番司編5
番司の薬屋をはしごし、薬草に詳しい農民を訪ねてもみたが、群青の欲する品はなかなかみつからない。番司の人間は灰というより黒に近い髪を持つ者が多いため、染めるより脱色する薬の方が重宝されるのだ。重宝すると言っても、使うのは若者がほとんどで、すれ違う人間の大半が中年の船乗りか高齢の農民のこの地では若者が少なく、また脱色してまで見目に気を使おうという若者はもっと少ない。
「おい月旦、群青を脱色したら何色になるんだ?」
顔に焦りの色が見えてきた群青は、至極真面目な顔をして月旦に尋ねた。万が一染め粉が見つからなかった場合、脱色しようとでも考えているのだろうか。真面目な顔の群青には申し訳ないが、月旦は未だ頭を丸めるという案を捨て切れていない。そこまでして願掛けにこだわる群青の心が、正直言ってわからない。
「…水色か、加減を間違えば白髪もありえる、だろう」
「白髪……」
「…俺は若白髪の共など反対だぞ」
「わかってらぁ。俺だって嫌だ。その上目立って仕方ないだろ」
大きく首を横に振った群青は、次の瞬間、意を決したように天を仰いだ。
「背に腹は変えられねえって、こういうときに使うんだろうな。ああ、わかったさ…!俺の主君が天帝に何の力もないと信じてるなら、臣の俺もその意に従えってことだな!」
「……勝手にしろ…」
天に向かって歯をむき出す群青に、月旦は苦笑した。何を大げさに、と言ってやりたいくらいだ。天に吼える群青を港に残して、月旦は港の露店を見物しに静かにその場を去った。
*
番司は町の中にはほとんど店がない。番司の者は生活に関わるあらゆるものを港の露店に頼っているのだろう。でなければこの露店の数は異常だ。船乗りが邪魔だと顔をしかめるくらい、港の一角に敷布を広げ、樽を椅子代わりにした主人が商品を並べている。魚介の店、異国風の衣服の店、怪しげな薬や嗜好品、小間物など、鮮やかな品が並んでいる様は、傍から見れば興味関心を大いに引かれ、心躍るものがある。
人気のある店に顔を出すのは躊躇われ、月旦は人混みを避けて華やかな露店をずんずんと横切っていく。立ち寄るならば無口な主人の店、客が何を買っても詮索しないような店がいい。露店をいくつか通り過ぎながら、月旦はなぜ己が人目を気にしながら店を見て回っているのか、自分でもわからずにいた。他人には自分の心の内など、読めはしないはずなのに。
ただの興味だ。今朝の少女・鋒琳が無垢で何も知らないから、鏡が何かくらい教えてやってもいいと思った。あの年頃の娘なら、鏡の一つも持ち歩いた方が慎みが持ててよいのではないか。他人のことに興味を持ったのは、これが初めててあることだし、興味ついでに鋒琳に鏡を渡したら、何と言うのか聞いてみたい気がした。
何も、買ってやろうと決心しているわけではない。露店見物のついでだ。これというものがなければ、買うつもりはない。月旦は自分に言い聞かせるように心の内で理屈をこねた。
「………」
丁度、露店が連なった一角の隅のほうで、人気のない小間物屋が出ていた。牙城がその店の品物へ鼻先を寄せているのは、月旦をその店を留まらせようとしているからだろうか。つくづく賢い相棒だと、月旦は小さく笑った。
「…いらっしゃい」
久方ぶりに声を発したとでも言うような、掠れた小声だった。陰気な主人だと月旦は思ったが、その方がありがたくもある。話好きの主人に何を探しているんだと詮索されれば有無を言わずにその場から立ち去るところだった。しかし主人は、陰気だが思ったよりも年齢は若いように思えた。頭から被った布のせいで、顔や身体つきはよくわからないが、金を数える指先が細くしなやかで艶やかに見えた。もしかしたら主人は女だろうか、品物も玉の飾りやら櫛やら手鏡やら、女が好んで欲しそうな品ばかりである。
「…玉にも金にも、贋物はございません」
月旦が無言で品を眺めていると、こちらが聞いてもいないのに、主人はそう呟いた。
審美眼に自信はないが、月旦は玉の相場は大体把握していた。と言っても月旦が知るのは数年前の相場であり、母や姉が「この品はいくらだったのよ」と月旦に自慢したものしかわからないのだが。記憶を思い起こし、店の品物と比べると、どの玉も金も当時の相場どおりに思えた。破格な値段をふっかけているわけでもなく、安すぎるということもない。贋物の要素はさし当たって見当たらない。
「…そのようだが、あいにく、玉も金も目当てにしていない」
「………」
あまり無言で居るのも気まずい。素っ気無い返事を月旦が返すと、
「お客様は当店の品に不審を抱いていらっしゃるようで」
「……?」
一応、主人の言葉に是と答えたつもりだったのだが、月旦の素っ気無い返事は真逆の解釈をされ、主人の商人魂に火をつけたようだ。主人は月旦に体よくあしらわれたとでも思ったのだろうか。ゆったりとした動きで、紗羅の布の中に大事そうに仕舞いこんだ金を取り出す。おそらくそれが主人にとっての真打なのだろう。
「世に二つとない金の飾りです」
主人が布ごと品物を差し出す。手に取ることは躊躇われたので、月旦は上体を屈めて金の飾りに顔を近づけた。
「グゥウウ………」
すると突然、牙城が何かに弾かれたように低く唸った。何ゆえと月旦の頭の中に疑問符が浮かぶが、一瞬にしてその答えは弾き出された。
一目見て、気が付くべきだった。あれほど固執したはずの金の輪は、一度心の踏ん切りがついてから目にすると、かつて程魅力的なものに見えない。この金の輪は、月旦にとって、最早ただの金の輪でしかない。
「……………天帝は、俺の邪魔もするらしいな」
月旦は刀の柄に手を添えた。主人に月旦の言葉の意味は通じたようだ。金の飾りを布に仕舞いこみながら、獲物を見つけたとでも言いたげにニヤニヤと口元を歪める。
「この金の輪…、とあるところから大金の噂とともに私の元へ流れて参りました。この輪のかつての持ち主を殺めれば、花冠皇より生涯暮らしに困らないほどの金貨をいただけると」
船の上や岩山の上では花冠皇は手が出せなかったのかもしれない。忘れかけた感覚が月旦の体にゆっくりと蘇る。誰かに追われ、命を狙われる感覚は一年ぶりだった。