時は秋。収穫を控えたその時期に王国中の兵力がカッツェ平野へと集まっていた。バハルス帝国からの宣戦布告を受け、国王のランポッサ三世が六大貴族を筆頭に王国の各貴族を招集したのだ。
そこへ設けられた駐屯地の大テントの中の国王のランポッサ三世とともに第1皇子バルブロ、第2皇子ザナック。王派閥であるブラムシュー侯爵、ペスペア侯、ウロヴァーナ辺境伯が近くで固まっており、少し離れたところに貴族派閥のレイブン侯爵、ポウロロープ侯爵、そしてリットン伯が集まっていた。
「皆よくぞ集まってくれた。帝国からの要求および宣戦布告については例年通りだ。エ・ランテルの割譲を求めている」
「はっ、またエ・ランテルは自分の領土などと戯言をいっているのですか」
ブラムシュー侯が帝国の書状を笑い飛ばす。
「兵力も例年と同じく4軍団しか来ていないですな」
「まったく帝国も暇なものです。毎年毎年勝てもしないのに挑んでくるとは」
「今年も楽勝でしょうなぁ。はっはっは」
他の貴族たちがブラムシュー侯の言葉に同調するように帝国を馬鹿にする。貴族の体面を保つために強がりを言っている彼らではあるがこれの認識は間違っている。
確かに帝国はエ・ランテルを手に入れることは出来ていない。しかし、帝国は戦で勝つことを求めていないのだ。王国では民兵が中心であり、今このカッツェ平野に集っている20万に及ぶ軍勢もほとんどが農民である。
そのため、収穫の時期を狙って攻め込み王国を疲弊させることを目的に嫌がらせのように毎年戦争を仕掛けているのだ。事実、徐々に王国の国力は衰えており、民兵たちの顔は暗い。
しかし、そんなことはお構いなしに貴族たちの会議は続く。
「陛下!先陣はこのボウロロープにお任せください!帝国軍に目に物言わせて見せますぞ!」
その言葉に周りの貴族たちが騒めく。特に六大貴族筆頭であるレエブン侯の動揺は目に見えて驚いているようにさえ見える。ポウロロープ侯は先陣などと言わず総指揮権でも求めて来ると思っていたのだ。
それもそのはず帝国の兵士たちは職業兵であり、十分な時間と金をかけて訓練を積ませその装備も充実している。対して王国は農民が中心の民兵、10人で帝国兵1人さえ倒せないだろう。
そのため王国では例年防御の陣形である槍衾で受けることで何とか凌いでいる状況なのだ。先陣を切るなど自殺行為と言える。
「良いのか?ボウロロープ侯よ」
「もちろんでございます」
「父上、私からもよろしいでしょうか」
「バルブロか。よろしい、申してみよ」
「ボウロロープ侯とともに私も先陣を駆けたいと思います」
「何!?」
王の驚きの言葉に周囲の貴族も声を上げる。王位の継承権を持つものが先陣を駆ける。それは兵士たちの士気を高めるには素晴らしく勇気ある行動ともとれるが、危険も伴う。よほどの自信がなければ言えない言葉だろう。
「バルブロ王子が先陣ですか。これは兵たちは勇気づけられるでしょうな」
「これは頼もしい。王家の今後は安泰ですな」
「我々も負けてられませんな」
口々に王子を称える声が上がるが人によりその内心に含むところは違う。貴族派閥としてはパルブロの活躍を期待してのものだろう。しかし、王派閥としてはこの機にバルブロには失脚してもらおうと炊きつけているのだ。
「陛下。パルブロ王子には我が精鋭4000を預けたいと思いますがいかがでしょうか」
ランポッサは迷う。身内を危険に巻き込みたくないという親心が芽生えるが、ここまでの勇気を示した息子を無碍にすることは出来ない。
なによりここで断ろうものなら身内のために他者に危険を押し付ける臆病者とののしられることだろう。
「よかろう。ボウロロープ侯。バルブロを任せるぞ」
「お任せください、陛下」
「ふふっ、本当に大丈夫ですか?兄上?兄上に何かあったらと私は心配するばかりですよ」
そこへ第二皇子のザナックから見せかけだけの心配の声をかけられる。内心で心配していないのは一目瞭然だ。あわよくば戦死してほしいとさえ思っているだろう。これが王位継承者二人の関係であり、ランポッサの悩みでもあった。
「やかましい!お前は後方で私の活躍を見ているがいい!陛下!ご期待ください!」
会議の結果、ボウロロープ侯とともにバルブロが4000の精鋭兵士を指揮して先陣を務めることになった。そしてそこにいるほとんどの者が4000程度の兵士で先陣は無謀だと判断している。
しかし、ボウロロープ侯とバルブロだけは分かっていたのだった。その4000の兵士たちは4万の軍勢にも匹敵するだろうことを……。
♦
一方、カッツェ平野に築かれたバハルス帝国の本陣にも将軍たちが集まっていた。
今回の遠征での総大将は白髪で壮年のカーペイン将軍だ。個人の武勇は全く無いが、堅実な指揮能力を発揮し戦闘では決して負けない名将と謳われている。
帝国に8つある軍団のうち、第2軍を預かっており、今回はそのうち半数の4つの軍を指揮することになっていた。
「閣下、兵の配置完了いたしました!」
元気の良い伝令の言葉に満足そうに頷く。命令から報告までの速さからも帝国の兵士は練度の高さが伺える。
「それで、敵の陣形はどうだ?いつものような防御陣形なのか?」
「はっ!中央および左翼についてはそのとおりなのですが……右翼が突出しております!」
「なに?」
民兵中心の王国の兵士たちが突出した陣形を築くなど自殺行為だ。一騎当千の帝国兵たちに殺してくださいとでも言っているのだろうか。
「罠……か?」
カーペインは考える。しかし一度自分で見てみなければならない。本陣を出ると物見台へと向かう。
そこから見たものに目を疑った。右翼にあったのは上翼突撃の陣、羽を広げたように兵士たちが隊列を組み、中央からの突破を仕掛ける完全な攻撃陣形だ。
「あの王国が突撃陣だと……何を考えている……」
「閣下!いかがいたしましょう!」
士官が指示を求めている。カーペインの長年の感が何かあると囁くが、長らく続く王国との戦争で王国側が何らかの策を弄してきたことなどない。
「陣形はこのまま……いや、右翼の一部を下がらせよ!遊軍として待機させろ!」
「はっ!」
正面兵力は減るがやむを得ないと判断し、一部を下がらせ陣形を整える。双方の陣形は整う。
───そして、決戦のドラが鳴り響いた
「くそっ!なんなんだこいつらは!?」
「刃が通らないぞ!ただの革製のアーマーだろう!?」
「ぎゃああああ!う、腕がああああ!」
「さ、下がれ!下がって体制を立て直すのだ!」
王国軍の右翼、バルブロ率いる兵団の攻撃を受けた帝国軍が悲鳴を上げる。幸いなのは王国軍すべてがそれだけの強さはないことだ。
しかし。突撃陣形の中央に位置したそのバルブロ率いる兵団は4000余りという少人数にも関わらず戦場を縦横無尽に駆け回った。
民兵とは違いボウロロープ侯自慢の私兵というだけあって元々の能力も帝国兵には及ばないものそれなりの強さを有している。さらに装備による強化が加わったのだ。その差は歴然であった。
帝国兵から放たれる矢や斬撃はその堅牢な防御力により受けても軽傷程度であり、その俊敏な動きにより当たりさえしないことも多い。一方バルブロ率いる軍団の攻撃力は凄まじく帝国兵が一刀両断にされることさえある。
「中央の兵を右翼へ回せ!遊軍は後方へ回り込め!!」
そのあまりの進撃の速さにカーペインは舌を巻く。
しかしそこは歴戦の将軍。中央の軍を下げ左右に兵を展開することにより包囲網を作り出し、圧倒的な力の差を戦術で押し返す。
「ボウロロープ侯……これは……囲まれていないか!?」
「さすが一筋縄ではいきませんな……ですが気にすることもないでしょう」
さすがに周囲を囲まれては不味いと思うバルブロだが、戦場における経験を持つボウロロープ侯は一点の隙を見つけている。それはまだカーペインがこの軍団の戦力を侮っていたことによる隙だ。
厚い精鋭たちによるり守られているという安心感、そして包囲すれば引くしかないという自信の戦術へと自信と思い込み。通常の兵であればそうせざるを得ないだろう。しかし現在の自分たちの装備している武具の真の力を知るボウロロープはいけると確信する。
そして声高々に命令を下した。
「下がるな!中央だ!中央を是が非でも突破しろ!バルブロ王子!ご一緒に!」
パルブロはまさかとは思うが、戦場ではボウロロープ侯の実績のほうが上だ。ルプー魔道具店の装備をしていることもあり、不安ながらもボウロロープ侯に続く。
「カーペイン将軍!突っ込んできます!」
「何!?」
戦場におけるセオリーでは左右を囲まれたのであれば後方に下がるしか道はない。さらなる前進など自殺行為だ。しかし、目の前でそれが行われている。圧倒的な力による中央突破。そしてその狙いに気づいたときには遅かった。
「まさか!狙いは私か!?」
「将軍!お逃げください……ぎゃっ!?」
まさに疾風怒濤。あっという間に前方の陣形が崩れたと思った瞬間、敵は目の前に迫っていた。
側近の士官の首が飛ぶ。それに続いて恐ろしい強さを持った王国の兵士たちとともに第一皇子バルブロが戦場を駆け抜けてきた。
「パルブロ王子!今です!」
カーペインは突撃してくる煌びやかな鎧を纏った男に剣を構える。負ける気はない。カーペインは剣の腕にそれほどの自信はないものの現場で叩き上げれた将軍だ。格下の王国の王子に背を見せるなど末代までの恥だ。そして……。
───二つの刃が交錯した
次の瞬間、落ちていたのはカーペインの首であった。パルブロはその首を天へと掲げると雄たけびを上げる。
「バハルス帝国将軍!ナテル・イニエム・デイル・カーベインの首!バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフが討ち取った!!!」
戦場で宣言されたその言葉の威力は圧倒的であった。総指揮官が討ち取られたことにより帝国軍は敗走することになる。
そしてそれはバルブロへのリ・エスティーゼ王国次期王位継承が確実になった瞬間でもあった。