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(知恵)かわいそうに…。
うん?
意識なくても鼻毛って伸びるのね。
抜いてあげるね… んっ!
(五りん)師匠 お酒買ってきました!
ちーちゃん…。
(志ん生)遅いよ。 待ち疲れしちゃったよ。酒 買ってきたか?
はい!ちょっと 何…?鍵 閉めろ 鍵。
あっ…。カーテン カーテン。はい。
どういうこと?いや… もう元気なの。
だけど おかあさんや ねえさんにはないしょ。
え~ 何で?酒飲みてえからじゃねえか。
師匠 一級酒って これですか?これ お前… ウォッカじゃねえか!
これは駄目だよ。 俺は これで昔ひどい目に遭ったんだから 満州で。
満州? えっ おじいちゃん満州行ったことあるの?
あるよ。えっ? いや あっ…。
えっ?ちーちゃんその話 僕 何回もしてるよね?
あの ほら… ほらほら… これこれ。
(知恵)アハハハ… これね。
あれな戦争が終わる3か月前ぐらいの頃だな。
(孝蔵)満州ねえ…。
(席亭)ひとつきばかりの予定で 慰問に行って頂けませんかね?
志ん生 圓生 2人の名人に来てほしいってんですよ。
(圓生)私は ようがすよ。
空襲で寄席も駄目だしこんな格好じゃ 気分が乗らねえでげす。
満州なら 廓噺もやり放題だしこっちの方も…。あっ 行く行く。 行きます。 行くでげす。
(ラジオ)「大本営発表…」。
また 梅干し~?「また」とか言わないの。
だって お芋とかが食べたいんだよ。お芋は 今 食べれないの。
かあちゃん…。(清)母ちゃん…。
(おりん)何です?お先にどうぞ。
(清)僕 少年飛行兵に志願するよ。
(おりん)志願って清 この間 父ちゃんに弟子入りしたばっかりじゃないか。
だけど 日本が世界中を相手に戦争してる時に…。
俺は反対だな。 呼ばれてもねえのに兵隊さん行くなんざ 人がよすぎだ。
やめとけ やめとけ。でも…!
「でも」じゃねえよ。師匠の言うこと聞けねえのか この野郎。
…で おとうちゃんは?
僕 中年飛行兵に志願するよ。
プッ… ハハハハハハ!うそうそ うそうそ。
うん うん…ちょっくら満州行ってくるわ。
満州?慰問。 向こう 空襲がねえっていうからよ。
あっ 仕事も いくらでもある…。酒が飲めるからだろ!
女房 子ども置き去りにして自分だけ安全な場所に逃げるんだね。
たかだか1か月だぜ? ああ 満州行って兵隊さん慰問して がっぽ…。
(美津子)行かせてあげようよ。
だって お父ちゃんいても ちっとも頼りにならないもん。
(喜美子)そうね。 空襲警報 鳴ると真っ先に逃げちゃうし。
そんなことねえだろう!(強次)お父ちゃんは意気地なしだ。
そうだね~ よく言った。
何だ てめえら一体 誰の稼ぎで飯食って…。
(空襲警報)
わっ!どけ おめえら! どけ!
(半鐘の音)
行っといでよ お父ちゃん。住むとこは なんとかする。
そうよ! 私たちならどうやっても生きていけるんだから。
父ちゃん 満州で好きなだけ飲んできなよ。
行っといで。
達者でね。
(志ん生)<そんなわけで酒飲みたさに満州に行ったんだ。最初に着いたのはな 大連という街でな日本と全然違って 空襲もねえし戦時中ってのが信じられないくらいみんな のんきに暮らしてやがった>
「…っと 火事だ 火事だ 火事だ 火事だ火事だい! どけ どけ どけ!邪魔だ 邪魔だ 邪魔だ~い!」。(笑い声)
(志ん生)<初めのうちは極楽だったよ。軍隊の慰問と日本人相手の興行どこに行っても大ウケで>
ひとつきって約束だったが気が付いたら ふたつき たってたよ。
あのころは日本が負けるなんて誰も思ってなかったもんね~。
えっ? あのころ?えっ ちーちゃん 記憶あるの?
えっ いたの? 満州に?…で どうなの? おじいちゃん。
会ったことあるの?ほら 五りんのお父さんと。
変なのがな… 訪ねてきたことはあったな。
確か 大連だったかな?
(物売りの声)
アッ!はあ… 邪魔なんだよ。
シエシエ… シエシエ 兵隊さん…。
シエシエ…。
あ~。あにさん。
おう 松っちゃんどうだい? 一杯やってかないかい?
あにさんに お客人ですよ。お客?
♪~
「よ~うっ!」(鼓の音)
♪~
♪~
♪~
♪~
「よ~うっ!」(拍子木の音)
随分と若いね。 学徒出陣かい?
(勝)はい。 去年から 関東軍に配属されて満州各地の警備の任に就いておりました。
へえ~。ばってん 部隊ごと沖縄に配置換えになるとか。
…で 何です? あたしに用ってのは。
色男ですな~。あんたほどじゃないよ。
芸のことはいっちょん分からんばってんおなごの特徴ば よう捉えとりましたな~。
「やきもちを やかせるんじゃないよ。間夫は勤めの憂さ晴らし」。
どうも。それに引き換え こっちん人は…。
「え~い 火事だ 火事だ 火事だ 火事だ火事だい! どけどけ どけどけ!邪魔だ 邪魔だ 邪魔だい!」。
せからしか!ガッチャガチャしとって聞きづらか!
そもそも あぎゃん走り方では1里も走れんばい。
長距離は もっと ぎゃん 上体ばそらしてぎゃん 顎ば引いてこぎゃんです… ええ こぎゃんです。
あと 呼吸法もなっとらん。2つずつスッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ。
しゃべる時は 立ち止まってしゃべる。終わったら 走ればよか。
まっ 詳しくは これば読むとです。
それを言うために わざわざ来たのかい?
そぎゃんです。
何だ この野郎! 表出ろ!「ランニング」ば…。
ぶっ殺してやる!ばっ! ちょ… ちょっと… 俺はもっと 走り方ば…。うるせえ!あと歩幅ば…。
うるせえ! 出てけ この野郎!沖縄でもどこでも行っちまえ この野郎!
何だ ありゃ!
あにさん… 沖縄はじきに陥落するって うわさでげすよ。
えっ… そうなの?
(志ん生)<そのあと 奉天って街へ行ったんだがそこで 放送局から来た若い社員の世話になってなこいつが芸人顔負けの 歌も歌えりゃ話もうまい 芸達者な男でなこいつが 後の…>
やっぱ あんた うまいね うん…。いやいや。
名前 何だっけ?ちょっと!
森繁ですよ。 森繁久彌。あっ そうだ! 繁さん。
なあ 繁さん…。(森繁)うん?
いい加減 帰りてえんだが船は いつ来るんだい?
それなんですがね…船の燃料が足りねえそうで。
う~ん どうりで 最近日本のお酒が手に入らないわけだ。
ひとつきって話が もう みつきだ。どうなってんだ? 日本は。
(せきばらい)ちょいと… ちょい ちょい ちょい…。
ついに沖縄の日本軍は全滅したそうですよ。
えっ えっ…するってえと この間の若え兵隊さんも…。
おだぶつでしょうな。
(森繁)アメリカだけじゃないですよ。
ソビエト軍が中立条約を破って北から日本に攻め込むってうわさもある。
そうなるとここは ソビエトの真下だから…。
ここが 最前線ってことになります。
(志ん生)<それでも まだ「神風日本が戦争に負けるわけはねえや」なんて思っていたがそれから しばらくして広島と長崎に変なもんが落っこったってうわさが流れたんだ>
(クラクションと逃げ惑う声)
おっ… これ どうなってんだい?
ちょ… ちょちょ…これ 何の騒ぎだい?
ソビエト軍が攻めてくるんだってよ。
あんたら こんなとこにいると殺されちまうぞ。
あっ… どうすればいいんだ?
あっ てめえ… この野郎 待て!
こら 返せ この野郎… バカ野郎!ちょ… 返せ!
おい! 返せ この…。
てめえ この前の…。だいぶ ましになりましたな 圓生さん。
志ん生だ。 圓生は こいつだ。
ばってん もっと ももば高う上げんと長距離ば走れんばい。
何言ってんだ…。あと呼吸ば「スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ」。
うるせえ 返せ この野郎!
おにいさん沖縄 行かなかったんですか?
それが… 出発の前の夜に…。
(分隊長)日本は もう駄目だ!死にたいやつは行け。
妻子を内地に残してきた者は今すぐ逃げろ!(一同)逃げろ?
今なら見逃してやる!(一同)分隊長…。
俺は死ぬのが怖い!何を言ってんですか 分隊長!
逃げろ~! 逃げ続けるんだ!
そうすれば 遠からず戦争は終わる!うわ~!(一同)分隊長!
そいつは お前さんいい隊長に恵まれたじゃねえか。
お二人は どぎゃんするとですか?
大連へ戻りますよ。おっ そうなのかい?
ああ… 興行師が切符くれて。
あそこの映画館であにさんと二人会やってくれって。
おるも ついていってよかでしょうか?
そいつは駄目だ。松っちゃん… 構やしねえじゃねえか。
逃亡兵だよ? 敵味方 両方に追われてる。
私は 御免被りますよ。
(圓生)あにさん 行きましょう 早く。
じゃあ… 俺ら こっち行くから。お前 そっち行きな。 なっ?
これでお別れだ。
・(中国語)
待って…。(銃声)
♪~
危ねえとこだった…。
お前の親父さんのおかげで命拾いしたよ。
あっ…。
そのままな 3人で大連まで戻って…。
<そこで終戦を迎えたんだ>(玉音放送)
(圓生)日本は負けたんだ…。何!?
これは 陛下のお声でげす…。
そぎゃん バカな…。
(中国語)
(爆竹の音)
(中国人たちの歓声)
うるせえ この野郎!あっ あっ あっ あっ…。
(志ん生)<日本が負けた途端中国人が あっという間に豹変して日本人がやっていたところは どこもしっちゃかめっちゃかに されちまった>
ここから 仕返しの始まるとですね。
くだらねえこと言ってねえで酒でも買ってこい。
酒ならありますよ。
興行師んとこ行ってみたがもぬけの殻だったんでかっぱらってきたでげす。
ウオトカですけど。
ロスケの酒か。
(圓生)あにさん しばらくは ここに住んで様子 見ましょう。おい 強え酒だからほどほどにしねえと。おい ちょっと…。
日本に帰りたか!りくに会いたか! 金治と遊びたか!
金栗先生と走りたか…。
な~し… おるは こぎゃんとこに!
へ~え じゃあ その金栗さんって人と熊本から 一緒に上京したんだ。
そぎゃんです。 マラソンで東京オリンピックば目指して そるが…。
先生ばい… 金栗先生と出会わんかったら熊本におったとに!
あ~! そしたら りくとも出会えんばい。
何言ってるか分かんねえぞ ほらはい その辺にしときな ほら。
あ~ 韋駄天か サボテンか知らんばってんあぎゃん身勝手な男はおらん。
働いとるとこ見たことなかけんね。
走っとるか 笑っとるか飯食っとるかだけんね!
どうしようもなか!
ハハハハハ… さては お前さんも酒で しくじるやつだね。
まるで「富久」の久蔵でげすな。ヘッ… 違えねえや。
せからしか! 噺家風情が…。
チクショウ!
あ~!
走りたか…。
戦争は終わったばってん日本は負けたけんね。
オリンピックにゃ出られん。永久に出られんけんね…。
チクショウ…。(圓生)あ~ ちょっと よしなさいよ。
2~3杯で立てなくなる強え酒だよ。
志ん生さん 家族は?
だから 俺が志ん生だ。 なっ?ジャリは4人だよ。
圓生には6人いるよ。
えっ 6人!?久蔵さんは?
俺は… 1人。
5歳になる せがれがおるとです。
かわいいかい?どぎゃんかね?
泣いとるか 笑っとるか食っとるかだけん。
ヘヘヘ… 金栗先生と変わらん。
ばってん 会いたかね~。
俺んとこは上のせがれが跡継いで噺家になったよ。
そうかい。
うれしかったですか?ヘッ…。
てれくさくって たまんないや ハハハ。
うん… でも まあ 引き揚げたらやつの高座聞くのが何よりの楽しみだな。
息子が オリンピック選手になったらうれしかでしょうね~。
その前に お前さんがオリンピック出なくっちゃ。
ヘッ… そぎゃんたいね~ ヘヘヘヘ。
♪「□いたかばってん □われんたい」
♪「たった一目で よかばっ」
(いびき)
寝ちまいやがった。 ヘッ。
松っちゃん 明日どうするよ? 二人会。
ソ連も攻めてくるってのに客なんか来ないでしょうな。
(志ん生)<ところが来たんだよ。何だかんだで 100人ぐれえ。集まったはいいが 暗えんだどいつもこいつも>
若い女は皆青酸カリで自殺したそうですよ。
女は乱暴されたあげくにシベリアに連れてかれるそうだ。
皇太子殿下は捕虜になってアメリカへ連行されるらしいです。
まあ せめて 笑って死にてえもんだな。
さあ 思いっきり笑わせてもらおうじゃねえか!
(一同)そうだ そうだ!早くしろ!
やれっこねえよ 松っちゃん。ウケる気がしねえや。
それじゃ お先に。えっ 何やるんだい?
ここの客には あれしかないでげしょ。
(拍手)
え~ 居残りの皆さんひでえ顔をしておりますな。
(笑い声)(圓生)まあ もっとも様子のいい居残りがあるってのもおかしな話でございますが。
「どうだっていいんだよだから ジャンジャン持ってこい。あっ 芸者あげろ たいこもち呼べ」。
…ってんで もうドカチャカ ドカチャカ大騒ぎ!
するってえと 「こんばんは!」なんてね芸者が繰り込んでくる。
するってえとね 「かっぽれ」なんか始まっちゃいましてね。(歓声)
え~ かっぽれ かっぽれ。
(観客たち)かっぽれ かっぽれ!
かっぽれ かっぽれ!(観客たち)かっぽれ かっぽれ!
よっ ヨ~イトナ!(観客たち)ヨイヨイ!
何だよ… えっ?うまくやり過ぎじゃねえか 松っちゃん。
う~ん さて 俺はどうする? えっ?
あっ あればやって下さいよ。走るやつ。
「富久」かい?うん うん うん!
ヘッ やだね。 この間 誰かさんにケチつけられたからね。
そんなら 距離ば延ばしたらどぎゃんでしょう?
浅草から日本橋ってせいぜい 4~5kmばい。
あぎゃん大騒ぎしながら走るとならせめて 10kmは走らんと。
うん だからなマラソン選手じゃねえんだよ 久蔵は!
芝まで走ったら どぎゃんですか?芝!?
バカも休み休み言え。お前 そんなに走るやつがいるかい。
おりますよ ここに。走っとりました 毎日毎日。
(四三)失敬! 失敬します!(勝)芝から浅草 浅草から芝。
うそだと言うなら 聞いてみたらよか。誰にだよ?
(勝)金栗四三。失敬! スッスッ ハッハッ…。
え~ 浅草阿部川町に たいこもちで久蔵という男がおりましてこの男人間は真面目なんでございますがどうも酒癖が悪いってのが玉にきずというやつでついこの間もまた酒で 旦那をしくじっちゃった。
その旦那のお屋敷があるってえのがえ~… う~…。
どうした? あにさん。 日本橋だろ。
いや…。
ええ うん… 芝! 芝ですな。
まだありますか?(りく)あっ これをお願いします。
はい 分かりました。
こんにちは。 ご苦労さん。
りくちゃん! ハァハァ…。
あっ 金栗さん。えっ どちらに行ってらしたんです?
えっ? 芝から浅草 いつものコース。ついでに 上野の闇市まで。
あ~ 闇市。米は まだ高かけん その分 野菜ば。
ほい 金治。すいません たくさん。
芋も食え ほれ。よかったね~。
小松君から便りは?
戦争も終わったけん 帰ってきたらまた一緒に走って鍛え直してやるけん。
はい。なあ 金治?
「お~い 留さん」。 「何だい? 久さん」。
「ぶつけてるよ。 おい 火事だよ 火事。ちょっと上がって 見ておくれ。どっちだい? 方角は」。「えっ?あ~… 芝。 うん 芝見当だな」。
え~ 浅草から芝の火事が見えるかどうかってのは まあ置いといて。(笑い声)
「芝? しめた! ありがてえ」ってんでやっこさん タ~ッと駆け出していった。
「ううっ… え~ こうかい?…で こうで こうとくらぁア~ッハハハハ!火事だ 火事だ 火事だい! どけ どけ!邪魔だ 邪魔だ 邪魔だ~い!え~ 誰もいねえな 邪魔なやつは」。(笑い声)
「ブルルル… 黙ってちゃ 寒くってしょうがねえや コンチクショウめ。ヘヘヘ… こうなったら もうね旦那に しがみついちゃう 俺は。『旦那~!』って飛び込んでいきゃあきっと なんとかしてくれら。『旦那~!』。 『おう 久蔵じゃねえか』。『へい 駆けつけてまいりました』。『どっから?』。 『浅草阿部川町から』。『浅草から芝まで?あ~ よく来たな。よし 出入りは許してやるぞ』って言うかどうか分からねえが ヘヘッ行ってみなくちゃ分からねえや。スッスッ ハッハッスッスッ ハッハッ…」。
ヘヘッ 確かに こりゃ走りやすいね。(笑い声)
スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッちっとも しゃべれないけどね。(笑い声)
スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ。
するってえとパ~ッと燃える 広がってる炎。
ダッダッダッダッ パッパッパッパッとひづめの音。
「旦那~!」。 「はいはい はいはい。久蔵? お前 久蔵かい?」。
「へい! お騒々しいこって」。
「お前さん どっから走ってきたんだい?」。「へい! 日本から満州…あっ いや 違った 浅草阿部川町から」。(笑い声)
「よし 出入りを許すぞ!」。「あ~ ありがとうございます。そう来ると思った」。 「何だい?」。「いえいえ」。(笑い声)
なるほど。 芝の方が面白えや。
「おい 久蔵! おい 久蔵 起きろ」。
あれ? こっちの久蔵 どうした?
スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ…。
「ううっ! あ~ 参ったね こりゃ。 えっ?とんだ火事の掛け持ちだ。 えっ?飲んじゃ 走って 飲んじゃ 走ってもう へんてこなっちゃった。 ヘヘヘ」。
ハァ… ハァ… ハァ。
あ~ 気持ちよか~!
♪~
(勝)「志ん生の『富久』は絶品」。
♪~
(車の走行音)
(ロシア語)
ヤポーニェッツ!ヤポーニェッツ!
♪~
「遠くまで走ってきちまったな えっ?ヘヘッ。ここが どこだか分かりゃしねえや。えっ?」。(笑い声)
「浅草 帰れんのかな? これじゃ えっ?おお… おい ちょっと ちょっと待て…旦那 火事はどこです?へい… あっ 行きゃ分かる?あっ どうも ありがとうございます。何だ ありゃ?」。(笑い声)
「親切だか 不親切だか分からねえ野郎だった ヘヘヘ」。
「ワン! ワワワワワン! ワン!」。「また 出やがったな」。
「ワワワン ワワワワワン!」。「何 鳴いてやがんだい。チクショウ泣きてえのは こっちなんだ。え… ってことは 牛込?また それちゃってるよ ええ?チクショウ!う~ こうなったら走んなくちゃしょうがねえや!スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ。し~んとしてるね ええ?」。(笑い声)
「おっ 見えてきた!どいてくれ おい どいてくれ。俺 そこ 通んなきゃいけねえんだどいてくれ!そこに俺の家があるんだ!家に帰りてえんだ! ちょっと おい…空けてくれ! おい 行くぞ 通るぞ。ごめんなさいよ ごめんなさいよ。はい ごめんなさいよ」。
♪~
こいつ… 名前 何だっけ?
久蔵でいいか… おい 久蔵。
起きろ… おい…。
起きろってんだ! おい… おい 久蔵!
おい… おい 起きろ!
寝てる場合じゃねえぞ。おい 久蔵!
ヘッヘヘ… 何 寝てんだよ ハハハハ。
おい 久蔵! おい 起きろ!おい 久蔵! おい 久蔵!・(ロシア語)
あにさん… あにさん あにさん!久蔵…。
あにさん 行こう! ねっ 行こう ほら。おい 久蔵…。
(圓生)駄目だよ あにさん!
おめえ… 俺の「富久」最後まで聞いてねえだろ!
分かったから…。バカ野郎 この野郎! 久蔵… 久蔵!
久蔵… バカ野郎!
大丈夫?
うん。
♪~
ねえ 何て書いてんの?
(りく)見な 金治。
こんなに擦り切れて…。
いっぱい走ったんだね~。
♪~
スッ スッ ハッ ハッスッ スッ ハッ ハッスッ スッ ハッ… ハァ…。
(志ん生)<ソ連軍が本格的に来てからはひでえもんだったよ。女は みんな 連れてかれた。逆らったら 自動小銃でバンバンと来る。沖縄で米兵が… もっと言やあ日本人が中国でさんざっぱら やってきたことだが…。なら 俺も いっそ死んじまおうって残ってたウォッカ がぶ飲みして…>
しょうがねえな。 おい あにさん…。
あにさん?
あにさん!? 冗談じゃねえぞおい! おい あにさん!
目 覚ましてくれよ ちょっと… おい!
ひぃ~や~!
死んじゃ駄目だよ あにさん。
邪魔するな…。
こうなりゃ… ロスケの酒で死んでやらあ。
おい…せがれの高座 見るんじゃねえのか!?
え~ 一席 おつきあい願います。おい お父っつぁん どうした?
まだ帰らねえか?
頑張れよ! お父っつぁんの分までしっかりやんな。
そうだ 頑張れ!頑張れよ!
しっかりやれ!頑張れ!
え~ 昔は 真っ白な犬がいるってえと…。
(万朝)こんなことは言いたかねえが…孝ちゃん もう駄目だと思うぜ。
強次 どっか行ってな。行ってな!
半年待ったんだ…。
もう 志ん生と圓生の名前は 香盤から外しちゃった方がいいんじゃないかって。
いやいや…私じゃないよ みんな そう言ってるんだ。
そうすりゃ 6代目 志ん生の名前を清ちゃんに…。
志ん生は もうたくさんです!
あっ そうだ… 日本橋の方にすごくよく当たる占い師がいるらしいから行ってみたらどうだい?
(マリー)はあ… 残念だけど…諦めた方がいいわね。気ぃ落とさないで まだ若いんだから。
(田畑)おおっ…。
うわ~ 東龍さん!(東)おっ… ハハッ!
生きてた 生きてた!田畑さんも ご無事で!
(マリー)うるさい… うるさい… うるさい。
うるさい ババア! まだ占ってんのか?当たんないよ こんなの。
まーちゃん。乾杯だ 乾杯。
死ぬまで あんた一筋だったようだよ。
(志ん生)<そんなことは知るわけもねえ。年が明けて 治安はだいぶ よくなったが俺たちは日本に引き揚げることもできず食うや食わずで 満州に居残っていた>
すまねえ… 俺は飯も炊けねえおかずも作れねえ。
できることと言ったら納豆かき混ぜるぐれえだ チクショウ。
それより 近々 密航船が出るってうわさを聞いたよ。
松っちゃん 一人で乗ってくれ。そうはいかねえ。
俺が乗ったら 沈むんだよ。
所帯持つことにした。
俺と?
女と!ああ…。
小唄の先生でね…。
家族持ちは 早く引き揚げれるってうわさもある。
だから 夫婦のまねごとをしようって話になったんだよ。
えっ!? いやいや…松っちゃん でもよ おめえ…。
あ~ 日本に妻子がいることは承知してる。後腐れねえ関係さ。
うめえこと やりやがって!あにさんの分も見繕ってある。
マジかい!(圓生)義太夫の師匠でね年増だが小金は持ってる。
いい女じゃねえか。(圓生)うん。
(志ん生)<そんなんで偽装結婚することになったんだがこれが まあ 案の定写真と全然違ってな…>
♪「高砂や」
<おまけに とんでもねえうわばみで…>
が~!
おい 志ん生! 酒がねえぞ 酒が!
いや ねえさん 飲み過ぎだからね…。
誰に口利いてんだよ この野郎!いやいや…。
手込めにしちまうぞ おりゃ!やめ… やめ…。
やめましょう やめましょう…。
圓生 お前は布団を敷け!こら 待て! 待て待て!
待て… おい おい!おい どこ行くんだよ!
あ~ チクショウ 化けもんめ!
(志ん生)<そこからが本当の地獄だったよ>
<今日死ぬか 明日死ぬかと思いながら食うためなら 何でもやったよ>
<ようやく引き揚げ船が出たのが昭和22年の1月。満州に来てから2年近くたってたよ>
ひとつきのつもりが随分と居残っちまったな~。
この2年間芸の肥やしになってますよね?
当ったり前だ べらぼうめ。
満州なんか… 二度と来るか!
ウオトカ~!満州土産に ウオトカどうだ~い?
噺家さん…。あっ?
噺家さんじゃないですか!僕ですよ 僕 僕… 美川!
見に行ったよ あんたの初高座。途中でやめちゃったやつ。
小梅と一緒に…。小梅…。
浅草の女郎だ。あ~ そうそう そうそう!
あと 俥屋の清さんと。清公!
あ~ 懐かしいな…。
その時に 一緒にいた美川ですよ。
知らねえな。そんな~。
まっ いいや。 ほら ウオトカどうだい?安くしといてあげる。
ウオトカだ? 要らねえんだ こんなもん!行っちまえ この野郎!
いたたたた…あっ ほら 浅草でも蹴ったでしょ?
とっとと行っちまえ! てめえなんか一生 満州にいろい!覚えてない?
美川! み~か~わ!うるせえ バカ野郎!
(汽笛)
(五りん)じゃあ 圓生さんは そのまま満州に?
どうやって女と別れたか知らねえけど2か月後に引き揚げてきた。
へえ~。ふ~ん。
(ドアを開けようとする音)・(美津子)あら? 開かない。お父ちゃん?おい 隠せ。あっ… 今 開けます!
・(美津子)お父ちゃん?とにかく 全部隠せ…。
はい… あっ すいません。
(美津子)何? 五りん いたの?あら ちーちゃんも?
(喜美子)どうぞ~。
(今松)師匠 どうぞ こちらです。どうぞ 師匠。
ごめんよ…。
誰?
バカ! 大名人 三遊亭圓生師匠だよ。
えっ!?えっ この人が 松っちゃん?
(喜美子)お父ちゃん圓生師匠 わざわざ来て下さったよ。
(りん)倒れてから もうずっと こんな調子で。
お医者様は もう一生 目を覚まさないかもしれないって。
(すすり泣き)
♪~
義太夫女のこと バラしましょうか。
あ~! あ~!
よっ。
久しぶり。
おとうちゃん…。
お父ちゃんだ!
お父ちゃん…。生きてんじゃねえか。
お父ちゃん!お父ちゃん!
おとうちゃん!
おとうちゃん…。
(子どもたち)お父ちゃん!
師匠…。お父ちゃん…。(泣き声)
また… 貧乏に逆戻りか。
そうだよ。
な~に 今は俺たちだけの貧乏じゃねえや。
今度は 日本が飛びっ切りの貧乏だ!なっ? なっ? ヘヘッ。
みんなでそろって上向いてはい上がっていきゃいいんだからわけねえや! なっ!
ハハハハハハ!
♪~(出囃子)
(拍手と歓声)
え~… ただいま 帰ってまいりました。
(拍手と笑い声)
(子どもたち)お父ちゃ~ん!(拍手)
え~…。(せきばらい)
浅草阿部川町に たいこもちで久蔵という男がおりましてこの男 人間は真面目なんでございますがどうも… ねっ酒癖が悪いってのが玉にきずというやつで。
この間もまた酒で 旦那をしくじっちゃった。
え~ その旦那のお屋敷があるってえのが…。
<「いだてん」最終章 スタート!>
黒人 白人 黄色人種ぐっちゃぐちゃに交ざり合ってさ!
(平沢)そこだよ そこ!変わるんだよ 日本は このオリンピックで。
私たちは青春を犠牲になんかしていない!だって これが 私の青春だから!オ~!
俺たち日本人は面白いことやんなきゃいけないんだよ!
東京・新宿にある寄席。
志ん生は晩年まで高座に上がり続けました。
創業者のお孫さんは今でも志ん生のことを覚えています。
この柱を背にして寄りかかるようにして必ず ここにお座りになってましたけどね。ここに座る方は特別な方でお弟子さんたちは もう本当にできるだけ遠くにっていう感じで。今 ここ 永久欠番みたいになってるんじゃないでしょうか。
志ん生の代表作の一つ「富久」。
「富くじ」と「火事」をテーマにたいこもちである久蔵が芝と浅草を駆け巡ります。
戦後74歳で紫綬褒章を受章した志ん生は「富久」などの古典落語について語っています。
破天荒な噺家の名は今も 落語の世界に刻まれています。