法国がやられた直後です。
エロ分は皆無です。
リ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼ、ロ・レンテ城にて。
「あのバケモノは、事実上……スレイン法国を支配下に置いたそうだな」
「……そうなりますな」
疲れ切った声で、二人の男が話し合っていた。
リ・エスティーゼ王国、国王ザナック。
同じく宰相、レエヴン候。
彼の王国における最高の地位を得た二人だが。
憔悴の色のみがあり、日々を不安の中で過ごしていた。
「事実上、あれが女王と思うべきだろうな」
「公的な場に、名目上の国家元首たるモモンガ殿は姿を見せていませんからね。おそらくモモンガ殿はパトロンというか……名前を貸しておられるだけなのでしょう。とはいえ多数のゴーレムやアンデッドは貸しているようですが」
全ては出奔したラナー王女にある。
恐怖の対象でもあった彼女の失踪に、最初こそ喜んだ二人だが。
突如、ナザリック魔導国なる国が独立宣言をし。
その独立宣言の親書に、執政官ラナーという名を見て。
天を仰いだのだ。
「せめて、セバス殿が無関係なら、恩の着せようがあったのだが」
「彼の言う通り、帝国の逸脱者以上の大魔道士なのでしょうな」
先代王ランポッサⅢ世逝去後も、戦士長ガゼフ・ストロノーフがザナックに剣を捧げる理由はセバス氏の提言ゆえ。また、セバス氏が弟子として連れて来たブレイン・アングラウスは、戦士長にも匹敵する最高の剣士。
セバス氏が王国を離れるならば、二人も離反しかねない。
何より、セバス氏自身が二人以上の戦士である。王国戦士団や冒険者を積極的に指導し、人望も厚い。
はっきり言えば、国王や神殿などより、よほど支持を得ている。
「神殿勢力自体を拒んでいる形か……」
「亜人や悪魔も多数住んでいるそうで。回復魔法の使い手も、神殿と関係なく国営で無償化しているとか」
それゆえ、スレイン法国との衝突は必然であったし。
王国内の神殿勢力も、ナザリック魔導国をしきりに否定していた。
王国の出奔した王女。
政治は全て彼女が行い、親書も全てラナーによるもの。
つまり、他国の目から見れば……これは、王国内部の問題なのだ。
「あれの狡猾さを、もっと信じるべきだったな」
「まさか法国が、ああもあっさり屈するとは……予想できませんよ」
魔導国、法国、両方との外交に神経をすり減らしてもいた。
当分はにらみ合うだろうと、両国に対して中立の姿勢をとっていたのだが。
この現状では、次に食われかねない。
「一部貴族に言われるままに、討伐軍など出さずにいたのが幸いか」
「抗議文も出さず、黙認して正解でしたな。炙り出しもできましたし」
王国は既に、貴族の大半が原因不明の失踪をし。
人材面において死に体も同然である。
腐りきっていても、貴族や官僚は国家運営に不可欠。
だが、今や貴族制度は事実上崩壊し。臨時採用や代行という形で、才気ある平民、引退した冒険者を積極的に登用せざるをえない。
そんな中、一部の“無能すぎる”貴族は、他の貴族を扇動してセバス氏に不埒を働き。文字通りの鉄拳制裁を受けて、国外に逃亡した。
「おかげで、風通しはよくなったが……人材面はさんざんだ。セバス殿曰く、法国はモモンガ殿本人の怒りを買ったそうだな」
「……執政官の彼女に、誘導された可能性もありますが」
怒りの結果が、神都における大神殿消滅だ。
古き叡智、数多の至宝、恐るべき英雄の集団を抱えると言われた法国。
その中枢が、完全に消滅したのだ。
「つまり、我が国の未だ潜む愚かな貴族の生き残りが、モモンガ殿を怒らせれば……」
「この城ごと、消されるかもしれませんな」
深々と二人、溜息をつく。
税収よりも今は人材。
そして、外部の敵をなくすべきなのだ。
「やはり、エ・ランテルは割譲すべきか」
「……今ならば、魔導国による外交的威圧を受けたと、周辺国も考えるでしょう」
何より、彼の都市は帝国と接する要衝でもある。
エ・ランテルが魔導国領有となれば。
「帝国も、あれの機嫌を損ねる危険は冒すまい」
「例年のような、カッツェ平野での戦争は無理でしょう。あれが完全な新興国なら取り込むでしょうが……」
そこで、ラナーの存在が重要になる。
王都において、ラナーが蒼の薔薇に護衛を頼み、従者と駆け落ちしたという物語は……痛快な恋物語として吟遊詩人らにも盛んに歌われている。貴族の子女にも、羨ましい物語と語られるほど。
いや、帝国でも既に歌われているだろう。
そんな彼女が、英雄セバスの主に保護され、自ら(事実上の)女王となる。
しかも、英雄を率いて(彼女は動いていまいが)スレイン法国を打ち破ったのだ。
回復魔法の利権を占有する神殿勢力は、元より下層民からの支持を失いつつあった。
実によくできた展開だ。
それだけに、攻め込む大義名分を作りづらい。
彼女の行いを弾劾するのは……信徒の多い聖王国くらいだろう。
それとて、国境を接しておらぬ以上、たいした動きはできまい。
「つくづく、恐ろしいものを解き放ってしまった……」
「パナソレイは有能です。混乱の続くリ・ブルムラシュールを任せましょう。官僚ごと手に入れば、今の我々には十分すぎる利益です」
多くの民や貴族が、一目でも彼女を見ようと、魔導国とやらに向かっている。
王国民の流出も増えるだろうが、帝国も流出するはず。
「そういえば、あの同情しかできん従者が……あれと結婚したそうだな」
「ええ。わが子が毒牙にかからず、不幸中の幸いでした」
二人で乾いた笑みをこぼす。
まさしく不幸中の幸いだ。
「なら、戦勝祝いと婚礼祝い……ということで。国民には気前のいい兄をアピールするか」
「そうですな……」
乾いた笑みはそのまま空ろなものとなった。
ラナーが自ら女王をならず。
出奔して妙な新興国を始めた理由を、二人は日々嫌というほど味わっているのだ。
正直言えば、王国での立場を投げ出して、その魔導国とやらで隠居したい。
「で、セバス殿に使節の護衛を頼むとして……お前が行ってくれるのだろう?」
「は? そこは兄として直接向かうべきでしょう!」
どちらが代表として向かうか、しばらく二人で押し付け合うのだった。
バハルス帝国、帝都アーウィンタール、皇城にて。
「は? 法国首都で大神殿が消滅? 内部分裂ということか?」
「いえ、文字通り消滅だそうです。大神殿は完全にこの世から消えました」
皇帝ジルクニフは意味がわからず問い返した。
秘書官ロウネ・ヴァミリネンが、何とも言い難い表情で情報を補う。
「……魔法で、ですかな?」
ギラリと目を光らせた、主席宮廷魔術師フールーダが問う。
「不明です。神都は悪魔の群れに包囲されていたとのこと……異様な炎の壁も発生していたそうです。しかし、神都自体は一応無事。大神殿一帯のみ、完全に塵と化した、と」
ロウネ自身、信じがたいのだろう。
しかし、優秀な帝国隠密部隊の報告書にはそう書かれているのだ。
「アベリオン丘陵の亜人やら、戦争中のエルフやらも押し寄せてたんだろ? そいつらはどうしたんだ?」
帝国四騎士、“雷光”バジウッド・ペシュメルが重ねて問うた。
ロウネは別の書類に視線を走らせる。
「神都に起きた災いを恐れたのか、あるいは何らかの呼応があるのか。大神殿消失とほぼ同時に撤退した様子です」
バジウッドが違和感を感じたように首をかしげた。
皇帝も同じ違和感を感じたのだろう。
「待て。同時に撤退だと? そいつらは、神都に肉薄しつつあったのか?」
「いえ、国境線です。これは別の隠密部隊からの……あっ!」
同時に、フールーダや他の四騎士も気づき。
遅れて、他の秘書官らも声をあげる。
「お前にしては間が抜けていたな……」
「申し訳ありません!」
皇帝の言葉に、ロウネが頭を下げる。
普段の彼なら即座に気づくはずのこと。
それだけ、大神殿消滅という異様な事態に気をとられていたのだ。
「神殿消滅とやらはひとまず置いておけ。とりあず、スレイン法国は負けたと考えてよい。それより、これが最も重要な情報だぞ」
ジルクニフが唸った。
「法国は決して狭い国ではありませんからな。城塞攻略の情報もなく、丘陵と森からの軍が平野部に攻め込めるとも思えませぬ。国境で戦争している軍からすれば、首都の異変など見えるか見えぬかのものでしょう。そして仮に見えていたとすれば、そんな神話級の余波を前に、神都周辺が無事で済むはずがありません」
長い白髭をしごきつつ、フールーダが呟く。
「そうだ。にも関わらず、丘陵の亜人どもも、森のエルフも……神都が落ちると、ほぼ同時に撤退した」
「魔導国と呼応……最悪の場合、魔導国の属国同然の可能性もあります」
ジルクニフの言葉を、ロウネが継ぐ。
だが、皇帝はさらに最悪の状況を口にした。
「それは最悪ではない。もっと状況は悪い」
苦り切った顔で、ジルクニフは吐き捨てた。
「そりゃあ、魔導国執政官殿が、陛下の苦手な女だってのはわかってますが……」
「そんな話はしておらん」
和ませるように言ったバジウッドを、ぴしゃりと断じる。
「我が国の立地の問題ですか……」
ロウネの言葉に、ジルクニフは頷いた。
「魔導国の首都とやらは、エ・ランテル近郊、我ら帝国寄りの場所。アベリオン丘陵も、エイヴァーシャー大森林も、まったく奴らとは接しておらん。つまり、相当の転移魔法か高速移動の使い手がおり。しかも、亜人の友好を勝ち取るか、あるいは隷属させうる者がいる。じいよ、他の可能性はあるか?」
「……エルフ王については、魔導国の元首殿が元より通じていたやもしれませぬな」
少し思案し、フールーダが答える。
「だが、アベリオン丘陵についてはありえぬ。あれらは統合すらされておらん。実際、攻めて来た連中の種族もバラバラだったというではないか」
「少なくとも20種族。白い昆虫型種族の戦士に率いられていたと報告があります」
「そうだ。そして、そんな能力のある連中が、だ。トブの大森林やアゼルリシア山脈に、何もしていないと思うか?」
全員が黙り込んだ。
その二か所を掌握されるか、あるいは主要な居住種族を操れるだけで……帝国は多数の戦線を抱えることとなる。
魔導国の執政官は、長年戦ってきた王国王女。
法国の次に、目をつけられる可能性は高い。
「……とりあえず、どうすりゃいいんで?」
「行くしかあるまい。どのみち使節は出さねばならんのだ」
ジルクニフは不快感を隠さず、深々と溜息をついた。
「おお、それなら儂も行きますぞ! 大神殿消滅の詳細も知りたいところですが、彼の竜王の
興奮しながら同行を求めて来るフールーダ。
「いずれにせよ、この場にいるほぼ全員で行く他あるまい……法国が負けた以上、エルフの解放は必須だな……用意しておけ」
絶対会いたくないラナーの顔を思い浮かべ、再び深々と溜息をつく皇帝であった。
この後、結局ザナック&レエヴン候が二人で来たり、皇帝一行が来たりして。
魔導国っていうより、淫魔国じゃねーかって思われたりします。
なお、魔導国の外交関係はデミウルゴスがしており、ラナーはノータッチです。
(彼女は目下……というか、ずっと忙しい日々を過ごすので!)
ぜんぶラナーのせいって思ってるし、超位呪文大虐殺も起きてないので、現状ではみんなそこまで胃痛案件になってません。ジルクニフの毛根も無事です。
フールーダはがっつりナザリックと手組んでますが、皇帝にはデスナイト1体の制御に成功としか報告してません。パンドラからもらった、デスナイトとソウルイーターは隠してます。ゲートでナザリックに来たこともあるので、地上部には既にしょっちゅう転移してきてたり。カジット&デイバーノックと、普通に共同研究したりしてます。