星野源の“未熟力”
たしかに気になる。その謎を一緒に考えたい!
あの人もこの人も、みんな大人。私と違って、ちゃんと暮らしていそうだ。
だからこそ、他人の未熟さを知るとほっとする。心の距離が縮まるような気がする。
でも、その〝未熟〟には多少の誇張もあるだろう。
だから見せ方を間違えれば、「未熟で可愛いと思われたい感じ」が透けて見えて、かえって反感を買ってしまうこともある。
実に、〝自分の未熟さ〟は取扱い注意なのです。星野源さんはその点、すごく巧みな人。
舞台の上では「こんばんは〜星野源で〜す!」なんて明朗闊達きわまりないのに、ひとたび文章の世界に入り込めば「どういうわけか」なんて曖昧で、地味で、自信のない雰囲気で語りだしたりして。
こういうギャップを出せるのが、国民的スターなんでしょうねえ。
国民的スターはとにかく共感させる力がすごい。
その秘密の一つに、「問いの共有」があります。
星野源さんは共感の基本戦略である「問いの共有」を、すごく効果的に使う。
〉どういうわけか洗面台がビシャビシャになるんです。
これ、「最近、洗面台がビシャビシャになるんです。」でもよかったと思いません?
ビシャビシャっていうだけで、読んだ人はちょっと和んでくれそうだし。
でも、星野源さんは「どういうわけか」という問いから書きはじめ、この問いに読み手を巻き込み、ぐいぐいと突き進んでいきます。
「なぜ、私こと星野源の洗面台はビシャビシャになるのか?」という問いを、読み手と一緒になって解決しようと試みるのです。
彼にとっても「ビシャビシャ」は不本意な事態なので、なるべく飛び散らないように、さまざまな工夫を試みます。
読み手から見ても、それはちゃんとした対応に見えます。
それでもなおビシャビシャ。なんでビシャビシャなの? どうしたらビシャビシャにならずにすむの? 誰も答を見つけられない。
そしてなんといっても、星野源さんがすごいのは、問いを勝手に共有しておきながら、星野源さん自身もその答えを見つけられないことです。
答えがわからない問いなんて、あんまり題材にしないでしょう?
でも問いが面白ければ良いのです。読み手は(なんでなんで?)と興味を継続させながら、ついつい最後まで読んでしまうんですから。
たとえば、
「実際リスって正面から見ても歯が見えないのに、なんで絵の中のリスは歯が描かれがちなの?」
「どうしたんだお遍路中の母? 今朝のインスタに衝撃のデミグラスハンバーグオムライス」
「週末はゲーム三昧だった私を、筋トレに目覚めさせたものはなにか?」でも同じことです。
その答えを書き手も知らないし、読み手も知らない。
同じスタート位置から、ああでもないこうでもないと考えたり、試行錯誤をしたり、新しい事実を知ったりという過程を、一緒に辿っていくことが重要なのです。
その結果、ゴールにたどりついても、たどりつけなくても、「共感した」という思い出だけは残るから。
今回のポイント
「本当に未熟な人は、その事実に自分で気づけない。」
※次回「佐々木俊尚の身近力 じょじょに話の花を開かせる」は2019年10月20日(日曜日)更新予定です。 ひきつづきお楽しみください!