人類に最大の恩恵をもたらした人をたたえようというノーベルの遺志にかなう、持続可能な地球をつくる業績だ――。スウェーデン王立科学アカデミーのコメントが、その価値を余すところなく伝えている。
今年のノーベル化学賞を旭化成名誉フェローの吉野彰さんが受賞することになった。リチウムイオン電池の実用化に道を開いたことが評価された。
小型なのにパワーがあり、スマホやノートパソコンに欠かせない電池だ。電気自動車の動力源としても使われ、太陽光や風力発電のエネルギーを蓄えて、安定的に供給できるようにする可能性もはらむ。人々の生活様式を大きく変えただけでなく、来たるべき低炭素社会にむけて期待が集まる技術でもある。
どんな研究も一朝一夕で成るものではないが、吉野さんの歩みはとりわけ示唆に富む。
1972年に旭化成に入り、研究所に配属された。プラスチックによる新規事業開拓という会社の戦略の下、研究テーマは自由に選べた。だが成果と呼べるものがないまま9年間を過ごす。82年、今回の共同受賞者の一人である米国のグッドイナフ氏らの論文に触れて、電池開発の突破口を見つけた。それでも商品化までには、さらに10年近くの歳月を要した。
じっくり腰をすえて問題に取り組める環境が、吉野さんの才能・努力とあいまって革新的な成果を生んだ。企業の底力を見る思いがするが、いま、その企業と研究を取りまく風景は当時と大きく変わっている。
グローバル化による競争の激化で、短期間での製品化が求められる。ニーズの多様化も著しい。自社研究を積み上げて完成品にもっていく手法には限界があるとして、外部から技術、知識、人材を積極的に取り込んで活用する「オープンイノベーション」に注目が集まっている。iPhoneを始めとするアップル社の製品がその典型だ。
ただし外との連携を図るとしても、核となる自前の技術やノウハウがあることが前提となる。それを忘れ、既存のものの組み合わせだけに流れてしまっては、科学の発展はない。
吉野さんの受賞は、オリジナルなものを自分の頭で創造する重要さを、改めて教えているといえよう。それは企業がおこなう基礎研究でも同じだ。
短期間に実績をあげることを求められる現在の研究者、とりわけ若手にとって、吉野さんの当時の研究生活は羨望(せんぼう)の的だろう。社説で繰り返し指摘したように、政府がこれを羨望に終わらせず、環境の整備・充実に真剣に取り組むことが、何十年後かのノーベル賞につながる。
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