他の格闘や戦闘同様、空中戦でも背後を取った者が圧倒的な優位を得る。ACM(空中戦闘機動)の力量が問われる1対1のドッグファイトゲーム(戦闘訓練)も当然、訓練であろうと実戦であろうと、背後の取り合いが繰り広げられる。このドッグファイトゲームで6年間、時間にして3000時間、無敗を誇ったのが、アメリカ空軍大佐のジョン・ボイドである。追いかけられる位置から必ず40秒以内に相手の背後を取ることから、「40秒ボイド」という二つ名が与えられた。
 このボイドこそ、最近にわかに注目を集めている「OODA」の提唱者である。朝鮮戦争において、アメリカ軍のF-86戦闘機は、ソ連軍と中国軍のMiG-15戦闘機に比べて、加速、上昇、旋回等いずれの性能でも劣っていたものの、実戦ではF-86のほうが高い戦果を上げた。ボイドは、この成果は、状況認識と意思決定、そして反応の違いと結論付け、OODAという理論を導き出した。
 このように、そもそもは戦闘パイロットのためのフレームワークだったが、その後機動戦における戦術や戦略でも利用されるようになり、いまではビジネスや政治などにも応用されている。
 VUCAといわれる予測の難しい環境では、臨機応変さやスピードといった機動力が求められるが、多くの企業では、過去の前例や流行りの分析手法などから演繹的に導き出されるPDCAアプローチが染み付いており、スタートアップやニッチ企業との競争では明らかに不利である。
 かたやOODAは、状況の不確実性や不透明性を前提に、機敏な意思決定と行動によって優位性や高いパフォーマンスを実現しうるスキルであるといわれる。それゆえ、OODAへの関心が高まっている。このフレームワークは、次の4つの行動から成る。 

 ●状況の観察(Observe) ●状況の判断(Orient) ●意思決定(Decide) ●行動(Act)

 これら一連の振る舞いだけを見ると、人間を含めた生物全般の日常的な行為にすぎない。では、その核心とは何か。その効用とは。
『OODA LOOP』(東洋経済新報社)の著者チェット・リチャードによれば、「PDCAの『チェック』のプロセス、すなわち結果を観察し、必要ならば状況を変えるという行動にOODAは相当する」という。
 また、OODA理論の構築に当たり、ボイドは、宮本武蔵をはじめ、大野耐一や新郷重夫などの著作を参考にしていることから、剣豪の臨機応変な闘い方、トヨタ生産方式の現場主義や三現主義などと通底している、という見解もある。さらには、OODAを導入することで、事業や経営に改革がもたらされ、組織やメンバーがこれまで以上に付加価値の創造に邁進するという。実際、OODAに関する書籍や記事を読むと、大企業病を乗り越えて、改革やイノベーションを促す「魔法の杖」かのように扱われているが、過去を振り返れば、このような触れ込みのビジネスジャーゴンは枚挙に暇がない。
 軍事戦略の研究家でもある野中郁次郎氏、そして現在軍事戦略に関する野中氏の共同研究者であり、元陸上自衛隊陸将補の三原光明氏に、OODAの正しい理解の仕方、OODAを知識や価値の創造へとつなげる方法論について聞く。

批判的考察から
OODAを理解する

編集部(以下青文字):ここ数年、日本でもOODAというコンセプトが注目され始めています。物の本によると、意思決定が速く、機敏に行動できる組織へと変わり、新しい付加価値、新規事業やイノベーションなどが創造されるとのことです。

左│三原氏 右│野中氏
IKUJIRO NONAKA
一橋大学名誉教授。一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール ゼロックス名誉ファカルティ・スカラー。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校にて経営学博士号(Ph. D)を取得。2002年紫綬褒章、2010年瑞宝中綬章受章。著作に、『組織と市場』(千倉書房、1974年/第17回日経・経済図書文化賞受賞)、『企業進化論』(日本経済新聞社、1985年)、『アメリカ海兵隊』(中公新書、1995年)、『知的機動力の本質』(中央公論新社、2017年)が、また主要な共著に、『失敗の本質』(ダイヤモンド社、1984年)、The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press, 1995.(邦訳『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年)、『知識創造の方法論』(東洋経済新報社、2003年)、『流れを経営する』(東洋経済新報社、2010年)、『国家経営の本質』(日本経済新聞出版社、2014年)、『史上最大の決断』(ダイヤモンド社、2014年)、『全員経営』(東洋経済新報社、2015年)、『直観の経営』(KADOKAWA、2019年)など多数。 2017年11月、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールより、史上5人目、学術研究者としては初めてとなるLifetime Achievement Award(生涯功労賞)を授与される。
KOMEI MIHARA
一橋ビジネススクール研究員。元陸上自衛隊陸将補。1981年に防衛大学校卒業(25期/野中郁次郎ゼミ)、2002年アジア太平洋安全保障カレッジ(APCSS)エグゼクティブコース卒業。2004年第一普通科連隊長(東京23区防衛警備担当)、2006年第5旅団幕僚長、2010年陸上自衛隊高等工科学校副校長兼企画室長(初代)、2013年退官(陸将補)。退官後、横浜市総務局危機管理室緊急対策担当課長を経て、2018年より現職。

野中:結論から申し上げると、OODAはあくまで個人の「状況適応能力」を開発するツールであって、経営の質を高める、ビジネスモデルを改革する、新規事業を開発する、イノベーションを生み出すなど、組織の知識創造を導き出す理論ではありません。
 すでにご承知かもしれませんが、OODAは、アメリカ空軍大佐のジョン・ボイド大佐が朝鮮戦争で戦闘機パイロットとしてソ連や中国の戦闘機と戦った直接体験から導き出した考え方です。
 この時、アメリカ軍はF-86セイバージェットという戦闘機を操り、ソ連軍のMiG-15と対峙しました。MiGは性能に優れ、上昇、加速、火力、旋回力など、あらゆる点でF-86を圧倒していました。しかし、最終的にアメリカ軍は何と10倍という桁違いの撃墜率で圧勝したのです。
 ボイドがその要因を分析したところ、パイロットの意思決定スピードが勝負を決したことを突き止めます。言われてみれば当たり前のことですが、敵が反応する前に行動できれば、相手がいくら強くても勝利できるというわけです。
 これは余談ですが、コックピットの構造の違いも大きかった。F-86のコックピットは水滴型風防という技術を採用したことで360度の視野を確保できていたのに対して、MiGのそれはもっと狭かった。また、F-86がフルパワーの油圧制御方式を採用していたこともあります。このおかげで操縦桿が軽くなり、優れた操作性を獲得しました。