☆『ツンデレチョロイン―ハンドウイルカ』
翌朝午前8時。残り寿命は13日。
こうなると多少なりとも余裕が出来たので、朝一の時間だけでも使ってひとまずオキゴンドウがどのくらい動けるのかをチェックしようと思ったのだが……。
「どうしたー? てめぇはオキゴンドウのくせにまともにジャンプも出来ねぇのかー?」
「そんなこと言われても――あふんっ」
「なんで綺麗に着水できねぇんだ。毎回毎回馬鹿みたいに水面に身体叩きつけて……今はオナニージャンプはいらねぇんだよ馬鹿野郎」
「お、オナニーなんかしてません! あぁんっ!」
現在地。やたらと馬鹿でかいショープール。
普通に――いや……割と手酷くオキゴンドウ(人魚姿で)をトレーニング中。
どうやら人魚姿でも元の姿とほぼ変わらない運動能力を発揮できるらしく、身体が違っても水の抵抗は同程度らしい。
その為、見てくれだけは完璧な美少女人魚の姿でトレーニングが出来るというのは役得ではあるのだが……。
「とうっ! ふぁぁん……」
「……またか」
ちなみに立場が完全に上になったので、オッキーという恥ずかしい呼び名は返上して今朝からは別の呼び名で呼んでいる。
「真面目にやれドMー」
「うぅ……はいぃ! んぅぅぅー――んぁっ」
とりあえず水族館のイルカがやるような普通の、ふっつーうのジャンプを見せてもらおうと思ったのだが、何故かこいつは必ず水面に身体を叩きつける。そしてそのたびに喘ぎ声に近いものを出す。
これはただの失敗ではなく、野生の鯨類が行う【ブリーチ】というジャンプの種類ではある。
ブリーチの意味合いは求愛行動や寄生虫を落とす為など諸説あるが、どうやら今のこいつにとってはこのブリーチが快感らしい。
寄生虫でもついているのか、それとも体を叩かれるような刺激が快感なのかはわからないが……それを繰り返すせいで普通のジャンプ一つすらまともに見せてもらえない。
「もういい。一回休憩だ。上がってこい」
「あぅぅ……はぁい」
朝からいまいち元気のないオキゴンドウだが、まぁそれは当然っちゃあ当然だ。
昨日の申し出に関して断った理由は大きく分けて二つ。
一つ目。
そもそも俺は、俺に惚れさせることでやる気を出させる方針を打ち立てはしたが、だからといって誰彼構わず手籠めにするつもりは無い。
大前提として、まだ鯨類や魚類の貞操観念についても調べていないので迂闊に手を出せない。
ローレライが自ら言ったのだから大丈夫だとは思うが、これで万が一にでも一夫一妻が絶対だという価値観を持つ者がいた場合、彼女もしくは性奴隷もどきを作ってしまうと今後この方針が使えなくなるかもしれない。
ついでに言うとドMは初めからそれなりにやる気はあるらしいし、既に俺を求めているのであればわざわざ付き合う必要性は無い。
そして二つ目。
貞操観念うんぬんの前にもっと大きな前提条件として、俺が相手を好きになれるかどうかという要素がある。
まぁこの点で言えば、男なんて基本的には例外なく野獣だ。
容姿が優れていれば、少々性格が悪くても抱ける。大半の男はそうだろう。そしてそうなると、オキゴンドウの人間及び人魚時の容姿は抜群に優れていると言える。
顔は可愛らしいし胸もデカいしケツもデカい。いい具合にむっちりしているくせに太っているわけではない。男からすれば非の打ち所の無い存在だと思う。
それは俺も例外ではなく、普通にいけばこっちから必死になって狙うレベルの相手だと思う。
しかし……俺にとっては容姿の素晴らしさを加味しても受け付けられない。
何故なら……
――俺はドMが嫌いなんだ。
ドS(もしくは鬼畜)なら、ドMは相性が良さそうに思えるかもしれない。好む相手だと思うかもしれない。
しかし声を大にして言おう。
――行き過ぎたドSは同族を屈服させる事にこそ興奮を覚える!!
ということで俺はドMが嫌いだ。
ただのMくらいならいいが、ドMは駄目だ。
何でも言いなりで簡単に悦ぶ。そんな相手を調教して何が楽しいんだ?
仮に初めから喜んでいても、少なくともそれを表に出さなければ可。しかしこのドMは自らをドMと認めている時点で演技にしか見えないので不可。
なお最も好むのは、嫌がり恥ずかしがりながら文句と罵声を飛ばして睨んできて、それでもなんだかんだで強くは拒めず、あるいは次第に逆らえない部分が出てきて……おっと、自重しよう。
とにかく、俺にとってはそういう相手こそが至高。
あ、ちなみに俺は更に行き過ぎているので、堕ちない相手ならより至高。
まぁそんな相手はそうそういないし、そうなってくるともはやただの鬼畜なのでやりはしないけど。
「あのぉ……王子様ぁ」
「なんだ?」
「オッキーって呼んでくれないんですかぁ?」
「黙れドM。お前がまともにジャンプ出来たら考えてやる」
「はぅぅぅ……あ……でもなんだかゾクゾクします」
プールサイドに人魚の下半身を寝そべらせながら、ほわっと力の抜けた緩い笑顔を晒す。
これだもの……これじゃあ調教のやりがいなんて全く無い。
ちなみに実質的なファーストキス(実質的とは一体……)をもらった形になったらしいが、これもこれで奪われたという部分に何らかの感情を得たのか微妙に顔がにやける始末だった。
それに付随してこいつは叱っても悦んでしまう。どうやら生粋のドMらしく、さっきからわざと失敗して叱られようとしている様な節も見えてきている。
公私の『私』はどうでもいいとしても、公については方針を変えるべきか。
まぁ、本来の鯨類のトレーニングでは叱ったりはしないわけだしな……。
「あれぇー? あんた何してんのー?」
このドMをどうやってコントロールしようかと考えていると、背後から届いたのは嘲笑にも似た聞き覚えの無い声。
そもそもローレライとオキゴンドウしか知らないので当然なのだが、ショープールに来たという事は鯨類だろうか。
「ぁ……これは……その……」
俺の前にいるドMの表情が一気に弱々しくなっていく。
なんだ? そんなに怖い相手なのか?
ただ、聞こえてきた声はドMよりも更に高い、下手をすれば中学生くらいにも思える幼さの残る声だ。
「ここはあたしのプライベートプールなんですけどぉー。さっさと出て行ってくれない?」
「はぅぅ……で、でも……トレーニング中で」
「トレーニング? あ、もしかしてそいつって、あんたが言ってたプロの調教師って奴?」
どうやら俺の事を軽く聞いているらしい。
どうする……状況的には初対面に相応しくないな。
今のタイミングだと、プライベートプールとやらに邪魔しに来た奴になってしまう。ただ、だからといってここで挨拶無しというわけにもいかないし……。
《ちょっと……何してんのよ……。話の流れをそっちに振ったんだから、早く振り向いて顔を見せなさいよ!》
え……なんだ今の……。
あ、今のってエコーロケーションで届いた声か。
ならもしかして、俺がローレライからメロウの力を貰ったって知ってて話しかけてきたのか?
「どうせ
《まぁあんたはあんたで、可愛くはなくてもかっこよさがあると思うけどね? 絶対言わないけど。それよりそこの男……早く顔みせなさいってば! 噂じゃまぁ? そこそこかっこいいって話だし? こっちは気になって眠れなくて朝一で見に来たんだからぁ……》
あれ……これ、違うんじゃね?
俺に聞かせてるって感じじゃないな。というか今の声が届いた途端に、オキゴンドウが少し照れ顔に変わったぞ。
「ぁ……」
そういえば……ローレライが言ってたっけ。
エコロケは感情が高ぶると、無意識に脳内で考えていることを発信する可能性があるって。
そしてもう一つ……。
――鯨類の中にエコロケがコントロール出来ず、本音が駄々洩れの奴がいると。
ということは……俺の背後にいる奴こそが……。
「どうしたのぉ? 罵られるのが怖くて見せられないのぉ?」
《あぁ、もう、じれったい……早く早くぅ! どんな顔なんだろー……出来れば爽やかな笑顔が似合う……あ、でもちょっと不愛想なのも捨てがたいかもぉ。うん、そっちの方が理想的ね。それでそれで、口が悪くて素直じゃないこんなあたし相手でも、怒らない優しい人だったらいいなぁ……》
オーケー……把握しましたぁ……。
じゃあお望み通り、この子が好む展開を作ってやろう。
「悪い……声がすげぇ可愛かったから、ちょっと緊張しちまった」
「え?」
「初めまして、海神王子だ」
立ち上がると同時に振り返り、渾身の爽やかスマイル(やや無愛想という名の影を添えて)。
確認した姿は身長150センチそこそこ。全体的に細めの小さな身体で、胸もかなり控えめでかろうじてあるという程度。
そんな身体を包むのはまるで何かのアイドル衣装の様な、白とピンクで構成されたフリフリのミニ丈ドレス。
大きめの赤いリボンで結われた、肩辺りまでのツインテールは少し濃い目のピンク色。
顔は可愛らしさという概念を全て詰め込んだかのような童顔。唯一その童顔にそぐわない涙ボクロが、良い感じに子供っぽさを中和している。
そして勝気そうな声によく似合う気の強そうな猫目は――――赤い瞳。
オキゴンドウと違って、髪にも目にもハンドウイルカらしさが全く無いな……そして返事も無い。
「……聞こえてるか?」
「え? あ、聞こえてるわよ……べつに、名前とか聞いてないし……」
《か…………》
――……か?
《かぁぁぁぁっこいぃぃぃぃぃぃ!! しかも王子ってなに!? 名前が王子とか最高じゃない!? ていうかちょっとやばくないこれ……銀髪の時点で予想はしてたけど、怒ると怖そうな顔が超あたし好み……あ、でも本気では怒らないでほしいんだけど、あ、でもでも、時々ちょーっと叱られたりとかするとキュンとしちゃうかもぉ》
心の声うるさっ……ていうか長っ!
《うぅ……ちょっとこっち見過ぎじゃない? あ、そっか、あたしが見てるからか……って、あれ? やだ、ちょっと待ってよ……ううん、そんなはずは……》
まだ続くのかよ……素っ気なさそうな外面とはえらい違いだな。
《あ、やばい。一目惚れしちゃったかも。ていうか……こいつもあたしに惚れてたりしない? さっきから見つめっぱなしなんだけど……あぁもう無理限界! これ以上顔合わせてらんない!》
ただのテンプレートな初手行動だったのだが、まさかここまで綺麗に効果を表してくれるとは思っていなかった。
初対面で視線を合わせ続けるなんて、あくまでもちょっと揺らすくらいの効果しかないはずだというのに……。
「じ、じろじろ見てんじゃないわよ……」
全力で自分の事は棚に上げ、腕を組んだ姿勢でそっぽを向いた。まぁ視線だけはちらちらこっちに来てるけど。
これはあれだな……本音の通りガチで一目惚れされたっぽいな。
あぁ、これが俗にいうチョロインってやつか。あと多分ツンデレってやつだ。
「お前、名前は?」
「え? あ、えっと……な、無いわよ! 悪い!?」
組んでいた両腕を振り下ろしながら前のめりになり、急に声量が大きくなる。
何故そこでキレる……。
《あぁ、やっちゃった! 怒らないで……お願い……!》
はいはい……怒りませんよー……。
「じゃあハンドウイルカ? それとも、呼び名とかあるか?」
《よ、呼び名? どうしよう……特に無いけど……とりあえず》
「あ……アルビノ……とか?」
《仮称よ? これ仮称だからね? あくまでも仮称でお願いね? だって……全然可愛くないし……》
「じゃあとりあえず今のところはアルビノって呼ばせてもらうな。よろしく、アルビノ」
意図を組みつつ、軽く微笑みながら手を差し出してみるも。
「っ……ふんっ……あんたなんかとよろしくしないわよ」
まぁ当然ながら再び腕を組まれて握手はスルーされた。
が……その後には当たり前のように続く心のエコロケ。
《あぁぁぁぁぁぁぁ!! どうして拒否しちゃうのあたし!! 男の子と、彼と、王子と! 手を繋ぐチャンスだったのにぃぃ!!》
うわぁ……もしかして、これから毎日こんな馬鹿でかい声を聞かされ続けるのか?
「ははっ、まぁ最初から握手はないよな」
「そうね……軽く女だと思わないで」
《ごめんなさい超軽いです……正直もう告白しちゃってもいいくらい好きになっちゃってるかも? まぁ素直に言える気がしないけど。 とにかく、よろしくお願いします! 出来ればあたしの専属調教師になってください! 公私ともに!!》
うるさい……そしてチョロすぎる。あともうちょっと吟味した方がいいぞ?
ていうかこの島では、公私ともにって言葉が流行ってんのか?
まさかこいつもドMじゃねぇだろうな……。
「むぅ……王子様ぁ……? わたしに対する態度と全然違っ――」
背後で文句を言おうとしたドMを蹴って滑らせプールに沈める。
「ごぼぼぼぼぼぼ――あ、あへへぇ」
妙な声を出すな馬鹿野郎。
「あれ? あいつ、なんで落ちたの? ていうかメロウなのになんで溺れてんの?」
「さぁ、なんでだろうな?」
「ま、まぁいいわ。あんた……ちょっと顔貸しなさい? 昨日来たばっかりで色々知らないこともあるでしょ? このあたしが特別に教えてあげるわっ!」
《うぅ、なんとか言えたけど……すっごい上からだし押しつけがましかったかな? もうちょっと優しく言えればよかったのに……》
この子の対応、超らくちん。
総力をもってメロウ達を攻略しようと考えていた俺としては拍子抜けだが、とりあえず寿命をプラス1週間確保したも同然だな。
「助かる。お願いしてもいいか?」
「っ――えぇ、任せておきなさい!」
《よしっ! これで…………って落ち着きなさいあたし。確かに見た目は好みだったけど、中身がどうかはわからない。だからちゃんと、冷静に見て判断するの。いいわね、あたし》
おっと……少し雲行きが変わってきたな。
これはこっちも真面目にやらないと痛い目を見ることになるかもしれない。
「ぷはっ。王子様ぁ」
「悪い。トレーニングは中断だ。ちょっと行ってくる」
「えぇ!? 王子様ぁ!!」
さらばドM。
俺はこのツンデレを初めに攻略する。
「じゃあよろしく頼む」
「ふんっ……よろしくするかどうかはあんた次第よ」
《……手ぐらいなら……握ってくれてもいいのよ?》
チョロいのかチョロくないのかどっちかにしてくれ……。