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Photo: Niko Tavernise/Warner Bros./DC Entertainment

Photo: Niko Tavernise/Warner Bros./DC Entertainment

池畑修平

池畑修平

Text by Shuhei Ikehata

米大統領選の民主党候補レースで、左派のウォーレン上院議員がついに首位に躍り出た。時を同じくして、映画『ジョーカー』が公開直後から大ヒットしている。まったくの偶然に見える2つの事象だが、NHK「国際報道2019」の池畑修平キャスターは「共通因子がある」と指摘する。

「ウクライナ疑惑」が飛び火


来年の米大統領選挙で政権奪還を目指す民主党の候補者レースが、予想外の展開となっている。エリザベス・ウォーレン上院議員がジョー・バイデン前副大統領を抜き去ったのだ。

米国の政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が10月8日にまとめた各種世論調査の平均値をみると、ウォーレン氏の支持率が26.6%となり、26.4%のバイデン氏を僅差ながら上回った。

バイデン副大統領を猛追して、ついに首位に立ったウォーレン上院議員
Photo: Drew Angerer/Getty Images


民主党内では20人以上もが大統領候補に名乗りを上げた。その中で、オバマ前政権での副大統領という抜群の知名度を誇り、その中道的な政治姿勢が「トランプ大統領に勝つ上ではベストの立ち位置」という政治的な相場観も相まって、バイデン氏が一貫して首位を快走していた。

ところが、失速した。

原因のひとつは、トランプ大統領の弾劾に向けた調査の「ネタ」となっている「ウクライナ疑惑」の火の粉がバイデン氏に降りかかったことだ。

トランプ陣営は、バイデン氏の次男がウクライナ最大の民間ガス開発企業で5年間にわたって役員を務めたことに早くから目をつけ、「当該ガス企業の汚職をめぐるウクライナ検察の捜査が、次男にまで伸びるのを防ぐため、バイデン氏が検事総長の解任をウクライナ政府に要求した」と主張する。

そして、トランプ大統領がそうした主張の裏付けを得ようと、ウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で軍事支援の停止をちらつかせて情報収集を求めた……というのが「ウクライナ疑惑」の大まかな筋書きだ。

つまり、弾劾の恐れに直面しているのはトランプ大統領なのだが、大統領は刺し違えるかのようにバイデン氏を非難し、それがバイデン氏のイメージを落とす上で一定の効果を挙げているようなのだ。

「GAFA解体」は過激と思われたが…


だが、ウォーレン氏の猛追を、ウクライナ疑惑という「棚からぼた餅」と片づけては状況を見誤る。より大きいのは、格差是正を最優先に掲げる彼女の左派としてのメッセージに若者らが共鳴していることだ。

かつてハーバード大学ロースクール教授だったウォーレン氏は、消費者保護や金融業界に対する規制を進めてきたことで知られ、最近のキャッチフレーズは「説明責任を伴う資本主義(accountable capitalism)」だ。

大企業に対して厳しい姿勢であることは言うまでもなく、法人税を35%から21%へと引き下げた「トランプ減税」の見直しや、富裕層への増税、「GAFA」という呼称が定着した4大IT企業を分割させることに意欲を示す。

GAFAの一角、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが、「ウォーレン大統領」が誕生するシナリオは「最悪」で、フェイスブックの分割を求める訴訟が「ウォーレン政権」から提起されれば「社の存亡をかけた訴訟になるかもしれない」などと社内会議で述べた音声が出回っている。

ザッカーバーグ氏だけではない。米国の大企業経営陣は概して、「株式市場にとって最も優しくない候補者」とまで評されるようになったウォーレン氏への懸念を強めており、中には、早くも「ウォーレン政権」になれば民主党への献金を見直すと牽制する経営トップまで出ている。

こうしたウォーレン氏の「アンチ大企業」の姿勢が、メインストリームの有権者たちからは、「左寄りすぎる」と見なされ、大統領選挙ではマイナスに作用すると多くの政治アナリストらは見ていた。

そうした読みは外れたのかもしれない。

彼女の「確固たる左派ぶり」が、縮まらない格差に苦しむ若者や低所得層の労働者たちの大企業に対する憤りを、もっと言えば怨嗟を、一気に吸い上げ、バイデン氏を凌駕する勢いになっているように映る。そうした思いを強くしたのは、米国で記録的な大ヒットとなっている映画『ジョーカー』(トッド・フィリップス監督)を観てからだ。

政府や大企業から見放されたアーサーの怒り


映画のネタバレを避けるため、詳細には踏み込まないが、ベネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた『ジョーカー』は、DCコミックスのヒーロー、バットマンの宿敵であるジョーカーの誕生物語である。老朽アパートで母親と2人暮らしで、心優しくも精神的に不安定な大道芸人、アーサー(演ずるはホアキン・フェニックス)が米国社会から蔑まれ、やがて社会への怨嗟が彼をジョーカーへと変質させていく。

『ジョーカー』をめぐっては、「暴力シーンが生々しすぎる」という批判が巻き起こっている。本物の暴力事件を誘発するのではないかという懸念から、米国内の一部の映画館では警察が警備体制を強化したことも話題となった。確かに、クリストファー・ノーラン監督のバットマン3部作よりも暴力はずっとリアルに描かれている。

だが、過去のバットマン映画より決定的なまでにリアルに描かれているのは、米国社会そのものだ。舞台設定としては、過去作品と同様に架空の都市ゴッサム・シティ(今回の時代設定は1980年代)だが、ゴッサム・シティが本当はニューヨークであることを、『ジョーカー』はまるで隠そうとしていない。物語で重要な意味を持つ殺人事件の被害者たちが勤務していたのは、「ウォール街」と言明されてすらいる。

『ジョーカー』が実社会での暴力を誘発しかねないという批判の、もうひとつの大きな根拠は、米国人なら誰もが知る悪役のジョーカーに対して、観客が共感を覚えやすいためだ。政府や巨大企業から見放されたアーサーが怒りを募らせていく姿に、大企業やウォール街にばかり優しいと映るトランプ大統領に苛立ちを強める自らを重ね合わせ、喝采を送る有権者たちが、確実にいる。

『華氏911』などのドキュメンタリー作品で知られるマイケル・ムーア監督は、「ジョーカー」を絶賛し、「これはコミック映画ではない」と断じた。トランプ大統領を改めて激しく批判した上で、ムーア監督は『ジョーカー』をこう評した。

「我々にトランプをもたらしたアメリカを描いている。見捨てられた人々、極貧の人々は助ける必要はないと考えるアメリカを。卑劣で裕福な人々が、さらに卑劣に、さらに裕福になるアメリカを」

ウォーレン氏が民主党の中でトップに躍り出たのと、『ジョーカー』の封切りがほぼ重なったのは、もちろん偶然だ。しかし、2つの事象に共通する米国世論のうねりは見逃せない。

池畑修平
1992年NHK入局。報道局国際部から韓国・延世大学に1年間派遣。ジュネーブ支局で国連機関をはじめ欧州や中東の情勢を、中国総局では主に北朝鮮の動向を取材。2015年から3年間、ソウル支局長として、南北関係や日韓関係、そして朴槿恵大統領の弾劾から文在寅政権の誕生を取材。2019年4月からBS1「国際報道2019」キャスター。熱烈な阪神ファンで、世界中どこにいても阪神戦の結果が気になる。

NHK BS1「国際報道2019」

月~金 22:00-22:40
いま世界で何が起こっているのか。その背景に何があるのか。世界に広がるNHKの取材網と世界各地の放送局から届くニュースで構成する本格国際ニュース番組。世界の動きをいち早く、わかりやすく伝え、ビジネス・カルチャー・エンターテインメント情報も満載。世界を身近に感じる40分!