写真はイメージ=PIXTA筧家の秋の夜。ダイニングテーブルでは幸子と良男と恵がお茶を飲みながら、「定年後のお金」の話を続けています。定年を迎える昔の上司の送別会に出席して帰宅した恵は、上司が退職後に健康保険をどうしたらいいか迷っていたという話を持ち出しました。
筧(かけい)家の家族構成
筧幸子(48)良男の妻。ファイナンシャルプランナーの資格を持つ。
筧良男(52)機械メーカー勤務。家計や資産運用は基本的に妻任せ。
筧恵(25)娘。旅行会社に勤める社会人3年目。
筧満(15)息子。投資を勉強しながらジュニアNISAで運用中。
良男 退職すると会社の健康保険から脱退するんだろ? 国民健康保険は保険料が高いといわれているので心配だよ。
幸子 必ずしも国保に加入しなきゃいけないわけではないの。最近はいったん退職しても、雇用延長で同じ会社で働き続ける人が多いでしょ。その場合は、引き続き会社の健保に加入できるわ。
恵 どういうこと?
幸子 フルタイムの社員と同じような働き方をする雇用延長なら、会社の健保に継続加入できるのよ。いったん脱退して同じ日に再加入する形をとるの。雇用延長だと給与は下がることが多いから、保険料は新しい給与水準に基づいた額になるわ。会社と折半して負担するのは従来通りよ。
良男 雇用延長でもパートタイムのように、勤務は週3日とかの短時間勤務になる人はどうなるんだい?
幸子 健保に加入するには、週の労働時間とひと月の労働日数がフルタイムの4分の3以上であることが必要なの。2016年からは501人以上の従業員の会社であれば、労働時間が週20時間以上、月額賃金が8.8万円以上などの条件を満たせば健保に加入できるようになった。週3日勤務でもこの条件を満たせば、会社の健保に加入できるわ。
恵 じゃあフリーランスで働く人は?
幸子 退職後は働かない人とか、フリーランスで働くという人は、健康保険についていくつか選択肢があるの。国保に加入するか、勤めていた会社の健保の「任意継続被保険者」になる。ほかにも、家族に恵のような会社員がいるなら、家族の会社の健保に被扶養者として加入できるわ。
良男 俺が恵の扶養に? それはちょっとなあ。
幸子 被扶養者となるには年収が130万円未満(60歳以上などの場合は180万円未満)で扶養者の収入の半分未満といった条件を満たさないといけないの。収入には公的年金や失業給付なども含まれるわ。社会保険労務士の中村恭章さんは「多くの人は国保か任意継続のどちらかを選ぶ」と言っていたわ。
恵 さっきから出ている任意継続ってのは何なの?
幸子 会社を退職した後も引き続き健保に加入できるの。フルタイムで働かなくても、2年間は任意で加入できる制度よ。退職から20日以内に自分で手続きをする必要があるし、保険料は全額自己負担になるわ。
恵 それはきついね。
幸子 でも、年収が少ない配偶者は健保の扶養に入れられるし、医療費が多額になったときに受けられる健保独自の「付加給付」も受けられるわ。
良男 国保と任意継続の保険料の比較が知りたいな。
幸子 まず、任意継続の場合の保険料の計算方法を説明するわね。任意継続は退職時の標準報酬月額で計算するのが基本。標準報酬月額というのは、所定給与に残業代や交通費などを加えたもので、基本的には月給と考えていいわ。退職時は高給の人もいるから、その場合は健保が独自に定めた決まりに従うの。中小企業などが加入する協会けんぽの場合、直近の給与水準が高くても、標準報酬月額は上限30万円で計算するの。
恵 国保はどう計算するの?
幸子 国保の保険料は、医療サービス費を賄う「医療分」、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度への「支援分」、40歳以上の人は介護保険の保険料に当たる「介護分」の3つで構成するの。それぞれ世帯の所得に応じて負担する「所得割」、人数に応じて負担する「均等割」があるのが一般的よ。中には世帯にかかる「世帯割」や、保有する固定資産に応じて負担する「資産割」などを加える自治体もあるみたい。
恵 国保の均等割は人数分の負担が必要なのよね。
幸子 そう。東京都の60歳のモデル賃金である年収660万円の夫婦世帯の保険料を社会保険労務士の井上大輔さんに試算してもらったの。まず任意継続の保険料は、標準報酬月額の上限である30万円で計算すると約42万円ね。国保は給与所得474万円から基礎控除額33万円を引いた441万円に、先ほどの医療分、支援分、介護分のそれぞれの保険料率(合計11.25%)を掛けて、所得割の金額を出すの。さらに3つの均等割(合計6万7800円)を人数分加えると、年間保険料は約63万円になるわ。
良男 同じ所得でも約21万円違うのか。任意継続を選ぶ方が有利ということか。
幸子 国保は前年の所得で保険料を計算するので、退職初年度は特に保険料が高額になりがちよ。この試算では東京都世田谷区の例を挙げたけど、市区町村ごとに保険料率と均等割の金額は違うの。ニッセイ基礎研究所の篠原拓也上席研究員は「全国の市区町村で3割ぐらいの差がある」と話しているわ。迷うなら健保と住んでいる自治体でそれぞれ保険料を見積もってもらうといいわ。妻に収入があるときは、その情報も持参しないと正確な保険料が計算できないので気をつけたいわね。
■任意継続、前納で保険料安く
社会保険労務士 井上大輔さん
退職後、勤務先の健康保険に任意継続で加入するなら、早めの手続きをお勧めします。20日以内に手続きが必要ですが、これは休日も含めた日程ですので注意しましょう。
会社員のときは給与天引きでしたが、任意継続では保険料を毎月、自分で納付します。払い忘れると、自動的に資格喪失となってしまいます。保険料は6カ月分または12カ月分を前納できます。前納だと4%の割引を受けられますので、加入し続けるつもりなら検討してもよいでしょう。
任意継続でも専業主婦の妻を扶養に入れることができますので、妻の分の保険料負担はありません。ただし、妻が60歳未満なら国民年金の3号被保険者から1号被保険者に変更となり、60歳まで国民年金保険料を支払うことになります。(聞き手は川鍋直彦)
[日本経済新聞夕刊2019年10月9日付]
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