「モモン様!ナーベ様!シズ様ーー!ネイア様ーー!」
「蒼の薔薇の皆様もご一緒だ!ナーベ様に負けず劣らず、皆凛々しくそしてお美しい!」
エ・ランテルの街を歩いていると、熱に浮かれた多くの民の黄色い歓声が響き渡り、モモンや蒼の薔薇一同は慣れた様子で皆に手を振り、シズは最初は恥ずかしそうに-勿論無表情だが-していたが、慣れたのか歓声に親指をビシっと立てて反応している。美姫ナーベは目もくれず〝騒々しいですね、口を捻り潰しましょうか〟と平常運転だ。
……歓声を受けることに慣れているネイアだが、他国でここまで英雄視された経験などない。それも偉大にして尊敬すべき御方アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の国ともなれば特別も特別。顔を真っ赤にしてペコペコとお辞儀しながら歩いていた。
ネイアはシズ先輩と〝真なる王城〟の客間で本日の予定を立てるにあたり、エ・ランテルに行くかどうか散々に悩んだ。何しろ入国して数分で天使の暗殺隊に襲われ、エ・ランテルを禄に観光していない。しかし、自分が赴くことでまた敬愛するアインズ様や魔導国の民にご迷惑をお掛けするのではないかと思えば、踏ん切りが付かなかった。
シズ先輩は「…………魔導国は安全。けが人のひとりも居ない。」と強くエ・ランテルの観光を勧めて来たが、自分の決断は自分ひとりの運命ではない。ツアレを通じて、モモンと美姫ナーベを呼んで貰い、2人からの後押しもあり、ネイアは改めてエ・ランテルの観光を決断した。
……半ば石を投げられる覚悟であったが、ネイアの想像に反し、エ・ランテルの民の反応は今のような熱狂と大歓迎だった。アダマンタイト級冒険者チームとして歓声に慣れている〝漆黒〟や〝蒼の薔薇〟は至って平静であり、不審者や不審物・爆発物などに目を光らせている。しかし当のネイアは気が気ではない。〝元々自分のせいなのに〟といった感情が渦巻いていた。
「ネイア様、あなた様の抱く感情にはそれとなく察しが付きます。しかし魔導王陛下の言うように、ネイア様が引け目を感じるようなことではありません。……下を向いてばかりでは、エ・ランテルの観光にもならないでしょう。どうかお顔を上げて下さい。」
「そうだぞネイア!何しろお前にはモモン様が付いているんだ!モモン様に護られ街を歩くなど、世界中の乙女の憧れだ!胸を張れ!」
「…………敵は最初に全ての弾を撃ち尽くして来た。安心するべき。」
「そう……、ですよね。はい!ネイア・バラハ、胸を張って歩かせて頂きます!」
3者3様の激励を受け、ネイアも顔を赤く染めながら胸を張って歩く。そうすると街の様子が改めて見られた。以前救国を求めて訪れた時のように、ドワーフ・ゴブリンと言った亜人や、デス・ナイトを含むアンデッドが民衆に溶け込んでおり、空を見上げると荷物を載せたドラゴンが悠々と飛んでいる。改めて凄い風景だ。
「…………それでいい。」
そういってシズはネイアの頭を乱暴に撫でた。その様子を見てモモンはゆっくりと頷き話し始める。
「では、改めて魔導国の概要についてご説明致します。魔導国は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を絶対支配者とする専制君主制国家です。現在爵位を持つ者……貴族はおりません。」
「えっと……じゃあエンリ将軍や、ジルクニフ陛下は?」
「魔導王陛下によって統治を任せられている為政者という立ち位置です。爵位はございませんが、一国の王にも相当する自治権や軍事の裁量権を持ち合わせております。まぁお二人とも【領主伯】や【辺境伯】という地位を今更に下賜されても、固辞されるでしょう。」
「あ、あの!モモン様!?そのようなお話、わたし達の前でしても大丈夫なのですか?」
ラキュースは驚愕した様子でモモンに問う。未だ謎に包まれる魔導国の国内情勢など、どの国の王が多大な富を積んでも得る事の叶わない重大機密。それを高名とはいえ、他国の冒険者チームの前で話しているのだ。
「構いません。蒼の薔薇の皆様は、昨日魔導国を救って下さった英雄。魔導王陛下も包み隠すことなどないと話していましたので。何ならば詳細な地図もお渡しいたしましょうか?複写は禁止ですし、帰国時には返して頂きますが。」
「いえ!そこまでは流石に!」
地図を脳内で記憶し、後に複写するなど、ティアやティナなら容易なこと。だがそこまでの待遇を受けてしまっては、取り返しの付かない立場に追いやられそうだ。
「冗談ですよ。何よりわたしもナーベも頭で記憶しているものでして、地図の手持ちは御座いません。」
ネイアはモモンの下手な冗談に、偉大なるアインズ様の影が透けて見えた。以前モモンもアインズ様も同じ天上人であり、計り知れない存在というのは、後ろにいるイビルアイの言葉だが、確かに何処か似た雰囲気を感じられる。
「さて、魔導国は魔導王陛下のもと全ての種族が平等です。今はまだドワーフ・ゴブリンといった人の形に近しい亜人が多いですが、いずれはエ・ランテルは全ての種族を受け入れる予定です。今尚様々な軋轢が問題になっておりますので、実行には10年単位の時間を要するでしょうが……。着きましたね、こちらは孤児院兼学園となっております。」
中に入ると、そこには昨日も見た夜会巻きにした黒髪の落ち着いた雰囲気の眼鏡を掛けた美女、メイド悪魔ユリ・アルファと、メイド服を着た人間大の直立歩行する犬の頭部を持った亜人?が居た。
「あ、これはモモン様。初めましてネイア様、そしてシズさま、蒼の薔薇の皆様。わたくしアインズ・ウール・ゴウン学園を任されております、ペストーニャ・S・ワンコと申します……わん。」
見た目に似合わぬ優しげで柔らかな声色と物腰であり、子ども達の目にも一切恐怖を感じないことから、本心から慕われているのであろう。人間の女性達が幼子を世話しながら、ある程度の年齢となった子ども達は、文字の読み書きを教わっている。
「ユリさん!?」
「昨日ぶりですね、ネイア様、そしてシズ。わたくしも少し前より、エ・ランテルにおいてアインズ様から学園の運営を任されました。他の仕事もあり、毎日顔を出せないですが、ペストーニャ様に色々お教え頂き、日々精進しております。」
「何を仰いますわん。ユリ様の方が断然優秀で……。っと、この学園の概要をご説明しますわん。魔導国では識字率90%以上を目標としておりますわん。現在この学園は未亡人や孤児の保護という側面が多いですが、ゆくゆくは、子ども達が様々な可能性に羽ばたける場所として機能するよう試行錯誤をしております……あ、わん。」
「……ペストーニャと言ったな。貴君は神官か?その身に宿す治癒の力は超越者の領域にあるよう見える。」
「これはこれはイビルアイ様。はい、わたしはそれなりに治癒魔法を行使出来ますわん。」
「乳飲み子には高価なミルク……、それに学園長が治癒を扱う超越者クラスの大神官……。護衛には発勁を扱うメイド悪魔……。孤児院にこれほどの好待遇など……、演技……ではないな。」
イビルアイははしゃぎ笑う子ども達を見てそう結論付けた。孤児院といえば、隔離施設と変わりない。それは何処の国でも通じる共通の認識だ。実際リ・エスティーゼ王国でもラナー王女が改善処遇を訴えているが、難航しているのが現状だ。ネイアはアインズ様の崇高な理念の元に運営される学園に感極まっている様子だ。
「あら?わたくし、あなたと何処かでお会いしましたでしょうか?」
ユリは眼鏡を整えながら、イビルアイに尋ねる。
「いや、こっちの話しだ。一方的に知っている。」
まさか子ども達を前に殺し合いをしたことがあるとも言えず、イビルアイは口を噤む。
「素晴らしい!素晴らし過ぎます!アインズ様の寵愛を一身に受けたる子ども達は、きっと国の宝となるでしょう!」
「わー!おねぇちゃんの持ってる武器かっけー!何これ何これ!」
「…………これは白色の魔銃。アサルトライフル。」
「モモン様だーー!また剣舞みせてー!!」
「モモン様の剣舞だと!?わたしでさえ見たことが……ああこら!ローブを引っ張るな!髪を弄るな!仮面は駄目だーー!」
「イビルアイ、子どもに大人気……。」
「ちっこいの同士シンパシーを感じたのでは?……僕、お姉さんと楽しい遊びをしましょうか?」
「おいラキュース、ティアが暴走しかけてんぞ。」
「ほらみなさん、書き取りはまだ終わっていませんよ。」
「まぁ、お客様が来ている時くらいいいのではないでしょうかわん。」
「怖いおねぇちゃん、昨日天使と戦ってた人だ!見て!」
「本当だ!アインズ様の横にいた怖いおねぇちゃんだ!」
「天使殺しのおねぇちゃんだ!」
「待って!わたしの恐ろしい二つ名がどんどん増えていくんですが!?」
「…………大丈夫。ネイアの目には味がある。子ども達が理解する日もいずれくる。きっと来る。多分。」
「全然フォローになってないです先輩!なんで後半弱気になってるんですか!?」
その後も赤子をあやした瞬間大泣きされるなど、ネイアは学園で散々な目に遭いながら、それでもこんな温かな場所を造り上げるアインズ様の偉大にして御慈悲ある光景に尊敬を募らせていった。