日本から見ると地球の反対側にある最も遠い国であるブラジル。ネイマールなどのスター選手を生み出すサッカー王国であり、街中をサンバのカーニバルが派手に練り歩く、そんなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
実はブラジルは、ユニコーンと呼ばれる時価総額10億ドルを超えるスタートアップがこの数年で10社も生まれているIT大国です。日本でユニコーンと目されるスタートアップが2〜3社と言われている中で、約3〜5倍の規模感です。
私は2012年からブラジルのサンパウロに移住し、現地で唯一の日本人ベンチャー投資家として、2014年からブラジルのベンチャー企業に対して投資活動をしています。この5年間でブラジルのスタートアップを取り巻く環境は急速に強化され、起業家が成功しやすい環境が整いつつあります。日本では取り上げられることがほとんどないブラジルのスタートアップシーンについて、以下の4回に渡って現地の生の情報をお届けします。
初回は、なぜブラジルでこれほどまでにユニコーンが生まれているのかを紐解きます。実はブラジルでは、日本以上にITサービスが普及しています。FacebookやGoogleの利用者数では世界3位、「Youtube」や「Netflix」などの動画サービスは米国に次いで2番目に大きな市場です。アマゾンも、Alexaでお馴染みのスマートスピーカー 「Amazon Echo」はもちろん、Primeサービスも提供しています。
さらに、配車サービス「Uber」や空き部屋シェア「Airbnb」といった、日本では今一つ普及が進んでいない新たなサービスも、ブラジル国民にとっては、すでに日常のものとなっています。いわゆる“新興国”のイメージにはほど遠く、十分に発展を遂げた国です。なぜ、このようなサービスが世界有数な規模で普及し、現地でも次々とユニコーンが生まれているのでしょうか。私は4つの理由があると考えます。
まずは、その規模の大きさです。ブラジルの国土面積は世界で5位、日本の22倍です。食料、天然資源も豊富でGDPランキングでは世界7〜9位を行き来する水準。今後20〜30年の間には日本をGDP規模で抜くという試算が大手シンクタンクなどから出されています。
人口も2.1億人で世界5位、インターネット普及率が高いため、インターネット人口は世界4位です。ベースとなる国の規模感が大きいことはビジネスがスケールする上では非常に重要です。
ブラジル、特に都市部を初めて訪れた日本人が口にするのは「普通に都市として発展しているね」という感想です。特にサンパウロのような大都市では高層ビルが立ち並び、交通渋滞も東南アジア各国のカオス的な状況にはなく、落ち着いています。水道水も飲めますし、不衛生な印象を受けることはそこまでありません。クレジットカードがあれば現金が必要な場面もほとんどありません。
街中で4Gのネットワークが十分に整備されていて、スマートフォンの普及率も非常に高く日本並みです。クラウド開発環境もAmazon、Microsoft、Googleが出そろっています。
ブラジルはかつてポルトガルの植民地だったこともあり、欧州からの移民を中心とした大資本家層とその他の大衆との間に大きな格差を感じることが多くあります。
いくつか例をあげると、相続税や贈与税がなかったり、公定歩合と市中金利の差が世界で最も高い水準であったりと、一度お金持ちになってしまえば簡単にその地位を維持できるように思えます。結果、大企業や富裕層向けにサービスを提供することで十分な利益が得られるため、一般個人向けのサービスはあまり企業努力がされてこなかった印象を受けます。
例えば、旧来型の大手銀行はコーポレートバンキングや富裕層向けのプライベートバンキングが中心で、銀行口座の開設維持やクレジットカードなどは毎月の維持手数料が発生することもあります。国民の3人に1人は銀行口座を持っておらず、クレジットカードにいたってはまだ25%程度の普及率です。
こうした高コスト体質な企業が一部のお金持ちにサービスを提供しているような環境では、テクノロジーを使って低コストでサービス提供することで多くの顧客の支持を得るのは難しいことではありません。
日本では規制の問題でなかなか普及が進まないカーシェアリングやライドシェアですが、ブラジルではすでに一般的な交通インフラとして普及しています。私自身も自家用車を手放し、すべてUberで移動しています。タクシーよりも安く、駐車場を探すことも不要ですし、自動車の維持費などを考えると格段に安いです。運転に時間を取られることもなく、移動時間もスマートフォンで作業ができることも大きなメリットです。
ですが、ブラジルは規制大国と言われており、会計、税務、労務含めて本当に法規制が複雑です。ではどうやってカーシェアリングが普及したのでしょうか。
当初はタクシー業界とライドシェア業者はいろいろな形で対立をしていました。街中での運転手同士の喧嘩が新聞をにぎわせたこともありますし、実施に裁判も多数起きていました。ただ、裁判での議論の出発点が私にとっては興味深いものでした。日本人の発想なら「あれはタクシーの法律で考えるべきで、タクシーの法規制を満たしてないからダメ」となりそうなものですが、「タクシーではないこのサービスに適切な規制を作ろう」といったスタンスで議論されていたのです。
ここは規制大国の面目躍如とでもいうところでしょうか。新しいものが出てきたときには新しい規制を作ることで新サービスも合法化されて普及してしまうのです。こうした素地がある中で、スタートアップの新しいサービスがヒットすると、日本では考えられないスピードや規模感に育っていくのです。
次回は、そのスタートアップの発展を支える資金事情とブラジル人起業家に与える影響についてお話したいと思います。
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