマラーチオ病というらしい。


 全身の筋肉という筋肉が動かなくなり、段々と衰弱してゆき、やがて瞬きはおろか呼吸すら満足に行えなくなり死んでしまう奇病とのこと。致死率は百パーセント。罹患後、凡そ半年が人間の生存限界らしい。ちなみにエルフだと二、三年だとか。


 現実世界でも同じような病気があったような気がする。


「なんか壮絶な背景のある家を買っちゃったじゃん……」


 エディタ氏、実は凄い人だんじゃなかろうか。


 そんな気がしてきた。


 薬の作り方は一から十まで、丁寧に記載されていた。それでもエディタ氏がこの世を去った一番の理由は、当人がメモに残したとおり、薬の成分の一つを担うドラゴンの肝に間違いない。きっと凄く強いんだろう、レッドドラゴンとやらは。


「どうせなら再現してやりたいが……」


 作って作れないことはなさそう。完璧なレシピが手元にあるから。


 けれど、今は俺もそれどころじゃないんですよね。


 他人に気遣っている余裕なんて皆無。


 ドラゴンなんてもってのほか。


 だけど、なんかこう、センチメンタルな気分なんだよ。


 泣きゲーをプレイした直後の、あの感覚なんだよ。


 エアーで夏で田舎な鳥の詩なんだよ。


 田舎道をZZRでデゥンと飛ばしたい気分でありますよ。


「……腹、減ったな」


 それとなく窓の外を窺えば、いつの間にか日は暮れて真っ暗。都合、数時間ばかりを読書に過ごしていたようだ。いつのまにやら照明が付いていたので、時間の経過を意識することがなかったよう。


 自動点灯とか最高に便利ですね。


 パッと見た感じ、中世でファンタジーな室内灯なんだけれど、やっぱり中世でファンタジーな室内灯だから、きっと魔法的にスイッチが入ったり入らなかったりするだろうさ。ドラクエではゾーマの部屋も自動点灯だったしさ。


「まあいいや、とりあえずご飯を食べよう……」


 金策はひとまずおいて、外へ腹ごしらえに向かうことと決めた。




◇◆◇




 同日、商店街の飯屋に夕食を食べていた際のことだ。


 不意に耳へ届くところがあった。それはすぐ近くの席に酒を交わす、冒険者然とした若者たちのやりとり。見たところ、自分より一回りほど年下と思しき、男性二人組が談笑の一端である。


「本当かっ!? 薬一つ作っただけで金貨千枚とかっ!」


「本当だよ、ついさっき、ここへ来る前に見たんだって」


「でも、そのなんつったっけ? イマラーチオ病? それって罹かったら絶対に死ぬんだろ? しかも原因も分からないみたいだし、そんなもん、どうやったら治せるんだよ? ありえないだろ」


「だからこその金貨千枚だろ? 伊達に王族してないってことさ」


「なるほどなぁ」


「とは言え千枚っちゃぁ、大盤振る舞いだよな」


「ケチで有名な王様も、流石に娘の命は惜しいんだろうよ」


「ちがいない」


 一連のやり取りに、どこかで聞いたような単語が混じっていた。


 っていうか、間違える筈も無い。


 イマラーチオ病。


 イマラーチオ病である。


 クエスト来たよ。イベント発生だよ。間違いないよ。


 となれば、まさか未回収イベントを放置して先へ進める筈がないじゃん。放置したクエストが、今後の攻略に必須なアイテムの回収を含んでいるとか、最近じゃ課金要素満点の落とし穴だ。


 気付いた時には、カウンター席にバァンと両手を突いて即座、足を立てていた。


 夕食を取るに際して、併せ注文したお酒も手伝い、大した行動力。伊達に貴族も半殺しにしていない。そう言えばハイオークとやらを殺したときもお酒の力を借りていたな。お酒最高。お酒パワー、メイクアップ。


 あれこれ思い出すうちに、ツカツカと歩みは進んで目的のテーブルへ。


「ちょっとちょっと、君たち」


 気付けば朗らかに尋ねている始末だ。


「あぁ? なんだよ、オッサン」


「今の話に関して、聞きたいことがあるんですが……」


「誰だよこのオッサン? オマエの知り合い?」


「はぁ? 知らねぇよ、こんなオッサン」


 訝しげな眼差しを向けられる。


 不細工なアジア系中年オヤジが、何の前振りもなく語り掛けてきたのなら当然か。俺だって驚く。けれど、ここで引いてなるものか。金貨千枚。それは今まさに面する我が危地を救うものに違いない。


「あ、オネーサンっ、このテーブルの人たちにお酒をお願いします。俺の奢りで」


 問答無用で奢っちゃう。


「お、オッサン?」


「なんだよ、おい、オッサン……」


 オッサンオッサン連呼するんじゃねぇよ。寂しくなるだろ?


「ちょっと聞きたいことがあるんですが、お時間いいですかね?」


 そうした具合、全力で情報の引き出しに至っていた。


 まさかこの推し量ったような展開を無視する訳にはいかない。


 攻める。攻めるよ。




◇◆◇




 酒パワーで情報をゲットした。


 なんでも国のお偉いさんの娘さんがピンチらしい。


 より具体的に言えば、この国の王様に当る人物の一人娘が、大病を煩っているのだそうだ。八方手を尽くしたが、どれだけ優れた医者を当っても上手くいかず、東奔西走の末、ようやっと得られた手がかりはと言えば、某魔道貴族から伝えられたイマラーチオ病という病の名前のみだと言う。


 結果、この手のファンタジー世界にありがちなパターンで、市井へお触れが出されたのが、つい数日前のことだと言う。曰わく、娘の病を治癒した者に金貨千枚と国の医療に関わる要職を与える、とのこと。


 金貨千枚と言えば日本円換算で十億円だ、十億円。


 この国の王様は親バカですな。


 ただ、そんなざっくりとした分かりやすい感じが、今は非常にありがたいお話。


「作るしかないだろ、特効薬ってやつを」


 そんなこんなで俺は自宅へと飛び帰り、今一度、イマラーチオ病の薬のレシピを確認している。若返りの秘薬と異なり、こちらは最初から最後まで作り方が欠けることなく記載されている。これを追うことは容易だった。


 途中、文中に謎い言葉が出てきても、エディタ先生謹製の用語辞典を引けば、大半は読解することができた。素人の俺でもこれなら作れるだろう、と思わせるほど、工程は丁寧に文章へと落とし込まれていた。エディタ先生は天才だ。


 そして、レシピを最後まで確認したところで、見えてくるものがあった。


 それは先生自身が一番の障害として愚痴っていたところ、レッドドラゴンの肝の入手である。他はこのアトリエに備蓄してあるものや、或いは市中に出回るあれやこれやで賄える。ただ、この肝だけはどうにもならないらしい。


 というのも、イマラーチオ病とは名前にこそ病などと付いているものの、厳密には病ではないのだそうな。先生の言葉に従えば、ある種、呪いのようなものであるという。より具体的には、古い時代の呪術的な何か、とのこと。


 これを治す為には、その呪術的な何かを掛けるのに使われた触媒より、尚のこと強い触媒、ここで言う何某かの肝が必要になるのだという。更に呪いは対象が生きている限り永遠に継続するそうで、これが一番に恐ろしいと、エディタ先生は記している。


 要はトランプゲームと同じだ。


 今、場に出ているカードより、より強いカードだけを出すことができる。


 みたいな。


 そうした背景も手伝い、イマラーチオ病は一過的な治癒魔法や薬の類いでは治せないそうな。一時的に治ったところで、またすぐ振り出しに戻るんだそうで。持続性の治癒魔法であっても、まさか一生涯に渡り魔法使いを同居させる訳にはいかないだろう。


 また魔法で時間を稼ぐにしても、相当に高級な回復魔法が必要なのだとか。


「なるほど、だから確実に治すためにドラゴン様の肝か」


 ただ、それなら最初から病とか名付けるなよって話である。


 レシピの番外にはコラムと銘打たれて、私のイマラーチオ病はレッサードラゴンの肝では治らなかったよ、との実体験が報告されている。そうした過去の経緯も鑑みて、先生自身、辿り付いた先がレッドドラゴンとやらなのだろう。


 響きからして強そうだし、たしかに薬にしたらよく効きそうだ。


 トランプの大富豪で言うところ、エースとかジョーカーみたいな。


 そして、この事実は俺の今後のプランに対しても、大いに影響を与えた。


 もちろん、回復魔法による延命を売り込んで、某製薬会社よろしく根本治療薬を作らせず、対症療法薬だけを特許期間が切れるまで高値で捌き続けるといった手も、なかなか悪くない気がする。ただ、それだと一月以内の金貨百五十枚は難しそうだ。


 故に今回は正攻法で向かわざるを得ない。


「条件が完治じゃなければなぁ……」


 相手は国王様の一人娘だ。市井の誰とも知れない異国人が、手作りの怪しい薬を飲ませる訳だから、万が一にも治らなかったら、それは大した問題だろう。やがて娘の死に怒り狂った親父が、事後にいちゃもんを付けてくる可能性は高い。


 狂王主催の公開処刑とかファンタジーの鉄板だ。


「こうなったら、狩るしかないな。レッドドラゴンとやらをっ!」


 とてもとても大きな目的が出来た。



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