第三章 不死身の証明
アタシ達と敵対しているアークツールス人は、五次元の別の絶対空域にいた。
そしてまずいことに通君の存在を察知していた。
アークツールス人の城は、どちらかと言うと黒を基調とした不気味な造りで、その一角に軍の長官であるサタンはいた。
よく宗教画に登場するサタンは、まさしく彼がモデル。良く描けてる、という出来だ。
「地球人に連中の血を輸血したら、戦闘計数が飛躍的に増大した、か」
サタンは真っ黒な椅子に座り、部下のアスタロトからの報告を受けていた。
彼は細身の美青年で、サタンの妻リリスの弟だ。公私共にサタンをサポートする立場である。
「はい。これはもしかすると、我々にも同じことが起こせるかも知れません」
「地球人を使って強力な戦士を生み出し、一気にスピカ人(仮にこう呼称する)を駆逐できるということか」
サタンはそう言いながら腕組みした。
彼はそのような作戦で地球人を戦争に巻き込むことを望んではいない。
しかしアスタロトは違っていた。
「そうです。先に手を打てば、奴らが同じことを始める前に戦況は一変し、我が軍の勝利は確実なものとなるはずです」
サタンはアスタロトを見たままで何も言わない。
アスタロトもサタンがこの作戦を良く思っていないことを見抜いている。
「失礼致します」
アスタロトはサタンが何も言わないのを「了承」と解釈することにし、その場を立ち去ってしまった。
「何をするつもりだ、アスタロト…」
サタンはそう呟き、目を伏せた。
「地球を守るための大ゲンカ?」
通君はアタシの説明をそう理解したらしい。
アタシは苦笑いして頷き、
「そう。アタシ達と争ってる、アークツールス人て奴らが、貴方と同じ人間を作り出すために動くはず。そうなると、地球人は一人残らずこの戦いに巻き込まれることになるわ」
「フーン」
通君は腕組みした。
「何か今一つピンと来ねえな。本当に俺、そんなに強くなったのか?」
「試してみる?」
アタシはベッドの脇のワゴンの上にあった果物ナイフを持ち、通君の胸に突き立てた。
「キャーッ!」
と久美子ちゃんが叫んだ。
「あれ?」
通君は刃がねじ曲がってしまったナイフを見て唖然としていた。
アタシはナイフを彼に手渡し、
「これでわかった? 貴方の身体は、この地球上の何よりも硬くなったのよ。不死身になったの」
「不死身?」
通君はしばらくキョトンとしていたが、やがて大笑いを始めた。
「よォし、こうしちゃいられねェ!」
彼はベッドから飛び出した。
アタシは意表を突かれて、
「ちょっと、何する気?」
すると通君は非常に嬉しそうな顔で、
「決まってんだろ。ケンカしに行くんだよ。俺のこと狙っている奴らが、この辺りにウジャウジャいるんだ。全部まとめてぶっ飛ばしてやるぜ」
と言い放った。
アタシは仰天した。
「その力をそんなことに使ったりしたらダメだよ!」
「うるせェよ」
通君は風のような速さで病室を飛び出して行った。
「お兄ちゃん!」
「通!」
久美子ちゃんとアタシは通君を追いかけようと病室を出た。
しかし彼はすでに廊下にもいなかった。
「くっ…」
不意を突かれなければ、アタシにも追いつけたと思いたいが、通君から感じられたパワーは、アタシのそれを圧倒するものだった。
不意を突かれていなくても、追いつけなかっただろう。
悔しいけどね。
「エンジェルさん、どうしよう?」
久美子ちゃんは半泣き状態だ。
アタシも泣きたかったが、
「通のパワータイプはわかっているから、それを追ってみるわ」
とポケットの中から小型のレーダーを取り出し、すぐに通君のパワーを追跡した。
「こっちよ!」
アタシはそう言いながら走り出した。
「あ、待って下さい、エンジェルさん」
久美子ちゃんも走り出した。
あのバカ、ホントに何も考えていないんだから!
アタシは無性に腹が立った。
「とにかく、この格好じゃまずいな」
通君は手術着のままだったのを思い出し、周囲を見渡した。
ちょうど運良く( と言っていいのかどうか )、近くを不良共5人が歩いていた。
「ラッキー! あいつらから頂こう」
通君はバンと駆け出し、5人の前に出た。
5人はいきなり目の前にケンカバカが現れたので仰天した。
「や、矢田通!?」
通君はその街では超有名なケンカ屋で、同年代の不良はもちろんのこと、チンピラやヤクザまでが名前を聞いただけでビビってしまうほどの男である。
そんなのが不死身の身体を手に入れたのだから、地球が危ないかも知れないくらいだ。
「おーや、俺の事知ってんのォ? じゃ、話は早いや。ちょっとツラ貸してもらおうか」
「は、はい」
5人共通君より身体は大きいし、強そうに見えるんだけど、酷く怯えていた。
通君、普段どんな奴なんだろ?
それほどの強さがなければ、アタシのヒップアタック( 恥ずかしいからこの話題にはもう触れない! )で死んでいたろうし、仮に助かったとしても、輸血した時に副作用で死んでいたはず。
「冴えねェ服来てる奴らだなァ。さっきの方がマシかも知れねェ」
と通君は不良共から奪った制服を着ながら言った。
彼は高校生にしてはチビッ子なので、袖を捲り、裾を上げてようやくちょうどいい長さだ。
「まァ、仕方ねェか」
通君は気を取り直して走り出した。
アタシと久美子ちゃんは、病院のそばで美津子ちゃん達に出会った。
アタシと久美子ちゃんで手短に事情を説明したが、美津子ちゃんは全く信用せず、信一君は香ちゃんとアメリカンジョークが滑った時みたいに肩をすくめた。
「もう、信じなくてもいいから、アタシ達と一緒に来て!」
「お願いします、美津子さん!」
美津子ちゃんもアタシの言葉は全然信じていないようだが、久美子ちゃんの真剣な眼差しには何か感じるものがあったようだ。
「久美子ちゃんがそこまで言うのなら、行ってみるわ」
「ありがとう、美津子さん」
というわけで、アタシ達5人は通君が向かっている方角へと走り出した。
その通君は、すでに決闘の場所である河川敷に到着していた。
近くには大きな鉄橋がある。
「へへへェ、逃げねェで来たか、矢田ァ!」
と金属バットを担いだ、髪の毛をハリネズミのように尖らせた男が言った。
通君はニヤッとして、
「そっちこそ、俺の忠告を聞いて、100人以上頭数揃えたろうな? 2ケタ程度じゃ、ウォーミングアップにもならねェぞ」
金属バットの男もニヤリとして、バットを高々と真上に上げた。
するとそこらじゅうから、うじゃらうじゃらと虫がわくように、目つきの悪い、髪の毛モヒカンにした奴、金髪にした奴、真っ白に脱色した奴、鼻の両脇にピアスを葡萄のフサみたいにつけている奴、メリケンサックした奴、アーミーナイフ持った奴、ハンマー担いだ奴など、もう通君絶対に殺されるっていうような連中が現れた。
しかし、それほどの危ない連中の大群を目にしても、通君は全く動じていなかった。
「ほォ、いるいる。楽しみだなァ」
通君は大好物のケーキを目の前にした小さい女の子のように嬉しそうに笑った。
「やれっ!」
金属バットの男が通君を指し示した。
「うおーっ!」
「だーっ!」
「おりゃー!」
「死ねーっ!」
「どりゃーっ!」
とにかくありとあらゆる奇声を発して、不良共が蜜に群がる蟻のように通君目がけて突進した。
「へへェ、今日の俺はちょっと違うぜ」
と通君が前に出ようとした時、河原の石の下からビーンとロープが現れた。
「うわっ!」
通君は見事にそれに足を引っ掛けてしまい、前のめりに転んだ。
金属バットの男が高笑いをして、
「バカめ。てめえのような奴とまともにやり合う程、俺はお人好しじゃねェぜ」
「このヤロウ、きたねェぞ!」
通君は背後に潜んでいた大男3人に上から押えつけられた。
「汚くてもいいんだよ。ケンカってのはな、勝ちゃいいんだ、勝ちゃァよ」
金属バットの男は、病的な顔をしてゲラゲラと笑った。そして、
「ぶっちめろ!」
と叫んだ。
「うおーっ!」
通君に群がった蟻共は、兇器攻撃で通君を滅多打ちにしていた。
「へへへェ、これでここいら辺のナンバーワンはこの俺様だ」
金属バットの男は、通君の方に歩き出した。
「もうそのくらいにしておけ。本当に殺しちまったらまずい」
「誰を殺すって?」
金属バットの男はギクッとした。
彼の顔中に嫌な汗が噴き出した。
「バ、バカな…。まだ口が利けるのか…」
「口が利けるだけじゃねェぜ!」
と通君の声がしたかと思うと、群がっていた連中が、まるで竜巻に巻き込まれたように空中に跳ね飛ばされ、川に落下した。
「な、何ィ!?」
通君は服こそボロボロだったが、顔も身体も全くの無傷で立っていた。
バット男は、顎も外れんばかりに驚いた。
「ど、とういうことだ? 何でなんともねェんだ?」
何が起こったのか全く理解できないバット男は怯えまくっていた。
通君はフッと笑い、
「昨日までの俺なら、今ので参ってたかもな。でもおめえら、つくづく運がねェな。今日の俺は、アメリカ軍と戦ったって負けやしないぜ」
「……」
通君はボロボロになった制服を脱ぎ捨てた。
「この服は、通りすがりの善良な奴から頂いたものだ。だからこの服に関しちゃ、怒ってねェ」
「ハ、ハイ…」
バット男は、歯をガチガチ言わせ、直立不動のままである。
「でもよォ、やっぱケンカは勝たなきゃ意味ねェよな!」
「うわーっ!」
バット男は通君の右ストレートで、30メートルほど飛んで、ボシャンと川に落ちた。
「はい、おしまいと」
通君がニッコリ笑って言った時、アタシ達は現場に到着した。
信一君がヒュウと口笛を吹いて、
「呆れた奴だな。少しは加勢しようと思ってたのに、全員片づけちまったのかよ」
アタシも久美子ちゃんも香ちゃんも呆然。
でも美津子ちゃんだけは反応が違っていた。
「こらァッ、通! 手術したばかりなのに、何てことしてたのよ!」
「うるせェな。おめえには関係ねェだろ」
通君は美津子ちゃんに近づきながら言い返した。
「何よ、その口の利き方は!?」
と美津子ちゃんは河川敷に降りて行った。
その時だった。
「ああっ!」
アタシはその場に突然現れたアークツールス人に絶句した。
テレポートしたっていうのか。
「何だ、てめえらは?」
通君はサッと美津子ちゃんを庇うようにしてアークツールス人に言った。
アークツールス人は、「悪魔」と全く同じ姿をしているので、一見して悪者って思われてしまう。
ま、いい人もいるんだろうけどね。
「お前がスピカ人の血を受けて、超人化した地球人か?」
とアークツールス人の1人が言った。
通君はそいつを見上げて、
「だったらどうだって言うんだ?」
「我々に協力しろ」
「協力だァ?」
そうか、新たに超人を生み出すより、通君を手に入れる方が早いって考えたのか。
ヤバいぞ、こいつは。
「通、一体こいつら何なのよ?」
と美津子ちゃんが尋ねた。
通君はアークツールス人を睨んだまま、
「説明はこいつらを片づけてからゆっくりしてやるよ」
「我々を片づけるだと? バカな事を…」
とアークツールス人の1人が言った時、通君の右フックがそいつの左脇腹にめり込んでいた。
ほらほら、ケンカする時隙見せちゃダメだよ。
「ウゲェッ!」
そのアークツールス人はのたうち回った。
もう1人はハッとして、
「貴様ァッ!」
と通君に掴みかかった。
しかし通君はそれをサッとジャンプしてかわし、そいつの首に右の蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ!」
そいつはドドーンと河原に叩きつけられた。
もう1人がまた立ち上がり、
「貴様、我々に協力せんということか?」
「今頃気づいたのかよ、ボケが。俺は他人に指図されんのが大嫌いなんだ。わかったらサッサと消えろ」
と通君は言い返した。
するとアークツールス人はニヤリとし、
「わかった。消えよう。但し、土産つきでな」
「何?」
「きゃーっ!」
アタシ達が動くより一瞬早く、アークツールス人2人は、美津子ちゃんを捕え、上空に飛び上がった。
「しまった!」
アタシは2人を追おうとしたが、それより先にアークツールス人達はテレポートしてしまった。
「美津子ォッ!」
通君が叫んだ。
そして彼はキッとしてアタシを睨み、
「やい、天使女! 俺にはああいうことはできねェのか? 空飛ぶとかパッと消えるとか…」
「できないよ」
「そうか…」
アタシは通君に近づいて、
「とにかく彼女を助けに行かなくちゃ」
「ああ、そうだな…」
アタシはニヤリとして、
「やっぱりね。何だかんだ言って、彼女の事好きなんでしょ?」
「バ、バカ言うな。ただあいつを助けねェと化けて出そうでさ。一生眠れなくなりそうだしな」
と通君は少し照れ臭そうに言った。
アタシはクスッと笑った。
久美子ちゃんと信一君と香ちゃんは、呆然としてままでアタシと通君を見ていた。