第28回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ。東京大学理学部化学科卒業。
元日本赤十字看護大学教授。
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」、訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数。
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第28回
Q. こんにちは.酢酸ナトリウム水溶液について質問させていただきたいと思います.水溶液を調製した直後は無色透明ですが,長期間放置しておくと,黒色の浮遊物が生成してくるのです.この黒色浮遊物の正体がわからないのです.
Q. 「お風呂の水をきれいにする錠剤」って,何が入っているのですか?
Q. 同じ銘柄のシャンプーを2本買ったら,裏側の下に書かれている成分名のところに,一方は「エデト酸ナトリウム」もう一つの方は「EDTA-3Na」と記してありました.エデト酸とEDTAは同じものをいうのでしょうか?
 
Q.  こんにちは.私は大学院生です.学部生の実験にT.Aとして参加しているのですが,そこで使用している酢酸ナトリウム水溶液について質問させていただきたいと思います.水溶液を調製した直後は無色透明ですが,長期間放置しておくと,黒色の浮遊物が生成してくるのです.この黒色浮遊物の正体がわからないのです.
(1)酢酸ナトリウムを製品として合成する段階で金属イオンが混入し,沈殿物を生成している.
(2)酢酸が何らかの特異的な反応を起こして有機物を生成している.
ここまでは考えたのですが,これらの仮説を立証する文献等が見つかりません.そこで,もしよろしければ教えていただきたいと思いメールさせていただきました.よろしく願いします.
(24歳 大学院生)
A.  このごろ「仮説実験授業」というのが流行のようで,何でも「仮説」をたててみるというのが教育界でのテーゼみたいですけれども,この方式がすべての分野に有効なわけではありません(物理学のほうならまだふさわしい課題もあるでしょうけれど).今のような問題だったら,自分で思い当たる可能性をしらみつぶしに征服してゆくしかありません.
 失礼ながらこの二つのお考えは「仮説」というにはほど遠いものです.つくられている現場を見ていないので当方は推察するしかありませんが,わたしたちが何十年か前から自分で酢酸ナトリウム水溶液を使っていて,つくり置きしても黒い沈澱が出来たということは一度もないのです.
 とすると,単にお使いになったビーカーや試薬瓶が汚れていただけではないでしょうか?「化学実験は皿洗いに始まり皿洗いに終わるものだよ」と,以前に金沢大学の柴田村治先生(もう亡くなられて久しいですが)がいわれたのが記憶に残っていますが,こういうことこそ理科教育の神髄だろうと思います.さもなければ,誰かがいたずらして,あなたが目を離している間に変なものを放り込んでしまったとか(何十年も昔の実験室だったら,ネズミが暴れたために天井から埃が落ちてきたということもあったでしょうが).
Q.  「お風呂の水をきれいにする錠剤」って,何が入っているのですか?
(?歳 主婦)
A.  「風呂水ワンダー」などの商品名で売られている錠剤がありますが,この有効成分はたしかイソシアヌール酸の塩素置換体のはずです.イソシアヌール酸は尿素が三分子縮合してできる六角環状の構造で,カルボニル基とイミノ基が一つおきになっている分子です.フタルイミドやバルビツール酸と同じようにイミドプロトンが酸として解離するので「イソシアヌール酸」と呼ばれるのですが,この窒素に結合している水素原子を塩素で置き換えたものです.トリクロロ置換体とジクロロ置換体がありますが,ジクロロ置換体のナトリウム塩が水にきわめて溶けやすいので,おそらくはこれが含まれているのでしょう.トリクロロ置換体でも溶解度は1%ほどありますが,ジクロロイソシアヌール酸ナトリウムの溶解度は30%とずっと多くなっています.浴槽に投げ込んでから溶解するのにあんまり時間がかかるようだと,せっかちな利用者向きではないので,おそらくはジクロロ置換体がおもに使われていると思われます.
 どちらの場合でも加水分解して次亜塩素酸分子,またはそのイオンを生成するので,さらし粉などと同様に使えるのです.流しのシンクなどに吊してぬめり取りにする錠剤の方は,何週間も交換せずに済むようにトリクロロ置換体のほうが使われていると伺ったことがあります.
 もともとは藻の繁殖を押さえたり,プールの水の殺菌や,下水中に生成したスライムを処理したりするのに用いられているものですが,お風呂の水に使われるのも,このスライム処理能力の応用であります.
Q.  しばらく前に同じ銘柄のシャンプーを2本買ったら,裏側の下に書かれている成分名のところに,一方は「エデト酸ナトリウム」もう一つの方は「EDTA-3Na」と記してありました.ほかは前後とも全部同じだったのですが,エデト酸とEDTAは同じものをいうのでしょうか?
(22歳 大学生)
A.  これは同じといって差し支えないと存じます.EDTAはもともとがエチレンジアミン四酢酸のアクロニム(頭文字略語)ですが,名前からもわかるように四塩基酸です.カルボキシル基が1分子について四個あるわけですが,完全な遊離酸は水に対しての溶解度が小さくて,ほとんど溶けません.
 分析試薬や細菌培養時の有害金属イオンのマスクには,通常は二ナトリウム塩が使用されています(そのために単に「EDTA」といったら二ナトリウム塩のこととして理解されている現場もあります).この化合物のことを日本薬局方では「エデト酸ナトリウム」と呼んでいますし,英国薬局方(BP)や米国薬局方(USP)でも同じようにsodium edetateと記しています.
 二ナトリウム塩は精製が容易で純品が簡単に得られ,水にもよく溶けますから,ふつうに薬用として(腎臓結石の溶解除去とか,トリウムや鉛などの有害元素の体内からの排泄を助けるため)用いられているのですが,EDTA-3Naと記してあればこれは三ナトリウム塩にあたります.シャンプーのpHを弱アルカリ性に合わせるために,半分中和の二ナトリウム塩ではなく,四分の三中和の形にしたものを配合したのでしょう.でも添加量はそんなに多くないはずですから,どちらの製品でも溶けている状態は同じだと思われます.

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