高橋健次郎 聞き手・武田耕太
10月19日は、10(トウサン=父さん)、19(イクジ=育児)の語呂合わせで、「イクメンの日」とされます。「新語・流行語大賞」のトップ10入りしてから約10年。言葉は広まり、子育てに深く関わる父親も増えました。でも「イクメン」という言葉を嫌がる人もいます。子育て生活に横たわるモヤモヤを考えます。
社会全体でみると、女性に比べ、男性はまだまだ子育てに縁遠いのが実情でしょう。また、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という意識を持つ人も、根強くいます。そうした中で子育てに積極的に関わる父親は、仕事と家庭との両立に苦労し、「モヤモヤ」を抱えています。
「自分の子どもを育てるのは当たり前と感じます。『イクメン』という言葉で、あえて父親の育児を強調することには、違和感を覚えます」
中部地方に住む公務員の30代男性は、そう話します。子育ては当然という意識だそうです。
共働きの妻、長男(3)との3人暮らし。妻と入れ違いに1年間の育休を取り、今年の春に職場に復帰しました。子どもの保育園のお迎えに行くため、定時で仕事を切り上げます。仕事と家庭との両立に立ちはだかるのが、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という性別役割の意識だといいます。
育休取得時のこと。2年に及ぶ単身赴任を終え、中部地方に戻るタイミングで育休を取ろうと、所属組織の人事担当者とは何度も面談を重ねました。長男の成長を近くで見守りたいと思ったからです。妻のキャリア形成を後押ししたいとも考えたそうです。
ところが、面談の度に、「本当に、育休取るの?」「奥さんは、もっと休めないの?」と聞かれました。出産時の育休は、人手不足を理由にされて諦めた経緯もあって、強く申し出て何とか取得できたといいます。
職場復帰後。朝は妻と2人で保育園に子どもを送り、定時には仕事を切り上げて子どもを迎えに行きます。洗濯、料理、夕食、入浴、寝かしつけ……。怒濤(どとう)のような時間が過ぎていきます。
一方、男性上司の妻は多くが専業主婦。仕事が終わらなければ、残業や休日出勤をすればいい。飲み会で家を空けることは苦にならない――。そんなスタンスで接してきます。どうしても溝を感じます。
そうした上司との違いを意識し、常に先回りして「言い訳」も。子どもが熱を出して休む時は、「妻がどうしても対応できないので」が枕詞(まくらことば)です。
「『子育ては母親の役割』『男は24時間を仕事に充てられる環境が当たり前』。そういう感覚の違いに、モヤモヤします」
常に帰宅時間を気にし、休日は家庭のために充てる日々。現実問題としてキャリア形成には不安がある。「上昇志向はありませんが、『遅れていく』ことへの恐怖は強い」と打ち明けます。(高橋健次郎)
2年前に長女を授かり、フルタイム勤務している妻と一緒に子育てしています。ほぼすべての食事は私がつくるなど、平日でも1日平均約6時間は家事育児に費やしています。いまは「主夫」という肩書がふさわしいかもしれません。
子育ては感動の連続で楽しんでいますが、一方で以前のように仕事に時間を割けなくなり、取り残されたような気持ちもあります。このモヤモヤは働く女性たちが出産、育児を通してずっと感じてきたことなのでしょう。
イクメンという言葉は嫌いです。この言葉があること自体が、男性が育児をすることがふつうではないということを可視化しているように感じます。
家事育児する父親のロールモデルがいない、という問題と私たちはいま、向きあっているのだと思います。言い換えれば「中空飛行」のモデルがいない。
なぜ、男性は競争し、上に上がり続ける感を演じないといけないのだろうと思います。
偉くならない生き方とか、降りていくキャリアを受け入れるとか、仕事が二の次、三の次の生き方もちゃんと許容しようぜ、とならなければ、イクメンブームはうそだと思います。イクメンがすごい人であるかぎり、男性の子育ては当たり前になりえません。
仕事をし、家事育児をしていると「ワーク・ライフ・バランスが充実した人」とみられますが、抵抗感があります。育児はさぼれば、子どもの命にかかわります。まさに「ワーク」です。
キラキラしたイクメンをモデルに「もっとやれ」というのではなく、男性が働きながら家事育児をするのはまだ難しい社会だという視点に立ち、課題解決に向かう必要があると思います。
つねみ・ようへい 1974年生まれ。著書に「僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う」など。(聞き手・武田耕太)
妊娠出産、育児の情報誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」(ベネッセコーポレーション)に着目し、父親の役割や位置づけの変遷などを研究しました。
1990年代には「トイレットペーパーの補充」や「ときどきお皿洗い」など「ちょっとした手伝い」でも十分との記載が多かったのですが、「イクメン」が流行語大賞になった2010年以降、「パパの育児―これだけは知っておきたい21」や、ママの分娩(ぶんべん)入院中に「パパがやること41」といった見出しがつくなど、具体的で詳細な内容に変わっていきました。
母親の育児には「こうあるべきだ!ということはない」と呼びかけているのに対し、父親の育児については「~すべきだ」といった表現が頻繁にされることも一つの特徴と考えられました。
イクメンはインパクトが強い言葉だったこともあり、父親のあり方に大きな方向性を示しましたが、それがメディアなどを通して「画一的な父親像」を強調することにもつながりました。
社会として「父親が家事育児をしましょう」と言うならば、職場で残業時間を減らすなどしないと、個人にとっては苦しいだけになる。でも現実には「仕事に関してはイクメンと言ったって知らんよ」と、都合のよい社会が残ってしまっている。それによって父親のうつなどの健康問題も起きています。
イクメンブームは功罪で考えると、功の部分が圧倒的に大きいと思います。女性の社会進出や男女平等の推進につながっています。一方、父親、母親、特に子どもにとって本当によいものになっているか、の議論は置き去りにされてきたように感じます。
父親のあり方、育児における父親の役割など、もっと様々な意見が出て、議論の活性化につなげていくべきだと思います。
たけはら・けんじ 1980年生まれ。妊産婦や父親のメンタルヘルスなどの調査研究を手がけている。(聞き手・武田耕太)
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朝日新聞デジタルのアンケートには「イクメン」について様々な思いが寄せられました。
●自分の子育て観が変化
イクメンという言葉を出すことは好きではないが、この言葉ができたことによって、自分の中の子育てに関する概念はだいぶ変化したと思います。ちょうど子供が生まれたころと、この言葉の流行が重なった時期でしたが、自分の感覚、価値観がイクメン寄りであることが分かりました。それまでは、やはり昭和的な父親像しか知らなかったので、その考え方をベースに仕事中心の思考でした。(神奈川県・30代男性)
●育児は女性、根底に
夫は育児を当たり前にするものと考えており、(2カ月だけですが)育休も取得し、子どもとも積極的にふれあっています。そんな夫の様子を見て周囲の人は「イクメンですね」とよく言いますが、その度にわたしも夫も違和感を感じています。現在育休中のわたしに対してフルタイムで働く夫は家事育児の負担割合はわたしの半分にも満たないと思います。夫よりも家事育児の負担の大きいわたしの方を褒めて欲しいと言う気持ちは毛頭ありませんが、同じことをしているのに性別が違うだけでかたや「イクメン」かたや「(ただの)お母さん」と呼び方が変わるのはやはりおかしいです。根底に育児は女性がするものという意識がある気がしてなりません。(兵庫県・20代女性)
●「負担増えた」言えず
「イクメン」と言う言葉が出た頃、長女が生まれ、家事と育児と仕事と両立させようとしてきました。妻の家事の負担を減らすことが、兄弟を増やす条件となり、自分のできる家事、育児は何かと考え、妻と話し、朝早めに起きて晩御飯までのしたく、洗濯、風呂掃除、子供の寝かしつけと、毎日息つく暇なく過ごしてます。今では、4姉妹となりましたが、「イクメン」という言葉に踊らされながら、ずいぶんとやることが増えたなという印象です。「負担が増えた」とは言えず、言葉の呪縛から逃れられません。「イクメン」と周りからは見られているようですから、今更すべてを放棄することもできず、これが私のアイデンティティーだと覚悟を決めています。(東京都・30代男性)
●いいきっかけにも
男性が育児に参加することを推進するいいきっかけになった言葉であると思う。しかし、時間の経過とともに育児に参加するのは当たり前だということを社会が認識し始めた今は、「イクメン」という言葉を使うことがマイナスのイメージに捉えられることは必然だと思う。言葉の印象は社会が変化する中で変わっていって当然だと思う。(埼玉県・30代女性)
●男性には負担感
共働きなので、子育ても夫婦分業だと思っているが、世間的には母親が……という風潮がまだ強いように思う。「イクメン」という言葉は、父親の育児という啓発には良い言葉だったかもしれないが、仕事で忙しい父親には、仕事も家事も……という負担感のある言葉のように思う。仕事も家庭も両立していける社会構造であって欲しいなと思う。(鹿児島県・40代男性)
●迷惑な言葉
仕事に縛られざるを得ない自分からすれば、家庭に対する義務感が際立つ、非常に迷惑な言葉だと思う。育児に参加したくてもできない人もまだまだいるのに。(福岡県・30代男性)
●言葉奪わないで
短期的な政策としては有効であると思います。最初はファッショナブルだとしても、中長期的に男性の育児参画が根付いていけば、正直何でもよく、ただ言葉狩りだけが横行しないか心配しています。私は半年育児休暇を取りましたが、幸い職場や周囲の理解は得られました。そういう意味では恵まれているのでしょうが、この体験が男性にとって普遍的なものになってほしいと思っています。世の中、とりわけ女性のなかにはイクメンという言葉自体に違和感や嫌悪感さえ抱いている人がいます。私の妻もその一人です。父親からイクメン、という言葉を奪わないで下さい。子育て参画のために使えるものは何でも使って、社会に根付かせたいのです。(福岡県・20代男性)
●育児参画過渡期のワード
イクメンは、男性の育児参画・ワーク・ライフ・バランスの転換のための、過渡期のワードだと思います。いずれ、男性の育児参画がアタリマエになれば消える言葉です。同世代の子供を持つ今まさにイクメンを主張して男性の育児参画を切り開いていっている男性諸氏には、しっかりイクメンをアピールして、男性の子育てを大きな潮流にしていただきたいと思って応援しています。
その後「イクメン」という言葉は消えるべきです。
(京都府・40代女性)
●父親と仕事の2本立て厳しい
言葉は聞こえがいいが、「父親」と「会社員」の2本立ては厳しい。女性が安定した収入を得られるなら主夫でもいいのにと思うことがある。(滋賀県・30代男性)
●日常にのまれ八方塞がり感
医療関係で働いているため、仕事や家事や育児の両立が大変な負担で有ることは、一定の理解と協力を得られている。子供が生まれる前は、人生の大半を仕事に注ぎ込め、自分にかけるエネルギーがバランス良く配分出来ていた。しかし、家庭に割く時間と労力のために、昇進やキャリア形成の停滞が必然的に起こり、手取り給与が減額。自分にかけるモノは優先事項から外し、生活の見直しをしているうちに、夫婦間の不協和音も生じてくる始末。貴社の記事に有るように、軽い共感やガス抜きが出来る環境が殆(ほとん)ど無いことも、八方塞がり感を強くさせているとも思いつつ。日常にのまれ、月日だけが過ぎていく。それが一人のイクメンの現実です。(東京都・40代男性)
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この企画は高橋健次郎、武田耕太、丹治翔が担当します。
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アンケート「『イクメン』どう思う?」と「日韓関係どう思いますか」をhttps://www.asahi.com/opinion/forumで実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.comへ。
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