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エリィ・ゴールデンと悪戯な転換 ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第五章 摩天楼は黄金に輝く

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1.イケメン、セラー神国に潜入す①

新章突入でやんす!




 魔闘会が終わってから三日間、出発の準備に追われていた。


 セラー神国潜入の許可をグレイフナー国王からもらい、まずは参加メンバーへと声をかけた。

 ポカじいが参加させるべきと言っていた、しゃくれハイテンション男子、ワンズ・ワイルドことスルメ。あと、ドワーフ族のガルガイン・ガガ。ついでになぜかドビュッシー・アシルこと亜麻クソもついてくる。


 スルメは事情を話したら「あのゼノ・セラーとかいう女男、一発殴らせろ」と乗り気だった。

 意外にもガルガインはセラー神国へいつか行こうと考えていたらしく、役に立つから連れて行けと嘆願された。事情はあとで詳しく話してくれるらしい。家の事情がちょっと、と言っていたところから、鍛冶屋関係の事柄が理由だろう。

 亜麻クソは、まあいつもの調子だ。


「コバシガワ商会、ミラーズは大丈夫ね?」

「ぬかりはございません、お嬢様」


 こちらの問に、クラリスが恭しく一礼する。


 慌ただしい準備や会議を三日間重ねた後、昨晩、コバシガワ商会、ミラーズ合同で俺の出発と戦争必勝祈願をかねて簡単なパーティーが開かれた。

 いやね、大変だった。

 みんな興奮するわ泣くわ、戦争だぜと言いながら夜空に向かってファイアボール打つわでめちゃくちゃな会だった。多分だけど、誰もがエリィの身を心配していた。俺が不安にならないようにわざとはしゃいでいるように見えて、いい会社だなとしみじみ思ったのは言うまでもない。


 そんな中、ドリンクを飲みながらデザイナーのジョーとは今後の方針を再確認し、ミサとは姉妹店の方向性を詰めて月内に三店舗オープンさせることを決めた。まあ、ほとんど決まっていたことだから最終確認といったところだ。


 ミラーズと連動させて雑誌Eimyはもちろん、新しい雑誌を刊行する。

 コバシガワ商会では各雑誌の部署が立ち上がり、フル稼働で準備を進めている最中だ。ファッションショーで雇ったモデル、デザイナー、カメラマンもやる気に満ち溢れている。今までの刊行で実力をつけた雑誌編集が人材として育っているので、俺がいなくても成功するだろう。


 立ち上げメンバーはいつも以上にやる気だ。

 スルメの弟、黒ブライアンは火魔法“複写コピー”を扱う印刷部の統率者として助力してくれ、それを補佐するスギィ・ワイルドことおすぎが新人教育に力を注いでいる。もはやコバシガワ商会とワイルド家は切っても切れない縁になりつつあるな。

 コピーライターのボインちゃん、アリアナの弟フランクも、雑誌のことはまかせて、と嬉しいことを言っていた。写真家テンメイは……「我が妖精の姿をこのレンズにぃぃ」とか叫んで俺とアリアナをひたすら激写していた。あいつ、どのタイミングでもブレねえ。だが、それがいい。


 ブレないと言えばあのウサ耳事務員だ。

 ウサックスはより複雑な事務処理になりますぞ、と言って嬉しいそうにウサ耳を左右に曲げていた。あのウサ耳おっさんはすべての部署に首をつっこんで全部処理するつもりらしい。あれだけ仕事を回されてまだ余裕があるところが怖い。


 悔いがあるとすれば、自分が仕事に加われないことだ。

 あああっ、俺も新しいモデルの撮影現場見たかった! 朝から晩まで働いて疲れた身体でみんなと飲みに行きたかった! そこでまた仕事の話しちゃってさー、ああじゃないこうじゃないって言い合って笑ったりして……くうぅっ……! まあ酒飲めないけどさぁ! しかもサツキの実家、ヤナギハラ家も流通で一枚かんでくるし、いよいよ拡大待ったなしじゃん? ああ〜、仕事できないのだけが残念だ〜、マジでほんとにぃぃ。


「あの、お嬢様? 二十年漬けた酸っぱいウンメイボシを食べたようなお顔になっておりますが、大丈夫でございますか?」

「ええ、なんでもないわ。ちょっとした想像をね」

「さようでございますか。お嬢様は根っからのアイデアレディでございますからねえ」

「そうかしらね?」

「そうでございます」


 メイド服のエプロンの前で両手を合わせ、クラリスが力強くうなずいた。


「ありがとう。昨日はみんなと挨拶をしたし、あとは出発するだけね」

「いよいよ出発でございますか……。ああ、お嬢様としばしのお別れと考えるとこのクラリス、ペロリンビッグワームに丸呑みにされて溶かされていくような気分でございます」

「私も寂しいわ……あと、顔が近いわ」


 地味な魔獣でたとえ話しながら顔を急接近させるのやめてくれる?

 旅の途中で夢に出てきちゃうから。ホント。


 何を隠そう旅行の準備で一番大変だったのはオバハンメイドの説得だった。

 準備の合間でなだめて、説明して、叱ってを繰り返し、十二元素拳を教えるという約束を取り付けたところで昨晩ようやく折れてくれた。

 クラリスがコバシガワ商会とミラーズ、他店、取引貴族との折衷をしてくれないとまずいんだよ。ついてきたい気持ちは分かるし、ついてきてほしいけど、ね?


 クラリスが悔しげな顔で自分の太ももをパァンと叩いて、一歩身を引いた。なんとか自分に言い聞かせたらしい。

 そしてメイドらしい柔和な表情になると、背筋を伸ばした完璧な一礼をして静かにドアを開けた。


「お嬢様を一目見ようと正面玄関には大勢の国民が集まっております。裏口から馬車でまいりましょう。アリアナ嬢、スルメ坊ちゃま、ガルガイン様、ドビュッシー様も王宮前の広場に集合している頃でしょう」

「行きましょう」

「かしこまりました」


 自室を出てエントランスホールに向かうと父ハワード、母アメリア、美人姉三人のエドウィーナ、エリザベス、エイミーとゴールデン家使用人が勢揃いしており、ゴールデン家伝統の出陣式、金の玉をぶつけるという例のアレをやり、見送ってくれた。


 父ハワードが軍装に身を包んだ姿でエリィの肩に手を置き、泣きそうになるも、ぐっとこらえて笑顔を作った。


「いいかいエリィ。自分の命を大切にしなさい。負けそうになったら逃げるんだ。生きていればリベンジもできる、己を研鑽することもできる、また、こうして家族と話すこともできる。だが、死んでしまったらなんにもならない……。エリィの笑顔をどれだけの人が大切にしているか、わかっているかい?」

「はい、わかっております」

「生きて帰ってきてくれ……それ以外は何もいらないよ」

「はい……お父様」


 エリィが噛みしめるようにしてうなずくと、ゴールデン家特有の垂れ目が細められ、ハワードがエリィの頭をなでた。

 母アメリア、長女エドウィーナ、次女エリザベス、三女エイミーが今にも飛び出してきたそうな顔をしているが、出陣式ということもあってか涙を堪えてハンカチで目元を押さえている。


 しばらく父ハワードはエリィの頭をなで、やがて振り切るようにして手を話して背をまっすぐにすると、声を張り上げた。


「吉報を待っている! 行きなさい、エリィ!」

「はい! 行ってきます!」


 俺とエリィは涙を流さないよう、元気に返事をした。



      ◯



 グレイフナー大通りから一本裏道を進み、王宮前広場に到着した。

 出陣する騎士団を見送ろうと、周囲は国民でごった返している。関係者用に交通整理をしてくれていなかったらとてもじゃないがたどり着けない。


「まあ、すごいわね」


 最強魔法騎士団シールド、第一騎士団が勢揃いしており、壮観な眺めだった。馬車を降りると鎧に光が反射してきらりと目の前が輝く。一般人が入らないように警ら隊がロープを引いて広場への道を作っていた。


「お嬢様、お進みください」

「あらごめんなさい」


 振り返ると後ろから続々と馬車がやってきて、貴族や軍の関係者が下車して道を進んでいく。

 あまり立ち止まっていると迷惑になるな。

 有名人が見たいのか、ロープ際にいる野次馬がやいのやいのと罵声やら歓声を上げて押し合っていた。


「バリー、行ってくるわね。お家のこと頼んだわよ」


 コック姿で御者席に座っている強面のおっさんはエリィの声を聞いて、一瞬で涙腺を崩壊させた。いやすごい早業だよそれ? もはやイリュージョンって言ってもいいよ?


「お任せください! 不肖バリー、コックとしての責務を見事果たしてみせましょう!」

「あなた、何を大げさに言っているの。ささ、お嬢様は行くんですから早く馬車を移動させなさい」


 クラリスがため息をつきながら旦那のバリーに言った。


「あと五分だけ! 頼む! 後生だから五分だけお嬢様のお姿をこの目に焼き付けさせてくれ!」

「後ろが詰まっているんだからあきらめなさい」

「十分でいい! 頼むっ!」

「増えてるじゃないのっ! 出陣前に今にも切腹しそうなその思いつめた顔をおやめなさい! あなたの顔でそんな顔すると不吉なのよ! お嬢様本当に申し訳ございません」

「おどうだばぁぁぁっ! どうがごぶでぃでぇぇぇ!」


 バリーは死地に向かう親分を見守るかのような、情けない顔でずびずば泣いた。

 クラリスが業を煮やして手綱を握りしめ、馬の尻を叩くと、ヒヒーンと馬がいなないて馬車が急発進した。


「おどうだばっ! おどうだばぁぁぁぁぁぁっ!」


 バリーの乗る馬車が離れていく。


「バリーッ! 元気で! 早く帰ってくるからねぇぇっ!」


 俺とエリィが手を振ると、バリーは前も見ず必死に手を振り返して、路地へと吸い込まれていった。改めて思うがノールック御者の技術がすげえ。


「まったく……。うちの旦那が申し訳ありません」

「いいのよ。あれくらいじゃないとバリーらしくないわ」


 クラリスが促してくるので後ろの邪魔にならないよう、すぐに歩き始めた。

 警ら隊の持つロープが近づいてくると、警備している隊員が俺の姿をみとめて「エリィ・ゴールデン嬢! 行ってらっしゃいませ!」と敬礼してくる。どうやらエリィの姿は有名になっているらしい。


 それに気づいた国民が「女神ぃ!」「エリィちゃんキターッ!」「可愛い、可愛すぎる!」「頑張って〜!」「伝説を作れーー!」「サンダァボルッッッ」など旗を振ってエールを送ってくれた。

 笑顔でそれに応えて進んでいると、ロープ際を確保しようとせめぎ合っている制服姿の面々を見つけ、思わず声を上げてしまった。


「ジェニピー! ハーベストちゃん!」


 クラスで初めてできた友達の二人がこちらに手を振っていた。

 駆け寄ると、すぐさま彼女たちが歓声を上げる。よく見ればハゲ神ことハルシューゲ先生、クラスメイト、ファンクラブの面々もいた。


「エリィさん。この度はご出陣誠におめでとうございます」

「エリィちゃん!」


 赤毛ソバージュのジェニピーがお嬢様らしくきっちりと挨拶をし、ハーベストちゃんが両手をぎゅっと握ってきた。


「落雷魔法が使えることを隠しててごめんね」


 おお、エリィが勝手にしゃべった。しばらく任せてみるか。


「いいんですのよ。わたくしだって同じ立場だったら秘匿していたと思いますわ」

「私だったら自慢しちゃうよ〜。黙ってたエリィちゃんエラい!」


 ジェニピーはばっさばっさと髪を跳ね上げ、ハーベストちゃんは丸顔を赤らめて笑う。

 エリィが笑顔になってジェニピーへ手を伸ばすと、自然と三人で手を握り合う格好になった。


 ジェニピーとハーベストちゃんはずっとエリィと友達になりたいと思っていた女子で、エリィへの並々ならぬ想いがあるのか目を赤らめてじっとエリィを見つめている。

 エリィも同じ気持ちなのか、心臓の鼓動は速くなっている気がした。


「私……悪い人を懲らしめてすぐに帰ってくるからね。それまで待っててね。また一緒にランチを食べて、放課後に洋服を見に行こうね?」

「エリィさん……」

「エリィちゃん……」


 エリィの言った言葉に、ジェニピーとハーベストちゃんは本当にエリィが戦場へと向かうんだと理解したのか、心配そうな顔を作った。そんな自分の顔に気づき、二人はあわてて笑顔を作ろうとして、泣いているような笑っているような顔つきになった。


 俺達が何も言わずにいると、ハルシューゲ先生がうんうんとうなずいた。


「エリィ君、くれぐれも気をつけてね。私達は皆、君の帰りを待っているよ」


 そう言われて顔を上げれば、クラスメイトの三十数名が口々に「がんばれ」とか「風邪引くなよ」とか「ぶちかましてこい」など思い思いに言って励ましてくれる。学友の安否を心配している心情がいやでも見て取れ、なんだか胸の内から勇気のような熱いものが湧き上がってきた。


 さらには洗熊族のザッキー会長率いるファンクラブのメンバーも「エリィちゃぁぁん」「頑張れ、頑張れッ」「行かないでほしいけどいってらっしゃいぃぃ」「ひぐっ、ひぐっ」など激励したり泣いたりと十人十色だ。ファンクラブはエリィとお近づきになりたい男子学生の防波堤になっているため、実は結構感謝している。告白されるとエリィはいちいち律儀に対応したがるから、正直ありがたい存在だ。三点倒立している男子生徒は何をしたいのかちょっとわからない。


「みんな、ありがとう……」


 エリィが柔らかく微笑んで少し首をかしげた。


「それではエリィさん……」

「行かないと、だね」


 ジェニピーとハーベストちゃんが俺から手を離した。


「また、学校で会いましょう」


 エリィは寂しさを含んだ声で言い、名残惜しげに足を広場へ向けた。


 そのときだった。ハルシューゲ先生が杖を取り出して空へと掲げ、クラスメイトに向かって「杖、構え!」と叫んだ。

 ジェニピー、ハーベストちゃん、クラスメイト三十数名が返事をし、一斉に杖を掲げた。

 グレイフナー魔法学校の制服に包まれた腕が綺麗な角度で上がり、周囲からおおお、と歓声が上がる。


「全員、ありったけの魔力を込めて――“治癒ヒール”!!」


 ――“治癒ヒール”!!!!!!


 エリィの身体を約四十人分の光魔法“治癒ヒール”が包み込む。

 ぶわりと身体が淡く発光し、回復魔法ならではの温かさが何重にもなって全身を巡って、みんなの応援する気持ちや心配する感情が感じられたような気がした。


「光魔法クラス四年生一同、エリィ君の武運を祈る!」


 ハゲ神がハゲ頭を輝かせて見得を切ると、ファンクラブ、周囲の野次馬から熱い拍手が送られた。


「ありがとう! みんな、ありがとう!」


 まったくもって粋な激励だな!

 こっちも何かお返しするしかないな。ふふ……どっちか選んでもらうか。


「私からもみんなが無事に日々を送れるようにお返しがしたいわ。浄化魔法と落雷魔法、どちらがいいかしら?」


 するとほぼノータイムで周囲から「落雷魔法で!」と熱い声が上がったので、一気に魔力を循環させて、魔法を唱えた。


「いくわよ〜、“電地面アースボルト”!」


 ダン、と足を踏み鳴らして範囲魔法“電地面アースボルト”を行使する。バチバチと電流が半径二十メートルに展開され、地面から突き上がった。


「アバババババ」「しびびびびびれれれれ」「こここれれれががが」「らくらくらくらいいいぃぃぃ」「刺激てきてきてきてきっ」「しゅごごごごごいいいいい」「毛根にきているるるるるる気がするうぅぅぅっ!」「はわわわわわわわわわっ!」


 範囲内にいた人達が嬉しげに感電するというちょっとあぶない絵面だが、エリィが楽しそうだからよしとしよう。微弱な電流だから痛風とかリウマチに効くかもしれん。よくわからんけど。あ、毛根には効かないと思う。


「みんな、ありがとう! ありがとう!」


 今度こそ別れを告げて、手を振りながら集合場所へ進んだ。

 みんなの声を背に受け、エリィが何度も振り返り、また手を振った。一生懸命に応えようとするエリィがなんだか可愛らしい。


 クラリス先導のもと、警ら隊の警備する道を歩く。


 王宮前の広場に入ると空気が一変した。

 整然と整列した魔法騎士団が点呼を取ったり、部隊ごとに伝達事項を伝えたりと、出陣前の緊張感が漂っていた。熱を帯びた中に、鉄の規律で守られているであろう独特のどっしりした雰囲気があり、身が引き締まった。


「落雷魔法使い、ゴールデン家四女エリィ・ゴールデン、参上いたしました」


 優雅にレディの礼を取ると、点呼を取る第一騎士団の団員が素早く敬礼して「皆様、あちらにお集まりです」と顔を向けた。

 礼を言って騎士団の整列する奥へと進んでいく。

 ミスリルや銀プレートの眩しい隊列を通過すると、皆、エリィに向かって敬礼してくれる。

 エリィが笑顔で「ありがとう。ご苦労さまです」と団員の目を見て進むもんだから、クラリスが苦笑した。


 物資を運ぶ輜重車が並ぶ中に、ひときわ頑丈そうな三頭立ての馬車があった。

 窓から愛しのプリティ狐ガールがこちらを見ており、ちょっぴり微笑んで控えめに手を振ってくる。こちらも手を振り返し、いよいよクラリスへと向き直った。


「クラリス……」


 エリィが勝手にクラリスを抱きしめた。

 メイド服からは洗いたての香りがして、親戚の優しい叔母のことをふいに思い出した。抱いた手を、離し難く感じた。

 しばらくお互いの体温を感じ、どちらからともなく離して笑顔を交換する。


「お嬢様、お身体にはお気をつけくださいまし。寝る前には必ず歯磨きをして、お腹が冷えないようにしっかりと毛布をかけてください」

「ふふっ。クラリス、子どもじゃないのよ」

「そうでしたね。お嬢様は立派なレディでございました」

「どうしたの。今生の別れじゃないんだから、そんな顔をしないでちょうだい」


 クラリスは顔を皺くちゃにして泣くのを堪えていた。背筋を伸ばして懸命に姿勢を維持しているのが痛々しい。


「どうしても、ご一緒しては……ダメでしょうか……?」

「ダメよ。何度も言ったでしょう?」

「…………さようでございますね」


 自衛手段がないクラリスに潜入任務は危険だ。ついてきてほしが、彼女の身を考えるとグレイフナーに残留してもらうのがベストだろう。それに、領地経営や政治的なやり取りに精通しているクラリスがいれば、コバシガワ商会が破綻することはまずない。彼女もそれについては十二分に理解しているが、どうしても気持ちを抑えきれないようだ。


 クラリスは何度か深呼吸をすると、両手をしっかりとメイド服の前で合わせて、真剣な表情を作った。


「いってらっしゃいませ、お嬢様。ご武運をお祈りしております」


 彼女は綺麗なお辞儀をし、腰を折ったまま顔を上げなかった。

 クラリスは微かに肩を震わせている。

 出陣前に涙は不要。そう言っていたクラリスに、頭を下げて泣いているのを指摘するのは無粋だろう。


「いってくるわ!」


 精一杯、張り切った声をクラリスにかけて、馬車に乗り込んだ。



     ◯



「やっぱり私が最後だったのね。みんな、おまたせ」


 馬車内にはアリアナ、ポカじい、スルメ、ガルガイン、ついでの亜麻クソが集合していた。


「うっす」

「遅かったな」


 スルメがしゃくれ顔で軽く手を上げ、ガルガインがひげをさすりながら特に気にしたふうもなく言った。


「エリィは人気者だから仕方ない…」

「そんなことないわよ。私にとってはアリアナが一番人気よ」


 ちょっと寂しげに目を伏せるアリアナの隣に腰を下ろし、狐耳をもふもふと撫でる。ここ三日間、コバシガワ商会とミラーズの引き継ぎ等であまりアリアナと一緒にいなかった。抱きしめるようにして狐耳を堪能すると、アリアナが長いまつ毛を震わせて、「ん…」と満足げに唸ったので、手を離した。


「まったくエリィ嬢、君ってレディは合宿リィダァであるこのぶぉくを差し置いてクラスメイトにあのような羨ましい出陣祝いをされるとはね」


 亜麻クソがふっ、ふっと前髪を吹き上げながら窓の外へズビシィと指を向けた。


「あとアリアナ嬢の隣はぶぉくの席だよ! 代わってくれたまへっ!」


 フォワサファと効果音が鳴りそうな仕草で前髪をかき上げて、俺の座る席を指差す亜麻クソ。

 それを見たアリアナは「やだ」と辛辣に言った。


「はぁうっ! またしてもフラれてブロークンッ」


 亜麻クソが大げさに胸を両手で押さえて仰け反る。

 それを見ていたスルメとガルガインが大笑いして、自分の太ももをバシバシ叩きながら「何度見てもおもしれぇ〜」とひいひい言って、てめえはこっちに座れと空いている席を顎でしゃくった。

 チャンスはこの命が絶えるまであるっ、と亜麻クソは訳のわからないポジティブさを見せて俺達の対面へ腰を下ろした。アリアナは鉄壁の無表情だ。


 ちなみに馬車内は対面式で真ん中にテーブルがあり、ざっと八人は座れそうな広さだ。後部には荷物を積めるようにスペースが確保されている。角に座っているためアリアナの隣に座れるのは一人だけだった。


「ポカじい、道中も稽古よろしくね」


 入り口に近い席に座って、窓の外を眺めているポカじいに声をかけておく。

 じいさんは、うむ、とこちらを見ずにうなずいて窓の外へと釘付けになっていた。


「ポカじい、さっきからあの調子なんだよ…?」

「ふぅん……何かおかしいわね」


 いつもと違う態度に違和感を覚えてつぶやくと、ポカじいの肩がびくりと震えた。


 素早く身体強化をかけてポカじいの首をこちらに強引に向ける。

 じいさんの両目が魔法の効果か白目が金色、黒目が真っ白に変色していた。窓の外を見れば、第一騎士団の女性のみで編成されたヴァルキリー部隊と呼ばれる白魔法を得意とした治療チームがおり、皆、見目麗しいレディで、ズボン越しの尻が張り出している。


 じいさんはすぐに魔法を解いて普段の目に戻ったが、エリィに睨まれて冷や汗をだらだら流した。


「ポ・カ・じ・い?」

「な……なんじゃね?」

「今の魔法って透視魔法の魔眼シリーズよねぇ?」

「そんなことはないぞい」

「どこを見ていたのかしら?」

「う、うむ! 見事な陣張りだと思うて感心しておったところじゃ! さすが武の王国グレイフナーよ!」

「陣張りを見るのに透視魔法は必要ないわよね? 陣張りじゃなくてヴァルキリー部隊のお尻の張りを見ていたのよね? どうなの? ねえ?」


 エリィが静電気でツインテールを揺らし、アリアナが「スケベ、最低…」と軽蔑の声を上げる。


「違うのじゃ! 魔がっ、魔が刺したのじゃ! いや、尻が刺したのじゃ!」

「透視魔法は禁止って言ったでしょ……?」

「そう言うてもじゃ! あのように鍛えられたピッチピチの尻を集団で見てしもうたら尻ニストとしてどうしてもやらねばならんという熱い情動にのう! そう、これは情熱なのじゃ! まごうことなき」

「“電打エレキトリック”!!」

「じょうねつねつねつねつねつねつねつねつねつねつねつツツツツツツッツタタタタタタタタタいいいいいいいいぃぃぃぃっ、りくっ!!」


 ポカじいは駆け巡る電流に身体を跳ねさせて、どこぞの未開拓現地人のように真っ黒になって、ひいぃぃ、と小さい悲鳴を上げながら床に転がり落ちた。まったく、透視魔法でレディのパンツを覗くとはいただけない。


「透視魔法は緊急事態以外禁止! いいわね?!」

「……………………ふぁい」


 アフロヘアーになったスケベじじいは口から煙を吐いた。

 出発前からこの調子とは先が思いやられる。


「相変わらずの威力だぜ……」

「だな……」

「ぼ、ぼくは怖くないけどね? ふっ、ふっ」


 スルメ、ガルガイン、亜麻クソが顔をひきつらせて苦笑いした。

 アリアナは当然の報いだと思っているのかこくこくと首を縦に振っている。


 そうこうしているうちに数秒でじいさんが復活したので、真剣な話題を振ろうと姿勢を正すと、馬車のドアがノックで揺れた。


「失礼いたします。筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバード様がお見えになりました」

「まあ。開けてちょうだい」

「かしこまりました」


 御者の兵士がドアを開けると、身長二メートルのボディビルダー魔法使いが頭を低くして車内に乗り込んできた。重みで馬車がぎしりと音を立てる。着ているローブは筋肉ではちきれんばかりに盛り上がっていた。


「揃っているようだな」


 リンゴ・ジャララバードが職業軍人らしい鋭い視線を車内に滑らすと、手前の空いている席に腰を下ろした。スルメ、ガルガイン、亜麻クソは間近で見る王国最強の魔法使いに緊張し、邪魔にならないように席をつめた。


「砂漠の賢者殿が推薦するのが、この男子生徒三名ですな?」

「そうじゃ」


 リンゴ・ジャララバードがアフロヘアーになっているポカじいの頭に眉をひそめるも、返答にうなずいた。


「賢者殿のアドバイスとあれば、こちらは全面的に支援する腹づもりです」

「それがええじゃろう」

「理由をお聞かせ願えますか?」


 スルメ達が潜入部隊に入ることは参謀本部が承諾している。リンゴ・ジャララバードの質問は、自分の目で見定めるための方便だろう。


「スルメはいい剣士になる。ガルガインはいい鍛冶師になる。キザな貴族の子息は何かの役に立つじゃろう」

「……」


 ポカじいの言葉に、リンゴは大胸筋を跳ねさせ、スルメ、ガルガイン、亜麻クソの順に視線をずらしていく。スルメ達は背筋を伸ばして目を見開き、前方を見つめた。


「承知した」


 リンゴが納得して威圧感を解くと、スルメ達は息を吐いて肩の力を抜いた。


「では、本題に入ろう」


 そう言いつつ、リンゴは持っていた麻袋をテーブルに置き、中に入っている道具を取り出した。

 トランプサイズのカード、茶封筒、縁無しメガネ、首輪、液体の入った瓶、コンパクトミラーらしき物体が広げられる。


「セラー神国の偽造市民カードだ。各自相違ないか確認しろ」


 ポカじい、アリアナと手渡しで回ってきたトランプサイズのカードを確認する。

 銀素材のようなものでできたカードには、


『名前/エリィ・オリエンタル

 性別/女

 年齢/16歳

 出身/ホッドシティ

 適性魔法/光

 市民カード期限/残120日』

 と書かれている。


 特殊な加工がなされているのか、うっすら魔力が流れていた。

 名字がオリエンタル……誰のセンスよ?

 全員、偽造市民カードを受け取って興味深げに眺めていた。スルメだけは非常に不服そうな顔をしているが、大方、名前がスルメなんだろう。


「絶対に敵の手に渡らないようにしろ。通常のセキュリティなら突破できるが、特殊な魔導具で解析されると偽造が露見する」


 なるほど。それはまずいな。


「次に封筒を配る。中には偽の経歴、セラー神国の習慣、地理、歴史、常識が詳しく書かれている。到着までに頭に叩き込め。覚えた後、すみやかに燃やせ」


 リンゴ・ジャララバードがテーブルに分厚い封筒を滑らせた。

 軽く開けて中を見ると、相当量の資料が入っていた。敵国に潜入するんだからこれくらいは覚悟していたが、大きなプロジェクトの概要ばりの分量だ。これは道中のんびりしているわけにも行かなくなった。

 スルメ、ガルガインは資料を見て顔をしかめている。亜麻クソは「余裕だよ」と小声で言って髪をかき上げていた。こいつが何かの役に立つとはまったく思えない。


「エリィ・ゴールデンにはこのメガネの着用してもらう」

「メガネ?」

「ああ、そうだ。これはグレイフナー王国が所持する数少ない古代アーティファクトだ」

「まあ……!」

「認識阻害の魔導具で、仮におまえを見たことがある者でも別人だと勘違いする」


 リンゴ・ジャララバードがメガネをこちらに渡し、興味があるのかアリアナが覗き込んでくる。

 見たところ普通のメガネにしか見えない。


「どういうこと?」

「万が一、顔を知る者がセラー神国にいた場合でも、似ていると勘違いをしておまえをエリィ・ゴールデンと認識することができない。確実に“気のせいだ”と思わせるアーティファクトだ」

「このメガネをかけていると、みんなにも私が私じゃなく見えるってことかしら?」

「いや、そのメガネの効果を知る者は該当しない」

「じゃあメガネをかけて変装しているって知られたらまずいんじゃないの?」

「正確に効果を知り得ない限りは露見しない。魔導研究所で十年間研究している。その点は問題ない」


 メガネが認識阻害をする。そして効果を知られない限り着用者は着用者と認識されない――そういうことか。

 この場にいるメンツにはエリィだと認識されるが、メガネの効果を知らないエイミーやクラリスに見られても他人だと思われる、ってことだよな? めっちゃすごいじゃん、コレ。


 魔闘会のあとすぐにセラー神国関係者は片っ端から捕縛し、帰国させないようにしている。エリィの顔を知っている人間はセラー神国にそこまでいないだろう。露見するとしても、俺がモデルをしているEimyを所持している者ぐらいか。

 何より、このメガネをかけていればエリィ・ゴールデンとバレることは早々ない。


「複合魔法使いであるゼノ・セラーに通用するかはわからん。十分に配慮しろ」

「わかったわ」

「次に、アリアナ・グランティーノにはこれをつけてもらう」


 リンゴが白い首輪をアリアナに手渡した。


「セラー神国は人族至上主義だ。獣人族であるアリアナ・グランティーノがそのままの姿で入国すれば間違いなく迫害される。ただし、エリィ・ゴールデンの従者ということにしておけば、その限りではない。従者の証明が首輪だ」

「私……エリィの物になっちゃう…?」


 首輪を持ったまま上目遣いでそんなセリフ言われると、十八禁の放送コードに引っかかりそうだ。とりあえず狐耳をもふもふしておいて、「潜入の間だけね?」と言っておく。


「わかった…」


 嫌がるところなのに、少し嬉しそうなアリアナに「なんで?」と理由を聞く勇気はない。


「了承に感謝する。本来であればこんな真似はしたくないんだがな」

「いい、問題ない…」


 リンゴはアリアナの力強い承諾に大胸筋をぴくりと跳ねさせ、液体の入った瓶をテーブル中央に置いた。


「セラー神国での一般服はすべて白で統一されている。潜入用の白色の服は入れてあるが、今の装備のまま入国したいのであれば脱色剤で真っ白にしてくれ」

「なんてこと……服が白だけですって……?」


 いつでもどこでもホワイトパーティーってことかよ。晴れた日中なんかは目が痛くなりそうだな。おしゃれなんて全然できない。


「ああ、セラー教の教えらしい」


 スルメ達、アリアナ、ポカじいは大して気にしていないのか、黙ってうなずいている。


「最後になるが、これはエリィ・ゴールデンに渡しておく」

「これは?」

「魔導具だ。開けてみろ」


 コンパクトミラーらしき木製の外装をした魔導具を開ける。

 中には超小型の魔法陣が複雑に刻まれており、原動力になっているのか魔力結晶が数個埋め込まれていた。

 何も起きないのでしばらく待っていると、魔力結晶がピカピカと発光した。


『……リィ…………エリィ……?』

「その声……エリザベスお姉様?!」


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