三頭会議
「おい、ストーカー。お前には心当たりは無いのかよ。」
「うーん。」
裕也は俺に嫌そうな顔を作り、軽く頭を掻いた。
立松警備の制服を着ていない今は、茶色のカーゴパンツに緑色のポロシャツ姿のただの若い男に戻っている。
彼が頭を頻繁に掻くのは、手っ取り早く脱色剤を頭にかけて脱色した後遺症らしく、そこまでして潜入するなら顔の割れていない部下にさせればいいと思うが、彼はこの潜入行為が好きなのかもしれないと思い始めた。
彼はスパイごっこができるから玄人が好きではないのかとさえ。
「あの社長はそれなりに真っ当なのかな。」
立松に対していた時と違い腰の低い男に戻った孝彦は、クリームソーダをストローでかき混ぜながらぽつりと言った。
「どうしてたらそう思えるんです?橋場の人間て本気で非常識ですか?」
「見るからにチンピラじゃん。孝彦ちゃんしっかりしてよ!木目を読むように人となりも読んでみようよ。外面凶悪内面天使って、橋場の善ちゃんだけだからね。」
俺達二人に集中攻撃を受けたからか、孝彦はしょんぼりとし、それでもどうしてそう思ったのか説明をしだした。
「顔色が悪かったからね。あの玄人の家の前のオブジェにとっても脅えていたでしょう。」
孝彦がオブジェと口にしたことで、俺は紙ナフキンを広げるとあのマネキンの絵をそこに書きだした。
確かに思い起こせばあのマネキンの配置が配置でしかなく、馬鹿な餓鬼がばらまいた印象では無かったのである。
裕也と孝彦は首を伸ばして覗き込んできた。
「うまいねぇ。」
「本当だ。いいねぇ、絵が上手な人は。僕は絵が全然だから。」
「えぇ。孝彦ちゃんが漆塗りの家具に描く模様は天下一品じゃないの。それなのに絵が下手だって言うの。」
「僕は決まった絵柄を模写しているだけだからねぇ。」
馬鹿話に逸れた二人に、俺は書き上げた絵が見えるように彼らの目の前にかざした。
「マネキンは何体いる?」
「一体何を。
「良さんはやめろ。」
「いいじゃない。」
「よくねぇよ。」
裕也のせいで俺までも道が逸れてしまったが、この席には非常識な常識人もいたのだ。
「四体だね。ばらばらの手足はサイズ違いの右手が三本に、あぁ、足もサイズが違う。マネキンの年齢を考えると、マネキンには手足が無くとも、うん、やっぱり四体だ。」
「本当?孝彦ちゃん。手足のサイズなんて、良純がそこまで正確に書いてないかもよ。」
「さんをつけろよ。それから俺の書く絵は正確だよ。」
裕也はへらへらと笑うと、俺にスマートフォンの画像を差し出した。
そこには俺達が目にした場所の白黒の映像が映っている。
「良さんの絵は確かに正確だけどさ、忘れ物があるよ。」
俺は裕也の差し出した画像を見て、それが動画だったと気が付いた。
軽く画面をタッチすると動画は動き出し、俺と孝彦が茫然とマネキンを見回して立ち尽くしている中、立松が頭と上半身だけのマネキンの前まで歩いていき、そして周囲を見回しているのだ。
まるで何かを思い出したかのように。
裕也は立松があってあの現場が成立していると言いたいのか。
裕也を見返せば、彼は軽く俺に片目をつぶって見せた。
「立松はあの現場を初めて見た訳じゃないだろ。どうしてこんな動作をしているんだよ。」
裕也にスマートフォンを渡すと、彼はひひっと嫌な笑い顔を俺に見せるではないか。
「まさか、あの現場を作ったのはお前か?」
「少し手を加えただけ。女の子のマネキンを取り換えたの。最初はね、こっち。」
彼は再びスマートフォンを操作して俺に見せつけた。
マネキンは半分に割られて左半身を上にして横たわっている。
その最初の状態で全体像を見直せば、それは遺体現場の再現にしかみえないのだ。
埋められたが雨か何かで土をはぎ取られたというような、土から飛び出している遺体の再現だ。
「畜生。これは脅しじゃねぇか。クロを二十六日までに殺らなきゃこの悪事をばらまくぞって事だろう。立松は人殺しなんだな。」
「たぶんね。彼がストーカーしていた女の子が家族ごと行方不明なんだ。でもさぁ、わからないのはあの現場をあいつは片付けないんだよね。どうしてだろ。ドアの外は共有部でしょう。」
常識人が「あぁ!」と呻いてがっくりと頭を下げた。
「情けない。なんて、情けないんだ。彼は。」
「どったの?孝彦ちゃん。」
「あそこは、あそこの廊下は、玄人の家のポーチに当たるの。昔はあそこに小さな門扉もあったの。引っ越してすぐに玄人が門扉に手を挟んだからって詩織さんが撤去しちゃったの。だから、あそこは武本家の区分で共有部じゃないの。あぁ、もう。」
肘をついた両手で顔を覆って嘆く孝彦同様に、俺も彼の嘆きに気が付き、そして寒々とした思考に導かれたのである。
「あいつらはあいつにあの風景を見せつけて、あの遺体現場のようなオブジェの片付けをさせるつもりなのか。その時には、多分どころか他の住民の迷惑になっていると管理組合から突き上げも喰らうだろうな。畜生。先手を取られたんだな。もしかして隼達は新しい玄人名義のマンションか家を要求しているんじゃないか?」
「……うん、そう。この間の玄人の怪我が発端で、咲さんが自分がここに玄人と住むと言い出してね。隼君達は好きな場所で夫婦で好きに生きろって。彼等への援助を完全に切ったらしい。咲さんも極端だけど、隼君達もここまであからさまな嫌がらせを講じるとは信じられないよ。自分の血を分けた大事な子共でしょうに。」
俺は大きく溜息を吐き出すと、喫茶店の天井を見上げ、それがむき出しの天井だったと再びため息をついた。むき出し天井はデザイン性が高いと思わせられ、尚且つ内装工事費が安上がりという事もあってここ最近の流行であるようだが、本来隠すべき配管などを装飾代わりにしている見た目が、まるで内臓をさらけ出した干物のようにしか見えないので俺は嫌いだ。
全てを見せていながらも上部の見えないあのダクトに、ここから見えないその上部分に虫が這っているなんて誰も思わず、それどころか這っている虫が落ちてくる可能性さえも予想しないのが不思議だと考えるのである。
「裕也、クロの監視は相模原でもしているんだろうな。」
「相模原の松野基地ならば安全でしょう。目の前にはかわちゃんも友っちもいる警察署があるじゃん。僕が社長だからって、そんなに無駄な動きを社員にさせられないよ。」
会社にとって一番の無駄は博多人形社長の潜入捜査だろうにと、裕也に言い返す気力さえも失っていた俺は、素直に懐のスマートフォンの振動に対応した。
メールは玄人からのもので、管理会社に家の前の粗大ごみを何とかしろと連絡が来たから世田谷に向かうという、俺の不安を実行してくれた馬鹿メールであった。