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【国際】

知事の性暴力、逆転有罪の決め手は女性差別への「感受性」 政治も社会も変わる韓国

2018年3月、ソウル西部地検に出頭した際、記者団に話す安熙正・前忠清南道知事=聯合・共同

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 韓国の次期大統領候補に挙がりながら昨年三月、元秘書の女性から性暴行の告発を受けて在宅起訴された安熙正・前忠清南道知事に対して大法院(最高裁)は九月、懲役三年六月の実刑を確定させた。確たる物証や第三者の証言がない中、一審の無罪判決を上級審が覆した決め手は、男女間の性に対する認識の差や社会に残る性差別を考慮する「性認知感受性」による判断。女性の声が司法に反映された表れという評価の一方、「あいまいで分かりにくい」との指摘もある。 (ソウル・境田未緒)

◆一審は「被害者らしくない」と無罪に

 「偉大な勝利だ」。九月九日、安被告の実刑が確定すると、被害者の元秘書を支援してきた弁護士らはソウルの最高裁前で喜びの声を上げた。

 最高裁判決によると、安受刑者は二〇一七年七月から一八年二月にかけて、海外の出張先やソウルのホテルなどで元秘書に業務上の威力を行使して九回、性的暴行やわいせつ行為をした。

 一連の公判では、威力行使の有無や「被害者らしさ」が争点となった。一審は、知事と秘書の関係で「威力」があったことは認める一方、被害者が抵抗できないほどの威力の「行使」はなかったとして無罪を言い渡した。元秘書が被害後も食事に同席したことなどが「被害者らしくない」とされた。だが二審(懲役三年六月)では、元秘書の行動は業務遂行のためで、陳述にも信憑性があると認めた。

◆「地位が上の人を拒めない」大学教授のセクハラ訴訟で言及

 二審を支持した最高裁は判決で、男性中心の社会構造や文化を認識した上で「性暴力被害者が向き合う特別な事情を十分に考慮せず、被害者の陳述の信憑性を軽く排斥するのは、正義と公平の理念にそぐわない」とした最近の判例に言及。これに沿った判断を下した。

「判例が蓄積され、性認知感受性の判断基準が成立していく」との見通しを語る金栄美弁護士=9月、ソウル市内で(境田未緒撮影)

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 韓国女性弁護士会理事で多くの性暴行被害者を支援してきた金栄美弁護士によると、性認知感受性が判決に登場したのは一八年四月、学生にセクハラ発言をして懲戒を受けた大学教授が処分取り消しを求めた訴訟。最高裁は、性犯罪を審理する際には性認知感受性が必要で、被害者が自分より地位が上の加害者に対して強く拒否できないことを理解できるとした。

 ただ安受刑者の裁判では一審でも性認知感受性への言及があり、それを考慮した上でも「威力の行使」を認めなかった。同じ基準を使いながら上級審では判断が分かれたことになる。

 金弁護士は「性認知感受性は重要だが、裁判官などによって異なる解釈ができる問題点がある。最高裁が解釈の基準をつくることを期待したが、判決にはなかった」と不満を示す。

◆MeToo後押し、男性議員も女性票を意識

 問題点は残るものの、今回の判決の背景には、家父長制の影響が強く残っていた韓国で近年、若い女性が性暴力を告発する「#MeToo」運動が盛り上がるなどの社会変化があるとみられる。金弁護士は「社会運動にとどまらず、政治にも女性が参加している影響が大きい」と分析する。

 国会議員選などの候補者に一定の割合で女性を入れる「クオータ制」が導入されて女性議員が増えたほか、男性議員も女性票を意識して女性団体との関係を重視。性認知感受性の概念はすでに政策などで取り入れられているといえる。

◆日本の司法にも概念はあるが…相次ぐ無罪

 一方、性暴力事件で今春、無罪判決が相次いだ日本には性認知感受性の概念があるのか。甲南大法科大学院の園田寿教授は日本の司法にも似た概念は取り入れられているという。その一つが、準強制性交罪で考慮される、意思決定の自由が奪われて抵抗することが困難な状態を指す「抗拒不能」の要件だ。

 園田教授は「地位を利用して抗拒不能に陥らせたと認める判例は過去にもある。一連の無罪判決はそれらの判例に照らしても疑問が残る」と指摘。「日本も韓国も、被害者心理を十分に踏まえて丁寧に判例を積み重ねていくことが重要」と話す。

 

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