香港政府の林鄭月娥行政長官が「緊急状況規則条例」を発動した。立法会(議会)の承認を経ない独善的かつ恣意(しい)的な強硬策である。これでは、市民の反発と抗議行動は強まるばかりであろう。
「緊急条例」は行政長官に非常権限を委ねるもので、「公共の安全」を理由に、集会や通信など市民の権利を幅広く制限できる。
問題は、長官らが立法会の承認を得ずに一方的に発動できるとしている点だ。手はじめに五日、デモ参加者のマスクを禁じる「マスク禁止規則」を制定した。
当局は、デモ参加者がゴーグルやマスクで顔を隠しているため違法性の認定が難しく、抗議行動が暴力化していると主張。禁止規則を正当化しようとしている。
これに対し、規則制定翌日の六日、拘束される危険性を承知で数万人がマスク姿で無許可デモを行った。デモ隊は「悪法には道理がない」「覆面は無罪だ」と訴えた。長官の強権発動は「法治」を無視した市民の権利制限だという反論は理解できる。
そもそも、緊急条例は英国植民地時代の一九二二年に制定され、今回の発動は香港の中国返還後初めて。前回の発動は六七年、中国の文化大革命の影響を受けた労働争議が大規模な反英暴動に拡大した事態に対処するためであった。
しかし、返還後の香港の憲法にあたる香港基本法は、条例による非常権限を長官に認めていないとの指摘もある。中国が国際公約した「一国二制度」を踏みにじる行為を続けて香港の「高度な自治」を傷つけながら、古証文のような緊急条例を持ち出すのは、ご都合主義が過ぎるように映る。
中国共産党機関紙・人民日報は最近、香港の抗議活動を「すでに計画的、組織的な犯罪に変わった」と批判する論評を掲げた。緊急条例発動を支持する中国の姿勢を反映したものであろう。
立法会の民主派議員らは、緊急条例やそれに基づくマスク禁止規則は、香港基本法に違反するとして司法審査を申し立てた。返還後の香港では、法令制定権などは長官ではなく立法会にあるとする民主派議員らの主張に説得力があるのではないか。
確かに、デモ隊の一部の行動が過激化していることは否定できない。穏健な対話路線に戻すことが広範な市民の支持をつなぎとめ、中国、香港政府への圧力を継続する力になる。「悪法」には「法治」を求める闘いを続けてほしい。
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