ルプーは転移魔法を使い城塞都市エ・ランテルへと赴いていた。
宝物殿(仮)には頻繁にアイテム制作と保管のために来ていたのだが、今回は冒険者組合に依頼を出すために来ている。
宝物殿(仮)に保管しているマジックアイテムは当初はレア度の低いものばかりであったためロフーレ協会の雇っている倉庫の管理人に任せていたのだが、魔道具店の売り上げが上がるにつ入れて徐々に高価なもののや希少なものが増えてきたため、正式に警備員を雇おうという話になったのだ。
「そ、それで私たちに倉庫警備の依頼ですか?」
冒険者組合の会議室で指名依頼を受けているのは冒険者チーム『漆黒の剣』だ。ルプーから与えられた装備の効果もあり、今やその階級はシルバーからゴールドへと上がっていた。ルプーとしても彼らならば信頼もあり、また装備の効果により強盗程度であれば相手にもならないだろう。
「あっはっは、なーに驚いてるっすかー。ぜひ『漆黒の剣』にお願いしたいんすよ」
コロコロと笑うその愛嬌のある顔はいつかエ・ランテルの広場で売り子をしていたころと全く変わらない。
「いえ、指名依頼など初めて受けましたので……。それにしても久しぶりですね。この装備のおかげで本当に助かってます」
「で、あるな。素晴らしい職人技なのである」
ペテルの言葉に続き、ダインも礼を述べる。事実、この装備がなければゴールド級に上がるのはもっと時間がかかっていただろう。
「でもなんで俺らなの?ほとんど会ったことないのに」
「そうですよねぇ……。言ってはなんですが僕らはずっと倉庫の警備をしているわけにもいかないんですよ」
「ああ、ニニャには目的があるからな……」
ニニャの言葉にルクルットが頷いている。ニニャは昔貴族にさらわれた姉を救うために冒険者になったのだ。この町にずっと留まるかどうかも分からない。
「別にいいっすよ。倉庫に《
「なるほど。それなら街にいる間は大丈夫ですね。それでいいんですか?」
「問題ないっす」
「それで……なぜ私たちなのでしょうか?」
「ん~何て言うか……お気に入りだからっすよ」
ルプーとしてはナーベとして一緒に旅をした経験から彼らが職務を放棄するような性格でないことは分かっているし、依頼されたのであれば責任を持つだろう。
「お気に入り?」
「まぁナーちゃんのご推薦ということにしておくっす」
「ナーちゃんって……まさかナーベさんのことですか!?」
「そうっすよ?」
ナーベと聞いてルクルットの顔色が変わる。同じような恰好をしていたのでまさかとは思っていたがすぐにこの町からいなくなってしまったので聞くに聞けなかったのだ。
「ナーベちゃんを知ってるの!?今どこにいんの!?会いに行っていい?俺のことなんか言ってた?」
「今は王都で活動してるっすよ。会いに行っていいかどうかはしらねっす」
「王都かぁ……くぅー!会いに行きたいけど仕方ねえ!ナーベちゃんの推薦だろ!?受けるさ!なっ、おまえら!」
「まぁナーベさんにはお世話になりましたからね……」
意気込むルクルットに漆黒の剣の4人は納得する。
「それじゃ頼んだっすよ。毎月決められた金額は冒険者組合から受け取ってほしいっす」
そう言ってヒラヒラと手を振りながら帰るルプーを見送りながら彼らはほっとしていた。かつて言いがかりをつけられたせいでパーティを抜けてしまったナーベをずっと心配していたのだ。ナーベからの推薦と聞き張り切る漆黒の剣のメンバーであった。
♦
王都へと戻ってきたルプーは高級住宅が並ぶ一角のある邸宅に招かれていた。
バルブロから先日の武具作成に対する謝礼をしたいとのことで招待されたのだ。ルプーとしては創造主の情報が得られるかもしれない待ちに待った瞬間である。
「いらっしゃい。私は案内を任されたコッコドール。うふふっ、奥で殿下が待ちよ?」
玄関口で案内に現れたのはなよっとした線の細い男だ。女言葉で話しているということはオカマというやつだろうか。それに身につけているものは高級品ばかりだが品というものが感じられない。
だが、そんなことはルプーには関係がない。案内されるのであれば言われるがまま部屋に入るのみだ。するとそこには嬉しそうに出迎えるバルブロがいた。
「おお、よく来てくれた。先日の装備の件で礼をぜひ言いたくてな」
「お役に立てたっすか?」
「ああ、もちろんだ!さぁ祝杯だ。君も一杯どうかね」
ルプーの失礼な口調も気にすることなく上機嫌でグラスを差し出してくるが、ルプーはそれを手で遮る。
「結構っすよ。それより……」
「いや、あの装備には恐れ入った。聞くが良い!なんと敵の総大将をこの私が討つことが出来たのだ!あの後父にも称賛の言葉を与えられたが誰もが私を次期国王だと認めたに違いない!この国で私ほど力を持つものはもはやいまい!」
「そりゃよかったっすね……それよりもモモンガ様の……」
「これで私は最強の武力とともに権力も手に入れることになった。それにお前のロフーレ商会だったか?王国で手広く商売をやっているそうじゃないか。私を頼ってくれればこれから何も心配することはないぞ。これからは陛下と呼ばれるようになるのだからな。いや、これは少し早かったか。はっはっは!」
ルプーに話す隙も与えないほど自慢を語り続けるパルブロ。ルプーからしてみれば何を言っているのかという話だ。早く創造主の情報が欲しいという思いしかない。
「それで君を呼んだのはだね……君にいい話があるのだ」
「そう、それっす!」
「私は君には本当に感謝しているのだよ。それに君は美しい。どうだね、私のものになるというのは?私には妻がいるが君にも寂しい思いはさせないぞ。そうすれば君の欲しいものは手に入るだろう」
「なるほど……さらに私の体が欲しいということっすか……」
「まぁそいうことになるかな……」
「そうすればあの御方の情報をくださると……。あの御方のためならばそれもやむを得ないっすね」
それで創造主の情報が手に入るのであれば是非もない。ルプーはメイド服に手をかけるとそれを脱ぎ棄て、下着がパサリと落ちる。
「お……おお……」
バルブロはその美しさに言葉も出ない。
どこまでも透き通った傷一つない褐色の肌の上で、その胸の豊満な双丘は十分に主張しており頂のつぼみは初々しい桜色をしている。
すらりとした胸から腰までかけてのボディーラインは神々しくさえあり、まさに芸術そのものだ。さらに頭にのったままの軍帽がまた妖艶なアクセントを醸し出していた。
これが自分のものになる、そう考えるとバルブロの喉がごくりとなるとともにその剛直が硬くなる。
「私の体をご所望でしたら差し上げます。さぁ、モモンガ様の情報を……」
妖艶に目前へと迫るルプーの言葉にバルブロの脳裏でクエスチョエンマークが灯る。
(モモンガ……?)
バルブロとしてはそれは装備を得るためにあの場限りで発した言葉である。庶民との約束など守るつもりもなく、王座へ就ける喜びと興奮のあまりそんな約束はすっかり忘れていた。しかし、それ以上の物を与えてやれば良いだけだと考え直す。
「そのモモンガと言うのは知らんが……安心しろ。お前を幸せにして見せる。欲しいものはどんなものでも手に入れてやろう。豪華な服、最高の食事、この世のものとも思えない贅沢をさせてやるぞ……だから……もうたまらん!」
バルブロは素早くズボンを降ろすとルプーに向けて飛びかかろうとしたのだが……。
そこにはメイド服を再び着たルプーがいた。先ほどまでの妖艶な様子など一切なく虫を見るような目で見つめて来る。
「モモンガ様のことを知らないのであれば用はないっす」
そう言うなりバタンと扉を閉めて出て行ってしまった。バルブロは慌ててズボンを引きずり上げると情けない恰好のままそれを追いかける。
「お、おい。待て!どういうことだ!お前の体を差し出すのではなかったのか!」
追いすがりながら問いかけるも返事は素気のないもの。
「モモンガ様の情報が条件だったはずっす」
「そ、それは……」
スタスタと出口に向かうルプーの後をバルブロが情けない恰好でついてくる。それを見て驚いたようにコッコドールが近づいてきた。
「おい、コッコドール何とかしてくれ!」
バルブロの叫びにコッコドールはすべてを察する。この馬鹿王子は何か失敗したのだろう。しかし、そのためにコッコドールはいたのだ。王子に貸しを作れる機会を得たことににやりと笑う。
「殿下。モモンガ様の情報でございますよね?それについては私どもでご用意すると申したはずですがお忘れでしょうか?」
中の様子をコッソリ聞いていたコッコドールの言葉にルプーの足はピタリと止まる。
「そ、そうだ!私はモモンガのことは知らんと言っただけだ。こいつらが知っている人間を用意している。そう言おうとしたんだ!」
見苦しい言い訳ではあるがルプーは考える。
(いかにも嘘っぽいですが……万が一という可能性もある……万が一……万が一にでもモモンガ様に出会える可能性があるのならば……)
ルプーの考えはシンプルである。可能性がわずかでもあれば断ることなどありえない。だが、いつまでも付き合うのは時間の無駄だ。
「ではその方に合わせるっすよ。今すぐに!」
「え、ええ……いいわ。殿下、それでは後はお任せください!さぁ、この御方をご案内してあげて!サキュロント!」
コッコドールのが手を打ち鳴らすと柱の影から一人の男が現れた。青白い肌をしている鋭い目つきの男だ。まるで猛禽類を思わせる風貌をしている。
現れたサキュロントはコッコドールとこそこそと耳打ちをしたのち、ルプーの前に立つ。
「それでは私がご案内いたしますよ、お嬢さん」
「《道具上位鑑定》!なるほど……わかったっす」
サキュロントと名乗る男の持つ武具に宿る魔法の輝きに気づいたルプーは素早く鑑定を行うと納得したように後をついて玄関から出ていった。
残されたバルブロは不安そうにコッコドールへと問いかける。
「コッコドール。大丈夫なんだろうな」
「お任せください。バルブロ殿下……いえ、バルブロ陛下好みの淫靡で従順な女に調教して見せますわ。そのために我々をここにお呼びになったのでしょう?」
腰をくねくねさせながら卑猥な女を演じるコッコドール。そう、バルブロはもしルプーから断られたとしてもその体を手に入れられるようにと八本指へと依頼をしていたのだ。
「傷つけたりするなよ。あれは私のものなのだからな」
「もちろんですよ、陛下。純潔のまま男を求める体にしてご覧に入れます。うふふふふ、楽しみね」
「そ、そうか……では私も楽しみに待っているとしよう。ふはははははは」
「うふふふふふ」
この日、王国の地下で暗躍する犯罪組織『八本指』。その奴隷部門の長コッコドールの用意した館に二人がいたと知っている人物は誰もない。ましてそこで一人の商人が消えたからといってそれを黙らせるだけの権力も持っている。
自称次期王者とそこから甘い汁を啜るハイエナは二人で笑いあうのだった。