『ニンジャスレイヤー』はヘルシーで持続可能なクリエイティブの境地を目指す
『ニンジャスレイヤー』という小説があります。
ブラッドレー・ボンド、フィリップ・N・モーゼズの2人が書く活劇小説です。2010年より日本語訳がツイッター上で連載されており、書籍が19冊、漫画版は計20冊が刊行されています(2017年7月現在)。
小説としては異例の巻数を重ねており、2015年にはアニメ化もされました。
▲漫画版ニンジャスレイヤーの最新刊
『ニンジャスレイヤー』を翻訳しているのは杉ライカ、本兌有の2人。
小説といえば、個人でやるものというイメージが強いですが、彼らは原作者らとともに「ダイハードテイルズ」という法人を2015年に立ち上げ、『ニンジャスレイヤー』をはじめとする小説でコンテンツ・ビジネスを始めました。
ツイッターの投稿を書籍化し、10冊以上も出版。さらに法人化し、ビジネスを展開していく。最近では、「note」というWebサービスで月額課金制のWebマガジンも始めています。
いったいどんな戦略でやっているのでしょうか? 2人にインタビューしました。
▲ダイハードテイルズの杉ライカ(左)、本兌有(右)
兼業時代は「無理やり時間を作っていた」
──法人化は以前から考えていたことですか?
杉:ずっと「したほうがいいだろうな」とは思っていましたが、ようやくという感じです。今年で3年目ですね。ちなみに登記は2015年ですが、2015年までは兼業だったので、本格的に動き出したのは2016年からです。
──『ニンジャスレイヤー』の連載がツイッターで始まったのが2010年ですから、法人化するまでの5〜6年間は他に仕事をしながらやっていたのですね。
本兌:当時は、夜から深夜にかけて連載を更新していましたね。動ける時があれば、無理やり時間を作ってやっていました。
杉:ツイッターなので投稿はリアルタイムになるんですが、空いた時間に突発的にやるっていう感じだったので、スケジューリングは難しかったですね。毎回ギリギリの中でゲリラ的にやってましたし、クオリティを維持するために半年くらい仕事を辞めたときもあります。
──当時の仕事は?
杉:海外のゲーム会社に勤めていたり、外資系のIT企業で働いていたりしたときもありました。翻訳とかローカライズの仕事もやっていましたね。
本兌:特に現在のキャリアとは重ならない分野の、内勤の仕事でした。土日出勤もありましたね。そのぶん平日に更新できましたが。
──なるほど。書籍化の話から仕事を辞めるまではどれぐらいの期間ですか?
杉:話が来たのが2011年の年末……確か大晦日で、話がまとまって書籍になったのは2012年の春。出版が決まっても実際に発売されて印税が入るまでは期間がありますし、それもいきなり仕事を辞めて文章1本で暮らしていけるほどのお金ではない。「まだ辞められないなぁ」と思いながら、4〜5年ぐらいは。アニメをやっているときもまだ兼業でしたね。
本兌:連載をずっと続けられたのは、2人だったからです。1人だったら何かのきっかけで止まってしまったのではないかと思います。
勤め仕事の忙しさでどうしても時間が取れなくなったり、体調不良になったりして活動に間が空いたりすると、そこからまたエンジンをかけていくのは凄く難しいところがあります。でも、2人だとこっちが動けていなくても、相手が動いているので続けられるんですよね。
5〜6年で終わらせないで、20年続くものがやりたい
──兼業だとモチベーション維持が難しいと思いますが、最初から出版を意識していましたか?
杉:こんな面白いコンテンツが埋もれたまま評価されないのはおかしい、というのが常に根本にありますので、モチベーション維持は難しくないです。でも精神力だけではどうしても無理で、当然お金がないと続けられないし、兼業だとクオリティや体力的にどこかで限界が来てしまう。
だから、ボランティアではなく、これでやっていけるようにするという目標は決めていて、当然まず書籍化を目指しました。ただ無計画に利益を求めるのではなく、ちゃんと継続的な活動として成り立つようにしたいと。そうしないと、読者の期待に応えられるクオリティやペースがどこかで維持できなくなる。
本兌:自分たちが面白いと思うものだけを発信して、それを皆に楽しんでもらって食っていくというのは理想。ゲイリー・ガイギャックス(*1)がすごく羨ましかったんです。自分たちが楽しいと思うゲームを作ったら、それがヒットしてみんなのカルチャーになったという。
杉:でも、ほんと僕は普通に働きながら、「日本において、どうやってニッチコンテンツを根付かせるか」をずっと考えながらやっていました。どうやったら自分の好きな海外コンテンツを、本質を歪めずに日本でも売っていけるだろう、という。それはいい経験になったと思います。学生からいきなり起業していたら、上手くいかなかったと思うので。
コミュニティの運営とかも絶対に無理でしたし、社会人として経験を積んで得たスキルが役立っていますね。
(*1 ゲイリー・ガイギャックスはアメリカのゲームクリエイター。RPGシリーズ『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の生みの親として知られる)
──コンテンツを売る仕事がしたかったんですか?
杉:売るのはもちろんですが、カルチャーとしてずっと続いていくものをやりたいな、と。単発で1冊出して終わりっていうモデルではなく、アメコミのように、会社としてコンテンツの継続に責任を持って、続けようと思えば、安定したクオリティで無限に供給できるかたちにしたかったのです。
──それはなぜ?
本兌:まずそもそも自分たちが、深い設定や膨大な歴史みたいなものを持つ作品群が好きなんだと思います。たとえば「クトゥルー神話」とか、『ファイブスター物語』とか。
根幹となるものがあって、でもガチガチじゃなくて矛盾もあったり、想像の余地も多分にあったりして、そこから都度話を取り出すような。だから『ニンジャスレイヤー』と出会ったときも、そういう神話的な部分を感じ、魅了されたところがあります。
杉:そして、アメコミについては、『バットマン』もそうですが、リブートしながら「絶え間なく続く」というバイタリティ自体がまず面白いと思うんです。
本兌:『ニンジャスレイヤー』は作品がずっと原作者の手で執筆され、アメコミや『007』のようにリブートなどを挟みながら続いてきた形です。5〜6年でメディアミックスを一通り行って完結する、というスタイルもありますが、『ニンジャスレイヤー』の場合そういうモデルには向いていない。なので、日本においてもずっと連載を継続していける方法について模索してきました。
──なるほど。そう言われてみると、海外はテレビドラマでもシリーズ化して長くやりますね。
本兌:極端な話、日本だと『ドラえもん』や『ポケットモンスター』ぐらいヒットして、親子二代くらいで楽しめるものになれば別ですが、それぐらいヒットしないと、既存の枠組みの中では、ひとつの作品をずっと送り出し続けることは難しい。
でも、例えば自前で出版社と雑誌を立ち上げちゃった『さいとうプロダクション』のように、クリエイター側がちゃんと持続可能なモデルを作れば、続けられるのではないか……そう思ったのです。クリエイター側に作り続けたいという意志があって、それを読み続けたいという熱心な読者さんが一定数いてくれるならば、その期待に応え続けるのが理想です。
杉:紙の雑誌を立ち上げるのは資金的に無理ですが、電子ならできるのではと。
それで色々考え抜いて、noteのような直接課金のサブスクリプション型モデルなら、うまい形で実現できるんじゃないかと考えました。そしてやってみたら、実際できた。ツイッター連載が軌道に乗った時もそうですけど、今回もまた、熱心な読者の方々と最新のITサービスによって助けられた形です。
ライバルはNetflix、サブスクリプション型ビジネスが最強
──ライバルというか、似たようなビジネスモデルでやっているところはありますか?
杉:僕らの活動の軸は2つあって、ツイッターでの『ニンジャスレイヤー』などの連載と、その書籍化。書籍はもちろん各出版社さんから印税が入ります。もうひとつは「note」で我々自身がやっている月額課金制のWebマガジン。作品の設定資料的なものや、サブストーリー等が読み放題になります。いわゆるサブスクリプション型モデルですね。
前者は小説全般がライバルと言えます。後者だと、たとえばNetflixとかの配信サービス。月額課金制でその中のコンテンツにアクセスし放題、新タイトルも毎月増える、という点で似ています。それも意識して、月額マガジンの価格設定は相当考えました。
本兌:うちはWebメディア的なマス広告ビジネスとは相性が悪いんです。熱心な読者に深く長く楽しんでもらうタイプのものなので、無料でたくさんの人に見てもらって広告費で運営する、という方法には向いていません。
杉:逆にサブスクリプション型モデルとの組み合わせは最強だと思います。長期的な見通しを立てやすく、制作環境とクオリティを安定させやすいからです。通常の書籍の刊行と、自前のサブスクリプション型Webマガジン運営を並行させることで、作品のクオリティ、鮮度を保ち続けることができています。
──この会社を参考にしている、というものはないんですか?
杉:以前働いていた会社はどれも自然と参考にはしていますが……。
本兌:最近ので参考になったといったらブリュードッグ。
杉:そうだね。ブリュードッグっていう海外のクラフトビール会社があって、そこの社長のビジネス本が面白かったですね。
小説って、酒と同じく嗜好品。習慣的に楽しんで、日常に潤いをもたらすものです。だけど、アルコール依存症にしたらいけないですよね。作品に入り込みすぎているファンがいたら、「落ち着けよ」と言うことも必要です。
本兌:過剰に読んでいれば偉いというものではないですし。「お酒を飲むように少しずつ楽しむ」というのがベスト。日常にちょっとあるコンテンツ、というのを今後も目指したいです。
大きな勝負は10年後、20年後に始まる
──今後の『ニンジャスレイヤー』の展開に関してはどうですか。たとえば、実写映画化ですとか。
杉:実写映画のような大規模なものは、あと10年、20年はかかると思っています。
『ニンジャスレイヤー』は世界観が重要なので、現場の人たちみんなが世界観を理解できていないと難しい。そうなるとそのぐらいはかかるかな、と。
本兌:もう10年、20年やれば、今読んでくれている人が現場に入ったり、偉くなったりするからね。
杉:『ロード・オブ・ザ・リング』や『ダークナイト』のような名作は、ただお金があればできるものじゃないと思っています。スタッフがみんな原作のファンで、子どものころから親しんでいるからこそ、あれだけの作品になったんじゃないかと。
──そこも長期的に考えているんですね。
本兌:「ここで映画化して巨額投資回収を」みたいな賭けのビジネスモデルにはしたくないですね。「ここで回収しないと潰れるんだ」みたいなのは嫌です(笑)。それで小説を続けられなくなったら本末転倒。
杉:会社の経営と同じで、変なところで一発勝負はしちゃダメ。余力で新しいことも挑戦するけど、我々の本分は小説だし、それを愛読して支えてくれる読者さんのことが一番。年に数パーセントでいいので、成長を続けることが大事です。
──ありがとうございました。
(取材・文:菊池良/ネタりかコンテンツ部)
匿名希望 さん
2017/7/18 22:04
ハジマシテ、ニンジャスレイヤーサン